01:闇から醒めて
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石畳の床、錆びきった檻の柵、鍵のかかってない扉、静寂と闇で包まれたその檻の中が、オレにとって居心地のいい場所だ。
ふと顔を上げると、銀色に輝く満月が檻の中の鉄格子の窓から見えた。
あの色はあまり好きじゃない。
明るすぎる。
満月から視線を逸らし、目の前で死んでいる旅人を、ただ静かに見つめていた。
2日前に殺したオレが殺した奴だ。
たった3日経過しただけなのに、鼻を突くような腐臭が漂っている。
その臭いに眉をひそめた。
こんなことなら、檻の外で始末すればよかった、と後悔する。
小腹が減り、その死体の腰に差していた刀を抜き、その死体の左腕を切り落とした。
腐臭が臭わないように、息を止めてその腕に噛みつき、血を啜る。
だが、すぐにベッと吐き出した。
味といい、喉ごしといい、なにもかも最悪だったからだ。
試しでも、やってみるものじゃない。
腐った血を飲んで、余計に眉間の皺が刻まれる。
「最悪…」
苛立ちを込めて呟き、腕を捨てた。
その時、待っていたかのように、隅の小さな穴から一匹のネズミが飛び出し、その腕にかじりついてきた。
ネズミは雑食で羨ましい。
「…仕方ねえか」
食事中のそのネズミをつかみとった。
まだ子ネズミだ。
逃れようと手の中でもがいている。
「暴れるな」
オレだって、自分が食われそうになったら抵抗するけどな。
どこから噛みついてやろうかと考えていたとき、足下から「キキッ」と鳴いた別のネズミに気付いた。
こちらを見上げている。
「……親子かよ」
食欲が失せてしまい、前屈みになって子ネズミを放してやった。
親子ネズミは仲良く穴の中へと逃げていく。
2匹の姿が見えなくなったあと、舌打ちをした。
「チッ」
苛立ったら、失せた食欲が戻ってきた。
「やっぱり人間だ。新鮮な、生きてる人間がいい」
腐った死体の、乾いてドロドロの塊になった血は啜る気がしない。
生きてる時に吸った血の方が格別に美味かった。
吸いすぎて呆気なく失血死で死んだが。
「またやってこないねえかなぁ」
今度は1日3食をできるように、節約しながら吸ってやる。
欲張りだから成功した試しがないけど。
もう獣の血ばかりは飽きた。
永い時間を生きていれば、味にもうるさくなるとはこのことだな。
今ではすっかり馴染んでしまった硬い石のベッドに腰を下ろして頭を垂れたとき、
「!」
窓から入ってきた風の中に、新鮮な人間の匂いがした。
自分の瞳の色が変わるのがわかる。
思わず笑みを浮かべた。
「1人…、いや…、2人か…」
一気に食欲が湧いてくる。
こんな人気のない隠れ里に2人もやってくるのは久しぶりだ。
ただでさえ、1ヶ月の内に人間1人来るか来ないかという場所なのに。
いつもはオレが直々に出迎えてやるところだが、そのいつもと違う。
匂いが濃くなっている。
こちらにやってきているということだ。
理由はわからないが都合がいい。
腹が減っている時に動きまわらなくていいからな。
オレはただ座って様子を窺いながら、待っていればいいだけだ。
もう一度匂いを嗅ぐ。
不思議と、懐かしい匂いだ。
.
石畳の床、錆びきった檻の柵、鍵のかかってない扉、静寂と闇で包まれたその檻の中が、オレにとって居心地のいい場所だ。
ふと顔を上げると、銀色に輝く満月が檻の中の鉄格子の窓から見えた。
あの色はあまり好きじゃない。
明るすぎる。
満月から視線を逸らし、目の前で死んでいる旅人を、ただ静かに見つめていた。
2日前に殺したオレが殺した奴だ。
たった3日経過しただけなのに、鼻を突くような腐臭が漂っている。
その臭いに眉をひそめた。
こんなことなら、檻の外で始末すればよかった、と後悔する。
小腹が減り、その死体の腰に差していた刀を抜き、その死体の左腕を切り落とした。
腐臭が臭わないように、息を止めてその腕に噛みつき、血を啜る。
だが、すぐにベッと吐き出した。
味といい、喉ごしといい、なにもかも最悪だったからだ。
試しでも、やってみるものじゃない。
腐った血を飲んで、余計に眉間の皺が刻まれる。
「最悪…」
苛立ちを込めて呟き、腕を捨てた。
その時、待っていたかのように、隅の小さな穴から一匹のネズミが飛び出し、その腕にかじりついてきた。
ネズミは雑食で羨ましい。
「…仕方ねえか」
食事中のそのネズミをつかみとった。
まだ子ネズミだ。
逃れようと手の中でもがいている。
「暴れるな」
オレだって、自分が食われそうになったら抵抗するけどな。
どこから噛みついてやろうかと考えていたとき、足下から「キキッ」と鳴いた別のネズミに気付いた。
こちらを見上げている。
「……親子かよ」
食欲が失せてしまい、前屈みになって子ネズミを放してやった。
親子ネズミは仲良く穴の中へと逃げていく。
2匹の姿が見えなくなったあと、舌打ちをした。
「チッ」
苛立ったら、失せた食欲が戻ってきた。
「やっぱり人間だ。新鮮な、生きてる人間がいい」
腐った死体の、乾いてドロドロの塊になった血は啜る気がしない。
生きてる時に吸った血の方が格別に美味かった。
吸いすぎて呆気なく失血死で死んだが。
「またやってこないねえかなぁ」
今度は1日3食をできるように、節約しながら吸ってやる。
欲張りだから成功した試しがないけど。
もう獣の血ばかりは飽きた。
永い時間を生きていれば、味にもうるさくなるとはこのことだな。
今ではすっかり馴染んでしまった硬い石のベッドに腰を下ろして頭を垂れたとき、
「!」
窓から入ってきた風の中に、新鮮な人間の匂いがした。
自分の瞳の色が変わるのがわかる。
思わず笑みを浮かべた。
「1人…、いや…、2人か…」
一気に食欲が湧いてくる。
こんな人気のない隠れ里に2人もやってくるのは久しぶりだ。
ただでさえ、1ヶ月の内に人間1人来るか来ないかという場所なのに。
いつもはオレが直々に出迎えてやるところだが、そのいつもと違う。
匂いが濃くなっている。
こちらにやってきているということだ。
理由はわからないが都合がいい。
腹が減っている時に動きまわらなくていいからな。
オレはただ座って様子を窺いながら、待っていればいいだけだ。
もう一度匂いを嗅ぐ。
不思議と、懐かしい匂いだ。
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