07:裏切られた囚人
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“朱族”として目覚めてから、20年以上の歳月が流れた。
なのに、ヨル達の容姿は10~12歳の子供と変わらない。
普通の人間より成長がかなり遅い。
普通の人間である天空は年も見た目も40過ぎの中年になっていた。
成長が成人で止まるまで、ヨル達は弱者ばかりを相手にする始末屋を任されていた。
成長が完全に止まったその時に、本場の戦場に出される予定だ。
それまで、始末屋で慣れておけとのことだった。
人を殺す残酷さ、戦闘術、知識は仕事をする度に身についていく。
嫌というほど。
それなのに、ヨルはいつまで経っても他の3人の上に立つことはなかった。
今日も始末を任される。
珍しく遠出だった。
指示された道を通り、里を抜け出て逃亡中の連中に追い付いて始末する作戦だ。
指示された道はわざわざ人目を避けた山道が多い。
町を通ればすぐなのに、天空はそれを避けた。
理由は、ヨル達の存在を知られてはならないからだ。
ヨル達はあくまで世間から隠された存在なのだから。
ならばなぜ、こんな遠出までして始末の仕事をしなければならないのか。
なぜなら、その里を抜け出た連中というのが、天空の下で働いていた者たちだったからだ。
奴らの手には、朱族の情報が握られている。
それを他の里の者に知られてはならないため、身内であるヨル達のことが漏洩される前に始末をつけなければならない。
雨の降るその夜、他の里に入られる前に、森に入った直後にヨル達は二手に分かれ、バラバラに逃げた連中を追い詰める。
そして、ヨルはユウと共に始末をつけた。
「死にたくない」と叫ぶ最後の一人に、ユウは迷わず両手の鉤爪をそいつの喉に突き立てて殺したのだ。
「やっぱ終わった。すぐに終わった」
ユウは喜々として鉤爪についた血を舐める。
ヨルは最後に死んだ者の手から、コピーされたデータを取って天空の指示通りに火をつけて燃やした。
「死にたくないなら、始末されるようなことするなって話だよな。なんでデータ持って逃げたんだか…」
コピーされたデータが完全に炭と化したのを見届け、ヨルは呟いた。
「父親(天空)と違って、ボクらに付き合ってられなかったんだと思うよ。残りの人生をバケモノのボクらに捧げたくない、だからデータとボク達を売って残りの人生を楽しむつもりだったんだ。やっぱそうだ。絶対そうだ」
「…「売って」?」
その頃のヨルは、金の概念を知らないため、その単語の意味が理解できなかった。
「やっぱバカだ。ヨルはバカだ」
「んだよ」
知らないことが多いだけだ。
ヨルの無知なところを見つけては、ユウは鼻で笑った。
(いちいち癇に障る、こいつのこういうところ、心底嫌いだ…)
「ヨル、ひとつ勘違いをしてるようだから言ってあげる!」
「いちいち声を上げなくてもいいだろうに…。なにを?」
「始末されるようなことをするなとか言ってたけど、世の中には、始末されるようなことをしてなくても、疎ましく思って始末したがる人間もいる! やっぱいる。いっぱいいる!」
「…? どうでもいいけど、オレらが世の中語っちゃダメだろ」
世の中がヨル達のことを知らないように、ヨル達も世の中のことを知らない。
始末されるようなことをしてなくてもって、それはどんなことなのか。
誰が決めているのか。
少なくとも、始末する側のヨル達が判断することではない。
「「!!」」
アサとヒルと合流しようと歩きだしたとき、数人の気配が迫ってきた。
ヨルとユウは反射的に走ったが、黒い忍服、頭には頭巾、額には額当て、口には口布をした忍達にあっという間に囲まれてしまう。
「やっぱ囲まれた。他の里の奴らに囲まれた」
他の里の奴らに見つからないようにとできるだけ里との距離を置き、迅速にターゲットを始末したというのに、予想外の事態だ。
こちらに接近してきたスピードといい、足音といい、手強そうな忍ばかりだ。
「子供だと?」
「何者だ!?」
木の枝にいる忍、地面にいる忍、合わせて10人ちょっと。
ヨル達のことが知られないように全員皆殺しにするか、術を知られずに切り抜けるか。
確実な方法でいくには後者を選択するしかない。
前者を選んでひとりでも逃がすようなことがあってはならない。
ヨル達の腕は前者をクリアする自信はない。
「……絶対殺すな。オレが音寄せして隙を作るから逃げるぞ」
小声でユウに伝えると、ユウは眉をひそめた。
「やっぱ嫌い。ヨルのこういうところ嫌い。すぐに逃げる」
「うるせーよ」と低い声で言ったあと、音寄せを使用する。
夜の森のコウモリ達はすぐに飛んできた。
「うわ!!」
「なんだ!?」
「奴らの術か!?」
ヨルとユウは同時に走りだす。
木の下にいる忍達の間を通り抜けてそのまま走り去ろうとした。
だが、
「金縛りの術!」
「!!」
ヨルは見えない糸に縛り付けられたかのように、体が動かなくなった。
「しまった…!」
それを免れたユウは一度止まってこちらに振り返ったが、状況が悪いと判断したのかヨルを置いて逃げて行く。
その背中を憎々しく睨むヨル。
(あのトリ女ァ…!)
かくしてヨルは、名も知らない里の忍によって捕らわれたのだった。
「言え! 貴様らは何者だ!?」
「里の者ではないな!?」
「遠くからだったがオレは見たぞ。妙な形の剣を振り回してそこに転がっている者共を切り捨てていた!」
「死体も我らの里の者たちではないな」
「あの任務のあとにこのタイミング…。まさか、例の里の…!?」
「馬鹿者! うかつにそのことを口にするな!」
尋問したり、言い合いになったり、彼らの里でなにか後ろめたいことが起こったのかもしれない、とヨルは察する。
容姿だけとはいえ、たかが子供相手に警戒しすぎである。
「どうなのだ!?」
さっきまで身内で言い合っていたが、尋問に戻った。
ヨルはシラを切り通す。
「オレ、子供だから難しいことはわからない」
その態度が生意気だったのか、右頬を平手で叩かれた。
口の中を切ってしまい、血の味が口内に広がる。
瞳が朱色に変わってないことを願いながら、ヨルは黙って周りの忍達を睨みつけた。
ヨルの頬を叩いた忍が舌打ちをし、ヨルの両手首には鋼鉄の鎖で出来た重い手かせをかける。
「連れて行くぞ。続きは檻の中だ」
道を覚えられてはまずいのか布で両目を隠され、手かせの鎖を引っ張られて里へ連れて行かれた。
ヨルの周りはぐるりと忍達に囲まれて、ずっと監視されているため、“闇染”や“音寄せ”を使って逃げることも叶わない。
雨脚はどんどん強くなる一方だ。
進んでいくうちに、ごうごうという音が聞こえてきた。
最初は風の音かと思ったが違うようだ。
近づいていくにつれ、音は大きくなっていく。
ヨルは耳を澄まし、雨の中で音の正体をつかもうとした。
人間より耳の性能がいいため、音を聞き分けて頭の中で形になっていく。
水だ。
凄い大量の水が高い場所から落ち続けてる。
目隠しをとれば、息を呑むような光景が目の前にあるのだろう。
耳さえ聞こえれば不便はないが、目が見える以上は見たい、と強く思った。
坂道を上がっているのが足の重さから伝わってくる。
地面の踏み心地や音といい、単なる山道ではない。
右から聞こえる風の音からして、おそらく右は崖だ。
そこから突き落とされるかと思ったが、しばらく歩いて曲がり角を曲がると匂いが変わった。
コウモリが住んでいそうな洞窟だとわかる。
上から垂れる水が、ぴちょん…ぴちょん…、と洞窟に反響している。
「さあ、歩け」と鎖を引っ張られ、洞窟のずっと奥へと連れて行かれた。
どのくらい歩いただろう、とぼんやりと思ったとき、「止まれ」と言われて立ち止まった。
鎖を引っ張る忍が手を動かす音が聞こえた。
印を結んでいる様子だ。
「開」
左隣の壁が動く音が聞こえた。
同時に、違う匂いが鼻を突く。
目隠しをされていてよかったと思った。
隠し扉の向こうは血臭や腐臭が漂っていたからだ。
その匂いに今ヨルの瞳は赤くなっている。
不意に背中を押され、隠し扉の向こうへと進んだ。
はっきりとした鉄の匂いがした。檻の柵がある。
「あの事件に関わっているかもしれんからな、しばらくはここに入ってもらう」
「うっ」
檻の扉が開かれると同時に背中を蹴られ、檻の中に入れられた。
転んだヨルに気にも留めず、檻の扉が閉められて鍵がかけられる。
「次に会った時は、拷問の時間だ」
そのあと、忍達の足音が遠ざかっていき、「閉」という言葉が遠くから聞こえて隠し扉が閉じられた。
辺りがシンと静まり返り、ヨルは上半身を起こす。
「ひとりぐらい食っとけばよかった…。貧血起きそう…」
あんまりな扱いに苛立ちを隠せない。
(見た目がガキだからといって扱い方があるだろうに…)
「次もクソもあるかよ、青二才が」
仲間の助けは期待していない。
ユウはヨルを嫌ってるため、どうせ「ヨルなら先に帰った」とか平然と言うに違いない。
見越したヨルは、両手首の手かせを睨みつけたあと、“音寄せ”を発動させた。
呼ぶのはコウモリではなく、こういった場所にお似合いのネズミ達だ。
ネズミの悪食さをナメではいけない。
“音寄せ”に洗脳されたネズミ達は檻の柵を食い破り、ヨルの手かせまで貪り食う。
便利なものだが、息を潜めてじっとしていなければヨルまで食われかけてしまうのが欠点だ。
両手が自由になってネズミ達が巣に戻っていくのを確認し、ヨルは目隠しを外した。
薄い闇に包まれた牢獄が目に映る。
自分の里でも任務以外は檻暮らしだが、ここは血臭のせいかヨルの部屋(檻)と違って落ち着かなかった。
さっさと退散したいところだが、隠し扉は術で開くようになっているため、見回りの忍が戻ってくるまで待つしかない。
もぬけの檻に慌てた連中が扉を開け、ヨルは闇染で姿を消して扉を抜ければいいだけの話だ。
呆気ない脱出である。
「ホント…、逃げるのだけは上手いな、オレは…」
独り言でもなんだか落ち込んでしまうヨル。
ただ牢屋で待ってるのは暇なので、もう少し奥へと進んでみるかと立ち上がった。
昔使われていた牢獄なのか、他の檻には誰もいない。
だが、気配はあった。
一番奥だ。
先程の洞窟と違ってそんなに長い通路でもない。
近づくにつれて血臭は濃くなり、弱々しい呼吸音が聞こえる。
相手は重傷だ。
その姿を見て確信する。
「…だ…、誰…だ…?」
一番奥の檻には、見るからに重傷の男がうつ伏せに倒れていた。
濃い血臭に、ヨルは思わず鼻を右手で覆った。
本当に生きているのかと疑いたくなるような姿だ。
少し長めの黒髪は乱れ、手当てもされていない体には裂傷やアザが目立ち、食事も与えられていないのかガタイの良かっただろう大きな体は痩せていて、呼吸も苦しそうだ。
檻に近づき、それを見下ろす。
忍服と額当てを見て、おそらくこの里の忍だと察する。
手首のかけられている手かせの鎖は、壁に繋がっていた。
ヨルより厳重な扱いだ。
動ける状態ではないというのに。
「誰か…、そこに…いるのか…」
水を与えられていないのか、囚人の男はしゃがれ声を出しながら顔を上げる。
その目にはヨルと同じく布が巻かれていた。
「見張りか?」
どうしたものかと戸惑ったが、ヨルは答える。
「……違う…」
「! ガキ…? ガキが…こんなところでなにをしている?」
「この里の付近で仕事をしてたら、怪しまれて捕まったんだよ。仲間には置いて行かれるわ、いきなり牢屋に放り込まれるわ最悪だ」
最後の方は愚痴になってしまった。
それを聞いた囚人の男は一笑する。
「それはまた…、間の悪い時にきたな…」
「笑うなよ」
「それで? どうやって…抜けだした…?」
その声には心なしか期待が含まれていた。
だが、ネズミを使いましたなんて言えるわけがない。
「……鍵が壊れてたから、あっさり出られた」
「……そうか…。しばらく使われていなかった牢獄だからな…」
納得したのか囚人の男はそう言った。
落胆が含まれているのがわかる。
「ここから出たいのか?」
「フン、そう言えば出してくれるのか?」
檻から出ても、術で閉じられた隠し扉がある。
それに、残念ながら“闇染”はヨル一人の姿しか隠せない。
この男を囮に使ってそのままっていう手も浮かんだが、実行できるほどヨルも鬼ではない。
囚人の男の問いには答えず、逆に質問した。
「なにやらかした?」
そこまでボロボロにやられるなんて、よっぽどのことをしたのだろう。
「………失敗した」
「なにを?」
思い出すのも心苦しいのか、深く聞こうとするヨルに苛立ったのか、囚人の男の眉間に深い皺が刻まれる。
「……ある里の長の…暗殺だ…」
「そりゃまた大それたことを…」
天空の実験に反対した部下が、天空を暗殺しようとしたことがある。
トドメを刺したのはヨルだった。
「身の程知らず」と死体に罵ったことも覚えている。
「自業自得だろ。それで、そいつに返り討ちにされ、里にもバレてこのありさまか?」
ヨルがそう冷たく言うと、囚人の男はいきなり怒鳴り声を出した。
「オレの独断ではない! その暗殺計画がこの里の命による極秘任務だったからだ!!」
「……任務…?」
ならば、この仕打ちはなんなのか。
あちらの里がこの男を痛めつけて牢獄に閉じ込めるならわかる。
なのに、失敗したからと言って命令した側の里がこんな目に合わせる必要はないはずだ。
こいつは里のために任務を果たそうとしたのではないのか。
「仲間はオレ以外全て死んだ…。命からがら帰郷して待ち受けていたのは…、汚名と重罰だ」
囚人の男の声が怒りで震え、憎悪が伝わってくる。
「そして、長の暗殺はオレの独断ってことにされた。つまり…、里の反逆者に仕立て上げられたのだ」
「里に…、裏切られた…?」
見張りがくるまでのただの暇つぶしだったのに、ヨルはいつの間にか話に聞き入ってしまっていた。
男の話を聞くにつれ大きくなるこの苛立ちはなんなのか。
「命懸けだったのに? 命令した側が出向いたわけでもないのに? 言うに事欠いて反逆者だと? 勝手すぎるだろ!」
「……ふっ…」
囚人の男は薄笑みを浮かべた。
「笑い事じゃ…」
「ようやく…、まともな奴と話せた気がしてな…」
「!」
その言葉だけで、任務を失敗して帰郷した先から、どんな苦しい目にあってきたのかが伝わってきた。
故郷の人間は全て敵になってしまい、なにを言おうが抵抗しようが相手にされない。
暗闇の中、こうして怒りを訴える相手もいなかったのだろう。
天空も、ヨルが始末に失敗すれば、こんな簡単に切り捨ててしまうのか。
ヨルは3人のように強くないし、逃げてばかりでどうしようもないとは自覚している。
仲間に置いて行かれたから、こうしてここにいるのだ。
ネガティブに考えていると、あの隠し扉が開かれた音が聞こえた。
「あのガキがいないぞ!」「捜せ!」「どこかに隠れているはずだ!」などと、ヨルがいた牢屋の方から騒がしい声が反響している。
ヨルを捕まえた忍達だ。
ヨルは舌打ちをし、奴らがこちらに来る前に闇染を発動させる。
囚人の男が目隠しをしている状態で助かった。
術を見られずに、ヨルは姿を消す。
気配がなくなったのに気付いたのか、囚人の男はピクリと反応した。
足音が徐々にこちらに近づいてくる。
忍達の姿が見え、ヨルは左の隅へとそっと移動した。
ヨルに散々エラそうなことを言っていた、隊長であろう忍が囚人の男の檻に近付いて尋ねる。
「おい、ここに子供がひとり来なかったか?」
囚人の男はすぐには答えず、嘲笑を含んで言い返す。
「たかが子供を…こんな場所に閉じ込めているのか」
「口を慎め。貴様の処刑が早まるかもしれん」
(処刑!?)
ヨルは思わず声を上げそうになった。
「……………」
「自分の故郷で死ねることに感謝しろ、反逆者」
ヨルは忍達の口元に不気味な笑みが浮かんでいるのを目にする。
本当は反逆者ではないことを知っているに違いない反応だ。
「それで、子供の居場所は?」
忍のひとりが再度質問を投げつけた。
「…オレはこの通り目を塞がれている…」
「チッ」
「今度はこちらからの質問だ…。オレの処刑はいつだ?」
舌打ちをした隊長が見下しながら言う。
「やはり自分の死期が気になるか…。3日後だ。それまで、大人しくそこでくつろいでおけ」
「そうか…。ならば、それまでいつ攻めてくるかわからない敵に怯え続けていろ。貴様らはオレの手で必ず殺してやる」
囚人の男が低い声でそう言った。
ヨルは背中にゾクッと寒気が走る。
他の忍達も、口布越しでもわかりやすいくらい表情を強張らせていた。
隊長は鍵を取り出し、囚人の男がいる牢屋に足を踏み入れる。
なにをするのかと思えば、足を振り上げて一気に囚人の男の右腕に向けて振り下ろした。
ゴキィ!!
「ぐあああ!」
生々しい、右腕の肘の骨が砕ける音が響き渡る。
「その手でオレ達を殺せるものなら、殺してみろ」
馬鹿にするように笑ったあと、檻を出て再び鍵をかけ、
「もしあのガキが外へ逃げたなら、まだそんなに遠くへ行っていないはずだ。今ならまだ間に合う! 追うぞ!」
ヨルがすぐ近くにいるとも知らずにそう言って隠し扉へと走った。
重傷の上に骨を折られたせいで囚人の男は気を失っている。
*****
「…………く……」
囚人の男が目を覚まし、痛みに呻いた。
「アンタ、処刑前に殺されるぞ」
「……まだ…、いたのか……。しかも…、いつの間にオレの…檻に……」
「檻の扉が閉ざされる前にだ」
ヨルは忍達の間をぶつからないように通り抜け、隊長が檻から出て扉を閉めるまえにさっと中に入った。
次に隠し扉が開くのは最低でも3日だというのに、どうしてさっさと隠し扉を出なかったのか、どうしてこの檻に入ってしまったのか。
それは薄らとヨルの中ではっきりしていた。
「面白い…術を使うな…。気配を…消せるのか…」
「……教えてやらない。…冥土の土産にもしてやらねえ…」
「…?」
ヨルは背中に夢魔を生やして抜き取った。
刃先を囚人の男の額に突きつける。
「!」
その殺意に、囚人の男は一瞬息を止めた。
「ここで会ったもなにかの縁だ…。―――公衆の面前で殺される前に、今ここでオレが楽にしてやる」
「やめろ…。殺すくらいなら、オレを解放しろ…!」
男は怯えるどころか、脅すように唸る。
「アンタをここから連れ出すのはオレじゃムリだ。他に味方もいない。絶望的な状況ってこのことを言うんじゃねえのか?」
「それでも…、オレは死ぬつもりはない…!」
男は馬鹿ではない。
目隠しをされていようとも、本人も状況をわかっているはずなのに、この諦めの悪さはなんなのか、ヨルには理解した難かった。
(一体、こいつが執着しているモンはなんだ?)
話を聞こうと、ヨルの右と左の地面に両手の夢魔を突き刺した。
「じゃあ聞くが、ここを抜け出してどうする気だ? その死にかけの体で…」
「……最初にこの里の至宝とされる、禁術を手に入れる」
「禁術を?」
ヨルは思わず自分の背中に触れた。
そこには禁術の文字が彫られているからだ。
囚人の男が言っているのは別の禁術のことだろう。
「禁術は何種類もこの世に存在している」と天空から教わったことを思い出す。
「手を出した者は、その力に飲み込まれてことごとく死んでいったと聞いたことがある…。だが、今はそれに縋るしかない。そのあとは…、わかるな?」
宣言した通り、さっきの忍達を殺すつもりだ。
「……本当の罪人になっちまうぞ。言い訳できなくなる」
「構わん。生きるためだ」
それがヨルには理解できない。
「罪人だと名指しされる先に意味はあるのか? 完全に汚れてしまう前にオレが始末してやろうというのがなんでわからない!? おまえら人間が望む“生”はそんな……」
「貴様のような奴が生きる意味を説くな! 殺すぞ!!」
思わずビクッとし、口を噤んだ。
血が気管に入ったのか、囚人の男は咳き込んでから言葉を続ける。
「貴様は生きるも死ぬも逃げる方にしか考えていない。所詮、言っていることは全て綺麗事。「楽にしてやる」? 情けのつもりか? オレは貴様のように、立たされている状況に応じて生きるか死ぬかなどと考えはしない! どんな状況だろうが足掻いて足掻いて生き延びてやる!!」
「…!!」
これが生きることに執着する者の言葉だ。
「生」と「死」を選ぶのなら、迷わずに「生」を取る人間の姿だ。
「死にたくない」と泣き叫ぶ者を殺し続けてきたことで、ヨルにとってその執念は醜いものだと思っていた。
(こいつの「生きたい」は、ただの「生きる」とは違う…)
「なんだ、騒々しい…」
「!!」
ヨルは男の言葉をすっかり聞き入ってしまい、隠し扉の音に気付かなかった。
こちらに来る前に夢魔を消して“闇染”で姿を消す。
先程の忍達ではない。数は3人で全員仮面を被っている。
幸い、ヨルに気付いていない様子だ。
「なんの…用だ…?」
「貴様の処刑の日が変更された。今夜、決行だ」
「「!?」」
「話が違う!」
囚人の男は怒鳴るが、仮面の忍達は冷ややかだ。
「我々も焦っている。怪しい奴らも動いているらしいしな」
(オレ達のことか…)
だとすれば、囚人の男や里にとっては無関係な話だ。
「早く貴様には消えてもらわねばならない」
「これから厳重に拘束し、処刑場へと向かう」
仮面の忍達は鍵を外して檻の中に入り、囚人の男に近づいて壁と繋がっている手かせの鎖を外す。
すると、囚人の男は床を蹴って捨て身で中央の忍にタックルを食らわせた。
「!?」
「こいつ、まだそんな力が…!」
「怯むな! 四肢を断ち切ればもう動けん! 生きたまま処刑場へ連れて行けば問題ない!」
仮面の忍達が手裏剣を構えた時だった。
「!?」
檻の扉の近くにいた忍が振り返る前に、ヨルはその背中を左手の夢魔で貫いた。
「いつの間に!?」
「しかもガキだと!?」
忍達の判断は素早かった。
ヨルに向けて手裏剣を投げ飛ばす。
ヨルは絶命した忍を盾にし、忍達に突っ込んだ。
逃げ場はないため、片付けるのはわりと簡単だった。
盾にした忍ごと真ん中の忍を殺し、そのまま右の忍の首を刎ねる。
その間、ヨルはなにを考えていたのか、今でも思い出せなかった。
仮面の忍達を殺したあと、はっとしたヨルは顔を強張らせ、すぐ隣の檻の柵を殴った。
「クソッ!!」
(バカが! なにやってんだオレは!?)
動きだす前に覚えているのは、頭に血がのぼってカッとなったことだけだ。
ヨルが出て行ったと思っている忍達は、この惨状を見て囚人の男の仕業だと思うだろう。言い訳はできない。
「……殺したのか…」
この時、囚人の男に責められると思っていた。
「なんてことをしてくれたんだ」と。
しかし、囚人の男はこんなことを言いだした。
「手かせを…外せ…。貴様の罪を…、被ってやる…」
「! ざけんな! そんな胸糞悪いことさせられるか!!」
罪を被った上に、このまま脱獄する気である。
「そいつらも…、どの道殺す予定だったからな…」
もうなにを言っても無駄だ。
今、ヨルの中で確信した。
手を出してしまった以上、ヨルはもう完全に囚人の男と関わってしまったことになる。
たかが人間にここまで関わり、悩まされたのは初めてだ。
「……口を開けろ…」
「…なに…?」
ヨルは囚人の男を仰向けにし、仮面の忍達の手裏剣を一枚拾った。
「生き延びる可能性を与えてやる」
左手の人差し指の腹を切り、傷口から流れる真っ赤な血を見つめる。
『人間には与えるな』
その言葉とともにネズミを潰したアサを思い出した。
それを振り払うように頭を振り、ヨルの中にある“真血”を呼び出す。
「!」
流れ出る真っ赤な血のあとに銀色の血が傷口から押し出される。
零してはマズイと思い、すぐに人差し指を囚人の男の口元に垂らした。
一滴、また一滴と。
どれくらい飲ませればいいのかはわからない。
ネズミは2・3滴で姿かたちを変えてしまったのだ。
ヨルが直接手を下す事態にならないように、囚人の男の体に異常がないか耳を澄ませながら慎重に飲ませていく。
不意に囚人の男の心臓が、ドクンッ、と大きく跳ねた。
反射的に右のてのひらで人差し指を握る。
「ぐ…っ」
囚人の男の体が痙攣し始めた。
「ぐうああああああ!!」
牢獄全体に囚人の男の悲鳴が響き渡る。
絶叫に反して囚人の男の傷は次々と塞がっていくのに、ヨルは失敗したのではないかと激しく動揺した。
囚人の男の叫びはだんだん弱くなり、それに伴い、内部も落ち着きを取り戻してきた。
「へ…、平気か…?」
完全に大人しくなったあと、おそるおそる声をかける。
「体が…、燃やされたかと思った…。今は…、ウソのように気分がいい…」
砕かれていたはずの右腕を支えに上半身を起こし、目隠しをされた顔をこちらに向けた。
これが“真血”の力だ。回復力も恐ろしいほど早い。
恐ろしく思う反面、ヨルは成功したことに安堵していた。
「立てるか?」
「少し、肩を貸せ」
「エラそうに言うな」
肩をつかませて、立たせる。
立ち上がったあと、その背の高さに驚かされた。180以上はあるだろう、見上げれば首が痛い。ヨルの身長は囚人の男の腰ほどだ。
「意外に小さいな」
「おまえがデケーんだよ!」
これでは肩を貸してやれない。
「なんとか自力で歩ける…」
目隠しを外した囚人の男はゆっくりとした足取りで檻から出る。
ヨルもその後ろについていき、隠し扉の前で立ち止まった。
囚人の男は印を組んで「開」と唱え、隠し扉が開く。
「開け方、知ってたのか」
「だから厳重に繋がれていた。ここの見張りもやったことがあるからな」
前を見ながらそう言った。
隠し扉の向こうはやはり洞窟だ。
出た途端、無数の足音が洞窟に小さく反響した。
「!」
忍達がこちらに向かっている。
囚人の男は足音が聞こえてくる方向を見つめながら言った。
「小娘、貴様は早く帰れ」
「!」
「術を知られたくないのだろう? 先程の特別な力といい、捕まればいい研究材料にされる」
その通りだ。捕まるわけにはいかない。
「アンタは!?」
「オレはこのまま禁術のところへ向かう。今のオレなら、あれを手に入れることができるかもしれん…」
自信に満ちた声だった。
ヨルは「バカを言うな」と声を荒げる。
「独りで行く気か!?」
「術を隠しているのなら隠し通せ! 使う気がないなら足手まといだ! 早く行け!」
これから先、目の前の男はずっと独りだ。
アサがネズミを殺したのは、もう普通のネズミに戻れないことを憐れんだからなのか。
「ごめん…っ。アンタを孤独にさせてしまった…」
「……早く行け…」
ヨルは初めて男の目を見た気がした。
深い、緑色の目をしている。
促されるままに、ヨルは踵を返して出入口に向かって走りだした。
罪悪感から逃げるように。
それでも、真っ黒なものが、背中に重みとともに張り付いていく。
「独りにしてしまった」「また逃げた」「おまえのせいであの男は独りだ」と囁くのは心の裏にいるヨルだ。
出入口を飛び出すと目の前には大量の水が落ち続けていた。
目隠しをされていたため見れなかった光景だ。
思わず喉を鳴らし、見つかるのを恐れそこから飛び降りた。
(大丈夫、下は水でオレは頑丈だから死なない…)
落下しながら、囚人の男のことを考える。
(もし会えたとしても、次に会った時には人間でなくなっているのかもしれない。あの男はオレを恨むだろうか…)
*****
「…目が覚めたか、ヨル」
「ア…サ……」
目を覚ませば、捜しに来てくれたアサに抱えられていた。
なぜここがわかったのかと聞いたら、初めはデタラメを言っていたユウを尋問…というより拷問して聞き出したと答える。
「アサ、下ろしてくれ。ひとりで…、歩ける…」
(ひとり……)
ヨルは真上を見上げると雨雲の隙間からは、月がこちらを覗いていた。
月の中に、もうひとつの時間を見つけた。
夢はまだ続くようだ。
(角都…、おまえはオレを恨んでいるか?)
.