35:林檎と涙
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*ヨル
アサの話は、わかりやすく、オレを納得させる内容だった。
「ヨル、今のままで角都殿と飛段殿と一緒にいられると本気思っておるのか?」
思わず目を逸らしてしまった。
「………しゅ…、修行すれば…、オレだって…鬼化のコントロールくらい…」
「コントロールに失敗するたび、あの2人の肉を食らう気か?」
「…!!」
飛段に噛みついた時のことを思い出し、その先を考えそうになり、思わず目をつぶる。
アサは手に持ったリンゴを見つめながら話を続ける。
「今回、ユウとの戦いでおヌシが鬼化の状態で戦えたのは、ほとんど精神力のおかげじゃ。だが、それも結局は長くはもたなかった…。あの2人がおヌシを中心とした円の中にいるかぎり、その2人だけ食べないというのは難しい話じゃ。鬼の食欲は無差別。愛しい者も食べてしまう。血と肉があるかぎり…」
オレはギュッと毛布を握りしめた。
アサの口から発せられる言葉のひとつひとつがオレの背中に積もっていく。
押しつぶされそうだ。
それでも、アサは容赦なく重い言葉を続ける。
「おヌシを止められるのは、ワシと、あの2人だけ。じゃが、ワシとあの2人の止め方は違う。…わかるな?」
「………けど、オレは…」
あの2人と離れたくないんだ。
そう正直に言おうかと思った時だ。
アサは持っていたリンゴをオレに向かって放り投げた。
顔面にぶつかりそうになったそれを、反射的に右手でつかんだ。
グシャッ!
「!!」
軽くつかんだだけなのに、リンゴはトマトより簡単に潰れ、毛布を汚した。
人間離れした今の力にゾッと戦慄する。
もし、この手であの2人に触れたらどうなっていただろう。
「…潰して殺すか? それとも…、食って殺すか?」
「……………」
オレはもうなにも言い返せなかった。
アサは袖から薄桃色のハンカチを取り出し、オレの顔についたリンゴの汁を拭う。
「ヨル…、飛段の血肉は…美味かったか?」
オレは目を伏せた。
「……ああ…、すごく…」
今度は呆気なく、あの時のことを思い出した。
飛段の首筋に噛みつき、オレはそのまま右肩も食い千切り、歓喜したんだ。
美味い、と。
もっと欲しい、と。
そこで角都の地怨虞に押さえつけられたんだっけ。
「喉に…なじんだな…」
てのひらが熱かった。
手元を見ると、いつの間にか手を強く握りしめていたようだ。
毛布がオレの血の色で染まっていく。
きっとその血に、飛段の血も混じっているのだろう。
「…わかったよ…、アサ…」
「なにがじゃ?」
答えはわかってるクセに、アサは嬉しそうに聞いた。
角都と飛段が角で消えたあと、近づいてきたアサがオレに手を差し伸べる。
「…大丈夫か? ヨル」
オレはその手を払った。
アサは残念そうに、「すまぬ」と謝り、オレは「いや…」と言ってうつむいたまま口を動かした。
「アサ…、頼む…、最後のワガママだ…。オレを今だけ…独りにしてくれ…。今だけでいいんだ…。もう…、離れねえから…」
それは懇願だった。
自分でも情けなるくらいの。
最後のセリフがよかったのか、アサはやや満足げな顔で「…わかった」と答えた。
オレはクロハとアサの間を通過し、自分の部屋へと戻った。
できるだけ、動揺を隠して。
部屋に入ったオレは鍵をかけ、眠いわけでもないのにフラフラとベッドへと近づき、腰かけた。
毛布はリンゴの汁で汚れているため、少し湿っている。
「…ふぅ…」
これでよかったんだ。
自分が思いつく限り酷いことを言ってやった。
あの2人はもうオレと関わろうとはしないだろう。
窮地から助けることができたし、ユウからも守れたし、オレというバケモノから遠ざけることもできた。
十分じゃないか。
「!」
ふと小棚を見ると、コップになにかが差されていた。
さっきはいろんなことがいっぱいで気付かなかったのか。
最初は赤い花かと思ったが、それは透明の袋に包まれたリンゴ飴だった。
オレは思わず笑みをこぼし、「角都だな…」と呟く。
賭けに勝ったらリンゴ飴をいくらでも買ってやる、って言ってたな。
なのに1本ってところがケチな角都らしいけど。
「律儀な奴だな」
袋をとりさり、好きな甘い匂いを鼻で楽しみながら、早速リンゴ飴にかじりついた。
赤い破片がズボンに落ちるが気にしない。
「角都! また飛段がオレのリンゴ飴取りやがった!」
宿の冷蔵庫で冷やしてたリンゴ飴が紛失し、問い詰めたところ飛段が犯人であることがわかった。
オレは部屋の隅で帳簿をつけていた角都に訴えた。
「放置してたヨルが悪ィ!」
「ちゃんと“ヨルの”って袋に書いといただろ!」
オレは床に丸めて捨てられていた袋を取り、広げて見せつけようとした。
だが、書き足された文字に目を留める。
“ヨルの、じゃなくて、ひだんの”
オレは渾身の力で飛段にかかと落としを決める。
「書き足してんじゃねええええ!!」
「ぐはぁっ!;」
「うるさいぞ」
思い出し笑いをしたオレは、「角都の時は確か…」とその時のことを思い出す。
公園で休憩していた時か。
ベンチに座る角都にオレはリンゴ飴をすすめた。
「いらん」
差し出したリンゴ飴を角都は手で制して断った。
自分の分のリンゴ飴を持つオレと飛段は目を見合わせ、2人でおした。
「そう言うなってェ」
「せっかく1本おまけしてもらったんだぜ。おまけ好きだろ? おまけ。たまには付き合えよ」
オレ達3人そろって食べたいだけなのに、角都は腕を組んだまま、「フン」と顔を逸らした。
「甘いものは好かん」
「好き嫌いするなよ、角都ゥ」
「貴様が言うな、野菜嫌い」
それは言えてる。
「酒には付き合ってやってんだろー。…ったく、角都が食わないなら、店に返して…」
「待て」
反応は意外に早かった。
さすがにもったいないと思ったのだろう。
オレと、たぶん飛段も心の中でガッツポーズをしたに違いない。
角都がリンゴ飴を食べるところ見るのは初めてだ。
実は、それがもう1つの目的でもあった。
飛段が「角都にもやらねえ?」と言いだしたのをきっかけに。
角都は不機嫌な顔で口布を取り、リンゴ飴を口元に近づける。
オレと飛段は自分の分のリンゴ飴を食べながら、わくわくとした表情で角都がリンゴ飴を食べるサマをじっと見つめていた。
しかし、舐めたりかじったりするかと思いきや、口の地怨虞を解き、カパッ、と口を開けて棒がついたまま食べてしまった。
「一口だァ!!?;」
「つうか丸飲み!!?;」
串はどこに行ったのかと思ったら、圧害の口から出てきた。
角都の体って本当に謎だ。
仕組みがまったくわからない。
思い出しながら食べ、ふとオレは違和感に気付いた。
「…あいつ…、どこで買ってきたんだ…」
いくら味覚が乏しいとはいえ、ほんのりとした甘さがあるはずなのに、そのリンゴ飴はまったく甘くなかった。
「しょっぱい…」
せっかくのリンゴ飴をしょっぱくさせてる大粒の雫はオレの手にも落ちた。
「…っ、しょっぱい…っ」
それでもオレは食べるのをやめなかった。
溢れ出るコレの言い訳が出来なくなってしまう。
今日、オレはまた、孤独に戻った。
.To be continued
アサの話は、わかりやすく、オレを納得させる内容だった。
「ヨル、今のままで角都殿と飛段殿と一緒にいられると本気思っておるのか?」
思わず目を逸らしてしまった。
「………しゅ…、修行すれば…、オレだって…鬼化のコントロールくらい…」
「コントロールに失敗するたび、あの2人の肉を食らう気か?」
「…!!」
飛段に噛みついた時のことを思い出し、その先を考えそうになり、思わず目をつぶる。
アサは手に持ったリンゴを見つめながら話を続ける。
「今回、ユウとの戦いでおヌシが鬼化の状態で戦えたのは、ほとんど精神力のおかげじゃ。だが、それも結局は長くはもたなかった…。あの2人がおヌシを中心とした円の中にいるかぎり、その2人だけ食べないというのは難しい話じゃ。鬼の食欲は無差別。愛しい者も食べてしまう。血と肉があるかぎり…」
オレはギュッと毛布を握りしめた。
アサの口から発せられる言葉のひとつひとつがオレの背中に積もっていく。
押しつぶされそうだ。
それでも、アサは容赦なく重い言葉を続ける。
「おヌシを止められるのは、ワシと、あの2人だけ。じゃが、ワシとあの2人の止め方は違う。…わかるな?」
「………けど、オレは…」
あの2人と離れたくないんだ。
そう正直に言おうかと思った時だ。
アサは持っていたリンゴをオレに向かって放り投げた。
顔面にぶつかりそうになったそれを、反射的に右手でつかんだ。
グシャッ!
「!!」
軽くつかんだだけなのに、リンゴはトマトより簡単に潰れ、毛布を汚した。
人間離れした今の力にゾッと戦慄する。
もし、この手であの2人に触れたらどうなっていただろう。
「…潰して殺すか? それとも…、食って殺すか?」
「……………」
オレはもうなにも言い返せなかった。
アサは袖から薄桃色のハンカチを取り出し、オレの顔についたリンゴの汁を拭う。
「ヨル…、飛段の血肉は…美味かったか?」
オレは目を伏せた。
「……ああ…、すごく…」
今度は呆気なく、あの時のことを思い出した。
飛段の首筋に噛みつき、オレはそのまま右肩も食い千切り、歓喜したんだ。
美味い、と。
もっと欲しい、と。
そこで角都の地怨虞に押さえつけられたんだっけ。
「喉に…なじんだな…」
てのひらが熱かった。
手元を見ると、いつの間にか手を強く握りしめていたようだ。
毛布がオレの血の色で染まっていく。
きっとその血に、飛段の血も混じっているのだろう。
「…わかったよ…、アサ…」
「なにがじゃ?」
答えはわかってるクセに、アサは嬉しそうに聞いた。
角都と飛段が角で消えたあと、近づいてきたアサがオレに手を差し伸べる。
「…大丈夫か? ヨル」
オレはその手を払った。
アサは残念そうに、「すまぬ」と謝り、オレは「いや…」と言ってうつむいたまま口を動かした。
「アサ…、頼む…、最後のワガママだ…。オレを今だけ…独りにしてくれ…。今だけでいいんだ…。もう…、離れねえから…」
それは懇願だった。
自分でも情けなるくらいの。
最後のセリフがよかったのか、アサはやや満足げな顔で「…わかった」と答えた。
オレはクロハとアサの間を通過し、自分の部屋へと戻った。
できるだけ、動揺を隠して。
部屋に入ったオレは鍵をかけ、眠いわけでもないのにフラフラとベッドへと近づき、腰かけた。
毛布はリンゴの汁で汚れているため、少し湿っている。
「…ふぅ…」
これでよかったんだ。
自分が思いつく限り酷いことを言ってやった。
あの2人はもうオレと関わろうとはしないだろう。
窮地から助けることができたし、ユウからも守れたし、オレというバケモノから遠ざけることもできた。
十分じゃないか。
「!」
ふと小棚を見ると、コップになにかが差されていた。
さっきはいろんなことがいっぱいで気付かなかったのか。
最初は赤い花かと思ったが、それは透明の袋に包まれたリンゴ飴だった。
オレは思わず笑みをこぼし、「角都だな…」と呟く。
賭けに勝ったらリンゴ飴をいくらでも買ってやる、って言ってたな。
なのに1本ってところがケチな角都らしいけど。
「律儀な奴だな」
袋をとりさり、好きな甘い匂いを鼻で楽しみながら、早速リンゴ飴にかじりついた。
赤い破片がズボンに落ちるが気にしない。
「角都! また飛段がオレのリンゴ飴取りやがった!」
宿の冷蔵庫で冷やしてたリンゴ飴が紛失し、問い詰めたところ飛段が犯人であることがわかった。
オレは部屋の隅で帳簿をつけていた角都に訴えた。
「放置してたヨルが悪ィ!」
「ちゃんと“ヨルの”って袋に書いといただろ!」
オレは床に丸めて捨てられていた袋を取り、広げて見せつけようとした。
だが、書き足された文字に目を留める。
“ヨルの、じゃなくて、ひだんの”
オレは渾身の力で飛段にかかと落としを決める。
「書き足してんじゃねええええ!!」
「ぐはぁっ!;」
「うるさいぞ」
思い出し笑いをしたオレは、「角都の時は確か…」とその時のことを思い出す。
公園で休憩していた時か。
ベンチに座る角都にオレはリンゴ飴をすすめた。
「いらん」
差し出したリンゴ飴を角都は手で制して断った。
自分の分のリンゴ飴を持つオレと飛段は目を見合わせ、2人でおした。
「そう言うなってェ」
「せっかく1本おまけしてもらったんだぜ。おまけ好きだろ? おまけ。たまには付き合えよ」
オレ達3人そろって食べたいだけなのに、角都は腕を組んだまま、「フン」と顔を逸らした。
「甘いものは好かん」
「好き嫌いするなよ、角都ゥ」
「貴様が言うな、野菜嫌い」
それは言えてる。
「酒には付き合ってやってんだろー。…ったく、角都が食わないなら、店に返して…」
「待て」
反応は意外に早かった。
さすがにもったいないと思ったのだろう。
オレと、たぶん飛段も心の中でガッツポーズをしたに違いない。
角都がリンゴ飴を食べるところ見るのは初めてだ。
実は、それがもう1つの目的でもあった。
飛段が「角都にもやらねえ?」と言いだしたのをきっかけに。
角都は不機嫌な顔で口布を取り、リンゴ飴を口元に近づける。
オレと飛段は自分の分のリンゴ飴を食べながら、わくわくとした表情で角都がリンゴ飴を食べるサマをじっと見つめていた。
しかし、舐めたりかじったりするかと思いきや、口の地怨虞を解き、カパッ、と口を開けて棒がついたまま食べてしまった。
「一口だァ!!?;」
「つうか丸飲み!!?;」
串はどこに行ったのかと思ったら、圧害の口から出てきた。
角都の体って本当に謎だ。
仕組みがまったくわからない。
思い出しながら食べ、ふとオレは違和感に気付いた。
「…あいつ…、どこで買ってきたんだ…」
いくら味覚が乏しいとはいえ、ほんのりとした甘さがあるはずなのに、そのリンゴ飴はまったく甘くなかった。
「しょっぱい…」
せっかくのリンゴ飴をしょっぱくさせてる大粒の雫はオレの手にも落ちた。
「…っ、しょっぱい…っ」
それでもオレは食べるのをやめなかった。
溢れ出るコレの言い訳が出来なくなってしまう。
今日、オレはまた、孤独に戻った。
.To be continued