34:闇は鬼と化す
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*飛段
なにかが一滴、口内に垂らされた。
砂糖の塊より甘い雫がゆっくりと喉を通っていく。
オレはこの味を知ってる。
「オレがおまえの存在を肯定する神になってやる」
そうだ、確か、ジャシン様が与えてくださった雫だ。
「ジャシン様…」
重いまぶたを開けた先には、見慣れた背中がオレの左脇に座っていた。
「…起きたか?」
「……ヨル?」
「悪かったな、ジャシンじゃなくて」
ヨルは背を向けたまま苦笑混じりに言う。
体や服が土や泥で汚れているうえに、傷だらけだ。
特に両手が酷い。
爪も剥がれてる。
そこでオレは自分が穴に埋められたことを思い出した。
あのあと、岩が頭に落ちてきて、気絶したんだっけ。
右に顔を向けると、オレが埋められた穴がすぐ傍にあった。
あれだけの深い穴をたったひとりで掘ったのか。
真上にはオレンジ色の空があった。
「痛むか?」
そう尋ねられ、オレはないはずの体中の痛みを思い出すと同時に今の自分の状態を知る。
顔の右半分が包帯で巻かれ、左目の視線を下にやると、首から下はヨルの外套がかけられていた。
外套の下はおそらく、バラバラに吹き飛んだはずのオレの体だ。
まさか、手足や胴体どころか内臓まで全部集めたのか。
それにヨルがなにかしたのか、徐々に体が勝手に繋がっていくのを感じた。
「おまえ…、オレになにした?」
ヨルの質問を無視して聞き返す。
やっぱりヨルはこっちを見ずに答えた。
「なにって…。体を全部集めてとりあえず合わせてみた」
それだけでくっつき始めてたまるか。
頭の悪いオレでも、自分自身のことは誰よりも知ってる。
縫わない限り、一度切断された部分がくっつくにはかなりの時間がかかる。
薬か術かなにかでオレの再生能力を促進させたに違いない。
なんでそれを言わないのか。
「あ…、顔、半分潰れてたから、包帯は巻かせてもらった」
ほら、話を逸らした。
「……角都は?」
一瞬、ヨルがビクリと肩を震わせたのがわかった。
「……………」
「…ヨル…!」
「…やられた」
「!?」
角都がやられた、ということか。
オレは理解に苦しんだ。
「…オレの…、オレのせいか!? オレが角都の心臓を殺っちまったから…!」
まさか、あの時にオレの手で角都を殺してしまったんじゃないか。
体を起こしたかったが、そこまで再生していないうえに力も入らなかったから、仰向けのままオレは喚いた。
「大丈夫だ…、生きてる」
ヨルのその言葉は自分自身に言い聞かせてるように聞こえた。
「なんでわかる!?」
「オレが助けたからだ!! 飛段、おまえのせいじゃない!!」
その怒鳴り声は森中に響き渡った。
興奮しているのか、静かになったヨルはかすかに唸り声を漏らす。
「…ヨル、今までどこにいたんだ?」
「……ユウと戦ってた」
「!」
あのオレンジ髪の朱族か。
「助けにくるのが遅れて…悪かったな…」
「…平気か?」
ヨルがどんどん衰弱している気がした。
わずかに見える左頬からは大量の汗が浮かんでいる。
「気にすんな。掘って疲れただけだ…」
「大丈夫なら、こっち向いて顔を見せてみろよ」
「……………」
「おい…!」
ヨルは喉が上下に動いた。
なにを躊躇ってるんだ。
オレがもう一度、「ヨル」と声をかけようとした時だ。
少し強めの風が吹き、突然ヨルが素早く左腕を横に伸ばした。
「!?」
ヨルの左腕の二の腕から下が宙に跳んだ。
「うっ…があああああ!!」
ヨルの絶叫とともに切断された断面から血が噴き出し、地面ではねたそれがオレの顔に付着する。
さっき、ヨルが咄嗟に手を伸ばしたのは、オレを庇うためか。
庇ってくれなければオレの頭がまた跳んでいたかもしれない。
「ヨル!!?」
ヨルは右手で断面を押さえつけ、その場にうずくまった。
「やっぱここにいた。ヨルと飛段、ここにいた」
声と白い羽根が降ってきて見上げると、最後に見た時と明らかに姿が違うユウがヨルの前に舞い降りた。
ヨルはユウの顔を見上げ、「ユウ…、その姿…!」と苦しげに言う。
「そう、鬼化だよ」
右頭部と両肩と両脚は鳥の羽根で覆われ、両手には白色の鉤爪つきの篭手があり、目は白目の部分が黒、黒目の部分が黄色に染まっていた。
その目を見たオレは、変身したヒルの姿を重ねた。
ユウは笑みを浮かべて鋭い牙を見せて言う。
「驚いた? 血肉のバランスや修行次第では、前半から理性を保ったまま鬼化することができるんだよ。ヒルはボク達朱族の中で一番血肉のバランスがよかった。だから鬼化しても理性があったんだ。ボクの場合、さっき言ってた研究所で実験ついでに修業したからできるようになったんだ。何十人何百人と殺しちゃったけど」
右の鉤爪にはヨルの血がべったりと付着していた。
ユウはそれを払い落し、いきなり左足の爪先でヨルの右側頭部を蹴り飛ばした。
「ぅぐ!」
吹っ飛んだヨルはここから少し離れた地面へと転がった。
「ヨル!」
ヨルは力なく横に倒れ、わざわざ近づいてそれを見下ろしたユウは、オレを一瞥したあと口端を吊り上げ、しゃがんだかと思えばヨルの髪をつかんで引っ張り上げた。
「う…っ」
「見てよ、飛段」
ユウはヨルの髪をぐいと引き、ヨルの顔をオレの方へ向かせる。
「!?」
苦痛に歪ませるヨルの顔。
その目はユウと同じ、白目が黒、黒目が金に染まっていた。
食いしばる歯には、さらに鋭くなった牙を覗かせる。
鬼化。
ヨルも鬼化が始まっていた。
オレにずっと背を向けたままだったのは、その姿を見られたくなかったからか。
「み…、見るな…」
ヨルはギュッと目をつぶったが、ユウは「もっとちゃんと見せなよ」と左腕の断面に鉤爪を食いこませる。
「ぎ…っ!」
「ヨルから離れやがれ!!」
怒鳴るオレにユウは面白げのなさそうな顔をした。
オレがヨルの顔を見て恐れてほしかったってか。
「さっきからさァ、ヨルはじっとガマンしてたんだよ。おやつを目の前にしたガキのようにさ…。ガマンは体に毒だよ、ヨル」
耳元で囁かれたヨルは、弱々しく首を横に振って否定した。
「違う…。てめーとは…違う…!」
「違う? 今の自分の顔、見てみなよ。ボクとしては不本意だけど、ヨルはボク達と同じ、生き物の血を啜り生きながらえる不老のバケモノ―――朱族だよ。よく血の一滴も手をつけずに飛段の体を回収できたよね。美味しそうな匂いを頼りに掘り起こしたクセに…」
ヨルは一度目を開け、足下に広がる自分の血溜まりに映る自分の今の顔を見てしまい、また目をギュッとつぶった。
「飛段の血、飲みたいでしょ?」
「黙れ…!」
「それとも…、食べたい?」
「黙れ!!」
ヨルがユウに向かって歯を剥くと同時に、今度はヨルの右腕が切断された。
「ぐあああああ!!」
ヨルは再び絶叫し、ユウに髪を放されて地面にうつ伏せに倒れた。
「てめー!!」
オレが怒鳴ると、ユウは「あはは! 大丈夫大丈夫、朱族はコレくらいじゃ死なないから。そんなムキになることないじゃん、不死身君」と嘲笑い、切断したヨルの右腕を右の鉤爪で突き刺し、それをじっくりと眺め始めた。
「こんな重体で鬼化しちゃったら、暴走間違いなしだよ。さっきも真血を使ったでしょ?」
「真血…」
オレの呟きにユウは頷く。
「朱鬼の血。聞いたことあるでしょ? 飛段とも深い関わりがあるはずだよ。…他人にとっては“力”と“再生”を得られる血。けど…、ボク達朱族にとっては鬼化の制御剤なんだ。使えば使うほど、最後は自分の中の鬼に体は乗っ取られ、心は食われ、ただの自我を失った凶暴な鬼になる。さっき言った通り、血肉のバランスは大切なんだよ」
両腕を失ったヨルはユウを睨み、歯を噛みしめながら黙っていた。
すると、ユウは突然「あ」と思い出したように手を叩く。
「そうそう、さっきも角都に使ってたよね。けっこうな量を…」
それからクスクスと笑い、冷笑を浮かべてこう続けた。
「…死んだよ、あいつ…」
瞬間、オレの頭の中が真っ白になった。
*ヨル
こいつは今、なんて言った?
角都が死んだ?
そんなはずないだろう。
あいつはオレの真血を取り込んで、回復したはずだ。
手だって動いてた。
ちゃんと喋ってた。
足だって再生させたんだ。
「生き返ったって喜んだ? でも残念。ヨルが出て行ったあと、静かに息を引き取った。100年近く生きた武人も、呆気ないものだね」
「ウソだ!! ウソ…」
まさか、体が耐えられなかったのだろうか。
「ウソに決まってんだろ!! あのクソジジイだぜ!? オレ達より先にくたばってたまるかよォ!!」
いつもは耳障りな飛段の声が、今はとても頼りに聞こえる。
そうだ、疑うな。
角都が死ぬはずがない。
オレ達より、他の誰よりもあいつは“生”に執着してるんだ。
だからオレはあいつに真血を与えたんだ。
「はいはい、認めたくないって気持ちは…、まあ…、わかるけどさ…。それはちゃんとあの世で確認してくればいいじゃん。…あ、そうか、ヨル達、あの世に嫌われてるもんね!」
ユウはそう言ってオレと飛段を交互に見て嘲笑した。
「やっぱ無力! おまえら2人とも、無力すぎ!!」
すると、オレの右腕を一瞬で細切れに刻んだ。
「て…め…!!」
「諦めなよ。もう2度と縫ってもらえないんだから! この、仲間殺し!!」
オレが罵声を浴びせようと口を開いたとき、こっちに体を向けたユウの右肩を木の枝が貫いた。
「…?」
ユウはゆっくりと肩越しに振り返る。
オレはそいつを見て「飛段!」と声を上げた。
飛段はオレの外套を肩にかけたまま、ユウの背後からその右肩を木の枝で突き刺していた。
ちゃんとくっついてないのか、足下がふらついているし、左手首も取れかけている。
「さっきからウゼェデタラメをベラベラベラベラさえずりやがって…。てめーが確かめてこいよ…。あの世で角都が不在なのをなァ!」
「これだから、バカは死ななきゃわからない」
ユウの目付きが鋭くなり、オレは反射的に「逃げろ!!」と叫んだ。
「逃げろ!! 飛段!!」
ユウの右の鉤爪が飛段の腹を貫き、そのまま飛段を地面に押し倒した。
「う゛っ」
「なにこれ、中途半端に繋がったままじゃん」
ユウは飛段の体をじっくりと眺めたあと、せせら笑って飛段の体に鉤爪を突き立てた。
「ごぼっ」
胸を刺され、左脚を刺され、また腹を刺され、飛段は仰向けで成す術もないまま血を吐き続けた。
「やめろユウ!!」
「聞こえないねぇ!」
「頼む!! やめてくれ!!」
両腕がないからうつ伏せの状態から立てない。
とにかくオレは懇願するしかなかった。
これ以上飛段を傷つけるな。
「ホント、面白い体。どこを刺しても死なない! やっぱり死なない! 全然死なない!」
「がっ…」
「埋め直すのもいいけど、細切れにして海とか山にバラまいたほうが効率よさそう!」
「やめろ!! なんでもする…!! なんでもするから…!! アサにところにも戻る! てめーに殺されてもいい! そいつは関係ねェ―――!!」
聞き入れてくれたのか、ユウの手がピタリと止まった。
だが、肩越しにこちらに振り返り、不気味に、そして満足そうに笑う。
「なんでもする? だったら、ヨルの大事なもの、全部ちょうだい?」
ユウは左手を振り上げ、飛段の顔面に向かって振り下ろす。
「――――!!」
『ヨル、キミはなんのためなら鬼になれる?』
ドクン…ッ!!
心臓が大きく跳ねた瞬間、目の前が真っ赤に染まった。
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なにかが一滴、口内に垂らされた。
砂糖の塊より甘い雫がゆっくりと喉を通っていく。
オレはこの味を知ってる。
「オレがおまえの存在を肯定する神になってやる」
そうだ、確か、ジャシン様が与えてくださった雫だ。
「ジャシン様…」
重いまぶたを開けた先には、見慣れた背中がオレの左脇に座っていた。
「…起きたか?」
「……ヨル?」
「悪かったな、ジャシンじゃなくて」
ヨルは背を向けたまま苦笑混じりに言う。
体や服が土や泥で汚れているうえに、傷だらけだ。
特に両手が酷い。
爪も剥がれてる。
そこでオレは自分が穴に埋められたことを思い出した。
あのあと、岩が頭に落ちてきて、気絶したんだっけ。
右に顔を向けると、オレが埋められた穴がすぐ傍にあった。
あれだけの深い穴をたったひとりで掘ったのか。
真上にはオレンジ色の空があった。
「痛むか?」
そう尋ねられ、オレはないはずの体中の痛みを思い出すと同時に今の自分の状態を知る。
顔の右半分が包帯で巻かれ、左目の視線を下にやると、首から下はヨルの外套がかけられていた。
外套の下はおそらく、バラバラに吹き飛んだはずのオレの体だ。
まさか、手足や胴体どころか内臓まで全部集めたのか。
それにヨルがなにかしたのか、徐々に体が勝手に繋がっていくのを感じた。
「おまえ…、オレになにした?」
ヨルの質問を無視して聞き返す。
やっぱりヨルはこっちを見ずに答えた。
「なにって…。体を全部集めてとりあえず合わせてみた」
それだけでくっつき始めてたまるか。
頭の悪いオレでも、自分自身のことは誰よりも知ってる。
縫わない限り、一度切断された部分がくっつくにはかなりの時間がかかる。
薬か術かなにかでオレの再生能力を促進させたに違いない。
なんでそれを言わないのか。
「あ…、顔、半分潰れてたから、包帯は巻かせてもらった」
ほら、話を逸らした。
「……角都は?」
一瞬、ヨルがビクリと肩を震わせたのがわかった。
「……………」
「…ヨル…!」
「…やられた」
「!?」
角都がやられた、ということか。
オレは理解に苦しんだ。
「…オレの…、オレのせいか!? オレが角都の心臓を殺っちまったから…!」
まさか、あの時にオレの手で角都を殺してしまったんじゃないか。
体を起こしたかったが、そこまで再生していないうえに力も入らなかったから、仰向けのままオレは喚いた。
「大丈夫だ…、生きてる」
ヨルのその言葉は自分自身に言い聞かせてるように聞こえた。
「なんでわかる!?」
「オレが助けたからだ!! 飛段、おまえのせいじゃない!!」
その怒鳴り声は森中に響き渡った。
興奮しているのか、静かになったヨルはかすかに唸り声を漏らす。
「…ヨル、今までどこにいたんだ?」
「……ユウと戦ってた」
「!」
あのオレンジ髪の朱族か。
「助けにくるのが遅れて…悪かったな…」
「…平気か?」
ヨルがどんどん衰弱している気がした。
わずかに見える左頬からは大量の汗が浮かんでいる。
「気にすんな。掘って疲れただけだ…」
「大丈夫なら、こっち向いて顔を見せてみろよ」
「……………」
「おい…!」
ヨルは喉が上下に動いた。
なにを躊躇ってるんだ。
オレがもう一度、「ヨル」と声をかけようとした時だ。
少し強めの風が吹き、突然ヨルが素早く左腕を横に伸ばした。
「!?」
ヨルの左腕の二の腕から下が宙に跳んだ。
「うっ…があああああ!!」
ヨルの絶叫とともに切断された断面から血が噴き出し、地面ではねたそれがオレの顔に付着する。
さっき、ヨルが咄嗟に手を伸ばしたのは、オレを庇うためか。
庇ってくれなければオレの頭がまた跳んでいたかもしれない。
「ヨル!!?」
ヨルは右手で断面を押さえつけ、その場にうずくまった。
「やっぱここにいた。ヨルと飛段、ここにいた」
声と白い羽根が降ってきて見上げると、最後に見た時と明らかに姿が違うユウがヨルの前に舞い降りた。
ヨルはユウの顔を見上げ、「ユウ…、その姿…!」と苦しげに言う。
「そう、鬼化だよ」
右頭部と両肩と両脚は鳥の羽根で覆われ、両手には白色の鉤爪つきの篭手があり、目は白目の部分が黒、黒目の部分が黄色に染まっていた。
その目を見たオレは、変身したヒルの姿を重ねた。
ユウは笑みを浮かべて鋭い牙を見せて言う。
「驚いた? 血肉のバランスや修行次第では、前半から理性を保ったまま鬼化することができるんだよ。ヒルはボク達朱族の中で一番血肉のバランスがよかった。だから鬼化しても理性があったんだ。ボクの場合、さっき言ってた研究所で実験ついでに修業したからできるようになったんだ。何十人何百人と殺しちゃったけど」
右の鉤爪にはヨルの血がべったりと付着していた。
ユウはそれを払い落し、いきなり左足の爪先でヨルの右側頭部を蹴り飛ばした。
「ぅぐ!」
吹っ飛んだヨルはここから少し離れた地面へと転がった。
「ヨル!」
ヨルは力なく横に倒れ、わざわざ近づいてそれを見下ろしたユウは、オレを一瞥したあと口端を吊り上げ、しゃがんだかと思えばヨルの髪をつかんで引っ張り上げた。
「う…っ」
「見てよ、飛段」
ユウはヨルの髪をぐいと引き、ヨルの顔をオレの方へ向かせる。
「!?」
苦痛に歪ませるヨルの顔。
その目はユウと同じ、白目が黒、黒目が金に染まっていた。
食いしばる歯には、さらに鋭くなった牙を覗かせる。
鬼化。
ヨルも鬼化が始まっていた。
オレにずっと背を向けたままだったのは、その姿を見られたくなかったからか。
「み…、見るな…」
ヨルはギュッと目をつぶったが、ユウは「もっとちゃんと見せなよ」と左腕の断面に鉤爪を食いこませる。
「ぎ…っ!」
「ヨルから離れやがれ!!」
怒鳴るオレにユウは面白げのなさそうな顔をした。
オレがヨルの顔を見て恐れてほしかったってか。
「さっきからさァ、ヨルはじっとガマンしてたんだよ。おやつを目の前にしたガキのようにさ…。ガマンは体に毒だよ、ヨル」
耳元で囁かれたヨルは、弱々しく首を横に振って否定した。
「違う…。てめーとは…違う…!」
「違う? 今の自分の顔、見てみなよ。ボクとしては不本意だけど、ヨルはボク達と同じ、生き物の血を啜り生きながらえる不老のバケモノ―――朱族だよ。よく血の一滴も手をつけずに飛段の体を回収できたよね。美味しそうな匂いを頼りに掘り起こしたクセに…」
ヨルは一度目を開け、足下に広がる自分の血溜まりに映る自分の今の顔を見てしまい、また目をギュッとつぶった。
「飛段の血、飲みたいでしょ?」
「黙れ…!」
「それとも…、食べたい?」
「黙れ!!」
ヨルがユウに向かって歯を剥くと同時に、今度はヨルの右腕が切断された。
「ぐあああああ!!」
ヨルは再び絶叫し、ユウに髪を放されて地面にうつ伏せに倒れた。
「てめー!!」
オレが怒鳴ると、ユウは「あはは! 大丈夫大丈夫、朱族はコレくらいじゃ死なないから。そんなムキになることないじゃん、不死身君」と嘲笑い、切断したヨルの右腕を右の鉤爪で突き刺し、それをじっくりと眺め始めた。
「こんな重体で鬼化しちゃったら、暴走間違いなしだよ。さっきも真血を使ったでしょ?」
「真血…」
オレの呟きにユウは頷く。
「朱鬼の血。聞いたことあるでしょ? 飛段とも深い関わりがあるはずだよ。…他人にとっては“力”と“再生”を得られる血。けど…、ボク達朱族にとっては鬼化の制御剤なんだ。使えば使うほど、最後は自分の中の鬼に体は乗っ取られ、心は食われ、ただの自我を失った凶暴な鬼になる。さっき言った通り、血肉のバランスは大切なんだよ」
両腕を失ったヨルはユウを睨み、歯を噛みしめながら黙っていた。
すると、ユウは突然「あ」と思い出したように手を叩く。
「そうそう、さっきも角都に使ってたよね。けっこうな量を…」
それからクスクスと笑い、冷笑を浮かべてこう続けた。
「…死んだよ、あいつ…」
瞬間、オレの頭の中が真っ白になった。
*ヨル
こいつは今、なんて言った?
角都が死んだ?
そんなはずないだろう。
あいつはオレの真血を取り込んで、回復したはずだ。
手だって動いてた。
ちゃんと喋ってた。
足だって再生させたんだ。
「生き返ったって喜んだ? でも残念。ヨルが出て行ったあと、静かに息を引き取った。100年近く生きた武人も、呆気ないものだね」
「ウソだ!! ウソ…」
まさか、体が耐えられなかったのだろうか。
「ウソに決まってんだろ!! あのクソジジイだぜ!? オレ達より先にくたばってたまるかよォ!!」
いつもは耳障りな飛段の声が、今はとても頼りに聞こえる。
そうだ、疑うな。
角都が死ぬはずがない。
オレ達より、他の誰よりもあいつは“生”に執着してるんだ。
だからオレはあいつに真血を与えたんだ。
「はいはい、認めたくないって気持ちは…、まあ…、わかるけどさ…。それはちゃんとあの世で確認してくればいいじゃん。…あ、そうか、ヨル達、あの世に嫌われてるもんね!」
ユウはそう言ってオレと飛段を交互に見て嘲笑した。
「やっぱ無力! おまえら2人とも、無力すぎ!!」
すると、オレの右腕を一瞬で細切れに刻んだ。
「て…め…!!」
「諦めなよ。もう2度と縫ってもらえないんだから! この、仲間殺し!!」
オレが罵声を浴びせようと口を開いたとき、こっちに体を向けたユウの右肩を木の枝が貫いた。
「…?」
ユウはゆっくりと肩越しに振り返る。
オレはそいつを見て「飛段!」と声を上げた。
飛段はオレの外套を肩にかけたまま、ユウの背後からその右肩を木の枝で突き刺していた。
ちゃんとくっついてないのか、足下がふらついているし、左手首も取れかけている。
「さっきからウゼェデタラメをベラベラベラベラさえずりやがって…。てめーが確かめてこいよ…。あの世で角都が不在なのをなァ!」
「これだから、バカは死ななきゃわからない」
ユウの目付きが鋭くなり、オレは反射的に「逃げろ!!」と叫んだ。
「逃げろ!! 飛段!!」
ユウの右の鉤爪が飛段の腹を貫き、そのまま飛段を地面に押し倒した。
「う゛っ」
「なにこれ、中途半端に繋がったままじゃん」
ユウは飛段の体をじっくりと眺めたあと、せせら笑って飛段の体に鉤爪を突き立てた。
「ごぼっ」
胸を刺され、左脚を刺され、また腹を刺され、飛段は仰向けで成す術もないまま血を吐き続けた。
「やめろユウ!!」
「聞こえないねぇ!」
「頼む!! やめてくれ!!」
両腕がないからうつ伏せの状態から立てない。
とにかくオレは懇願するしかなかった。
これ以上飛段を傷つけるな。
「ホント、面白い体。どこを刺しても死なない! やっぱり死なない! 全然死なない!」
「がっ…」
「埋め直すのもいいけど、細切れにして海とか山にバラまいたほうが効率よさそう!」
「やめろ!! なんでもする…!! なんでもするから…!! アサにところにも戻る! てめーに殺されてもいい! そいつは関係ねェ―――!!」
聞き入れてくれたのか、ユウの手がピタリと止まった。
だが、肩越しにこちらに振り返り、不気味に、そして満足そうに笑う。
「なんでもする? だったら、ヨルの大事なもの、全部ちょうだい?」
ユウは左手を振り上げ、飛段の顔面に向かって振り下ろす。
「――――!!」
『ヨル、キミはなんのためなら鬼になれる?』
ドクン…ッ!!
心臓が大きく跳ねた瞬間、目の前が真っ赤に染まった。
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