04:弱さの晒し者
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大きな女がそこにいた。
いや、自分が小さいのか、と幼き日のヨルは遅れて気付く。
小屋の中は真っ暗だ。
明るい外からは悲鳴や怒鳴り声が聞こえる。
ヨルは震える女に抱きしめられながら、ただそれを茫然と聴いていた。
なにが起きているのか、理解するには幼すぎた。
『痛い…』
ヨルがわずかに身をよじらせながら言うと、女は離れないようにさらに強くヨルを抱きしめた。
痛い、痛い、と訴えても、女は離さない。
(…あの人は…どこ行ったんだろ…?)
さっきまで一緒だった男の姿がどこにもない。
どこにいるのか聞こうと口を開けたとき、力強くヨルを抱きしめていた女が、突然ヨルから離れた。
『ここにいて』
女は声を潜め、ヨルの頭を優しく撫でる。
顔は真っ正面にあったのに、ヨルはその顔を覚えてはいなかった。
のっぺらぼうがヨルに言う。
『―――、なにも聞こえなくなるまで、出てきてはダメ』
今はもう覚えていない名前で呼ばれたが、ヨルはとりあえず頷いた。
女は『良い子ね』と微笑んでまたヨルを撫でる。
そして、女は光の向こうへと行ってしまった。
白い光に包まれ、飲み込まれるかのように。
ヨルはしばらく、女に言われた通り静かになるまで暗闇の中にいた。
ただじっとそこに座っていた。
やがて、外が静かになったことに気付き、立ち上がった。
目の前の大きい扉を押して開ける。
体が小さいから、重いと思っていた扉は簡単に開いた。
扉の向こうには、女が待っているはず。
また『良い子ね』と言って頭を撫でてくれるはず。
幼いヨルは、そう期待していた。
だが、光の先は、血の夢だった。
辺りは一面、赤、赤、赤。
『……………』
女はすぐ目の前にいた。
赤色に塗れて倒れていた。
『……………』
ヨルはその女を見下ろし、立ち尽くす。
どれくらい立ち尽くしただろうか。
ヨルが少し間をおいて見上げると、眼鏡をかけた黒髪の若い青年がヨルを見下ろしていた。
安心させるような笑みを浮かべ、屈んでヨルと同じ目線に合わせて口を開く。
『生きたいのなら生かしてあげる。死にたいのなら死なせてあげる』
言葉とは不釣り合いなほど、優しい声色だった。
『……………』
『どっち?』
ヨルは女を見下ろし、そして男と目を合わせて答えた。
『どっちでもいい』
男は、天空と名乗る。
天空の研究所は、隠されるように山奥にひっそりと建っていた。
着いてすぐに、その研究所の実験室でヨルは手術台にのせられ、体をメスで刻まれた挙句、バケモノの血肉を取り込まれ、禁術の文字を背中に、コウモリのような刺青を肩に彫られ、続けて様々な薬を投与されるなど、痛くて苦しい目に遭った。
それでも、悲鳴を上げることはあっても、死の恐怖は感じなかった。
本当に、生きるとか死ぬとか、どちらでもよかったのだ。
手術が終わったあと、ヨルはフラフラの体で地下につれていかれた。
広く、薄暗いそこには、カプセルがズラリと並んでいた。
数は50はあったと記憶に残っている。
中にはヨルと同じくらいの子供が入っていた。
眠っているのか、全員、目を瞑ったままゆっくりと呼吸を繰り返している。
ヨルの隣にいた天空は、ヨルの肩を軽く叩いた。
目の前に並ぶカプセルを見据えながら天空は言う。
『死ぬか生きるかの問いに、キミは「どちらでもいい」と答えたね? このカプセルが、キミの中に組み込んだ血肉が、キミが眠っている間にそれを決める』
ヨルの背中を優しく押し、一番隅にあるカラのカプセルの前につれていく。
『眠っている間、血肉は年月をかけてキミの体と同化する。成功すれば、キミには人を超えた体で生きてもらう』
カプセルを開け、ヨルの小さな体を抱き上げてそこへ入れた。
ヨルは人形のようにまったく抵抗しなかった。
逃げても行くところはどこにもないとわかっていたからだ。
蓋が静かに閉められる。
『おやすみ…』
透明の蓋の向こうから天空が微笑んで言った。
『おやすみ、私の子供達』
ヨルはゆっくりと眠りへと誘う睡魔を受け入れた。
ヨルは長い夢を見ていた。
女と男に囲まれ、当たり前かもしれない家族のひと時から、ヨルが生まれた時て最後に女に頭を撫でられる時まで。
女の顔はのっぺらぼうのままだが、心地のいい夢だった。
突然、上に引っ張られる感覚を覚える。
真上に光が見える。嫌な光だ。
引っ張られる感覚に抵抗しようしても、その力に抗うことはできない。
ヨルは目を覚ました。
目の前には、右袖のない和服を着た少女がいた。
白髪の髪で、前髪だけ黒髪だ。
少女は山吹色の瞳で蓋越しからこちらを見つめ、待ち侘びたように微笑んだ。
それから後ろに振り返り、声を出した。
『父上、最後の子供が目覚めた』
「父上」と呼ばれた者が来る前に、2人の子供が駆けつけてきた。
同じ年頃の少年と少女だ。
少年は藍色の長髪で黒色の瞳を持ち、前開きのコートを着ている。
もうひとりの少女は、夕焼けを思わせる橙色と赤色が混ざり合った短髪で、橙色の瞳を持ち、半袖半ズボンの少年みたいな格好だ。
『ユウ、賭けはヒルの勝ちですね』
少年―――ヒルが笑みを浮かべながら言うと、隣にいる少女―――ユウは『チェー』と口を尖らせた。
『こいつも死ぬかと思ってたのに! やっぱり生きた! こいつは生きた!』
『ヒル、ユウ、賭けごとなんてどこで覚えたんだい?』
呆れ交じりに言いながら、「父上」と呼ばれた男が近づいてくる。
天空だ。
ヨルが眠る前に見た顔より、黒髪に白髪がまじり、顔の皴もあり、少し老けていた。
ヨルが眠って、数年の月日が流れていたからだ。
しかし、ヨルの体はあの時のままだった。
カプセルが開かれる。
天空は手を伸ばし、微笑みながらヨルの新しい名を呼んだ。
『おはよう、ヨル』
ヨルがあとから聞いた話によると、50人近くの実験体のうち、ヨルを含め4人しか成功しなかった。
残りは、体が腐る、心臓が止まるなどで死んだと言う。
(オレは勝った、ということになるのだろうか…。……勝っても負けても、どっちでもいいや…。とりあえず、オレは生きてる…)
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