05:記憶の水滴
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空は灰色の雨空、降り注ぐは小雨。
昨日の夜から降り始め、早朝の今でもそれは続いていた。
ヨル、飛段、角都の一行は、昨夜は寝るとき、木の下で眠ったためあまり濡れずに済んだ。
「ジメジメする」「クソ蒸し暑ィ」「なんとかしろ」などと右隣の飛段がブツブツ言うのでヨルは安眠できた気がしない。
起きて早々その文句を本人にぶつけると、寝言だと判明した。傍迷惑な寝言である。
ちなみに角都は頭巾のおかげであまり聞こえなかったらしい。
出発したヨル達は大きな桔梗笠を被り、肩を並べて川沿いの道を歩いていた。
角都、飛段、ヨルの並びだ。
川の流れは雨のせいで少し速い。
「……雨…」
歩きながら、ヨルは桔梗笠のツバを少し持ち上げて雨空を見上げる。
(……初めて一人目と出会ったのは、こんな雨だったな…。いや、もう少し荒れていたかもしれない…)
“一人目”というのは、ヨルが“真血”を与えた者のことだ。
川に顔を向け、“もう一人”のことも思い出す。
(もう一人は、河原だった…)
ヨルは今まで2回、“禁”を破った。
一人目の方は遠い昔。
もう一人の方は昨日のことのように思うほど、最近だ。
なのに、どちらも、よく覚えていない。
大事なモノを与えたのにだ。
(あの時のオレは、なにを考えて与えたのか…。顔も知らない奴らに…)
「服重てェ…」
呟く飛段の顔に振り向くと、その眉間には皺が刻まれていた。
元から角都と飛段の眉間には常に皺が寄っている。
すっかりクセになっているようだ。
見てるヨルまで皺が寄りそうになる時もあった。
ヨルの目から見て、角都の場合は今でもわかりにくいが、飛段の場合は感情がそのまま顔や言葉に出るため、皺が刻まれていても上機嫌か不機嫌かぐらいは見分けられる。
今は不機嫌の皺だ。
「角都ゥ、どっかで雨宿りしようぜェ」
角都に顔を向けて言う飛段。
外套は蒸し暑さを呼び、雨の水を吸収して重たくしている。
それに、水溜りを何度も踏んだせいで靴はすっかり泥だらけだ。
レッグウォーマーは灰色や茶色に染まり、足指の出たサンダルのせいで足の裏は小石が入って気持ち悪い。
ヨルも雨宿りに賛成だ。
「わがままを言うな。今日は1日中雨だ。貴重な時間をそんなことの為に費やす必要はない」
角都も自分達と同じ状態なのに気持ち悪くないのだろうか、と疑問に思うヨル。
「時間に対してもケチだよなァ」と飛段が口を尖らせる。
そのあと、「時は金なりということわざを知っているか」と角都に言い返され、首を傾げた。
ヨルは、それならせめて外套だけでも脱ごうかと考えたが、手に持つのが面倒だと気付いてやめた。
草の濃い臭いに眉をひそめる。
眩しい太陽も不快だが、雨は不快そのものが全身に纏わりつくから、雨も嫌いだ。
川沿いの道をしばらく行くと、小さな団子屋を見つけた。
最初に発見したのは飛段だった。
「お! 角都! ヨル! 団子屋だ団子屋!」
オアシスを見つけたように輝いている。
太陽の光が落ちてきたんじゃないかと思うほど眩しい錯覚を覚えた。
「休憩しようぜ、休憩! オレもう動けねえ!」
「飛段…」
角都がなにか言いだす前に飛段は茶屋へとダッシュする。
「動けるじゃねえか…」
さっきまで猫背気味にだるそうに歩いてたのに。
ヨルに「どうする?」と振られ、角都は苛立ちを含んだため息をついたあと、「あとで殺す」と呟くように言って団子屋へ向かった。
ヨルもそのあとに続く。
団子屋にりんご飴はあるのだろうかと期待しながら。
店に近づいたとき、店内から「あ―――!!」と飛段の大きな声が聞こえた。
ヨルと角都は顔を見合わせて歩く速度を少し早め、桔梗笠を取って店の中へと入った。
引き戸を開けると同時に木と畳と甘い匂いがヨルの鼻を通る。嫌いな匂いではない。
最初に目に入ったのは、テーブル席に着く客2人に指さして驚いている飛段の姿だった。
次に、指をさされている客2人を見た。
ヨル達と同じ、“暁”の外套を身に纏っている。
その格好で、同じ組織の仲間だとわかった。
ひとりは黒髪で真っ赤な瞳、そして綺麗な顔立ちをしている美青年だ。
もうひとりの男は外見を動物にたとえるなら鮫。
肌は青黒く、髪は藍色で、背は角都よりデカい。
テーブルの横には、おそらく彼の武器であろう、刀身の部分が布で巻かれた大刀が立てかけられていた。
2人の視線が飛段からヨルと角都に移る。
「おや、御一緒でないと思えば…」
鮫のような男が笑みを向けながら、丁寧な口調でそう言った。
角都は低い声で尋ねる。
「鬼鮫、イタチ、なぜ貴様らがここにいる」
「見ての通り、少し休憩しているところです。こちらも長旅ですので」
鬼鮫、というのが名前からして鮫のような男のことだろう、とヨルは察する。
差しのべられた手の先を見ると、テーブルの上には皿に載せられたたくさんの団子と2人前の茶が置かれていた。
黒髪の男は、好物の団子をただ黙々と食べ続けている。
それを見た角都は腕を組み、鬼鮫とイタチに厳しい目を向ける。
「それは組織の金と知ってて使っているのか」
“暁”のサイフ役としては黙っていられない光景なのだろう。
角都に言われ、団子を食べていたイタチの口と手が止まる。
イタチは角都を見上げ、後ろを指さした。
「現に、飛段も遠慮なく使ってますよ」
指さされた方向を見ると、飛段はイタチの後ろの席に座り、店員に注文していた。
「茶ァと団子3本。みたらしと餡子と…」
角都の動きと判断力は速かった。
腕を切り離したりせず、ヨルの横をさっと通過し、飛段の後ろ首をつかまえて椅子から引きずりおろし、外に出る。
引き戸が閉められたあと、店の外からすごい音が聞こえた。
「あれはたぶん死んだ…」
死んではないだろうが、南無、と両手を合わせるヨル。
「あなたが“朱族”ですか?」
「!」
イタチと鬼鮫の視線がヨルに移されていた。
間を置いてヨルは頷き、名を名乗る。
「ヨルだ」
「話は聞いていますよ。私は干柿鬼鮫といいます」
「うちはイタチだ」
鬼鮫に続き、イタチも名を名乗った。
「角都と飛段とゼツ以外の“暁”メンバーは初めてだ」
角都と飛段、そしてゼツと関わったことで、見た目からして普通の人間ではないだろうとは予想していた。
だが、実物を見るとやはり驚く。
「そうですか。それにしても、まさか女性だったとはこちらも驚きです」
鬼鮫の言葉にヨルは思わず動揺してしまう。
驚かないイタチを見ると、こちらにも気付かれていた様子だ。
「飛段にはわからなかったのに…」と思ったが、「いや、飛段はバカだから…」と肩を落とした。
「彼らと行動して、どのくらいになりますか?」
唐突に鬼鮫に聞かれ、初めて会った日から数え、口にする。
「……2週間…くらい…」
鬼鮫は微妙に驚いた顔をした。
「ほう、角都といるのに…」
それを聞いて、祭りの時に飛段が話していた、角都の相方殺しの話を思い出す。
他の“暁”のメンバーにも知られていた。
「オレ、死ににくいから…」
「あなたも不死なのですか?」
(あいつらと一緒にいるのは不死じゃねえとダメなのか?)
鬼鮫の問いに思わず口を濁す。
「…そういう…わけじゃねえけど……」
ただ、人間より頑丈なだけ。
そう言おうとしたとき、
「ヨル、さっさと行くぞ」
少し空いた引き戸の隙間から角都の声が聞こえ、振り返った。
再び店の中へ入るのはバツが悪いのだろう。それに今は飛段の縫合中らしい。
「そ…、それじゃ…」
鬼鮫とイタチに振り返って軽く会釈したあと、ヨルは引き戸に手をかける。
「あのお2人とは、あまり仲良くしない方がいい」
忠告のような鬼鮫の言葉に、引き戸を中途半端に空けたところで手を止める。
だが、一拍置いて手を動かし、引き戸を全開してゆっくりと顔だけで振り返り、肩越しの鬼鮫に尋ねた。
「仲良く見えるか?」
ヨルは満更でもなさそうな笑みを浮かべている。
「……………」
それを見た鬼鮫はそれ以上なにも言わなかった。
ヨルは顔を前に戻し、桔梗笠を被って外へ出る。
鼻を通るのは雨と草の匂い。それから、飛段の血の匂い。
胸の辺りに縫合された痕をつけた飛段はこちらに振り返り、軽く睨んだ。
「ヨル、なにニヤついてんだよォ」
「いい匂いがする…」
店に入る前に感じていた不快感はどこへやら。
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