13:温かい手
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*ヨル
オレ達は角都の賞金稼ぎの仕事のために、海の国を去った。
また機会があれば立ち寄りたいところだ。
今は見通しのいい平地を歩いていた。
前には角都とその隣にはオレ。
後ろには飛段とその外套の裾をつかんで歩く月代。
仲間が一人加わって新鮮味を覚える。
それは角都も飛段も同じなのかもしれない。
暁はツーマンセルが基本だとか言ってたが、明らかにこれではフォーマンセルだ。
「月代の外套は?」
オレの時はすぐに用意してくれていたのに。
「サイズがないから数日かかる」
「子供服だしな;」
月代の格好は布一枚のままだ。
こんな草も生えていない乾いた地面の上を裸足で歩いて怪我をしないのだろうか。
「ヨル、もう2度とあんなふざけたことを抜かすな」
「ふざけたこと? …あァ、あれか」
パパ呼ばわりしたことか。
ツッコミしては手加減してた方だから、満更でもないかと思ってた。
だって、本気でツッコむ時の角都はコブシ食らわせてくるから。
まあ、それは思っても口にしない。
殴られたくないから「わかったわかった」と答えておく。
「…今回のターゲットは雷遁使いか?」
「なぜわかる?」
「偽暗を潰されただろ。あと4回殺されたら死ぬ。…頼むからさ、そういうのは早めに言ってくれ。オレか飛段がそいつをすぐに殺しちまうかもしれねーし」
あとになって「心臓を奪うはずだったのに」とか言われても遅いから。
「……………」
ふと、後ろでオレと角都を交互に見つめる飛段に気付いた。
飛段の肩に乗った月代もそれをマネしている。
「…なにか?;」
居心地の悪い視線に耐えきれず、オレは肩越しに尋ねた。
「真面目な話ならオレも混ぜろよォ。仲間ハズレにしやがってェ」
「しやがってェ」
月代がまた悪い言葉を覚えてしまう。
先程も「ゲハハ」を覚えてしまったのに。
「とりあえず、今回のターゲットは角都に渡せって話してたんだよ」
「えーっ、オレそいつ殺る気満々だったのにィ;」
「まーまーだったのにィ」
ちゃんと発音できていない月代。
「部下で儀式しろ」
角都に言われ、飛段は「わぁかったよォ」と口を尖らせた。
その表情をマネする月代も可愛くて、オレは思わずクスッと笑ってしまう。
その時、オレは足下の音に気付いた。
角都もそれに気付いたのか、オレとほぼ同時にはっとした顔をする。
「「離れろ!」」
声も重なり、オレと角都はその場から上に飛んだ。
飛段も月代を肩にのせたまま、今の位置から大きく飛び退く。
同時に、オレ達が立っていた地面から数本の黒い槍が飛び出した。
「お目当ての登場だ」
「部下がいるうえに全員土遁使いかよ!」
静かに言う角都の次に、オレは声を上げた。
地面の下から攻撃してくる奴らだ。
人一人いないと思って油断していた。
だが、地面の下を掘り進む音で敵の数と位置は、オレには手に取るようにわかる。
それが2度目の油断となった。
飛び出したままの全ての黒い槍の先が青白く光り、稲光とともに鋭い雷を放った。
ビシャアアア!!
「うあああああ!!」
「ぐうっ!!」
ターゲットの雷遁の術だろう。
空中にいたオレと角都はそれをまともに食らってしまい、地面に倒れた。
地面から突き出ていた槍は地面の下へと戻っていく。
オレ達にトドメを刺すためだ。
「角都! ヨル!」
雷を逃れた飛段はこちらに走り寄ってくる。
オレの耳は、こちらに向かっていた者達がオレと角都を後回しにし、飛段に向かっていくのを聞きとった。
「ひだ…っ、来るな…!」
飛段は三連鎌を手に取ったが、その前に地面から飛び出した数本の槍が飛段の腹と胸と左脚を貫いた。
「痛ってェなコラァ!!」
それで死ぬ飛段ではない。
しかし、第2の攻撃が襲いかかれば少しの間、体が思うように動かなくなってしまう。
オレより先に復活した角都は、よろめく体で立ち上がって印を結び始めた。
飛段が雷を食らう前に、圧害か頭刻苦を出して下にいる敵を引きずりだすつもりだろう。
オレも起き上がろうとしたとき、
「わぁあっ、ああぁぁあぁあああ!!!」
「!?」
オレの耳をつんざくほどの大声を出したのは、月代だった。
飛段の裾に両手でしがみつき、「ママ、ママ」と泣き叫んでいる。
角都も飛段も目を見開いて驚いていた。
「ママにいたいいたいダメェェェェ!!!」
左腕に巻かれた封印術仕込みの包帯はビリビリと破れ、あの大きな赤い腕が出現した。
この光景を見て、戦慄しない奴はいないだろう。
月代は振り上げた左腕を足下に叩きつけ、地面を割り、その震動と衝撃はオレの足にも伝わった。
そして月代は地面の割れ目から現れた敵を見つけ、その瞬間、目的の賞金首共々をただの肉塊に変えてしまった。
目の前に広がる血の海に目眩がする。
敵の血を被った月代は、血臭を気にする様子もなく、ただ真っ直ぐ飛段の元へと戻り、その体に突き刺さった槍を大きな左手で慎重に抜き始めた。
「っ!」
飛段が痛みで顔を少し歪めたとき、「ママ、ごめん」と謝り、さらに慎重になって最後の胸に刺さった槍を抜いた。
「ママ、いたい? いたい?」
「痛てェけど、すぐ治るし…」
飛段の傷が早くも塞がりかけていることを確認した月代は、安心したように微笑んだあと、その場に倒れた。
「!」
オレは急いで月代に駆け寄ってその小さな抱き起こす。
飛段もその顔を窺った。
月代は寝息を立てて眠っているだけだ。
この惨状を起こした者とは思えないほど、子供らしい寝顔で。
「…とんでもないのに気に入られたな、おまえ;」
オレは飛段と目を合わせて言った。
飛段も改めて実感しているのか、「そうだな;」と小さく返す。
角都は賞金首の死体に近づき、換金できるか確認している。
幸い、頭は無傷だから顔はわかる。
「…サソリから相当危険なものとは聞いていたが、ここまで酷いとはな。心臓を奪う隙もなかった」
心臓を奪おうとヘタに飛び込めば、間違いなく巻き添えを食らっていただろう。
角都は懐から黒い布を取り出し、賞金首の頭部を巻いた。
それを換金所に持って行くつもりだろう。
「…月代の左腕を封印したらすぐに出発だ」
そう言ったあと、懐から愛用の筆を取り出し、次に取り出した包帯に封印術の文字を書いていく。
オレと飛段はそれを見つめながら、角都が書き終わって月代の腕に巻くのを待っていた。
「あんなに泣くもんなんだな…」
ふと、飛段はボソリと呟いた。
「そりゃ…、子供にとって、母親は絶対だからな…。死なれたら、悲しいに決まってる…」
知ったふうな口を利いたが、オレは「あ」と気付く。
悲しいはずなのに、あの時のオレは泣かなかった。
オレは、母親の亡骸の前で“泣いて当たり前”のことができなかった。
父親代わりの天空が死んでも、できなかった。
「良い子ね」
母親のことで覚えているのは、優しい声と、温かいてのひらだけ。
母親が傷ついて泣き喚いた月代は、なんて人間らしいのだろう。
残酷な殺し方をしたのに、今は血で真っ赤に汚れているというのに。
穢れているとは思えない。
それに比べ、オレはなんて、
血も涙もない鬼なのだろう。
換金所に立ち寄ったあと、金を手にして先を進み、このまま平地で野宿かと思ったが、先に進むと小さな町を見つけた。
角都が言うには、最近出来た町だそうだ。
オレ達はその町に入り、夕食を食べてから適当な宿を見つけて入った。
2階建てで、値段も安い。
ただし、部屋が狭いので、角都はシングル3つをとった。
「えーっ、男子部屋女子部屋って分かれねえかァ?;」
普段はシングル1つで3人で眠っていたのだ。
宿帳に名前を書きながら角都は言い返す。
「広さが広さだ。男2人くっついて寝ろと言いたいのか」
「オレは別にいいぜェ」
飛段がそう言って、宿の女性は「あら」と頬を染めた。
「…黙れ飛段」
*****
2階の部屋の一番左が角都の部屋、その隣が飛段と月代の部屋、その隣がオレの部屋だ。
部屋は3畳の畳の部屋だ。
確かに大人2人が一緒に寝るにはくっついて眠るしかない。
飛段や角都の様子を見に行ってもよかったが、オレは火遁の術に専念した。
あまり派手にやると宿が燃えてしまうため、手加減をする。
前から練習していくうちに、ロウソクに火をつけることができるようになった。
そしてこの間はそれで起爆札に火をつけることに成功した。
短い練習を終えたあと、窓を見ると、無数の星が輝く空が見え、町にはポツポツと明かりが灯されていた。
その光景を眺めながら押入れから布団を取り出して敷き、その上に寝転がった。
「そういや、一人で寝るのは久しぶりだ…」
久方ぶりの薄暗い闇は、あまり落ち着かない。
それでも、オレは目を閉じ、それぞれの部屋で眠っている角都と飛段のことを考えながら眠りに就いた。
*****
オレは今、夢を見ている。
夢の場所は飛段と月代の部屋だ。
2人は仲良く同じ布団で眠っている。
寝惚けて飛段の部屋に入ってしまったのだろうか。
そう思わせるほどだ。
試しに飛段の頭に触ろうとしたが、オレの手は飛段の頭をすり抜けてしまった。
「ああ、やっぱり夢なのか」と茫然と思った。
周りを見回せば、見える色は全て白黒である。
「!」
誰かが部屋に入ってきた。
角都だろうかと思ったが、違う。
角都にしては小柄だし、髪も短い。
白黒だから色はわからない。
気配に気づいたのは月代だった。
目を覚まして眠い目を擦りながら上半身を起こし、その人物を見上げた。
「…おなじ?」
「そう、同じ」
オレの声で聞こえてしまう。
オレが2人会話しているかのようだ。
「ママに、いたいするの?」
「しない。けど、これからママに痛いことする奴を知ってる。痛いを通り越し、ママを奪ってしまう」
そいつの口元は不気味な笑みを浮かべている。
「うばう?」
単語の意味がよくわからないのか、月代は首を傾げた。
「ママを殺してしまう」
「!! ヤダ…!! ママしぬのヤダ…!!」
「だから、殺せ」
そいつは名前を告げた。
それを聞いた月代は腕を発動させ、部屋を飛び出す。
「!! やめろ月代!!」
オレは急いであとを追いかけるために部屋を飛び出そうとしたが、何者かに右の手首をつかまれる。
「!!」
振り返ると、月代を唆した奴ではない、忘れもしない顔がそこにあった。
「ア…、アサ…!?」
思わずその手を振りほどき、壁に背中をぶつけた。
「な…、なんで…、なんでおまえがここに!!?」
「ヨル、これは夢じゃ。恐れることはない」
「…っ」
喉を鳴らし、目の前で笑みを浮かべるアサを凝視する。
「相変わらず、おヌシはワシを恐れるのか…」
困ったように笑い、言葉を続けた。
「早く醒めた方がいいぞ。目を覚ませば血の夢じゃ」
「…!?」
「…ヨル、ワシはもうあのことはもう気にしとらん。勝手な愛情を押しつけたのはワシで、勝手に里を出て行ったのもワシじゃ。それでも、おヌシはワシの元へ帰ってきてはくれぬのか?」
瞬時に角都と飛段が脳裏をよぎる。
「……オ…、オレは…もう…、居場所…見つけた……」
それを聞いたアサは怒鳴ることも悲しむこともせず、ただの笑みを浮かべただけだった。
無表情に張り付いたような笑みを。
「ならば、居場所を壊されぬよう気をつけることじゃな」
目の前を赤い蝶が通り過ぎたとき、オレは目を覚ました。
ドン!!
同時に、大きな音が宿中に響き渡った。
.
オレ達は角都の賞金稼ぎの仕事のために、海の国を去った。
また機会があれば立ち寄りたいところだ。
今は見通しのいい平地を歩いていた。
前には角都とその隣にはオレ。
後ろには飛段とその外套の裾をつかんで歩く月代。
仲間が一人加わって新鮮味を覚える。
それは角都も飛段も同じなのかもしれない。
暁はツーマンセルが基本だとか言ってたが、明らかにこれではフォーマンセルだ。
「月代の外套は?」
オレの時はすぐに用意してくれていたのに。
「サイズがないから数日かかる」
「子供服だしな;」
月代の格好は布一枚のままだ。
こんな草も生えていない乾いた地面の上を裸足で歩いて怪我をしないのだろうか。
「ヨル、もう2度とあんなふざけたことを抜かすな」
「ふざけたこと? …あァ、あれか」
パパ呼ばわりしたことか。
ツッコミしては手加減してた方だから、満更でもないかと思ってた。
だって、本気でツッコむ時の角都はコブシ食らわせてくるから。
まあ、それは思っても口にしない。
殴られたくないから「わかったわかった」と答えておく。
「…今回のターゲットは雷遁使いか?」
「なぜわかる?」
「偽暗を潰されただろ。あと4回殺されたら死ぬ。…頼むからさ、そういうのは早めに言ってくれ。オレか飛段がそいつをすぐに殺しちまうかもしれねーし」
あとになって「心臓を奪うはずだったのに」とか言われても遅いから。
「……………」
ふと、後ろでオレと角都を交互に見つめる飛段に気付いた。
飛段の肩に乗った月代もそれをマネしている。
「…なにか?;」
居心地の悪い視線に耐えきれず、オレは肩越しに尋ねた。
「真面目な話ならオレも混ぜろよォ。仲間ハズレにしやがってェ」
「しやがってェ」
月代がまた悪い言葉を覚えてしまう。
先程も「ゲハハ」を覚えてしまったのに。
「とりあえず、今回のターゲットは角都に渡せって話してたんだよ」
「えーっ、オレそいつ殺る気満々だったのにィ;」
「まーまーだったのにィ」
ちゃんと発音できていない月代。
「部下で儀式しろ」
角都に言われ、飛段は「わぁかったよォ」と口を尖らせた。
その表情をマネする月代も可愛くて、オレは思わずクスッと笑ってしまう。
その時、オレは足下の音に気付いた。
角都もそれに気付いたのか、オレとほぼ同時にはっとした顔をする。
「「離れろ!」」
声も重なり、オレと角都はその場から上に飛んだ。
飛段も月代を肩にのせたまま、今の位置から大きく飛び退く。
同時に、オレ達が立っていた地面から数本の黒い槍が飛び出した。
「お目当ての登場だ」
「部下がいるうえに全員土遁使いかよ!」
静かに言う角都の次に、オレは声を上げた。
地面の下から攻撃してくる奴らだ。
人一人いないと思って油断していた。
だが、地面の下を掘り進む音で敵の数と位置は、オレには手に取るようにわかる。
それが2度目の油断となった。
飛び出したままの全ての黒い槍の先が青白く光り、稲光とともに鋭い雷を放った。
ビシャアアア!!
「うあああああ!!」
「ぐうっ!!」
ターゲットの雷遁の術だろう。
空中にいたオレと角都はそれをまともに食らってしまい、地面に倒れた。
地面から突き出ていた槍は地面の下へと戻っていく。
オレ達にトドメを刺すためだ。
「角都! ヨル!」
雷を逃れた飛段はこちらに走り寄ってくる。
オレの耳は、こちらに向かっていた者達がオレと角都を後回しにし、飛段に向かっていくのを聞きとった。
「ひだ…っ、来るな…!」
飛段は三連鎌を手に取ったが、その前に地面から飛び出した数本の槍が飛段の腹と胸と左脚を貫いた。
「痛ってェなコラァ!!」
それで死ぬ飛段ではない。
しかし、第2の攻撃が襲いかかれば少しの間、体が思うように動かなくなってしまう。
オレより先に復活した角都は、よろめく体で立ち上がって印を結び始めた。
飛段が雷を食らう前に、圧害か頭刻苦を出して下にいる敵を引きずりだすつもりだろう。
オレも起き上がろうとしたとき、
「わぁあっ、ああぁぁあぁあああ!!!」
「!?」
オレの耳をつんざくほどの大声を出したのは、月代だった。
飛段の裾に両手でしがみつき、「ママ、ママ」と泣き叫んでいる。
角都も飛段も目を見開いて驚いていた。
「ママにいたいいたいダメェェェェ!!!」
左腕に巻かれた封印術仕込みの包帯はビリビリと破れ、あの大きな赤い腕が出現した。
この光景を見て、戦慄しない奴はいないだろう。
月代は振り上げた左腕を足下に叩きつけ、地面を割り、その震動と衝撃はオレの足にも伝わった。
そして月代は地面の割れ目から現れた敵を見つけ、その瞬間、目的の賞金首共々をただの肉塊に変えてしまった。
目の前に広がる血の海に目眩がする。
敵の血を被った月代は、血臭を気にする様子もなく、ただ真っ直ぐ飛段の元へと戻り、その体に突き刺さった槍を大きな左手で慎重に抜き始めた。
「っ!」
飛段が痛みで顔を少し歪めたとき、「ママ、ごめん」と謝り、さらに慎重になって最後の胸に刺さった槍を抜いた。
「ママ、いたい? いたい?」
「痛てェけど、すぐ治るし…」
飛段の傷が早くも塞がりかけていることを確認した月代は、安心したように微笑んだあと、その場に倒れた。
「!」
オレは急いで月代に駆け寄ってその小さな抱き起こす。
飛段もその顔を窺った。
月代は寝息を立てて眠っているだけだ。
この惨状を起こした者とは思えないほど、子供らしい寝顔で。
「…とんでもないのに気に入られたな、おまえ;」
オレは飛段と目を合わせて言った。
飛段も改めて実感しているのか、「そうだな;」と小さく返す。
角都は賞金首の死体に近づき、換金できるか確認している。
幸い、頭は無傷だから顔はわかる。
「…サソリから相当危険なものとは聞いていたが、ここまで酷いとはな。心臓を奪う隙もなかった」
心臓を奪おうとヘタに飛び込めば、間違いなく巻き添えを食らっていただろう。
角都は懐から黒い布を取り出し、賞金首の頭部を巻いた。
それを換金所に持って行くつもりだろう。
「…月代の左腕を封印したらすぐに出発だ」
そう言ったあと、懐から愛用の筆を取り出し、次に取り出した包帯に封印術の文字を書いていく。
オレと飛段はそれを見つめながら、角都が書き終わって月代の腕に巻くのを待っていた。
「あんなに泣くもんなんだな…」
ふと、飛段はボソリと呟いた。
「そりゃ…、子供にとって、母親は絶対だからな…。死なれたら、悲しいに決まってる…」
知ったふうな口を利いたが、オレは「あ」と気付く。
悲しいはずなのに、あの時のオレは泣かなかった。
オレは、母親の亡骸の前で“泣いて当たり前”のことができなかった。
父親代わりの天空が死んでも、できなかった。
「良い子ね」
母親のことで覚えているのは、優しい声と、温かいてのひらだけ。
母親が傷ついて泣き喚いた月代は、なんて人間らしいのだろう。
残酷な殺し方をしたのに、今は血で真っ赤に汚れているというのに。
穢れているとは思えない。
それに比べ、オレはなんて、
血も涙もない鬼なのだろう。
換金所に立ち寄ったあと、金を手にして先を進み、このまま平地で野宿かと思ったが、先に進むと小さな町を見つけた。
角都が言うには、最近出来た町だそうだ。
オレ達はその町に入り、夕食を食べてから適当な宿を見つけて入った。
2階建てで、値段も安い。
ただし、部屋が狭いので、角都はシングル3つをとった。
「えーっ、男子部屋女子部屋って分かれねえかァ?;」
普段はシングル1つで3人で眠っていたのだ。
宿帳に名前を書きながら角都は言い返す。
「広さが広さだ。男2人くっついて寝ろと言いたいのか」
「オレは別にいいぜェ」
飛段がそう言って、宿の女性は「あら」と頬を染めた。
「…黙れ飛段」
*****
2階の部屋の一番左が角都の部屋、その隣が飛段と月代の部屋、その隣がオレの部屋だ。
部屋は3畳の畳の部屋だ。
確かに大人2人が一緒に寝るにはくっついて眠るしかない。
飛段や角都の様子を見に行ってもよかったが、オレは火遁の術に専念した。
あまり派手にやると宿が燃えてしまうため、手加減をする。
前から練習していくうちに、ロウソクに火をつけることができるようになった。
そしてこの間はそれで起爆札に火をつけることに成功した。
短い練習を終えたあと、窓を見ると、無数の星が輝く空が見え、町にはポツポツと明かりが灯されていた。
その光景を眺めながら押入れから布団を取り出して敷き、その上に寝転がった。
「そういや、一人で寝るのは久しぶりだ…」
久方ぶりの薄暗い闇は、あまり落ち着かない。
それでも、オレは目を閉じ、それぞれの部屋で眠っている角都と飛段のことを考えながら眠りに就いた。
*****
オレは今、夢を見ている。
夢の場所は飛段と月代の部屋だ。
2人は仲良く同じ布団で眠っている。
寝惚けて飛段の部屋に入ってしまったのだろうか。
そう思わせるほどだ。
試しに飛段の頭に触ろうとしたが、オレの手は飛段の頭をすり抜けてしまった。
「ああ、やっぱり夢なのか」と茫然と思った。
周りを見回せば、見える色は全て白黒である。
「!」
誰かが部屋に入ってきた。
角都だろうかと思ったが、違う。
角都にしては小柄だし、髪も短い。
白黒だから色はわからない。
気配に気づいたのは月代だった。
目を覚まして眠い目を擦りながら上半身を起こし、その人物を見上げた。
「…おなじ?」
「そう、同じ」
オレの声で聞こえてしまう。
オレが2人会話しているかのようだ。
「ママに、いたいするの?」
「しない。けど、これからママに痛いことする奴を知ってる。痛いを通り越し、ママを奪ってしまう」
そいつの口元は不気味な笑みを浮かべている。
「うばう?」
単語の意味がよくわからないのか、月代は首を傾げた。
「ママを殺してしまう」
「!! ヤダ…!! ママしぬのヤダ…!!」
「だから、殺せ」
そいつは名前を告げた。
それを聞いた月代は腕を発動させ、部屋を飛び出す。
「!! やめろ月代!!」
オレは急いであとを追いかけるために部屋を飛び出そうとしたが、何者かに右の手首をつかまれる。
「!!」
振り返ると、月代を唆した奴ではない、忘れもしない顔がそこにあった。
「ア…、アサ…!?」
思わずその手を振りほどき、壁に背中をぶつけた。
「な…、なんで…、なんでおまえがここに!!?」
「ヨル、これは夢じゃ。恐れることはない」
「…っ」
喉を鳴らし、目の前で笑みを浮かべるアサを凝視する。
「相変わらず、おヌシはワシを恐れるのか…」
困ったように笑い、言葉を続けた。
「早く醒めた方がいいぞ。目を覚ませば血の夢じゃ」
「…!?」
「…ヨル、ワシはもうあのことはもう気にしとらん。勝手な愛情を押しつけたのはワシで、勝手に里を出て行ったのもワシじゃ。それでも、おヌシはワシの元へ帰ってきてはくれぬのか?」
瞬時に角都と飛段が脳裏をよぎる。
「……オ…、オレは…もう…、居場所…見つけた……」
それを聞いたアサは怒鳴ることも悲しむこともせず、ただの笑みを浮かべただけだった。
無表情に張り付いたような笑みを。
「ならば、居場所を壊されぬよう気をつけることじゃな」
目の前を赤い蝶が通り過ぎたとき、オレは目を覚ました。
ドン!!
同時に、大きな音が宿中に響き渡った。
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