36:深淵の底へ
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*ヨル
また、なんの任務をする日でもなかったのか、気がつけば日はとっくに暮れていた。
オレ、アサ、クロハ、アゲハの4人旅なのに、オレ達の時と違って騒がしくもない、大人しいフォーマンセルだ。
会話はあった。
角都と飛段との旅はどうだったとか。
オレはこの2年で経験した旅の内容を覚えている限り話した。
最初はのりのりで喋ってたけど、だんだん辛くなってきて、途中で止めた。
今、オレはクロハとアゲハの3人で焚き火を囲みながら、エサをとりに行ったアサの帰りを待っていた。
クロハは手鏡と睨めっこしながら片方のオールバックを整え、アゲハは無言で目の前の焚き火に木の枝をくべている。
オレはただ三角座りで目の前の炎を見つめていた。
「!」
焚き火の近くに放り投げられたのは、生きた人間の男だった。
商売人の格好をしている。
「ひ…っ」
すでに怯えた様子だ。
すぐに茂みからアサが出てきた。
「……そいつ、誰?」
オレは男からアサに顔を向けて尋ねる。
アサは和服についた木の葉を払い、微笑みながら答えた。
「夕飯じゃ。そこらへんにいた」
あっさりと言ってくれるものだから、呆気にとられてしまった。
「…オレ、極力一般人は食いたくねえんだけど」
そう言って視線を男にやった。
男は倒れたまま、逃げる様子もなくガタガタと震えている。
逃げたくても、アサの術にやられたのか体がまったく動かないようだ。
“黄縛蝶”を使われたな。
「なぜ?」
アサは笑みを崩さず尋ねた。
オレは目を合わせず、「なぜって…」と理由を考える。
「はんっ。どうせ、旅を通して人間に情でも湧いたんだろ」
クロハに言われ、オレは「そうかも」と思った。
それが正当な理由かもしれない。
「選り好みしていると、また鬼化するぞ、ヨル。食える時に食っておけ。明日は仕事じゃからな」
「…仕事?」
アサとの初任務になるのか。
アサは男に歩み寄り、右手で胸倉をつかんで引き寄せた。
顔を近づけられた男は、整いすぎたその顔にはっと息を呑んだ。
瞬間、アサはその首筋に容赦なく歯を立てて噛みつき、血を啜った。
体をマヒさせた男は悲鳴を上げることもできない。
あっという間に血を啜りきったアサは、男の胸倉から手を放す前に男の懐やポケット、荷物の中に手を入れて探り、竹の葉でくるまれたおにぎりと竹の水等を取り出し、クロハに投げた。
クロハは両手でそれを受け取り、薄笑みを浮かべる。
「オレ達の分、ないかと思った」
「ワシはそんな酷いことはせん」
アサは口端の血をハンカチで拭って言った。
オレにもおにぎりが1個投げ渡される。
「とりあえず、おまえもなにか食っとけ」
クロハに言われるままに、オレは渡されたおにぎりを口に運んだ。
足りない。
もっとこう、噛み応えのあるものがいい。
たとえば。
オレの視線が横たわった男の死体に移り、オレは思わず喉を鳴らし、はっとした。
オレは今、なにを考えた。
*クロハ
ヨルとアゲハが大木の木の枝の上で眠ったことを確認したあと、オレは焚き火を消し、茂みの奥へと進んだ。
茂みを抜けた先には崖があり、アサは崖縁に座って呑気に月を見上げていた。
「……もう寝ていいぞ。見張りはワシがやろう」
オレはため息をつき、その背中に声をかけた。
「寝ていいか聞きにきたんじゃねえよ。…ヨルを取り返してさぞご満悦だろうが、あいつは明日の任務に連れていかないほうがいい。アンタが言ってる以上に、あいつは人間すぎる。余計に嫌われるぞ」
アサは背を向けたまま言い返す。
「それでも連れて行かなければならないのじゃ」
「連れて行って、なにか意味があるのか?」
ヨルがショックを受けるだけじゃないか。
「ヨルにとって必要なことなのじゃ。ヨルが“色”を手に入れるための…」
「色?」
「…人間には数多の感情という色を持っている」
「え…と…、怒りなら赤、悲しみなら青、みたいなものか?」
そう言ってアサはようやく肩越しにこちらに振り返り、「そうじゃ」と笑みを見せ、そのまま言葉を続ける。
「昔のヨルにはそれがなかった。20年以上共に過ごしてきたが、ワシではそんなたくさんの色を与えてやることはできなかったんじゃ。だから、傍を離れ、別の奴らにヨルを外へと連れ出してもらった」
それが、角都と飛段、ってわけか。
「色の収集具合は、ワシの予想を簡単に上回ってくれた」
旅をしたおかげで、ヨルは色んなものを経験し、たくさんの“色”を手に入れたのだろう。
それで、頃合いを見てヨルの回収か。
なんて自分勝手な。
「それを集めると、なにかあるのか? 人間になるとか…」
いや、そんな簡単な話はないだろう。
「それより、もっといいことじゃ」
「それは教えてもらえることか?」
「内緒」
アサは人差し指を自分の口元に当て、いたずらを企む子供のように笑った。
オレはガクリと肩を落とす。
「はぁん? またそれかよ」
アサはまた月を見上げた。
「もうじきわかる。あと一押しなんじゃ。すべてはヨルのため。邪魔者は…消す」
「…!」
オレも散々「殺す」だの「消す」だの脅し文句を言ってきたが、アサが言うと本当にシャレにならない。
使いなれた単語がアサの口から発せられただけで、冷や汗が浮き出てしまう。
「「ヨル」「ヨル」言ってるけど、実はアンタはヨルが嫌いじゃないのか?」
そう言うと、アサはいきなり「あははっ」と背を向けたまま笑った。
「ワシほどヨルを愛している者は他におらんよ」
「…たまに…、憎んでいるように見える」
静かにそう言うと、アサは笑いを止めた。
「…クロハ、サングラスを替えることをすすめるぞ」
「ヤだ。これ気に入ってるし」
.
また、なんの任務をする日でもなかったのか、気がつけば日はとっくに暮れていた。
オレ、アサ、クロハ、アゲハの4人旅なのに、オレ達の時と違って騒がしくもない、大人しいフォーマンセルだ。
会話はあった。
角都と飛段との旅はどうだったとか。
オレはこの2年で経験した旅の内容を覚えている限り話した。
最初はのりのりで喋ってたけど、だんだん辛くなってきて、途中で止めた。
今、オレはクロハとアゲハの3人で焚き火を囲みながら、エサをとりに行ったアサの帰りを待っていた。
クロハは手鏡と睨めっこしながら片方のオールバックを整え、アゲハは無言で目の前の焚き火に木の枝をくべている。
オレはただ三角座りで目の前の炎を見つめていた。
「!」
焚き火の近くに放り投げられたのは、生きた人間の男だった。
商売人の格好をしている。
「ひ…っ」
すでに怯えた様子だ。
すぐに茂みからアサが出てきた。
「……そいつ、誰?」
オレは男からアサに顔を向けて尋ねる。
アサは和服についた木の葉を払い、微笑みながら答えた。
「夕飯じゃ。そこらへんにいた」
あっさりと言ってくれるものだから、呆気にとられてしまった。
「…オレ、極力一般人は食いたくねえんだけど」
そう言って視線を男にやった。
男は倒れたまま、逃げる様子もなくガタガタと震えている。
逃げたくても、アサの術にやられたのか体がまったく動かないようだ。
“黄縛蝶”を使われたな。
「なぜ?」
アサは笑みを崩さず尋ねた。
オレは目を合わせず、「なぜって…」と理由を考える。
「はんっ。どうせ、旅を通して人間に情でも湧いたんだろ」
クロハに言われ、オレは「そうかも」と思った。
それが正当な理由かもしれない。
「選り好みしていると、また鬼化するぞ、ヨル。食える時に食っておけ。明日は仕事じゃからな」
「…仕事?」
アサとの初任務になるのか。
アサは男に歩み寄り、右手で胸倉をつかんで引き寄せた。
顔を近づけられた男は、整いすぎたその顔にはっと息を呑んだ。
瞬間、アサはその首筋に容赦なく歯を立てて噛みつき、血を啜った。
体をマヒさせた男は悲鳴を上げることもできない。
あっという間に血を啜りきったアサは、男の胸倉から手を放す前に男の懐やポケット、荷物の中に手を入れて探り、竹の葉でくるまれたおにぎりと竹の水等を取り出し、クロハに投げた。
クロハは両手でそれを受け取り、薄笑みを浮かべる。
「オレ達の分、ないかと思った」
「ワシはそんな酷いことはせん」
アサは口端の血をハンカチで拭って言った。
オレにもおにぎりが1個投げ渡される。
「とりあえず、おまえもなにか食っとけ」
クロハに言われるままに、オレは渡されたおにぎりを口に運んだ。
足りない。
もっとこう、噛み応えのあるものがいい。
たとえば。
オレの視線が横たわった男の死体に移り、オレは思わず喉を鳴らし、はっとした。
オレは今、なにを考えた。
*クロハ
ヨルとアゲハが大木の木の枝の上で眠ったことを確認したあと、オレは焚き火を消し、茂みの奥へと進んだ。
茂みを抜けた先には崖があり、アサは崖縁に座って呑気に月を見上げていた。
「……もう寝ていいぞ。見張りはワシがやろう」
オレはため息をつき、その背中に声をかけた。
「寝ていいか聞きにきたんじゃねえよ。…ヨルを取り返してさぞご満悦だろうが、あいつは明日の任務に連れていかないほうがいい。アンタが言ってる以上に、あいつは人間すぎる。余計に嫌われるぞ」
アサは背を向けたまま言い返す。
「それでも連れて行かなければならないのじゃ」
「連れて行って、なにか意味があるのか?」
ヨルがショックを受けるだけじゃないか。
「ヨルにとって必要なことなのじゃ。ヨルが“色”を手に入れるための…」
「色?」
「…人間には数多の感情という色を持っている」
「え…と…、怒りなら赤、悲しみなら青、みたいなものか?」
そう言ってアサはようやく肩越しにこちらに振り返り、「そうじゃ」と笑みを見せ、そのまま言葉を続ける。
「昔のヨルにはそれがなかった。20年以上共に過ごしてきたが、ワシではそんなたくさんの色を与えてやることはできなかったんじゃ。だから、傍を離れ、別の奴らにヨルを外へと連れ出してもらった」
それが、角都と飛段、ってわけか。
「色の収集具合は、ワシの予想を簡単に上回ってくれた」
旅をしたおかげで、ヨルは色んなものを経験し、たくさんの“色”を手に入れたのだろう。
それで、頃合いを見てヨルの回収か。
なんて自分勝手な。
「それを集めると、なにかあるのか? 人間になるとか…」
いや、そんな簡単な話はないだろう。
「それより、もっといいことじゃ」
「それは教えてもらえることか?」
「内緒」
アサは人差し指を自分の口元に当て、いたずらを企む子供のように笑った。
オレはガクリと肩を落とす。
「はぁん? またそれかよ」
アサはまた月を見上げた。
「もうじきわかる。あと一押しなんじゃ。すべてはヨルのため。邪魔者は…消す」
「…!」
オレも散々「殺す」だの「消す」だの脅し文句を言ってきたが、アサが言うと本当にシャレにならない。
使いなれた単語がアサの口から発せられただけで、冷や汗が浮き出てしまう。
「「ヨル」「ヨル」言ってるけど、実はアンタはヨルが嫌いじゃないのか?」
そう言うと、アサはいきなり「あははっ」と背を向けたまま笑った。
「ワシほどヨルを愛している者は他におらんよ」
「…たまに…、憎んでいるように見える」
静かにそう言うと、アサは笑いを止めた。
「…クロハ、サングラスを替えることをすすめるぞ」
「ヤだ。これ気に入ってるし」
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