10:鮮血の道化師
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*ヨル
ショーが見たいわけじゃなかった。
ただ、気になった。
“日ノ輪”のメンバーに付着していた妙な匂いが。
一度帰れば角都に強制的に外出禁止(再起不能)を食らってしまうため、屋台を見て回り、見世物小屋の前にある椅子に座って飛段と会話しながら時間を潰した。
オレ達が座ったのは舞台の前から3列目の席だった。
1番前の席でもよかったのだが、子供が多くて座り辛かった。
飛段は平気そうだったが、オレに合わせてほしい。
空は完全に暗くなり、午後9時をまわっていた。
広場の灯りが消え、スポットライトによって舞台が照らされる。
舞台袖から現れたのは、目を白い仮面で覆った、黒髪の長髪男だ。
ココロ達と同じ外套を着ている。
「お集まりの皆さま、今宵、我ら“日ノ輪”のショーを存分に楽しんでください! 血も凍るような場面に出くわしても、けっして瞑ってはいけません。それではせっかく来た甲斐がないでしょう? 恐怖も含め、楽しい夜を共に…」
仮面男が礼儀正しく一礼したあと、ボンッ、という音とともに仮面男は煙に包まれて消え、観客は驚いたあと無人の舞台に拍手を送った。
「まるで忍だ…」
隣の、端の席に座っている飛段が呟いた。
広場で見かけた奴らもご登場だ。
正式なメンバーはさっきの仮面男と合わせて5人のようだ。
まるで“暁”だ。
「片目だけ黒目なのがヒシギ、両目に包帯巻いてんのがミツバ…だっけか?」と飛段が教えてくれる。
ヒシギは風呂敷を取り出し、結び目を解いて中身を地面に落とした。
それを見た観客の何人かが「キャッ」と一声上げる。
なぜなら、風呂敷の中身はいくつもの動物の骨だったからだ。
犬や猫などの骨だろう。
ヒシギはそれを静かに見下ろし、腰から鞭を取り出した。
鞭には細かい文字がズラリと書かれている。
「起きろ。腐れ骨共」
床を叩いて渇いた音がしたかと思えば、動物の骨がピクピクと震え、ひとりでにそれぞれ元の形に組み立てられ、ヒシギの周りを生きているかのように走り回っているではないか。
観客の誰もが息を呑んだ。
「骨が…生き返った…?」
「バカな…」
飛段に続き、オレも思わず呟く。
骨の動物達の芸が終わって拍手喝采が湧きあがったあと、次はミツバだ。
そう思ったら、ココロも出てきた。
2人は向かい合って笑みを浮かべる。
それが合図になり、ミツバは大きく両手を広げた。
「!!」
ミツバの袖から濁流の如く出てきた無数のクナイがココロに襲いかかる。
ココロは直線にきたそれを右に飛んで避け、両袖から飛輪(チャクラム)を取り出し、ミツバに向かって投げた。
戻ってきたクナイがミツバの目の前で壁となり、盾となる。
弾かれた飛輪はココロの手の中に戻った。
同時に、無数のクナイが再びココロ目掛けて襲いかかる。
今度は波のように広がり、ココロを呑み込もうとした。
ココロは素早く、持っていた両手の飛輪を足首に通して外套を脱いだ。
両腕には飛輪がそれぞれ5つあった。
腕を動かし、腕に通した飛輪を回す。
そして、クナイの波に呑まれる寸前、旋回して襲いかかるクナイを弾き落としていく。
ありえない速さだ。
どちらも舞っているようで、観客全員それに見惚れていた。
下手をすれば血を見る戦いだというのに。
「あれは人間の戦いか?」と後ろの席の観客が恐ろしげに呟いたのが聞こえた。
思わず時間を忘れた頃にココロとミツバの戦いは切りのいいところで終了し、同じく拍手喝采が湧きあがった。
舞台にはヒシギ、ミツバ、ココロが残り、拍手が止む頃にあの仮面男が煙と共に再び舞台の真ん中に現れる。
「名残惜しいですが、いよいよ最後の見世物となってしまいました」
観客達は本当に名残惜しそうだ。
舞台袖から、顔を仮面で隠した男達がカラフルな大き目の箱を運んできた。
その箱に手を触れた仮面男は観客に向かって言う。
「最後はお客様にご協力をお願いしましょう! この中に入っていただく素敵なゲストは…」
仮面男は観客を遠くから順に見回し、大袈裟な声を出して指をさした。
「……ああっ、そこのあなた!」
「!」
オレは目を見開いて隣の飛段を見た。
他の観客も飛段に注目する。
飛段が指名されたからだ。
「オレェ?」
一度右左をキョロキョロした飛段が自身を指して尋ねる。
仮面男は大きく2度頷いた。
「そうっ、美しい銀髪のあなたです! どうぞ舞台へ」
仮面男が手招きし、ココロも「早くおいでぇ」と一緒になって手招きしている。
「嫌だ」と言える雰囲気でもなく、飛段は席を立って三連鎌を背中に携えたまま舞台へと上がった。
仮面男は左手で飛段の背中に軽く触れ、右手で箱の側面にある扉を開けた。
「さぁ、箱の中へ…」
その仮面男の不気味な声に思わず悪寒が走った。
飛段に声をかけようとしたが、口を開いた途端に扉が閉められてしまう。
仮面男は鍵をかけ、大声で叫んだ。
「ショータイム!!」
パチン、と指が鳴らされ、ミツバが動いた。
両腕を広げ、万歳のような格好をしたあと、舞台袖から無数の剣が飛び出し、次々と色んな角度から箱を串刺しにした。
「キャ―――!!」
観客の何人かが大きな悲鳴を上げた。
泣き出す子供までいる。
「飛段!!」
オレは思わず立ち上がり、箱に向かって叫んだ。
「さあ、青年の運命は…!?」
仮面男は観客に向かって言ったつもりだろうが、明らかにオレを見ながら言った。
その口元の笑みに激しい嫌悪感を覚える。
ミツバが腕を下ろすと同時にひとりでに箱に突き刺さった剣が抜け、舞台の床に落ちた。
仮面男は扉の鍵を開け、飛段が出てくるのを待つ。
仕組みなんてどうでもいい。
飛段は無事なのか。
死なないから大丈夫なのだろうが、失敗したにも関わらず「あー、痛かったァ」とグロテスクな姿で出てきたらどうする気なのだろうか。
さすがにオレでもフォロー仕切れない。
箱の扉が開き、オレと観客は目を見張った。
「!?」
飛段が出てきた。
しかも、無傷だ。
「なんと、無傷です!」
ざわついていた観客だったが、落ち着きを取り戻した者から大きな拍手を送った。
「な…、なんだ?」
飛段は混乱した顔でキョロキョロとしている。
仮面男はくつくつと笑ったあと、「御苦労さまです」と言った。
「これにて、“日ノ輪”は閉幕となります。それでは皆様、またいつかの夜でお会いしましょう」
“日ノ輪”のメンバーも共に一礼し、拍手喝采が送られた。
瞬間、舞台の照明が消え、広場の灯りが再び灯ったかと思えば“日ノ輪”は舞台から消えていた。
最後の最後までショーを楽しませる奴らだった。
オレを抜いて。
*****
観客達が家路を急ぐなか、オレは見世物小屋の舞台裏へと足を運んだ。
そこには日ノ輪のメンバーが円になって話し合っていた。
あの仮面男もいる。
オレは傍にあった舞台用の箱を見上げて眉をひそめたあと、仮面男に声をかける。
「おい」
「はい?」
日ノ輪のメンバー達がこちらに振り返る。
「ショーは終わったんだ。連れを返してくれないか?」
舞台で一緒に消えといて、知らないとは言わせない。
「ああ…、お連れの方なら、もう帰られましたよ」
その答えが返ってきた時点で、完全にオレは目の前の奴らを敵とみなした。
「ウソつけ」
「ウソ?」
「あいつはここから動いちゃいない。一歩もだ」
「そう言われましても…」
仮面男は困ったように笑う。
「血を流しているなら尚更だ」
ピクリと仮面男以外のメンバーが反応したのを見逃さなかった。
オレは傍の箱に手を触れ、
「最初っから、種も仕掛けも用意してなかったんだろ!?」
そう怒鳴って箱をひっくり返した。
潰れた個所から血が流れ出る。
飛段の血に間違いない。
「スペードって名前だったか? そいつが変化の術で飛段に化けてたんだろ? ノコノコ入ってきた飛段を動けなくし、剣で貫かれたのを死角で見届けたあと、何食わぬ顔で飛段になって出てくればいい」
「……いつから気付いたの?」
ココロに尋ねられ、すぐに答える。
「扉が開いた時だ。飛段の血の匂いはわかる」
しばらく睨み合いになったが、突然仮面男がくつくつと笑いだした。
「なにがおかしい?」と鋭い眼差しを向けると、仮面男は声を落として言った。
「……少し…、悲しいです」
「あ?」
仮面男は頭を垂れて目を隠している仮面に触れる。
「会って間もないガキの匂いはわかって……」
そのまま仮面を外し、その顔を上げた。
「!?」
その素顔を見たオレは息を呑み、思わずあとずさった。
徐々に戻っていく本来の藍色の髪を見つめ、嫌な汗が頬を伝う。
「100年の同族がわからないなんて…、ヒルは本当に残念です」
久しぶりに見る不気味な笑みに背筋が凍りついた。
「ヒ…、ヒル…?」
「お久しぶりですね、ヨル。約50年ぶりでしょうか?」
その50年前からお互い姿は変わっていない。
ヒルの、口から見せる舌に刻まれた蛭の刺青も。
「なんでおまえ…」
「それはお互い様でしょう? 結局、あなたも里を出たのですね。ヒルが予想外だったのは、あなたの傍にアサがいなかったことです」
その名前はあまり出してほしくなかった。
ヒルより会いたくない存在だ。
「…テメーこそ、ユウはどうした?」
50年前、一緒に出て行ったはずだ。
ヒルはそっけなく答える。
「わけありで、今は離ればなれです」
厄介な女がひとりいないのはありがたい。
オレは背中に出現させた夢魔を引き抜き、右手の夢魔の刃先をヒルに向けた。
「話はここまでだ。オレの連れを返せ、ヒル」
低い声で言うオレに、ヒルは鼻で笑う。
「「貧血だ」などと言ってるわりに、血の気が多いのも相変わらずですね」
「無駄話が好きなのも相変わらずだな」
「……お連れの方は返しましょう。ただし、これには答えていただきたい」
「なんだよ…」
ヒルの真剣な目がオレを捉える。
「“月代”の居場所をご存じありませんか?」
「………知らない」
「……………」
「本当だ」
本当に知らなかった。
オレの目をしばし見つめたヒルは腕組ながらふっと笑う。
「あなたはウソをつかない。そういうところ、昔も今も好きですよ」
「キショい」
オレは露骨に嫌な顔を向けた。
「ヒシギ」
ヒシギは鞭を取り出し、床を叩いた。
すると、しばらくして奥から仮面の奴らにつかまれながら飛段はつれてこられた。
血臭にオレは思わず右手で鼻と口を覆う。
飛段の外套はボロボロで、目と口には布が巻かれていた。
ヨロヨロとした足取りでヒルの隣につれられて立ち止まり、仮面の奴らは飛段から離れる。
飛段は自分で動けないのか、両膝をついたままだ。
ミツバは飛段の背後に近づき、目と口の布をとってやった。
「ぷはっ。! ヨル!」
オレの姿を真っ先に目にした途端、声を上げた。
どうやら剣で貫かれた傷は塞がりかけているようだ。
右手を鼻と口から離したオレは薄笑みを浮かべて言ってやる。
「ははっ、情けねえ姿」
「うるっせェー! 早く全員殺っちまえ!! 特にこの仮面ヤローは儀式でグチャグチャにしてやる!!」
相当頭にきてるようだ。
「傷、全部塞がりかけてる」
「あれが腐れ不死の体か」
ミツバに続き、ヒシギも呟いた。
「おまえら全員ジャシン様に捧げてやるぜェ!! 神の裁きってモンを知りなァ!!」
捕まっても元気がよくてよろしいのか。
「喚くな。助けてやらねーぞ;」
隣で喚く飛段を見下ろし、ヒルは笑みを浮かべながらヨルに言う。
「あなた、この方に“真血”を与えましたか?」
「!!」
飛段の前で聞いてほしくない質問だ。
「関係ねえだろ」
それ以上言えばその口を裂くぞ、という目で睨むとヒルは肩をすくめた。
一応伝わったらしい。
飛段は「?」という顔をしている。
「ヒル、さっさと飛段を返せ」
さっさと帰りたい。
角都と飛段と一緒に旅して、おまえらのことなんか綺麗さっぱり忘れてしまいたい。
「…あなたにはもったいないと思います。この方…、美味しそうな匂いがしますね…」
「! やめ…!」
前屈みになったヒルは飛段の頬を撫でながら、首筋に噛みつこうとした。
オレはすぐにそれを止める。
「そいつはオレのエサだ!! 触るな!!」
ヒルの手が止まり、飛段の頬から離れていく。
オレに向き直り、あの不気味な笑みを浮かべた。
「あなた、そんな顔が出来たのですね。なら…、こうしたら?」
ズバン!!
ココロの投げた飛輪が、飛段の首を刎ねた。
飛段の首はこちらに飛び、ココロの飛輪が持ち主の手の中に返ると同時に、オレの足下に転がった。
「………?」
なにが起こったのか、理解できなかった。
ヒルのに方ある飛段の体は、支えを失ったかのように仰向けに倒れる。
「……あ…」
うまく声がでない。
足下の飛段の首を見下ろし、目を瞑ったその顔を見つめる。
頭の中が嫌いな光で包まれるのを感じた。
心臓がうるさい。
吐きそうなくらい胃が痛い。
鼻の奥がツンとする。
体がたまらなく熱い。
それ以上に、オレの中で渦巻くこのどす黒い殺意はなんなのか。
「ヒルは楽しい! あなたの所有物を壊し、その顔を拝めるのが、とても!!」
高笑いするヒルに、抑えていたものがオレの中で音を立てて壊れた。
「ヒルウウウウウ!!!」
夢魔を構え、考えもなしに突っ込んだ。
止めたくても、暴走した自分は抑えられない。
「殺し合いますか!? 昔はアサにジャマされましたからねぇ!!」
真上を見上げたヒルは自分の口の中に右腕を突っ込み、ズルリと長い槍を取り出した。
先には大きな菱形の鋭利な刃が光り、後ろには長い鎖分銅が付いている。
これがオレの夢魔と同じ、体の一部の武器の“死吹”だ。
ヒルはそれを振り回し、刃先をこちらに向けた。
「あなたに死の風を!」
「闇で醒めろォ!!」
ヒル相手に真っ正面から突っ込むなんて、自殺行為もいいとこだ。
右手の夢魔が死吹の刃にぶつかり、左手の夢魔をヒルの顔面目掛けて突き出す。
ヒルはそれを首を傾けて避けた。
そのあと、死吹の鎖分銅が右横から飛んでくる。
ゴッ!!
「ごぼっ…!?」
分銅が右横腹にめり込むと同時に、オレは血を吐いた。
左手の夢魔を落として腹を押さえ、ヒルから飛び退き、肩膝をついて再び吐血する。
「うぐ…っ!」
「以前と違い、鈍くなりましたね、ヨル。今ので内臓をだいぶ損傷したはずです」
ヒルは鎖分銅を軽く振り回し、地面にわざと落とした。
地面にはヒビが刻まれ、分銅がめり込む。
あの分銅は、小さい割に重さが1トン近くあることを思い出した。
「刃ばかりに気を取られていると、顔面破壊しますよ」
「うるさい…! テメーだけは絶対闇で醒まさせてやる!! 許さねえ許さねえ許さねえ!!」
自分でもびっくりするくらい頭にきてるようだ。
こんなに短気だったのか。
ヒルの前に落ちた左手用の夢魔を一度液化させてこちらに呼び戻し、再び左手で剣の形を成した。
あいつの首、死んでも切り落とす…!!
オレとヒルの空気が殺気立ち、動き出そうとした瞬間、
「なにしてくれんだクソハゲコラァ!!!」
「「!!?」」
オレとヒルはその声に足を止められた。
他のメンバーも目を見開いて驚いている。
オレはおそるおそる振り返り、明らかに怒った顔した生首と目が合った。
さっきの声は自分だと言うように生首は怒鳴り声を上げる。
「ヨル! こうなったのも全部テメーのせいだからなァ!! なんでオレばっか痛い思いばっかしなきゃならねえんだよォ!!」
オレは生首に近づき、声をかけた。
「え…と…、平気なの…か?;」
「平気じゃねえ!! 超スーパー激痛だァ!!」
オレは急激に襲いかかる安堵と呆れで脱力しかけ、倒れそうになる。
「おまえの不死ぶりは底なしだな…」
ブチ切れてたオレがバカみてえ。
左手を伸ばして生首を拾う。
「体は動くのか?」
「おいおい。頭がねえってのに体が動くわけねーだろ。そこまでバケモンじゃねーよ」
「首だけで喋るのもどうかと思うが?;」
「とにかく体持ってこい! 角都にくっつけてもらわねーと!」
このエラそうに喋る首を一度転がしてやろうかと思った。
「頼み方ってのがあるだろ」
「ヨルちゃん、お願い!」
ウインクまでされた。
「馬鹿が」
角都風に言ったあと、左手用の夢魔の柄を口にくわえ、左手に飛段の首を抱えてヒルに向き直った。
いつの間にか笑みがその顔から消えている。
「…ヒルは興が冷めました」
ヒルの前に出てきたのはヒシギだ。
鞭で床を叩く。
「出番だ。腐れ野郎共」
20人近くの仮面の奴らがオレ達を囲み、襲いかかってきた。
オレはすぐに動いた。
右手と口にくわえた夢魔で切りつけていく。
だが、様子がおかしい。
頸動脈を切りつけても、仮面の奴は尻餅をついただけでまた起き上がってきた。
「どうなってんだ!?」
飛段も違和感を感じて声を上げた。
「っ!」
オレは思い切って目の前の仮面の奴の顔面に、右手用の夢魔の柄で殴った。
仮面にヒビが刻まれ、縦に割れる。
「「!?」」
オレと飛段は目を見張った。
仮面の下は、皮膚がただれた死体だったからだ。
仮面が割れたことにより、覆っていた死臭まで臭ってくる。
「まさか、こいつら全員…!」
オレは仮面達を見回した。
「オレは動物の骨より、腐れゾンビ共の方が扱いが得意だ」
ヒシギは無表情のままそう言った。
死人を操る術か。
「特殊なお香で腐臭を隠しているのですよ。ヒル達にも、臭いが移らないように同じものをつけています」
ヒルが説明し、やっとわかった。
最初に会ったとき、ヒルの匂いがわからなかったのはそのお香で隠されていたからだ。
ゾンビ共がまた襲いかかってくる。
死を知らない者だからこそ、遠慮なく突っ込んできた。
オレは身動きができないように首を刎ねたり足を切り落としたりしていくが、ゾンビの体は動き続ける。
「飛段がいっぱいだな」
「ハァ!? 一緒にすんじゃねー!!」
首がなくても体が動いてくれれば大助かりなのに。
内心で舌打ちをしたとき、
「!!」
足を切り落として倒れたゾンビがオレの足首をつかんだ。
とんでもない力で握られ、身動きが取れない。
「うわ!!」
モタモタしていると、ゾンビ達が一斉に集まってきて取り押さえられてしまった。
「ぐえっ」
飛段は額を打ったようだ。
そのまま後頭部を押さえつけられている。
オレは体重をかけられ、起き上がることができない。
「ぐぅ…っ」
しかも、分銅を食らった内部もまだ完全に再生できていないため、押さえつけられた腹から痛みが走った。
ヒルが近づき、冷徹な目でオレを見下ろす。
「あなたの“真血”は効力が薄いのですか? 不死身の人間を生み出したのは素晴らしいことですが、実力不足です」
「それ以上言うな…!!」
飛段は、不死身の体にしたのはオレだということを知らない。
知ったらどういうことになるのか、考えるだけでも怖い。
崇拝する“ジャシン”をオレが殺すのと同じことになるから。
「な、なんだ!? なに言ってんだ!?」
幸い、頭の弱い飛段は話を理解していない。
オレは思いつくままに話を逸らせようとした。
「ヒル、後ろの4人に“真血”を与えたな!?」
ヒシギ、ココロ、ミツバ、スペードの4人に。
「ええ。数年前、牢獄から拾ってきましてね」
ミツバは袖をめくり、手首に彫られた黒い輪の刺青を見せた。
角都と同じ刺青だ。
元・囚人だとすぐに理解できた。
「ヒルの“真血”もそうですが、元々の実力も大したもので、だからヒルはあの4人を選んだのです」
ショーでスペード以外の実力は見た。
おそらく、披露したのは実力の一部というやつだろう。
「さて…、不死身君には死んでもらいましょうか」
「!!」
ヒルの視線が飛段に移る。
飛段の後頭部を押さえつけたゾンビが飛段の首を拾い、ヒルに差しだした。
「なにする気だテメェ!? イテテッ!!」
ヒルは飛段の髪をつかんで顔の前まで近づける。
その表情は楽しげだ。
「おい…、テメーが相手してんのはオレだろ!?」
オレは声を上げたがヒルはこちらを向かず、飛段を見つめたまま答える。
「この不死、どこまでもちますかねぇ? この頭、スイカみたいに潰してみましょうか?」
「「!!」」
オレと飛段は息を呑んだ。
「やれるもんならやってみやがれ!! 脳みそ飛び散っても、テメーの喉笛噛み切ってやらァ!!」
オレは飛段を黙らせたかった。
その状況で相手を刺激させてどうする。
「それこそ、やれるものなら、ですよ」
ヒルは舌舐めずりをし、不気味な笑みを浮かべた。
「やめろヒル!! そいつはもう喚くことしかできねえんだ!! 殺したいならオレを殺せばいいだろ!! なあ!?」
「生きているのか死んでいるのかもわからない者を殺しても、なんの面白みもありません」
ヒルは冷たく言い放ち、飛段の頭を振り上げた。
「やめろおおおお!!」
そのまま叩き潰す気だ。
「これは返してもらう」
「!!」
ヒルの背後に立った何者かが、振り上げられたヒルの手からその首を取り上げた。
ゴッ!!
「がっ!?」
同時にヒルの右頬に黒のコブシを食らわせ、吹っ飛ばした。
「角都!?」
「角都ゥ!」
「ショーを楽しんでいるようだな、馬鹿が」
.To be continued
ショーが見たいわけじゃなかった。
ただ、気になった。
“日ノ輪”のメンバーに付着していた妙な匂いが。
一度帰れば角都に強制的に外出禁止(再起不能)を食らってしまうため、屋台を見て回り、見世物小屋の前にある椅子に座って飛段と会話しながら時間を潰した。
オレ達が座ったのは舞台の前から3列目の席だった。
1番前の席でもよかったのだが、子供が多くて座り辛かった。
飛段は平気そうだったが、オレに合わせてほしい。
空は完全に暗くなり、午後9時をまわっていた。
広場の灯りが消え、スポットライトによって舞台が照らされる。
舞台袖から現れたのは、目を白い仮面で覆った、黒髪の長髪男だ。
ココロ達と同じ外套を着ている。
「お集まりの皆さま、今宵、我ら“日ノ輪”のショーを存分に楽しんでください! 血も凍るような場面に出くわしても、けっして瞑ってはいけません。それではせっかく来た甲斐がないでしょう? 恐怖も含め、楽しい夜を共に…」
仮面男が礼儀正しく一礼したあと、ボンッ、という音とともに仮面男は煙に包まれて消え、観客は驚いたあと無人の舞台に拍手を送った。
「まるで忍だ…」
隣の、端の席に座っている飛段が呟いた。
広場で見かけた奴らもご登場だ。
正式なメンバーはさっきの仮面男と合わせて5人のようだ。
まるで“暁”だ。
「片目だけ黒目なのがヒシギ、両目に包帯巻いてんのがミツバ…だっけか?」と飛段が教えてくれる。
ヒシギは風呂敷を取り出し、結び目を解いて中身を地面に落とした。
それを見た観客の何人かが「キャッ」と一声上げる。
なぜなら、風呂敷の中身はいくつもの動物の骨だったからだ。
犬や猫などの骨だろう。
ヒシギはそれを静かに見下ろし、腰から鞭を取り出した。
鞭には細かい文字がズラリと書かれている。
「起きろ。腐れ骨共」
床を叩いて渇いた音がしたかと思えば、動物の骨がピクピクと震え、ひとりでにそれぞれ元の形に組み立てられ、ヒシギの周りを生きているかのように走り回っているではないか。
観客の誰もが息を呑んだ。
「骨が…生き返った…?」
「バカな…」
飛段に続き、オレも思わず呟く。
骨の動物達の芸が終わって拍手喝采が湧きあがったあと、次はミツバだ。
そう思ったら、ココロも出てきた。
2人は向かい合って笑みを浮かべる。
それが合図になり、ミツバは大きく両手を広げた。
「!!」
ミツバの袖から濁流の如く出てきた無数のクナイがココロに襲いかかる。
ココロは直線にきたそれを右に飛んで避け、両袖から飛輪(チャクラム)を取り出し、ミツバに向かって投げた。
戻ってきたクナイがミツバの目の前で壁となり、盾となる。
弾かれた飛輪はココロの手の中に戻った。
同時に、無数のクナイが再びココロ目掛けて襲いかかる。
今度は波のように広がり、ココロを呑み込もうとした。
ココロは素早く、持っていた両手の飛輪を足首に通して外套を脱いだ。
両腕には飛輪がそれぞれ5つあった。
腕を動かし、腕に通した飛輪を回す。
そして、クナイの波に呑まれる寸前、旋回して襲いかかるクナイを弾き落としていく。
ありえない速さだ。
どちらも舞っているようで、観客全員それに見惚れていた。
下手をすれば血を見る戦いだというのに。
「あれは人間の戦いか?」と後ろの席の観客が恐ろしげに呟いたのが聞こえた。
思わず時間を忘れた頃にココロとミツバの戦いは切りのいいところで終了し、同じく拍手喝采が湧きあがった。
舞台にはヒシギ、ミツバ、ココロが残り、拍手が止む頃にあの仮面男が煙と共に再び舞台の真ん中に現れる。
「名残惜しいですが、いよいよ最後の見世物となってしまいました」
観客達は本当に名残惜しそうだ。
舞台袖から、顔を仮面で隠した男達がカラフルな大き目の箱を運んできた。
その箱に手を触れた仮面男は観客に向かって言う。
「最後はお客様にご協力をお願いしましょう! この中に入っていただく素敵なゲストは…」
仮面男は観客を遠くから順に見回し、大袈裟な声を出して指をさした。
「……ああっ、そこのあなた!」
「!」
オレは目を見開いて隣の飛段を見た。
他の観客も飛段に注目する。
飛段が指名されたからだ。
「オレェ?」
一度右左をキョロキョロした飛段が自身を指して尋ねる。
仮面男は大きく2度頷いた。
「そうっ、美しい銀髪のあなたです! どうぞ舞台へ」
仮面男が手招きし、ココロも「早くおいでぇ」と一緒になって手招きしている。
「嫌だ」と言える雰囲気でもなく、飛段は席を立って三連鎌を背中に携えたまま舞台へと上がった。
仮面男は左手で飛段の背中に軽く触れ、右手で箱の側面にある扉を開けた。
「さぁ、箱の中へ…」
その仮面男の不気味な声に思わず悪寒が走った。
飛段に声をかけようとしたが、口を開いた途端に扉が閉められてしまう。
仮面男は鍵をかけ、大声で叫んだ。
「ショータイム!!」
パチン、と指が鳴らされ、ミツバが動いた。
両腕を広げ、万歳のような格好をしたあと、舞台袖から無数の剣が飛び出し、次々と色んな角度から箱を串刺しにした。
「キャ―――!!」
観客の何人かが大きな悲鳴を上げた。
泣き出す子供までいる。
「飛段!!」
オレは思わず立ち上がり、箱に向かって叫んだ。
「さあ、青年の運命は…!?」
仮面男は観客に向かって言ったつもりだろうが、明らかにオレを見ながら言った。
その口元の笑みに激しい嫌悪感を覚える。
ミツバが腕を下ろすと同時にひとりでに箱に突き刺さった剣が抜け、舞台の床に落ちた。
仮面男は扉の鍵を開け、飛段が出てくるのを待つ。
仕組みなんてどうでもいい。
飛段は無事なのか。
死なないから大丈夫なのだろうが、失敗したにも関わらず「あー、痛かったァ」とグロテスクな姿で出てきたらどうする気なのだろうか。
さすがにオレでもフォロー仕切れない。
箱の扉が開き、オレと観客は目を見張った。
「!?」
飛段が出てきた。
しかも、無傷だ。
「なんと、無傷です!」
ざわついていた観客だったが、落ち着きを取り戻した者から大きな拍手を送った。
「な…、なんだ?」
飛段は混乱した顔でキョロキョロとしている。
仮面男はくつくつと笑ったあと、「御苦労さまです」と言った。
「これにて、“日ノ輪”は閉幕となります。それでは皆様、またいつかの夜でお会いしましょう」
“日ノ輪”のメンバーも共に一礼し、拍手喝采が送られた。
瞬間、舞台の照明が消え、広場の灯りが再び灯ったかと思えば“日ノ輪”は舞台から消えていた。
最後の最後までショーを楽しませる奴らだった。
オレを抜いて。
*****
観客達が家路を急ぐなか、オレは見世物小屋の舞台裏へと足を運んだ。
そこには日ノ輪のメンバーが円になって話し合っていた。
あの仮面男もいる。
オレは傍にあった舞台用の箱を見上げて眉をひそめたあと、仮面男に声をかける。
「おい」
「はい?」
日ノ輪のメンバー達がこちらに振り返る。
「ショーは終わったんだ。連れを返してくれないか?」
舞台で一緒に消えといて、知らないとは言わせない。
「ああ…、お連れの方なら、もう帰られましたよ」
その答えが返ってきた時点で、完全にオレは目の前の奴らを敵とみなした。
「ウソつけ」
「ウソ?」
「あいつはここから動いちゃいない。一歩もだ」
「そう言われましても…」
仮面男は困ったように笑う。
「血を流しているなら尚更だ」
ピクリと仮面男以外のメンバーが反応したのを見逃さなかった。
オレは傍の箱に手を触れ、
「最初っから、種も仕掛けも用意してなかったんだろ!?」
そう怒鳴って箱をひっくり返した。
潰れた個所から血が流れ出る。
飛段の血に間違いない。
「スペードって名前だったか? そいつが変化の術で飛段に化けてたんだろ? ノコノコ入ってきた飛段を動けなくし、剣で貫かれたのを死角で見届けたあと、何食わぬ顔で飛段になって出てくればいい」
「……いつから気付いたの?」
ココロに尋ねられ、すぐに答える。
「扉が開いた時だ。飛段の血の匂いはわかる」
しばらく睨み合いになったが、突然仮面男がくつくつと笑いだした。
「なにがおかしい?」と鋭い眼差しを向けると、仮面男は声を落として言った。
「……少し…、悲しいです」
「あ?」
仮面男は頭を垂れて目を隠している仮面に触れる。
「会って間もないガキの匂いはわかって……」
そのまま仮面を外し、その顔を上げた。
「!?」
その素顔を見たオレは息を呑み、思わずあとずさった。
徐々に戻っていく本来の藍色の髪を見つめ、嫌な汗が頬を伝う。
「100年の同族がわからないなんて…、ヒルは本当に残念です」
久しぶりに見る不気味な笑みに背筋が凍りついた。
「ヒ…、ヒル…?」
「お久しぶりですね、ヨル。約50年ぶりでしょうか?」
その50年前からお互い姿は変わっていない。
ヒルの、口から見せる舌に刻まれた蛭の刺青も。
「なんでおまえ…」
「それはお互い様でしょう? 結局、あなたも里を出たのですね。ヒルが予想外だったのは、あなたの傍にアサがいなかったことです」
その名前はあまり出してほしくなかった。
ヒルより会いたくない存在だ。
「…テメーこそ、ユウはどうした?」
50年前、一緒に出て行ったはずだ。
ヒルはそっけなく答える。
「わけありで、今は離ればなれです」
厄介な女がひとりいないのはありがたい。
オレは背中に出現させた夢魔を引き抜き、右手の夢魔の刃先をヒルに向けた。
「話はここまでだ。オレの連れを返せ、ヒル」
低い声で言うオレに、ヒルは鼻で笑う。
「「貧血だ」などと言ってるわりに、血の気が多いのも相変わらずですね」
「無駄話が好きなのも相変わらずだな」
「……お連れの方は返しましょう。ただし、これには答えていただきたい」
「なんだよ…」
ヒルの真剣な目がオレを捉える。
「“月代”の居場所をご存じありませんか?」
「………知らない」
「……………」
「本当だ」
本当に知らなかった。
オレの目をしばし見つめたヒルは腕組ながらふっと笑う。
「あなたはウソをつかない。そういうところ、昔も今も好きですよ」
「キショい」
オレは露骨に嫌な顔を向けた。
「ヒシギ」
ヒシギは鞭を取り出し、床を叩いた。
すると、しばらくして奥から仮面の奴らにつかまれながら飛段はつれてこられた。
血臭にオレは思わず右手で鼻と口を覆う。
飛段の外套はボロボロで、目と口には布が巻かれていた。
ヨロヨロとした足取りでヒルの隣につれられて立ち止まり、仮面の奴らは飛段から離れる。
飛段は自分で動けないのか、両膝をついたままだ。
ミツバは飛段の背後に近づき、目と口の布をとってやった。
「ぷはっ。! ヨル!」
オレの姿を真っ先に目にした途端、声を上げた。
どうやら剣で貫かれた傷は塞がりかけているようだ。
右手を鼻と口から離したオレは薄笑みを浮かべて言ってやる。
「ははっ、情けねえ姿」
「うるっせェー! 早く全員殺っちまえ!! 特にこの仮面ヤローは儀式でグチャグチャにしてやる!!」
相当頭にきてるようだ。
「傷、全部塞がりかけてる」
「あれが腐れ不死の体か」
ミツバに続き、ヒシギも呟いた。
「おまえら全員ジャシン様に捧げてやるぜェ!! 神の裁きってモンを知りなァ!!」
捕まっても元気がよくてよろしいのか。
「喚くな。助けてやらねーぞ;」
隣で喚く飛段を見下ろし、ヒルは笑みを浮かべながらヨルに言う。
「あなた、この方に“真血”を与えましたか?」
「!!」
飛段の前で聞いてほしくない質問だ。
「関係ねえだろ」
それ以上言えばその口を裂くぞ、という目で睨むとヒルは肩をすくめた。
一応伝わったらしい。
飛段は「?」という顔をしている。
「ヒル、さっさと飛段を返せ」
さっさと帰りたい。
角都と飛段と一緒に旅して、おまえらのことなんか綺麗さっぱり忘れてしまいたい。
「…あなたにはもったいないと思います。この方…、美味しそうな匂いがしますね…」
「! やめ…!」
前屈みになったヒルは飛段の頬を撫でながら、首筋に噛みつこうとした。
オレはすぐにそれを止める。
「そいつはオレのエサだ!! 触るな!!」
ヒルの手が止まり、飛段の頬から離れていく。
オレに向き直り、あの不気味な笑みを浮かべた。
「あなた、そんな顔が出来たのですね。なら…、こうしたら?」
ズバン!!
ココロの投げた飛輪が、飛段の首を刎ねた。
飛段の首はこちらに飛び、ココロの飛輪が持ち主の手の中に返ると同時に、オレの足下に転がった。
「………?」
なにが起こったのか、理解できなかった。
ヒルのに方ある飛段の体は、支えを失ったかのように仰向けに倒れる。
「……あ…」
うまく声がでない。
足下の飛段の首を見下ろし、目を瞑ったその顔を見つめる。
頭の中が嫌いな光で包まれるのを感じた。
心臓がうるさい。
吐きそうなくらい胃が痛い。
鼻の奥がツンとする。
体がたまらなく熱い。
それ以上に、オレの中で渦巻くこのどす黒い殺意はなんなのか。
「ヒルは楽しい! あなたの所有物を壊し、その顔を拝めるのが、とても!!」
高笑いするヒルに、抑えていたものがオレの中で音を立てて壊れた。
「ヒルウウウウウ!!!」
夢魔を構え、考えもなしに突っ込んだ。
止めたくても、暴走した自分は抑えられない。
「殺し合いますか!? 昔はアサにジャマされましたからねぇ!!」
真上を見上げたヒルは自分の口の中に右腕を突っ込み、ズルリと長い槍を取り出した。
先には大きな菱形の鋭利な刃が光り、後ろには長い鎖分銅が付いている。
これがオレの夢魔と同じ、体の一部の武器の“死吹”だ。
ヒルはそれを振り回し、刃先をこちらに向けた。
「あなたに死の風を!」
「闇で醒めろォ!!」
ヒル相手に真っ正面から突っ込むなんて、自殺行為もいいとこだ。
右手の夢魔が死吹の刃にぶつかり、左手の夢魔をヒルの顔面目掛けて突き出す。
ヒルはそれを首を傾けて避けた。
そのあと、死吹の鎖分銅が右横から飛んでくる。
ゴッ!!
「ごぼっ…!?」
分銅が右横腹にめり込むと同時に、オレは血を吐いた。
左手の夢魔を落として腹を押さえ、ヒルから飛び退き、肩膝をついて再び吐血する。
「うぐ…っ!」
「以前と違い、鈍くなりましたね、ヨル。今ので内臓をだいぶ損傷したはずです」
ヒルは鎖分銅を軽く振り回し、地面にわざと落とした。
地面にはヒビが刻まれ、分銅がめり込む。
あの分銅は、小さい割に重さが1トン近くあることを思い出した。
「刃ばかりに気を取られていると、顔面破壊しますよ」
「うるさい…! テメーだけは絶対闇で醒まさせてやる!! 許さねえ許さねえ許さねえ!!」
自分でもびっくりするくらい頭にきてるようだ。
こんなに短気だったのか。
ヒルの前に落ちた左手用の夢魔を一度液化させてこちらに呼び戻し、再び左手で剣の形を成した。
あいつの首、死んでも切り落とす…!!
オレとヒルの空気が殺気立ち、動き出そうとした瞬間、
「なにしてくれんだクソハゲコラァ!!!」
「「!!?」」
オレとヒルはその声に足を止められた。
他のメンバーも目を見開いて驚いている。
オレはおそるおそる振り返り、明らかに怒った顔した生首と目が合った。
さっきの声は自分だと言うように生首は怒鳴り声を上げる。
「ヨル! こうなったのも全部テメーのせいだからなァ!! なんでオレばっか痛い思いばっかしなきゃならねえんだよォ!!」
オレは生首に近づき、声をかけた。
「え…と…、平気なの…か?;」
「平気じゃねえ!! 超スーパー激痛だァ!!」
オレは急激に襲いかかる安堵と呆れで脱力しかけ、倒れそうになる。
「おまえの不死ぶりは底なしだな…」
ブチ切れてたオレがバカみてえ。
左手を伸ばして生首を拾う。
「体は動くのか?」
「おいおい。頭がねえってのに体が動くわけねーだろ。そこまでバケモンじゃねーよ」
「首だけで喋るのもどうかと思うが?;」
「とにかく体持ってこい! 角都にくっつけてもらわねーと!」
このエラそうに喋る首を一度転がしてやろうかと思った。
「頼み方ってのがあるだろ」
「ヨルちゃん、お願い!」
ウインクまでされた。
「馬鹿が」
角都風に言ったあと、左手用の夢魔の柄を口にくわえ、左手に飛段の首を抱えてヒルに向き直った。
いつの間にか笑みがその顔から消えている。
「…ヒルは興が冷めました」
ヒルの前に出てきたのはヒシギだ。
鞭で床を叩く。
「出番だ。腐れ野郎共」
20人近くの仮面の奴らがオレ達を囲み、襲いかかってきた。
オレはすぐに動いた。
右手と口にくわえた夢魔で切りつけていく。
だが、様子がおかしい。
頸動脈を切りつけても、仮面の奴は尻餅をついただけでまた起き上がってきた。
「どうなってんだ!?」
飛段も違和感を感じて声を上げた。
「っ!」
オレは思い切って目の前の仮面の奴の顔面に、右手用の夢魔の柄で殴った。
仮面にヒビが刻まれ、縦に割れる。
「「!?」」
オレと飛段は目を見張った。
仮面の下は、皮膚がただれた死体だったからだ。
仮面が割れたことにより、覆っていた死臭まで臭ってくる。
「まさか、こいつら全員…!」
オレは仮面達を見回した。
「オレは動物の骨より、腐れゾンビ共の方が扱いが得意だ」
ヒシギは無表情のままそう言った。
死人を操る術か。
「特殊なお香で腐臭を隠しているのですよ。ヒル達にも、臭いが移らないように同じものをつけています」
ヒルが説明し、やっとわかった。
最初に会ったとき、ヒルの匂いがわからなかったのはそのお香で隠されていたからだ。
ゾンビ共がまた襲いかかってくる。
死を知らない者だからこそ、遠慮なく突っ込んできた。
オレは身動きができないように首を刎ねたり足を切り落としたりしていくが、ゾンビの体は動き続ける。
「飛段がいっぱいだな」
「ハァ!? 一緒にすんじゃねー!!」
首がなくても体が動いてくれれば大助かりなのに。
内心で舌打ちをしたとき、
「!!」
足を切り落として倒れたゾンビがオレの足首をつかんだ。
とんでもない力で握られ、身動きが取れない。
「うわ!!」
モタモタしていると、ゾンビ達が一斉に集まってきて取り押さえられてしまった。
「ぐえっ」
飛段は額を打ったようだ。
そのまま後頭部を押さえつけられている。
オレは体重をかけられ、起き上がることができない。
「ぐぅ…っ」
しかも、分銅を食らった内部もまだ完全に再生できていないため、押さえつけられた腹から痛みが走った。
ヒルが近づき、冷徹な目でオレを見下ろす。
「あなたの“真血”は効力が薄いのですか? 不死身の人間を生み出したのは素晴らしいことですが、実力不足です」
「それ以上言うな…!!」
飛段は、不死身の体にしたのはオレだということを知らない。
知ったらどういうことになるのか、考えるだけでも怖い。
崇拝する“ジャシン”をオレが殺すのと同じことになるから。
「な、なんだ!? なに言ってんだ!?」
幸い、頭の弱い飛段は話を理解していない。
オレは思いつくままに話を逸らせようとした。
「ヒル、後ろの4人に“真血”を与えたな!?」
ヒシギ、ココロ、ミツバ、スペードの4人に。
「ええ。数年前、牢獄から拾ってきましてね」
ミツバは袖をめくり、手首に彫られた黒い輪の刺青を見せた。
角都と同じ刺青だ。
元・囚人だとすぐに理解できた。
「ヒルの“真血”もそうですが、元々の実力も大したもので、だからヒルはあの4人を選んだのです」
ショーでスペード以外の実力は見た。
おそらく、披露したのは実力の一部というやつだろう。
「さて…、不死身君には死んでもらいましょうか」
「!!」
ヒルの視線が飛段に移る。
飛段の後頭部を押さえつけたゾンビが飛段の首を拾い、ヒルに差しだした。
「なにする気だテメェ!? イテテッ!!」
ヒルは飛段の髪をつかんで顔の前まで近づける。
その表情は楽しげだ。
「おい…、テメーが相手してんのはオレだろ!?」
オレは声を上げたがヒルはこちらを向かず、飛段を見つめたまま答える。
「この不死、どこまでもちますかねぇ? この頭、スイカみたいに潰してみましょうか?」
「「!!」」
オレと飛段は息を呑んだ。
「やれるもんならやってみやがれ!! 脳みそ飛び散っても、テメーの喉笛噛み切ってやらァ!!」
オレは飛段を黙らせたかった。
その状況で相手を刺激させてどうする。
「それこそ、やれるものなら、ですよ」
ヒルは舌舐めずりをし、不気味な笑みを浮かべた。
「やめろヒル!! そいつはもう喚くことしかできねえんだ!! 殺したいならオレを殺せばいいだろ!! なあ!?」
「生きているのか死んでいるのかもわからない者を殺しても、なんの面白みもありません」
ヒルは冷たく言い放ち、飛段の頭を振り上げた。
「やめろおおおお!!」
そのまま叩き潰す気だ。
「これは返してもらう」
「!!」
ヒルの背後に立った何者かが、振り上げられたヒルの手からその首を取り上げた。
ゴッ!!
「がっ!?」
同時にヒルの右頬に黒のコブシを食らわせ、吹っ飛ばした。
「角都!?」
「角都ゥ!」
「ショーを楽しんでいるようだな、馬鹿が」
.To be continued