04:弱さの晒し者
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角都と飛段が眠ったあとも、ヨルは角都から渡された巻物と睨めっこしながら術の勉強を続けていた。
未だに初級の術は1度も成功していない。
「分身の術! 変化! …!!」
あまりの無変に目の前の巻物を蹴り飛ばしたくなる。
そこで、悟されるように言った角都の言葉を思い出した。
『次は甘やかすと思うな』
(甘やかされる気は、さらさらねえ!!)
昔からヨルは戦っても逃げても、「助けてほしい」なんて思ったことは一度だってない。
酷い目に遭わされてもだ。
ふと、初めて戦った時のことを思い出した。
*****
場所は真夜中の森だった。
敵の数が多く、ヨル達“朱族”は分散されてしまった。
“朱族”の中で一番目覚めが遅く、経験の少ないヨルには酷な戦いだった。
成長が遅く、見た目はまだまだ幼い子供の姿だ。
一人なら、嬲り殺しにあっていた。
けれど、傍には仲間のヒルがいた。
それが救いだと思った。
思っていた。
敵に囲まれ、武器を構えたヨルとヒルは背中合わせになる。
『ヨル、ヒルが背中を守ります!』
『助かる!』
後ろには味方のヒルがいる。
ヨルは安心しきっていた。
突然、胸倉を引っ張られるまでは。
『!!』
投げられたクナイの、盾にされた。
『ケケケケ!!』
ヒルはヨルを横に放り投げて敵に向かって突進し、“死吹”という愛用の槍で始末した。
「う…ぐ…!」
ヨルは腹に刺さったクナイを引き抜き、近くの死体に手を伸ばす。
『っ!!』
しかし、伸ばされた手は、ユウの足に踏まれてしまった。
ユウはヨルが手を伸ばした死体を奪い、その血を全て啜る。
『ははっ、やっぱダメ、ヨルはダメ』
笑みを浮かべながら、冷たい目でヨルを見下ろす。
その傍にヒルが近づき、ユウと同じ笑みをヨルに向けた。
『すみませんねぇ、ヨル。ヒルの背後に、便利な物があったので…』
それを聞いたヨルは、右コブシを握りしめ、歯軋りする。
ヨルは、簡単に道具扱いされた。
その時、こちらにやってきたアサと目が合った。
なんの感情も読み取れない瞳だった。
顔に浴びた血といい、その姿と瞳は、ヒルより、ユウより、寒気を覚える。
その翌日だ。
ヨルの檻の前に、重傷のヒルとユウが倒れていた。
2人とも床に伏せたまま呻いている。
人を盾に使うような卑怯者だが、けっして弱いわけではない。
アサはそんな奴らをたったひとりで地に伏せさせた。
2人相手にアサは無傷だ。
『2人とも、いかんのぅ。ヨルが可哀そうじゃろ。…のぅ、ヨル』
ヒルとユウの背後に立ち、2人にたしなめるように言った。
その微笑みを見て、ヨルは身動きひとつできない。
(かわいそう…?)
ヨル達の中で、最も無惨に人を殺す女が発する言葉でないのは確かだった。
『ヨルはワシが守ってやる。ずっと…、ずっと…』
*****
「―――っ!!」
アサを思い出すたびに、滝のような冷や汗が流れる。
里に独りでいた頃は、アサのことを思い出すだけで半日中震えていたこともあった。
アサの言葉はねっとりと粘着質に纏わりつき、アサの瞳は喉元に刃物を突き付けられる感覚と似ていた。
ふと、焚き火の前で眠っている角都と飛段に振り返った。
「……………」
ヨルを包んでいた恐怖が、ウロコのように剥がれていく。
ペリペリ、ペリペリと音を立てながら。
眠っている姿を眺めているだけで、驚くほど心が落ち着いた。
フッと微笑み、両手で自分の両頬を叩いたあと、また巻物と向き合った。
「よしっ…!」
甘えた考えは絶対にしない。足手まといにはならない。逃げない。
そのためにも、目の前の敵(巻物)をクリアしてみせると意気込んだ。
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