15:記憶と悪夢の狭間
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*ヨル
悪夢は、望んでもないのにオレに過去を見せる。
始末屋時代、始末を終え、オレは、別行動をとっていたヒルを呼びに行き、その光景を目撃して絶句した。
しばらくその光景を茫然と見つめ、おそるおそるヒルに尋ねる。
「な…、なにしてんだよ…、おまえ…」
ヒルは、始末外の子供の首筋に食らいつき、血を啜っていた。
子供はすでに真っ青な顔で死んでいる。
ヒルは子供の首筋から口を離し、口元を血で汚したままこちらに振り返った。
「ああ…、見られてしまったので、始末しました」
なんの躊躇もせずに殺したようだ。
子供の新鮮な血の味に、満足そうな笑みを浮かべている。
「…見られただと?」
この辺は村も近い。
子供はその村の子供だろう。
なにが起きたのかと目を見開いたまま死んでいる。
おそらく、ヒルはわざと見せた。
子供の血を啜りたいがために。
近くに子供がいたと気付かないほどオレ達朱族の鼻は鈍くはない。
この間、「一度子供の血を啜ってみたい」とユウに話していたのを覚えている。
「見られたからなんだ。誰がこんなガキの言うことなんざ信じるかよ!」
見れば、まだ5・6歳くらいの小さな子供じゃないか。
「ヨルは優しいですねェ」
「んだと…!」
思わず夢魔を出現させるところだった。
睨みつけると、ヒルは不気味に笑いながら挑発するように言う。
「いい加減、人間の心は捨てなさい。優しいとは脆いもの。簡単に潰れてしまいますよ。食べます? 美味ですよ」
襟をつかみ、オレに子供を差しだした。
「…っ」
怒りで歯軋りすると、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、アサとユウがいた。
「よせ。殺してしまったものは仕方がないじゃろう」
アサはそう言ってオレの横を通過し、ヒルから子供を受け取り、
「!?」
細い左腕を引き千切ってこちらに渡した。
「残すのももったいない。ヨル、食っておけ」
美味そうな匂いがするにも関わらずオレは吐き気を覚え、首を横に振った。
「いらない…!」
アサは「そうか」と言い、その腕に噛みついて血を啜りだす。
あとからユウも食事に参加した。
嫌だ嫌だ!!
オレは鬼になりたくない…!!
初めて同族嫌悪というものを覚えたのは、その時だったと思う。
はっと目を開けたが、悪夢は現実でも続いていた。
目の前には、腕を組んで笑みを浮かべながらこちらを見据えるヒルが立っていた。
その背後にはミツバがいる。
「おはようございます」
両手の痛みに気付いて真上を見上げると、オレの頭上で右手と左手は重なったまま、ヒルの死吹によって背後の壁に突き刺されていた。
爪先は浮いていて、少しでも身をよじらせると容赦なく両手に痛みが走る。
ヒルらしい拘束の仕方だ。
ロープや鎖で拘束することを真っ先に考えない。
手首には、点滴が打たれていた。
どうりで喉が渇かないわけだ。
点滴で人間の血を送り込まれていたから。
辺りを見回すと、どうやら洞窟のようだ。
ドームと同じ広さで、天井は大きな穴が空けられ、そこから日の光が差し込み、中は明るい。
ミツバ越しに、人ひとり通り抜けるくらいの穴を見つけ、オレの右横の壁には大きな扉があった。
どちらが外に続く出口なのかはわからない。
「…あれから…、オレは何日眠ってた?」
自分でも驚くくらい、気持ちは落ち着いていた。
「2日…ですね」
「2日か…」
普通の人間なら、1週間は目覚めない。
朱族だと早いものだ。
「それで? てめーはオレに何用だ? 月代が目的じゃねーのかよ」
オレを人質に月代を手に入れるつもりなのか。
「月代は手に入れました」
「!」
月代は飛段と一緒にいたはずだ。
飛段は無事なのか。
不死身だから死ぬことはないだろうが。
月代を手に入れたなら、オレに用はないはずだ。
オレの言いたいことがわかったのか、ヒルは言う。
「欲しいのは、あなたの真血ですよ」
「オレの真血を? なんのために?」
「月代の中に眠る朱鬼を解放します」
「…!?」
アレを解放だと!?
あんなものを月代から解放されれば、とんでもないことになるのは目に見えている。
「ヒル、朱鬼のこと、知ってるのか?」
「ええ。ヒル達朱族は、その血肉で作られましたからね。ヒルは、昔、父上の資料をこっそりと見て朱鬼のことを知りました。そして、里を抜け出し、30年近くも捜していました」
ヒルが懐から出したのは、古びれた数枚の紙だった。
角都が手に入れた手帳の紙と似ている。
その手帳から千切ったものかもしれない。
ヒルはそれに目を通しながら話す。
「朱鬼は、浄土と穢土の狭間に存在していた鬼と記されています。父上とその部下達はいずれ訪れる激戦のために、偽りの契約で朱鬼を狭間から呼び出し、その体を引き裂いた。ヒル達、不老の肉体と超人的な能力を持つ朱族を作り出すために」
それがオレ達の出生の真実だ。
ヒルの話は続く。
「ヒル達の体に埋め込まれた血肉は、朱鬼の胴体部分ですが、月代は頭と片腕を埋め込まれました」
「頭だと!?」
「だから朱鬼の意識を持っているのです。朱鬼は頭だけになっても、眠っていただけだった。父上も、ヒル達の体にそれを埋め込むのは躊躇った。脳と体を支配され、第2の朱鬼を生まれさせるわけにもいかない」
「…けど、天空の部下はカプセルに入ったままの月代と、朱鬼の頭部と片腕を持ち逃げした」
「ええ」
皮肉にも、体が腐ることも心臓が止まることもなく成功してしまった。
「おまえが朱鬼を欲しがる理由は?」
「偽りの契約を真実にします」
「…!!」
契約は、「全ての人間を朱鬼に捧げること」だ。
「それなら、朱鬼はヒルの言うことを聞いてくれるでしょう?」
「ふざけんなよ…! なんでそんなこと…!」
それには答えず、ヒルは妖しく笑うだけだった。
オレに近づき、手を差しだす。
「さあ、真血を…」
オレは勢いよく左脚を振り上げた。
ヒルは上半身を反らして避ける。
ドドド!!
同時に、オレの左膝と右肩と腹にクナイが突き刺さった。
「…っあ゙…!」
ヒル越しに、右腕を上げたミツバを見て、奴が飛ばしたと察する。
「うう…!」
痛みに呻くと、ヒルはオレの首をつかんだ。
「随分と余裕ですね。あの2人が助けにくるとでも?」
角都と飛段のことだろう。
オレはふっと笑みを浮かべた。
「あいつらは来ねえよ」
そこまで自惚れちゃいない。
金にも宗教にもならないし。
オレが落ち着いていられるのは、あの2人は来ないと諦めていたからだと思う。
敵につかまって、あの2人は今頃呆れていることだろう。
「冷たいお仲間ですね」
「らしいっちゃ、らしいさ。オレは、あいつらにとっては特別でもなんでもない」
あいつらは、オレが真血を与えたことを知らない。
オレにとっては特別でも、たぶん、あいつらにとってはただの連れでしかない。
ヒルは針のついた舌先を見せた。
「あなたには大人しく、悪夢を見ていただきましょうか」
オレの意識を奪った時とは違うやり方だ。
「“幻痛視針”はオレには効かねえよ。知ってんだろ? オレの血はオレの血であり、オレの血じゃない」
9割が他人の血だと。
それはヒルも同じだ。
ヒルの幻痛視針とは、相手の血を舌の先の針で取り込み、血の記憶を読みとったあと、加工を加えて相手の過去の絶望をもう一度見せる最低の幻術だ。
ヒルは敵の数が多くない限り、一撃でトドメを刺すことはしない。
これで心を潰した忍達をオレは何度も見た。
「誰があなたの過去を見せると言いました?」
ヒルは手のひらのものをオレに見せた。
そこには2匹の蛭がのっている。
「!」
まさか、とオレは冷や汗を流した。
「あなたのお連れの2人の血が取り込まれています」
海の国の時にとられたのだと察する。
ヒルはそれを真上に軽く投げ、舌を伸ばし、舌先の針で2匹の蛭を同時に突き刺した。
2匹の蛭は貫かれたあと、不気味に蠢き、やがて動かなくなる。
「ヨル、あなたは脆い鬼です。だから、潰れやすそうだ」
血の記憶を読みとり、ヒルはオレに向けて舌を伸ばした。
ドス!
「く…っ」
抵抗も空しく、首筋に針が突き刺さり、幻術入りの血が注入された。
目の前が暗くなり、再び目を開けた時には水面の上に立っていた。
周りは霧で包まれ、視界が悪い。
近くで滝の音が聞こえ、向かってみると、見覚えのある背中を見つけた。
「角都…」
いつもの後ろ姿ではない。
忍服を着ていて、腕には縫い目のあとがないかった。
ゆっくりと近づいてみる。
「角都?」
横から顔を窺う。
角都の顔には縫い目もなく、白目の部分の赤はなくなっていた。
深緑の瞳はこちらを向かない。
「ついに…、手に入れた…!」
角都は息を弾ませながら、その場に膝をついて大きな巻物を取り出し、紐を解いて開き、印を結んだあと、巻物の中心に両手をつけた。
すると、巻物の字はうねうねと蠢いて一つの塊となり、角都の胸を突き破って体内へ侵入する。
「ぎゃああああああ!!」
その悲鳴にオレは思わずたじろいだ。
角都の体に変化が起こる。
両腕と頬は裂けて素早く触手が縫合し、白目の部分は赤へと染まった。
その声を聞きつけたのか、忍達が駆けつけてくる。
「角…!」
その肩に触れようとしたとき、オレは水面下へと沈んだ。
沈む直前、忍達の心臓を次々と奪っていく角都の姿を見た。
*****
いつの間にか、オレは見覚えのある場所に立っていた。
薄暗い建物のなか、周りは子供の死体だらけだ。
神官のひとりが、杭で胸を貫かれた銀髪の少年を抱き上げ、神官達は喜びを露わにしていた。
「見よ。ついにジャシン様の加護を受けたものが生まれたぞ!」
「完成だ…!」
「今こそ、ジャシン教を世に知らしめる時がきたのだ…!」
銀髪の少年は茫然としている。
「飛段…」
顔に巻かれた包帯は解かれ、飛段は首にかけられたペンダントのヘッドを握りしめて笑みを浮かべた。
「オレ…、ジャシン様に…救われた…」
その笑顔に、オレは胸の痛みを覚える。
「違う…。オレは…、ジャシンじゃない…」
飛段は神官達につれられ、扉の向こうへと向かう。
「飛段!」
*****
追いかけたが、扉の向こうは大雨が降っていた。
はっと振り返ったが、扉はなくなっている。
飛段と神官達の姿はどこにも見当たらない。
「ぎゃああ!!」
悲鳴が聞こえ、オレはその方向へと走った。
そこには、頭巾を被った角都と、角都によって心臓を奪われる忍がいた。
「バケ……モノ…」
その言葉とともに、忍は息絶える。
角都の背中に新たな仮面が追加された。
角都は手のひらを見つめ、ふっと笑う。
「バケモノ、か」
その「バケモノ」に変えてしまったのは、オレだ。
角都が望んだわけではない。
振り返ると、バラバラに切断された飛段が転がっていた。
その周りには神官達に囲まれている。
「痛てェ…、痛てェよ…」
首だけで痛みを訴える飛段に、神官達は怯えるような目を向けながらも見入っていた。
「首だけでも死なんとは…」
「これが本当の不死…!」
「素晴らしい…!」
飛段の心の声まで聞こえる。
(痛てェよ、ジャシン様…)
「―――っ!」
オレは耳を塞ぎ、その場にしゃがみこんだ。
「やめろ…っ! オレはこうなることを望んでおまえらを生かしたわけじゃない…! オレはただ…」
誰が聞いても言い訳にしか聞こえない。
オレ自身もそう思う。
取り返しのつかないことをしておきながら。
オレは自分自身に、2人に、言い訳している。
耳を塞いでも、目を閉じても、無意味だ。
暁の外套を着た角都と、見覚えのない男がいた。
こいつも暁の外套を着ている。
「オレ達は仲間だ。よろしくな、角都」
角都とその男は、共に旅をし、共に賞金首と戦い、共に食事を食べた。
静まり返る森の中で2人は焚き火を前に野宿する。
背を向けて眠っている角都を見た男はそっとその背に近づき、喉笛目掛けてクナイを振り下ろした。
同時に角都は地怨虞で手を伸ばし、男の頭をつかむ。
「!?」
男は驚きで目を見開いた。角都は無表情で男の顔を見据えている。
男は舌打ちし、角都を睨みつけた。
「クソ…ッ。うまく信用を得たと思っていたのに…!」
「オレは初めから、貴様など信用していない」
角都は躊躇なく、男の頭を潰した。
角都の手は血で汚れ、角都はしばらくその手のひらを見つめていた。
*****
ジャシンマークの上で仰向けになり、胸の中心に杭を刺して儀式をしていた飛段は、口端から血を流しながらブツブツと文句を言っていた。
「ケッ。なにが異教徒狩りだ。ジャシン様を否定する奴ァ、全員贄にしてやるぜ。なぁ、おまえら」
飛段は半身を起こし、周りを見回す。
飛段の周りは、血の海と化していた。
異教徒狩りとジャシン教徒の死体がそこら中に転がっている。
生きているのは、飛段ただひとりだけだ。
「…って…、誰も聞いてねーか…」
飛段はまた仰向けになり、祈りを続ける。
*****
2人の声が響き渡る。
オレは
ずっと
この先
永遠に…
―――孤独(ひとり)だ
角都はオレの首を両手でつかみ、飛段はオレの胸を杭で貫いた。
おまえのせいで!!!
「あぁああああああああ!!!」
そしてまた、同じ悪夢のくり返し。
.
悪夢は、望んでもないのにオレに過去を見せる。
始末屋時代、始末を終え、オレは、別行動をとっていたヒルを呼びに行き、その光景を目撃して絶句した。
しばらくその光景を茫然と見つめ、おそるおそるヒルに尋ねる。
「な…、なにしてんだよ…、おまえ…」
ヒルは、始末外の子供の首筋に食らいつき、血を啜っていた。
子供はすでに真っ青な顔で死んでいる。
ヒルは子供の首筋から口を離し、口元を血で汚したままこちらに振り返った。
「ああ…、見られてしまったので、始末しました」
なんの躊躇もせずに殺したようだ。
子供の新鮮な血の味に、満足そうな笑みを浮かべている。
「…見られただと?」
この辺は村も近い。
子供はその村の子供だろう。
なにが起きたのかと目を見開いたまま死んでいる。
おそらく、ヒルはわざと見せた。
子供の血を啜りたいがために。
近くに子供がいたと気付かないほどオレ達朱族の鼻は鈍くはない。
この間、「一度子供の血を啜ってみたい」とユウに話していたのを覚えている。
「見られたからなんだ。誰がこんなガキの言うことなんざ信じるかよ!」
見れば、まだ5・6歳くらいの小さな子供じゃないか。
「ヨルは優しいですねェ」
「んだと…!」
思わず夢魔を出現させるところだった。
睨みつけると、ヒルは不気味に笑いながら挑発するように言う。
「いい加減、人間の心は捨てなさい。優しいとは脆いもの。簡単に潰れてしまいますよ。食べます? 美味ですよ」
襟をつかみ、オレに子供を差しだした。
「…っ」
怒りで歯軋りすると、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、アサとユウがいた。
「よせ。殺してしまったものは仕方がないじゃろう」
アサはそう言ってオレの横を通過し、ヒルから子供を受け取り、
「!?」
細い左腕を引き千切ってこちらに渡した。
「残すのももったいない。ヨル、食っておけ」
美味そうな匂いがするにも関わらずオレは吐き気を覚え、首を横に振った。
「いらない…!」
アサは「そうか」と言い、その腕に噛みついて血を啜りだす。
あとからユウも食事に参加した。
嫌だ嫌だ!!
オレは鬼になりたくない…!!
初めて同族嫌悪というものを覚えたのは、その時だったと思う。
はっと目を開けたが、悪夢は現実でも続いていた。
目の前には、腕を組んで笑みを浮かべながらこちらを見据えるヒルが立っていた。
その背後にはミツバがいる。
「おはようございます」
両手の痛みに気付いて真上を見上げると、オレの頭上で右手と左手は重なったまま、ヒルの死吹によって背後の壁に突き刺されていた。
爪先は浮いていて、少しでも身をよじらせると容赦なく両手に痛みが走る。
ヒルらしい拘束の仕方だ。
ロープや鎖で拘束することを真っ先に考えない。
手首には、点滴が打たれていた。
どうりで喉が渇かないわけだ。
点滴で人間の血を送り込まれていたから。
辺りを見回すと、どうやら洞窟のようだ。
ドームと同じ広さで、天井は大きな穴が空けられ、そこから日の光が差し込み、中は明るい。
ミツバ越しに、人ひとり通り抜けるくらいの穴を見つけ、オレの右横の壁には大きな扉があった。
どちらが外に続く出口なのかはわからない。
「…あれから…、オレは何日眠ってた?」
自分でも驚くくらい、気持ちは落ち着いていた。
「2日…ですね」
「2日か…」
普通の人間なら、1週間は目覚めない。
朱族だと早いものだ。
「それで? てめーはオレに何用だ? 月代が目的じゃねーのかよ」
オレを人質に月代を手に入れるつもりなのか。
「月代は手に入れました」
「!」
月代は飛段と一緒にいたはずだ。
飛段は無事なのか。
不死身だから死ぬことはないだろうが。
月代を手に入れたなら、オレに用はないはずだ。
オレの言いたいことがわかったのか、ヒルは言う。
「欲しいのは、あなたの真血ですよ」
「オレの真血を? なんのために?」
「月代の中に眠る朱鬼を解放します」
「…!?」
アレを解放だと!?
あんなものを月代から解放されれば、とんでもないことになるのは目に見えている。
「ヒル、朱鬼のこと、知ってるのか?」
「ええ。ヒル達朱族は、その血肉で作られましたからね。ヒルは、昔、父上の資料をこっそりと見て朱鬼のことを知りました。そして、里を抜け出し、30年近くも捜していました」
ヒルが懐から出したのは、古びれた数枚の紙だった。
角都が手に入れた手帳の紙と似ている。
その手帳から千切ったものかもしれない。
ヒルはそれに目を通しながら話す。
「朱鬼は、浄土と穢土の狭間に存在していた鬼と記されています。父上とその部下達はいずれ訪れる激戦のために、偽りの契約で朱鬼を狭間から呼び出し、その体を引き裂いた。ヒル達、不老の肉体と超人的な能力を持つ朱族を作り出すために」
それがオレ達の出生の真実だ。
ヒルの話は続く。
「ヒル達の体に埋め込まれた血肉は、朱鬼の胴体部分ですが、月代は頭と片腕を埋め込まれました」
「頭だと!?」
「だから朱鬼の意識を持っているのです。朱鬼は頭だけになっても、眠っていただけだった。父上も、ヒル達の体にそれを埋め込むのは躊躇った。脳と体を支配され、第2の朱鬼を生まれさせるわけにもいかない」
「…けど、天空の部下はカプセルに入ったままの月代と、朱鬼の頭部と片腕を持ち逃げした」
「ええ」
皮肉にも、体が腐ることも心臓が止まることもなく成功してしまった。
「おまえが朱鬼を欲しがる理由は?」
「偽りの契約を真実にします」
「…!!」
契約は、「全ての人間を朱鬼に捧げること」だ。
「それなら、朱鬼はヒルの言うことを聞いてくれるでしょう?」
「ふざけんなよ…! なんでそんなこと…!」
それには答えず、ヒルは妖しく笑うだけだった。
オレに近づき、手を差しだす。
「さあ、真血を…」
オレは勢いよく左脚を振り上げた。
ヒルは上半身を反らして避ける。
ドドド!!
同時に、オレの左膝と右肩と腹にクナイが突き刺さった。
「…っあ゙…!」
ヒル越しに、右腕を上げたミツバを見て、奴が飛ばしたと察する。
「うう…!」
痛みに呻くと、ヒルはオレの首をつかんだ。
「随分と余裕ですね。あの2人が助けにくるとでも?」
角都と飛段のことだろう。
オレはふっと笑みを浮かべた。
「あいつらは来ねえよ」
そこまで自惚れちゃいない。
金にも宗教にもならないし。
オレが落ち着いていられるのは、あの2人は来ないと諦めていたからだと思う。
敵につかまって、あの2人は今頃呆れていることだろう。
「冷たいお仲間ですね」
「らしいっちゃ、らしいさ。オレは、あいつらにとっては特別でもなんでもない」
あいつらは、オレが真血を与えたことを知らない。
オレにとっては特別でも、たぶん、あいつらにとってはただの連れでしかない。
ヒルは針のついた舌先を見せた。
「あなたには大人しく、悪夢を見ていただきましょうか」
オレの意識を奪った時とは違うやり方だ。
「“幻痛視針”はオレには効かねえよ。知ってんだろ? オレの血はオレの血であり、オレの血じゃない」
9割が他人の血だと。
それはヒルも同じだ。
ヒルの幻痛視針とは、相手の血を舌の先の針で取り込み、血の記憶を読みとったあと、加工を加えて相手の過去の絶望をもう一度見せる最低の幻術だ。
ヒルは敵の数が多くない限り、一撃でトドメを刺すことはしない。
これで心を潰した忍達をオレは何度も見た。
「誰があなたの過去を見せると言いました?」
ヒルは手のひらのものをオレに見せた。
そこには2匹の蛭がのっている。
「!」
まさか、とオレは冷や汗を流した。
「あなたのお連れの2人の血が取り込まれています」
海の国の時にとられたのだと察する。
ヒルはそれを真上に軽く投げ、舌を伸ばし、舌先の針で2匹の蛭を同時に突き刺した。
2匹の蛭は貫かれたあと、不気味に蠢き、やがて動かなくなる。
「ヨル、あなたは脆い鬼です。だから、潰れやすそうだ」
血の記憶を読みとり、ヒルはオレに向けて舌を伸ばした。
ドス!
「く…っ」
抵抗も空しく、首筋に針が突き刺さり、幻術入りの血が注入された。
目の前が暗くなり、再び目を開けた時には水面の上に立っていた。
周りは霧で包まれ、視界が悪い。
近くで滝の音が聞こえ、向かってみると、見覚えのある背中を見つけた。
「角都…」
いつもの後ろ姿ではない。
忍服を着ていて、腕には縫い目のあとがないかった。
ゆっくりと近づいてみる。
「角都?」
横から顔を窺う。
角都の顔には縫い目もなく、白目の部分の赤はなくなっていた。
深緑の瞳はこちらを向かない。
「ついに…、手に入れた…!」
角都は息を弾ませながら、その場に膝をついて大きな巻物を取り出し、紐を解いて開き、印を結んだあと、巻物の中心に両手をつけた。
すると、巻物の字はうねうねと蠢いて一つの塊となり、角都の胸を突き破って体内へ侵入する。
「ぎゃああああああ!!」
その悲鳴にオレは思わずたじろいだ。
角都の体に変化が起こる。
両腕と頬は裂けて素早く触手が縫合し、白目の部分は赤へと染まった。
その声を聞きつけたのか、忍達が駆けつけてくる。
「角…!」
その肩に触れようとしたとき、オレは水面下へと沈んだ。
沈む直前、忍達の心臓を次々と奪っていく角都の姿を見た。
*****
いつの間にか、オレは見覚えのある場所に立っていた。
薄暗い建物のなか、周りは子供の死体だらけだ。
神官のひとりが、杭で胸を貫かれた銀髪の少年を抱き上げ、神官達は喜びを露わにしていた。
「見よ。ついにジャシン様の加護を受けたものが生まれたぞ!」
「完成だ…!」
「今こそ、ジャシン教を世に知らしめる時がきたのだ…!」
銀髪の少年は茫然としている。
「飛段…」
顔に巻かれた包帯は解かれ、飛段は首にかけられたペンダントのヘッドを握りしめて笑みを浮かべた。
「オレ…、ジャシン様に…救われた…」
その笑顔に、オレは胸の痛みを覚える。
「違う…。オレは…、ジャシンじゃない…」
飛段は神官達につれられ、扉の向こうへと向かう。
「飛段!」
*****
追いかけたが、扉の向こうは大雨が降っていた。
はっと振り返ったが、扉はなくなっている。
飛段と神官達の姿はどこにも見当たらない。
「ぎゃああ!!」
悲鳴が聞こえ、オレはその方向へと走った。
そこには、頭巾を被った角都と、角都によって心臓を奪われる忍がいた。
「バケ……モノ…」
その言葉とともに、忍は息絶える。
角都の背中に新たな仮面が追加された。
角都は手のひらを見つめ、ふっと笑う。
「バケモノ、か」
その「バケモノ」に変えてしまったのは、オレだ。
角都が望んだわけではない。
振り返ると、バラバラに切断された飛段が転がっていた。
その周りには神官達に囲まれている。
「痛てェ…、痛てェよ…」
首だけで痛みを訴える飛段に、神官達は怯えるような目を向けながらも見入っていた。
「首だけでも死なんとは…」
「これが本当の不死…!」
「素晴らしい…!」
飛段の心の声まで聞こえる。
(痛てェよ、ジャシン様…)
「―――っ!」
オレは耳を塞ぎ、その場にしゃがみこんだ。
「やめろ…っ! オレはこうなることを望んでおまえらを生かしたわけじゃない…! オレはただ…」
誰が聞いても言い訳にしか聞こえない。
オレ自身もそう思う。
取り返しのつかないことをしておきながら。
オレは自分自身に、2人に、言い訳している。
耳を塞いでも、目を閉じても、無意味だ。
暁の外套を着た角都と、見覚えのない男がいた。
こいつも暁の外套を着ている。
「オレ達は仲間だ。よろしくな、角都」
角都とその男は、共に旅をし、共に賞金首と戦い、共に食事を食べた。
静まり返る森の中で2人は焚き火を前に野宿する。
背を向けて眠っている角都を見た男はそっとその背に近づき、喉笛目掛けてクナイを振り下ろした。
同時に角都は地怨虞で手を伸ばし、男の頭をつかむ。
「!?」
男は驚きで目を見開いた。角都は無表情で男の顔を見据えている。
男は舌打ちし、角都を睨みつけた。
「クソ…ッ。うまく信用を得たと思っていたのに…!」
「オレは初めから、貴様など信用していない」
角都は躊躇なく、男の頭を潰した。
角都の手は血で汚れ、角都はしばらくその手のひらを見つめていた。
*****
ジャシンマークの上で仰向けになり、胸の中心に杭を刺して儀式をしていた飛段は、口端から血を流しながらブツブツと文句を言っていた。
「ケッ。なにが異教徒狩りだ。ジャシン様を否定する奴ァ、全員贄にしてやるぜ。なぁ、おまえら」
飛段は半身を起こし、周りを見回す。
飛段の周りは、血の海と化していた。
異教徒狩りとジャシン教徒の死体がそこら中に転がっている。
生きているのは、飛段ただひとりだけだ。
「…って…、誰も聞いてねーか…」
飛段はまた仰向けになり、祈りを続ける。
*****
2人の声が響き渡る。
オレは
ずっと
この先
永遠に…
―――孤独(ひとり)だ
角都はオレの首を両手でつかみ、飛段はオレの胸を杭で貫いた。
おまえのせいで!!!
「あぁああああああああ!!!」
そしてまた、同じ悪夢のくり返し。
.