06:見捨てない目
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*ヨル
飛段が死なないことはわかってるのに、気付いたら体が勝手に動いてた。
オレはこんなに死に急ぐ奴だっただろうか。
自分自身がたまに恐ろしくなる。
「く…っ」
雪崩が収まったあと、雪に埋もれていたオレは自力で這い出た。
いつの間にか雪はやんで雲は晴れ、漆黒の空には三日月が浮いている。
オレは眠気と戦い、痛い体を引きずりながら、背に携えた三連鎌と繋がっているワイヤーをたどっていく。
「寒い…」
服の中まで雪だらけで、寒いほど眠気が増していった。
ワイヤーの先が雪の下に埋もれている。
おそらく、ここだ。
その場に両膝をつき、両手で雪をどけていく。
両手はすっかり赤く染まり、指先はじんじんと痛んだ。
掘り続けていくと、血の匂いがだんだんと濃くなってきた。
赤い雪が見えてくる。
そして、見つけた。
「飛段…」
最初に飛段の左手が出てきた。
人差し指にはちゃんと“三”の指輪がはめてある。
その左手から下を掘り続けていくと、大きな穴が空いた腹が見えてきた。
貫通した木は、流されている時に外れたのだろう。
損傷が激しく血はドクドクと溢れ出、オレの食欲を誘った。
不意に瞳の色が変わったのかもしれない。
慌てて右手で両目を覆い、続いてその手を下ろして口と鼻を覆い理性を保った。
腹の上から雪をどかしていき、ついに顔を見つけた。
月明かりに照らされ、雪で濡れた飛段の髪はいっそう銀色に光っている。
口の端から血を流したままピクリとも動かない。
「飛段、おい、起きろ…」
右頬に触れると、恐ろしいほど冷たかった。
「飛段!」
急に不安になってその頬を叩いた。
ピクリと飛段の左手の人差し指が動き、目がゆっくりと開かれる。
「……ジャシン…様…」
「!!」
その笑顔があの時のガキと重なり、今オレは、なにかを思い出しかけた。
「寝惚けんな、バカが!」
パアン!
「ぶっ!;」
今度は容赦なくその頬を叩いた。
「か…、角都?;」
バチン!
もう1発お見舞いしてやった。
「お…、おお、ヨル…;」
「どんだけジャシンと角都が好きなんだよ、おまえは」
左手をつかみ、上半身を起こしてやる。
「うわっ、寒ィ!;」
「まず、腹を痛がれ;」
もしかして、寒さのあまり痛覚がマヒしているのだろうか。
ようやく自分の重傷に気付いた飛段だが、「これ治りにくそう」と平然と言っただけだった。
「治るのか?」
「ちょ、時間がかかるけどな」
「そっか…、よかった…」
心底ホッとし、思わず表情が緩んだ。
立ち上がり、自分の外套を外して飛段に被せた。
「?」
「目立つからな、その傷。腹も冷えると困るだろ」
「おまえはいいのかァ?」
「この気温じゃ、どっちみち意味ねえよ」
それに、血と傷を隠してもらわないと食欲に負けてしまう。
この状態で「血を飲ませろ」とは言えないし。
オレの外套を着て三連鎌のワイヤーを巻きとったあと、飛段はオレの手を取って立ち上がった。
「ヤベ…、フラフラする;」
だいぶ失血してるから当然だろう。
普通の人間ならとっくの昔に死んでる。
「ほら、肩貸してやる」
「お、サンキュ」
オレも肩を貸してほしかったからちょうどいい。
天気の気が変わらないうちに、早く角都と合流しなければならない。
だが、この雪山で人一人を見つけるのは難しそうだ。
飛段と肩を組む前に、オレはリスクを承知であの術を使うことにした。
サラシを緩め、術を発動させる。
「分身蝙蝠」
背中から数十匹の全身朱色のコウモリ達が飛び出した。
「コウモリィ?」
「オレの血で作った」
血液の消費が夢魔より激しく、貧血になりやすいのが傷だ。
オレの目の前を飛ぶコウモリが、オレの姿へと変わる。
髪や肌や服の色もオレそっくりだ。
「分身できるのか」
「普通の分身の術とちょっと違う。2~30人は出せるが攻撃はしない。けど、これで相手を撹乱させたり、コウモリのままでも捜索や連絡などに使える。後者はあまり使ったことがないがな」
説明を終えたあと、オレに化けたコウモリは元のコウモリの姿に戻り、頭上を飛ぶ群れに混じった。
「コウモリの状態で角都を探してもらう。見つけられたら本人を案内してくれるはずだ」
角都なら絶対気付いてくれるはずだ。
本来なら“音寄せ”で野性のコウモリ達に捜してもらいたかったが、場所が悪いのかまったくいなかった。
「オレ達はとりあえず、また山を登るしかない」
コウモリ達が散ったあと、オレと飛段は肩を貸しあって歩きだした。
眠くて頭がぼうっとするうえに雪に足をとられるせいか、ちゃんと自分たちが山を登っているのかわからない。
明らかに初め来た時とは別ルートだ。
右は崖、真ん中はそれなりに広い道、左は崖。
自分たちの前を歩く角都がいないだけでこんなにも心細い。
「角都ゥ―――!」
移動しながら飛段は角都の名前を呼び続けていた。
しかし、呼ばれている本人の姿はどこにもないし、駆けつけてもこない。
「先に町に向かったのかも…;」
「ありえそうだなァ…;」
角都のことだ。
手にはしっかりと賞金首の首を持ってたし、オレ達と換金所のどちらかをとるなら換金所だろう。
オレが飛ばしたコウモリなど無視してさっさと山を下りて町へ向かい、換金所に入って死体を換金し、大好きな金を手にして嬉々としている角都を想像したら、なんだか泣けてきた。
飛段も同じだろう、表情が落ち込んでいる。
「飛段、角都と組んでて嫌にならないか?;」
「たまにあるけどよォ、最初、ツーマンセルに角都指名したのオレだしィ」
オレはそれを聞いて飛段の横顔を見つめた。
「…「角都とコンビ組みたい」って言ったのか?」
「ああ。ちょうど空きがあったから、クソリーダーの奴、あっさり入れてくれたぜェ」
飛段の目がこちらを見る。
その時のことを思い出したのか、口元には笑みが浮かんでいた。
「なんで角都と? そもそも、なんで“暁”に入ったんだ?」
最初は興味がなかったから、聞くことはしなかった。
飛段は遠くを見つめながら話し始める。
「…オレの生まれた里はさァ、温泉とか観光地なんかがあって豊かで平和主義なところで…、オレはそれに耐えられなかった…。忍っつーのは任務を遂げるために戦ったり、暴れたり、殺したりするモンなのに…、「戦を忘れた里」にそんな任務は存在しなかった。里を観光しにくる他の里の奴らのもてなしばかりだ…」
飛段が我慢できなかったのが目に見えてくる。
好戦的なこいつに、そんな仕事は向いていない。
飛段は言葉を続けた。
「だから、ひと暴れして里を捨てたあと、“ジャシン教”に拾われた。そこでこの体を手に入れたんだ。不死の体を…」
「おまえ以外にも不死身がいたのか?」
不死の軍団がいれば、一日で里ひとつ潰せそうだ。
オレの問いに飛段は首を横に振る。
「オレみたいに体をいじくられた信者はたくさんいたけど、ジャシン様と会って「祝福」を受けたのはオレだけだった」
おそらく、オレと同じだ。
禁術を受けて成功した、それだけの話。
飛段の話は続く。
「その数年後に“暁”に入った。“ジャシン教”を世界中に知らしめるにはそこに入った方が手っ取り早そうだったから。“暁”の話を聞いた時に角都のことも知ってな、同じ不死がいるって聞いて飛びついたぜ。“ジャシン教”からはオレみたいな不死身はもう生まれなかったし、角都と組めば、オレの目的も果たせる。角都は金にしか興味がないから、「宗教は金になる」って言ったらOKもらったァ」
自分が金嫌いなクセに。
それに、その宗教で金儲けしている飛段を見たことがない。
「これもジャシン様のお導きだ」とペンダントヘッドに口付ける飛段を見て、露骨にため息をついてやった。
「そのジャシン様とやらは、なんだっておまえみたいなバカを選んだんだか…」
明らかに人選ミスだろ。
オレが神なら、もうちょっと賢い奴を選ぶ。
「だってオレ、ジャシン様と仲良かったしィ」
「はぁ?;」
「どこかはもう覚えてねえけど、初めて出会ったのは河原だった。黒い外套を纏ってたから顔は見えなかったけどよ…」
「河原」と聞いてオレは表情を強張らせ、「黒い外套」と聞いて内心激しくうろたえた。
「……いつだ?」
「ん?」
「それは…、いつの話だ?」
自分でもわかりやすいほど声が震えている。
飛段は構わずに上を見上げて思い出しながら口にした。
「ん―――…、オレがァ…、14、15の時?」
―――5年前!!
オレが2回目の“真血”を使ったのも、その頃かもしれない。
思わず飛段の顔を覗きこむ。
あの時の子供ではないと確認したい。
「な…、なんだよ…」
ぎょっとする飛段に構わず、オレは質問をぶつける。
「飛段…、ジャシンになにをされた?」
「なにって……」
次の一言で、忘れかけていた記憶が全て蘇るはずだった。
「「!!」」
突然、足下が崩れた。
地面がある思って踏んだ雪は、雪庇だった。
急に道が狭くなった。
それに気付かず、やや崖寄りに歩いてしまっていたオレ達は雪庇を踏んでしまい落下した。
崖の底に落ちる前に、オレの下を落下していた飛段は背の三連鎌を崖の壁に向かって投げ飛ばす。
三連鎌の三刃は壁に突き刺さり、飛段はワイヤーをつかんだ。
「ヨル!」
左手を伸ばされ、真っ逆さまに落下するオレは飛段を通過する前に空中で態勢を変えてその手をつかむ。
落下が止まり、オレ達は宙ぶらりんの状態になった。
「チィッ…」
飛段が舌打ちし、見上げるとオレの右頬に上からポタポタと飛段の血が落ちてきた。
力んだせいで治りかけの腹の傷がまた開いたのだろう。
「う…!」
体力的に限界だったオレは血の欲に誘われる。
左手で鼻と口を覆うが限界だ。
頭は痛み、息は弾み、心臓は早鐘を打ち、喉は渇きを訴えている。
「どうしたヨル!?」
「血…、使いすぎた…っ」
喋るのさえこんなに辛い。
滴る飛段の血がオレの口に一滴でも入れば、状況に構わずオレは自分を抑えきれなくなり、飛段を襲ってしまう。
「……少し飲むか?」
「少しじゃ足りない…!」
今噛みつけば、「少し」じゃ済まない。
「おまえの目、いつもと違う!」
てっきり、朱色に変わっているのかと思った。
次の飛段の言葉を聞くまでは。
「左目、金色だぜ!?」
「!!」
左目だけが朱色から金色へとチカチカと変わっているらしい。
前にも一度、同じようなことがあった。
獲物が捕まらず、血が足りなくなって喉が極限まで渇いていた時も、朱色の瞳から金色に変色した。
危険信号だと感じたその時のオレは、急いで夜の山へと入って数羽の野鳥を狩って渇きを潤し、瞳の色を取り戻したが。
「飛段、上にあがれるか?」
「途中まで。あとは自力だ」
そう言ったあと、飛段は袖を通るワイヤーを、グイ、と引っ張った。
ワイヤーは巻きとられ、三連鎌が刺さったところまで上がっていく。
問題はそのあとだ。
崖の壁の真ん中付近に刺さったため、あとは自力で上がっていくしかない。
体力が万全な時はチャクラで登っていくところだが、オレと飛段もこの調子では頑張っても途中で落ちる確率が高い。
「飛段、鎌と杭使えばすぐに上がれるだろ。そのあとそこからワイヤー使って鎌を垂らしてくれればオレも上がれる」
「おおっ、あったまいー」
「少なくとも、おまえよりは脳のシワ多いからな」
「落とすぞ」
オレが崖につかまったあと、飛段は自分の懐を探りだす。
しかし、何度探っても杭が出てこない。
オレは嫌な予感を覚えた。
「………まさか…;」
「落とした;」
雪崩に流された時だろう。
オレは脱力のあまり、崖から滑り落ちそうになる。
最悪だ。
素手で崖登りをしろということか。
「貴様らの馬鹿さ加減には殺意が湧く」
「「!!」」
はっと上を見上げると、角都がこちらを見下ろしていた。
その顔の隣にはオレのコウモリが飛んでいる。
首を持ってるということは、町に下りなかったのか。
「「角都!」」
オレと飛段の声が揃った。
「待ってたぜェ、角都ちゃーん!」
「早く上げてくれー!」
待ってましたと言わんばかりに上にいる角都に声をかけるが、
「喚ける元気があるのなら、オレが手を貸すまでもない」
そう言って先へ進もうとしたので、オレと飛段は阻止をかける。
「ふざけんな角都コラァァァ!!」
「血の夢見せるぞクラァァァ!!」
角都の姿が見えなくなった。
置いて行かれたオレ達は一気に焦りだし、態度を変える。
「え、ちょ、角都! マジ行くな! 今のナシィ!!;」
「オレ達が悪かった!! おまえだけが頼りだ!!;」
やっと戻ってきてくれた。
「手がかかる奴らめ」
角都の肘から下が地怨虞に繋がれた状態で下りてくる。
オレはその左手、飛段は右手をつかみ、引っ張り上げられた。
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飛段が死なないことはわかってるのに、気付いたら体が勝手に動いてた。
オレはこんなに死に急ぐ奴だっただろうか。
自分自身がたまに恐ろしくなる。
「く…っ」
雪崩が収まったあと、雪に埋もれていたオレは自力で這い出た。
いつの間にか雪はやんで雲は晴れ、漆黒の空には三日月が浮いている。
オレは眠気と戦い、痛い体を引きずりながら、背に携えた三連鎌と繋がっているワイヤーをたどっていく。
「寒い…」
服の中まで雪だらけで、寒いほど眠気が増していった。
ワイヤーの先が雪の下に埋もれている。
おそらく、ここだ。
その場に両膝をつき、両手で雪をどけていく。
両手はすっかり赤く染まり、指先はじんじんと痛んだ。
掘り続けていくと、血の匂いがだんだんと濃くなってきた。
赤い雪が見えてくる。
そして、見つけた。
「飛段…」
最初に飛段の左手が出てきた。
人差し指にはちゃんと“三”の指輪がはめてある。
その左手から下を掘り続けていくと、大きな穴が空いた腹が見えてきた。
貫通した木は、流されている時に外れたのだろう。
損傷が激しく血はドクドクと溢れ出、オレの食欲を誘った。
不意に瞳の色が変わったのかもしれない。
慌てて右手で両目を覆い、続いてその手を下ろして口と鼻を覆い理性を保った。
腹の上から雪をどかしていき、ついに顔を見つけた。
月明かりに照らされ、雪で濡れた飛段の髪はいっそう銀色に光っている。
口の端から血を流したままピクリとも動かない。
「飛段、おい、起きろ…」
右頬に触れると、恐ろしいほど冷たかった。
「飛段!」
急に不安になってその頬を叩いた。
ピクリと飛段の左手の人差し指が動き、目がゆっくりと開かれる。
「……ジャシン…様…」
「!!」
その笑顔があの時のガキと重なり、今オレは、なにかを思い出しかけた。
「寝惚けんな、バカが!」
パアン!
「ぶっ!;」
今度は容赦なくその頬を叩いた。
「か…、角都?;」
バチン!
もう1発お見舞いしてやった。
「お…、おお、ヨル…;」
「どんだけジャシンと角都が好きなんだよ、おまえは」
左手をつかみ、上半身を起こしてやる。
「うわっ、寒ィ!;」
「まず、腹を痛がれ;」
もしかして、寒さのあまり痛覚がマヒしているのだろうか。
ようやく自分の重傷に気付いた飛段だが、「これ治りにくそう」と平然と言っただけだった。
「治るのか?」
「ちょ、時間がかかるけどな」
「そっか…、よかった…」
心底ホッとし、思わず表情が緩んだ。
立ち上がり、自分の外套を外して飛段に被せた。
「?」
「目立つからな、その傷。腹も冷えると困るだろ」
「おまえはいいのかァ?」
「この気温じゃ、どっちみち意味ねえよ」
それに、血と傷を隠してもらわないと食欲に負けてしまう。
この状態で「血を飲ませろ」とは言えないし。
オレの外套を着て三連鎌のワイヤーを巻きとったあと、飛段はオレの手を取って立ち上がった。
「ヤベ…、フラフラする;」
だいぶ失血してるから当然だろう。
普通の人間ならとっくの昔に死んでる。
「ほら、肩貸してやる」
「お、サンキュ」
オレも肩を貸してほしかったからちょうどいい。
天気の気が変わらないうちに、早く角都と合流しなければならない。
だが、この雪山で人一人を見つけるのは難しそうだ。
飛段と肩を組む前に、オレはリスクを承知であの術を使うことにした。
サラシを緩め、術を発動させる。
「分身蝙蝠」
背中から数十匹の全身朱色のコウモリ達が飛び出した。
「コウモリィ?」
「オレの血で作った」
血液の消費が夢魔より激しく、貧血になりやすいのが傷だ。
オレの目の前を飛ぶコウモリが、オレの姿へと変わる。
髪や肌や服の色もオレそっくりだ。
「分身できるのか」
「普通の分身の術とちょっと違う。2~30人は出せるが攻撃はしない。けど、これで相手を撹乱させたり、コウモリのままでも捜索や連絡などに使える。後者はあまり使ったことがないがな」
説明を終えたあと、オレに化けたコウモリは元のコウモリの姿に戻り、頭上を飛ぶ群れに混じった。
「コウモリの状態で角都を探してもらう。見つけられたら本人を案内してくれるはずだ」
角都なら絶対気付いてくれるはずだ。
本来なら“音寄せ”で野性のコウモリ達に捜してもらいたかったが、場所が悪いのかまったくいなかった。
「オレ達はとりあえず、また山を登るしかない」
コウモリ達が散ったあと、オレと飛段は肩を貸しあって歩きだした。
眠くて頭がぼうっとするうえに雪に足をとられるせいか、ちゃんと自分たちが山を登っているのかわからない。
明らかに初め来た時とは別ルートだ。
右は崖、真ん中はそれなりに広い道、左は崖。
自分たちの前を歩く角都がいないだけでこんなにも心細い。
「角都ゥ―――!」
移動しながら飛段は角都の名前を呼び続けていた。
しかし、呼ばれている本人の姿はどこにもないし、駆けつけてもこない。
「先に町に向かったのかも…;」
「ありえそうだなァ…;」
角都のことだ。
手にはしっかりと賞金首の首を持ってたし、オレ達と換金所のどちらかをとるなら換金所だろう。
オレが飛ばしたコウモリなど無視してさっさと山を下りて町へ向かい、換金所に入って死体を換金し、大好きな金を手にして嬉々としている角都を想像したら、なんだか泣けてきた。
飛段も同じだろう、表情が落ち込んでいる。
「飛段、角都と組んでて嫌にならないか?;」
「たまにあるけどよォ、最初、ツーマンセルに角都指名したのオレだしィ」
オレはそれを聞いて飛段の横顔を見つめた。
「…「角都とコンビ組みたい」って言ったのか?」
「ああ。ちょうど空きがあったから、クソリーダーの奴、あっさり入れてくれたぜェ」
飛段の目がこちらを見る。
その時のことを思い出したのか、口元には笑みが浮かんでいた。
「なんで角都と? そもそも、なんで“暁”に入ったんだ?」
最初は興味がなかったから、聞くことはしなかった。
飛段は遠くを見つめながら話し始める。
「…オレの生まれた里はさァ、温泉とか観光地なんかがあって豊かで平和主義なところで…、オレはそれに耐えられなかった…。忍っつーのは任務を遂げるために戦ったり、暴れたり、殺したりするモンなのに…、「戦を忘れた里」にそんな任務は存在しなかった。里を観光しにくる他の里の奴らのもてなしばかりだ…」
飛段が我慢できなかったのが目に見えてくる。
好戦的なこいつに、そんな仕事は向いていない。
飛段は言葉を続けた。
「だから、ひと暴れして里を捨てたあと、“ジャシン教”に拾われた。そこでこの体を手に入れたんだ。不死の体を…」
「おまえ以外にも不死身がいたのか?」
不死の軍団がいれば、一日で里ひとつ潰せそうだ。
オレの問いに飛段は首を横に振る。
「オレみたいに体をいじくられた信者はたくさんいたけど、ジャシン様と会って「祝福」を受けたのはオレだけだった」
おそらく、オレと同じだ。
禁術を受けて成功した、それだけの話。
飛段の話は続く。
「その数年後に“暁”に入った。“ジャシン教”を世界中に知らしめるにはそこに入った方が手っ取り早そうだったから。“暁”の話を聞いた時に角都のことも知ってな、同じ不死がいるって聞いて飛びついたぜ。“ジャシン教”からはオレみたいな不死身はもう生まれなかったし、角都と組めば、オレの目的も果たせる。角都は金にしか興味がないから、「宗教は金になる」って言ったらOKもらったァ」
自分が金嫌いなクセに。
それに、その宗教で金儲けしている飛段を見たことがない。
「これもジャシン様のお導きだ」とペンダントヘッドに口付ける飛段を見て、露骨にため息をついてやった。
「そのジャシン様とやらは、なんだっておまえみたいなバカを選んだんだか…」
明らかに人選ミスだろ。
オレが神なら、もうちょっと賢い奴を選ぶ。
「だってオレ、ジャシン様と仲良かったしィ」
「はぁ?;」
「どこかはもう覚えてねえけど、初めて出会ったのは河原だった。黒い外套を纏ってたから顔は見えなかったけどよ…」
「河原」と聞いてオレは表情を強張らせ、「黒い外套」と聞いて内心激しくうろたえた。
「……いつだ?」
「ん?」
「それは…、いつの話だ?」
自分でもわかりやすいほど声が震えている。
飛段は構わずに上を見上げて思い出しながら口にした。
「ん―――…、オレがァ…、14、15の時?」
―――5年前!!
オレが2回目の“真血”を使ったのも、その頃かもしれない。
思わず飛段の顔を覗きこむ。
あの時の子供ではないと確認したい。
「な…、なんだよ…」
ぎょっとする飛段に構わず、オレは質問をぶつける。
「飛段…、ジャシンになにをされた?」
「なにって……」
次の一言で、忘れかけていた記憶が全て蘇るはずだった。
「「!!」」
突然、足下が崩れた。
地面がある思って踏んだ雪は、雪庇だった。
急に道が狭くなった。
それに気付かず、やや崖寄りに歩いてしまっていたオレ達は雪庇を踏んでしまい落下した。
崖の底に落ちる前に、オレの下を落下していた飛段は背の三連鎌を崖の壁に向かって投げ飛ばす。
三連鎌の三刃は壁に突き刺さり、飛段はワイヤーをつかんだ。
「ヨル!」
左手を伸ばされ、真っ逆さまに落下するオレは飛段を通過する前に空中で態勢を変えてその手をつかむ。
落下が止まり、オレ達は宙ぶらりんの状態になった。
「チィッ…」
飛段が舌打ちし、見上げるとオレの右頬に上からポタポタと飛段の血が落ちてきた。
力んだせいで治りかけの腹の傷がまた開いたのだろう。
「う…!」
体力的に限界だったオレは血の欲に誘われる。
左手で鼻と口を覆うが限界だ。
頭は痛み、息は弾み、心臓は早鐘を打ち、喉は渇きを訴えている。
「どうしたヨル!?」
「血…、使いすぎた…っ」
喋るのさえこんなに辛い。
滴る飛段の血がオレの口に一滴でも入れば、状況に構わずオレは自分を抑えきれなくなり、飛段を襲ってしまう。
「……少し飲むか?」
「少しじゃ足りない…!」
今噛みつけば、「少し」じゃ済まない。
「おまえの目、いつもと違う!」
てっきり、朱色に変わっているのかと思った。
次の飛段の言葉を聞くまでは。
「左目、金色だぜ!?」
「!!」
左目だけが朱色から金色へとチカチカと変わっているらしい。
前にも一度、同じようなことがあった。
獲物が捕まらず、血が足りなくなって喉が極限まで渇いていた時も、朱色の瞳から金色に変色した。
危険信号だと感じたその時のオレは、急いで夜の山へと入って数羽の野鳥を狩って渇きを潤し、瞳の色を取り戻したが。
「飛段、上にあがれるか?」
「途中まで。あとは自力だ」
そう言ったあと、飛段は袖を通るワイヤーを、グイ、と引っ張った。
ワイヤーは巻きとられ、三連鎌が刺さったところまで上がっていく。
問題はそのあとだ。
崖の壁の真ん中付近に刺さったため、あとは自力で上がっていくしかない。
体力が万全な時はチャクラで登っていくところだが、オレと飛段もこの調子では頑張っても途中で落ちる確率が高い。
「飛段、鎌と杭使えばすぐに上がれるだろ。そのあとそこからワイヤー使って鎌を垂らしてくれればオレも上がれる」
「おおっ、あったまいー」
「少なくとも、おまえよりは脳のシワ多いからな」
「落とすぞ」
オレが崖につかまったあと、飛段は自分の懐を探りだす。
しかし、何度探っても杭が出てこない。
オレは嫌な予感を覚えた。
「………まさか…;」
「落とした;」
雪崩に流された時だろう。
オレは脱力のあまり、崖から滑り落ちそうになる。
最悪だ。
素手で崖登りをしろということか。
「貴様らの馬鹿さ加減には殺意が湧く」
「「!!」」
はっと上を見上げると、角都がこちらを見下ろしていた。
その顔の隣にはオレのコウモリが飛んでいる。
首を持ってるということは、町に下りなかったのか。
「「角都!」」
オレと飛段の声が揃った。
「待ってたぜェ、角都ちゃーん!」
「早く上げてくれー!」
待ってましたと言わんばかりに上にいる角都に声をかけるが、
「喚ける元気があるのなら、オレが手を貸すまでもない」
そう言って先へ進もうとしたので、オレと飛段は阻止をかける。
「ふざけんな角都コラァァァ!!」
「血の夢見せるぞクラァァァ!!」
角都の姿が見えなくなった。
置いて行かれたオレ達は一気に焦りだし、態度を変える。
「え、ちょ、角都! マジ行くな! 今のナシィ!!;」
「オレ達が悪かった!! おまえだけが頼りだ!!;」
やっと戻ってきてくれた。
「手がかかる奴らめ」
角都の肘から下が地怨虞に繋がれた状態で下りてくる。
オレはその左手、飛段は右手をつかみ、引っ張り上げられた。
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