36:深淵の底へ
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*ヨル
アサが言っていた「仕事」がなにかもわからないまま、日が沈む時間まで歩き続け、平穏そうな集落に到着してその日はてっきり普通にその集落の宿に泊まるものだと思っていた。
なのに、村に足を踏み込むなり、クロハがいきなり地面に手をついて術を発動した。
集落を囲んだのは、茨の網だった。
集落を覆うそれを見た人々は途端に騒ぎだす。
オレはなにも聞かされてなかった。
だから、茫然としてしまった。
なぜこいつらを閉じ込めるのか。
疑問を感じるとともに、アサが前に出た。
アサは右往左往する人達に向かって、右手を差し出し、薄笑みを向ける。
「ごきげんよう」
何人かが足を止め、集落で浮いているオレ達を怯えた表情で見つめた。
「我々は“暁”じゃ」
その言葉を聞いたほとんどの者達がまだ血を吸われてもいないのに、顔を真っ青にさせた。
アサは冷笑を浮かべたまま、言葉を続ける。
「我々のことを知っている者は何人かいよう。この集落に住む者のほとんどはこの国に反乱を起こそうとしているテロリスト…。そうじゃろう? 違っても、暁にこの集落の殲滅を依頼されている。よって…、全員、ひとり残らず死んでもらう」
アサの腕の蝶の刺青が紫色に妖しく光り、霧状の蝶の群れが一斉に近くにいた者達に襲いかかった。
「ぎゃあ!!」
「ぐあ!!」
霧状の蝶の群れ―――“紫刃蝶”に触れた者達は裂傷や血を吐きだしてその場に息絶えた。
それを見た者達は悲鳴を上げながら蜂の巣をつついたように逃げ出す。
だが、茨の網に囲まれているため、集落の外へ逃げ出すことができない。
クロハとアゲハも動き出す。
クロハは地に手をついて地面から根っこを生やし、逃げ惑う人々を捕まえては直接触れてあっという間に老人にして寿命を尽かせる。
「クロハの能力は“命遊戯(みことゆうぎ)の術”。植物や人間の年を促進させる…」
アサの説明に耳を傾けながら、オレはアゲハに視線を移した。
アゲハは自らクナイで右手のひらを切りつけ、傷口から流れる血を固体化させて刀のように振り回し、クワや棒きれを持って果敢に立ち向かってくる者達を容赦なく切りつけていく。
「アゲハの能力は“穢(けがれ)”。自らの血を武器へと変える」
後ろからオレの顔の横を黄色に光る蝶が何羽も通過し、悲鳴を上げて逃げる者達にひらひらと近づいてくるりとくるまって細い針のようになり、一斉にその体に突き刺さった。
すると、糸が切れたかのように誰もがその場に倒れる。
「“黄縛蝶”…」
針一本で象一頭を痺れさせて動きを止めるほどの蝶だ。
「! 待…!!」
オレが止める間もなく、アゲハとクロハは動けなくなったそいつらを殺した。
オレの目の前に老若男女が混ざった鮮血が飛び散る。
その光景を眺め、歯を噛みしめてコブシを握りしめた。
「…なんだよ…。なんだよ…これ…!」
まぎれもない、虐殺だった。
アサは静かに答える。
「任務じゃよ。…ヨルが今までやってきたことが賞金首狩りなら…、ワシらは一族狩りじゃ」
「一族…狩り…!?」
「誰も逃がすな、ヨル。テロを起こそうとしたのはほんのわずかじゃが、血縁者がそれを継ぐかもしれん。だから…、全部、殺してしまえ。その血を啜ってしまえ」
冷酷としか思えないアサの言葉に、オレは思わず一歩たじろいでしまう。
「しっかり、ユウの分まで働けよ」
クロハは肩越しにこっちを見て、そう言った。
オレ達に背を向けて逃げる者達の中に、赤ん坊を抱きかかえた母親までいた。
まだあんなに小さな赤ん坊までいるじゃないか。
オレの脳裏に、大昔の記憶がフラッシュバックする。
光へと出た先には、血の赤色と、赤色に突き刺さる鈍く光る銀色しかなかった。
目の前に転がっていたのは、オレの…。
「このバケモノォォォ!!」
「ヨル!!」
アサに呼ばれてはっとした時には、オレのわき腹にクナイが刺さっていた。
刺したのは、まだ背丈がオレの腰より低い少年だった。
オレを見上げるその大きな瞳からは涙が溢れ、力強くオレを睨みつけ、歯を噛みしめている。
「チクショウ! チクショウ!! 父ちゃん達を殺しやがってぇ!!」
さらに深く、クナイの刃先が傷口に食い込んだ。
オレは痛みに顔をしかめながらも、それを払うことができない。
「なにやってんだ!!」
クロハが駆け寄り、少年を蹴り飛ばした。
クナイがわき腹に刺さったまま、オレは地面に転がる少年を見る。
少年は腹を押さえ、噎せていた。
「………殺せよ」
背後から、クロハが声を低くして言った。
オレに言ったのだろう。
「聞こえねえフリすんじゃねーよ。まさか…、ガキを殺るのは初めてか?」
苛立ち混じりのその質問に、答えられなかった。
思い出そうとしても、あれくらいのまだ10にも満たない子供を殺した記憶は、オレにはない。
沈黙を肯定と受け取ったクロハは「はぁっ」と大袈裟なため息をつき、「マジかよ」と呟いて少年に近づいた。
「!」
クロハに肩を触れられた少年はみるみるとガタイのいい青年に成長した。
少年はいきなり成長した自分の体に大きく動揺している。
クロハはオレに振り返り、「これでいいだろ?」と口にした。
一瞬、なんのことかわからなかった。
茫然とするオレにクロハは眉をひそめる。
「殺しやすいか? ってことだ」
「!!」
「なんだ? もうちょっと年とらせるか?」
駆けだしたオレは右手を伸ばし、クロハの胸倉を乱暴につかんだ。
「てめェ!!」
「甘ったれんな!! 鬼の分際で!!」
殴る前にそう怒鳴られ、突如襲いかかった耳の痛みでオレの左手が止まる。
「てめーと違ってこのガキは数年もすればこんなデカくなるんだ! てめーやオレ達を殺すために修行しながらな! 当然、こいつは暁を潰しにかかる…。あの2人にも殺しにかかるだろうな!!」
「…っ!」
心臓を全部潰されかけた角都。
バラバラにされて生き埋めにされた飛段。
あの2人をあんな目に合わせたのは、オレよりだいぶ年が離れたガキだった。
オレがいない間に、またあの2人があんな目にあってしまうのか。
嫌だ。
嫌だ。
それだけは嫌だ。
「オレの体に…、なにしやがったああああ!!」
立ち上がり、数分前まで少年だった青年が傍に落ちていた棒きれを手に、こちらに突進してくる。
オレはクロハを横に押し退け、わき腹に刺さったクナイを引き抜き、振るった。
青年の首に切り込まれた赤い横線から鮮血が噴き出し、オレの顔面にかかる。
「これで…、いいんだろ?」
「ああ。それでいい」
アサはオレに近づいてそう言い、右手をオレの腹の傷口に当てる。
手が離れると、傷口に一羽の緑色の蝶が貼りついていた。
それからゆっくりと翅の端から剥がれ、全部剥がれた時にはオレの傷口は完全に塞がっていた。
痛みもない。
少年の憎悪ごと、消し去ったように。
治癒の能力を持つ、“翠治蝶”だ。
「さて、殲滅といこうかのぅ」
アサが“紫刃蝶”を飛ばすと同時に、オレは背中から2本の夢魔を引き抜き、逃げる背中に突進した。
右頬から口端に垂れる血を舌で舐めとる。
少年の血の味なのか、青年の血の味なのか、よくわからない。
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アサが言っていた「仕事」がなにかもわからないまま、日が沈む時間まで歩き続け、平穏そうな集落に到着してその日はてっきり普通にその集落の宿に泊まるものだと思っていた。
なのに、村に足を踏み込むなり、クロハがいきなり地面に手をついて術を発動した。
集落を囲んだのは、茨の網だった。
集落を覆うそれを見た人々は途端に騒ぎだす。
オレはなにも聞かされてなかった。
だから、茫然としてしまった。
なぜこいつらを閉じ込めるのか。
疑問を感じるとともに、アサが前に出た。
アサは右往左往する人達に向かって、右手を差し出し、薄笑みを向ける。
「ごきげんよう」
何人かが足を止め、集落で浮いているオレ達を怯えた表情で見つめた。
「我々は“暁”じゃ」
その言葉を聞いたほとんどの者達がまだ血を吸われてもいないのに、顔を真っ青にさせた。
アサは冷笑を浮かべたまま、言葉を続ける。
「我々のことを知っている者は何人かいよう。この集落に住む者のほとんどはこの国に反乱を起こそうとしているテロリスト…。そうじゃろう? 違っても、暁にこの集落の殲滅を依頼されている。よって…、全員、ひとり残らず死んでもらう」
アサの腕の蝶の刺青が紫色に妖しく光り、霧状の蝶の群れが一斉に近くにいた者達に襲いかかった。
「ぎゃあ!!」
「ぐあ!!」
霧状の蝶の群れ―――“紫刃蝶”に触れた者達は裂傷や血を吐きだしてその場に息絶えた。
それを見た者達は悲鳴を上げながら蜂の巣をつついたように逃げ出す。
だが、茨の網に囲まれているため、集落の外へ逃げ出すことができない。
クロハとアゲハも動き出す。
クロハは地に手をついて地面から根っこを生やし、逃げ惑う人々を捕まえては直接触れてあっという間に老人にして寿命を尽かせる。
「クロハの能力は“命遊戯(みことゆうぎ)の術”。植物や人間の年を促進させる…」
アサの説明に耳を傾けながら、オレはアゲハに視線を移した。
アゲハは自らクナイで右手のひらを切りつけ、傷口から流れる血を固体化させて刀のように振り回し、クワや棒きれを持って果敢に立ち向かってくる者達を容赦なく切りつけていく。
「アゲハの能力は“穢(けがれ)”。自らの血を武器へと変える」
後ろからオレの顔の横を黄色に光る蝶が何羽も通過し、悲鳴を上げて逃げる者達にひらひらと近づいてくるりとくるまって細い針のようになり、一斉にその体に突き刺さった。
すると、糸が切れたかのように誰もがその場に倒れる。
「“黄縛蝶”…」
針一本で象一頭を痺れさせて動きを止めるほどの蝶だ。
「! 待…!!」
オレが止める間もなく、アゲハとクロハは動けなくなったそいつらを殺した。
オレの目の前に老若男女が混ざった鮮血が飛び散る。
その光景を眺め、歯を噛みしめてコブシを握りしめた。
「…なんだよ…。なんだよ…これ…!」
まぎれもない、虐殺だった。
アサは静かに答える。
「任務じゃよ。…ヨルが今までやってきたことが賞金首狩りなら…、ワシらは一族狩りじゃ」
「一族…狩り…!?」
「誰も逃がすな、ヨル。テロを起こそうとしたのはほんのわずかじゃが、血縁者がそれを継ぐかもしれん。だから…、全部、殺してしまえ。その血を啜ってしまえ」
冷酷としか思えないアサの言葉に、オレは思わず一歩たじろいでしまう。
「しっかり、ユウの分まで働けよ」
クロハは肩越しにこっちを見て、そう言った。
オレ達に背を向けて逃げる者達の中に、赤ん坊を抱きかかえた母親までいた。
まだあんなに小さな赤ん坊までいるじゃないか。
オレの脳裏に、大昔の記憶がフラッシュバックする。
光へと出た先には、血の赤色と、赤色に突き刺さる鈍く光る銀色しかなかった。
目の前に転がっていたのは、オレの…。
「このバケモノォォォ!!」
「ヨル!!」
アサに呼ばれてはっとした時には、オレのわき腹にクナイが刺さっていた。
刺したのは、まだ背丈がオレの腰より低い少年だった。
オレを見上げるその大きな瞳からは涙が溢れ、力強くオレを睨みつけ、歯を噛みしめている。
「チクショウ! チクショウ!! 父ちゃん達を殺しやがってぇ!!」
さらに深く、クナイの刃先が傷口に食い込んだ。
オレは痛みに顔をしかめながらも、それを払うことができない。
「なにやってんだ!!」
クロハが駆け寄り、少年を蹴り飛ばした。
クナイがわき腹に刺さったまま、オレは地面に転がる少年を見る。
少年は腹を押さえ、噎せていた。
「………殺せよ」
背後から、クロハが声を低くして言った。
オレに言ったのだろう。
「聞こえねえフリすんじゃねーよ。まさか…、ガキを殺るのは初めてか?」
苛立ち混じりのその質問に、答えられなかった。
思い出そうとしても、あれくらいのまだ10にも満たない子供を殺した記憶は、オレにはない。
沈黙を肯定と受け取ったクロハは「はぁっ」と大袈裟なため息をつき、「マジかよ」と呟いて少年に近づいた。
「!」
クロハに肩を触れられた少年はみるみるとガタイのいい青年に成長した。
少年はいきなり成長した自分の体に大きく動揺している。
クロハはオレに振り返り、「これでいいだろ?」と口にした。
一瞬、なんのことかわからなかった。
茫然とするオレにクロハは眉をひそめる。
「殺しやすいか? ってことだ」
「!!」
「なんだ? もうちょっと年とらせるか?」
駆けだしたオレは右手を伸ばし、クロハの胸倉を乱暴につかんだ。
「てめェ!!」
「甘ったれんな!! 鬼の分際で!!」
殴る前にそう怒鳴られ、突如襲いかかった耳の痛みでオレの左手が止まる。
「てめーと違ってこのガキは数年もすればこんなデカくなるんだ! てめーやオレ達を殺すために修行しながらな! 当然、こいつは暁を潰しにかかる…。あの2人にも殺しにかかるだろうな!!」
「…っ!」
心臓を全部潰されかけた角都。
バラバラにされて生き埋めにされた飛段。
あの2人をあんな目に合わせたのは、オレよりだいぶ年が離れたガキだった。
オレがいない間に、またあの2人があんな目にあってしまうのか。
嫌だ。
嫌だ。
それだけは嫌だ。
「オレの体に…、なにしやがったああああ!!」
立ち上がり、数分前まで少年だった青年が傍に落ちていた棒きれを手に、こちらに突進してくる。
オレはクロハを横に押し退け、わき腹に刺さったクナイを引き抜き、振るった。
青年の首に切り込まれた赤い横線から鮮血が噴き出し、オレの顔面にかかる。
「これで…、いいんだろ?」
「ああ。それでいい」
アサはオレに近づいてそう言い、右手をオレの腹の傷口に当てる。
手が離れると、傷口に一羽の緑色の蝶が貼りついていた。
それからゆっくりと翅の端から剥がれ、全部剥がれた時にはオレの傷口は完全に塞がっていた。
痛みもない。
少年の憎悪ごと、消し去ったように。
治癒の能力を持つ、“翠治蝶”だ。
「さて、殲滅といこうかのぅ」
アサが“紫刃蝶”を飛ばすと同時に、オレは背中から2本の夢魔を引き抜き、逃げる背中に突進した。
右頬から口端に垂れる血を舌で舐めとる。
少年の血の味なのか、青年の血の味なのか、よくわからない。
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