34:闇は鬼と化す
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*角都
九尾のガキの術を食らい、その衝撃で空けられた穴へと落ち、オレはうつ伏せに倒れた。
体はもちろん、指先を動かすことさえままならない。
まさか心臓を2つ同時に潰されてしまうとは。
残りの心臓は1つ。
ただの人間と変わりはない。
しばらくして、はたけカカシがオレの頭の傍に着地した。
トドメを刺しにきたのだろう。
「くっ…、おまえらの…ようなガキ共に…、オレが…」
「まあね…。初代火影と闘ったことのあるアンタだ…。…オレ達がガキに見えるだろうが、オレ達から見たらただのズレた老いぼれだ」
はたけカカシの右手に電流が帯びる。
「だからアンタは今ここで死にかけ、はいつくばってる」
あの手はオレの最後の心臓を貫くつもりだ。
そうなれば、確実にオレは死ぬ。
ここでオレが死ぬだと。
「だからそれをオレに言うかよ、角都ゥ!」
「角都、次、どこ行くんだ?」
ふざけるな、奴らより先に死んでたまるか。
それでも、力を振り絞っても顔を上げるのが限界だ。
動け。
動け!
「次から次へと、新しい世代が追い抜いていくのさ」
はたけカカシの手が躊躇なく振り下ろされる。
その一瞬、オレの脳裏をめぐったのは奴らの馬鹿なやりとりの数々だった。
答えろ、本当にオレは死ぬのか。
死ななければならないのか。
ボッ!!
「!?」
オレとはたけカカシの間に青い炎が出現した。
突然のことに、はたけカカシは警戒し、すぐに後ろに飛び退いた。
「なんだ!?」
袖に火が触れてしまったのか、急いで叩いて火を消す。
「角都!!」
オレに駆け寄ってきたのは、満身創痍のヨルだった。
「ヨル…!?」
「新手か…! シカマルの言っていた、コウモリ使い…」
はたけカカシがそう言ったところで、空からこの穴へ無数のコウモリの群れが降下し、はたけカカシに襲いかかる。
だが、奴を相手にそれは通じない。
はたけカカシはコウモリの群れを抜け、右手に電流を帯びた状態でヨルに突進した。
ヨルはすぐに印を結び、鬼炎を発動させ、こちらも無数のコウモリの形をした炎を飛ばした。
その火力から、相当なチャクラを使ったはずだ。
はたけカカシの動きが止まった隙に、ヨルはオレの腹に手を差し込み、歯を食いしばってオレをその小さな肩に担いだ。
「うぅぅ…っ」
胸の傷口から血が噴き出し、地面に小さな赤い水たまりをつくった。
「ムリだ…、ヨル…。体格が違う…」
「…っるせぇ…! たまには…、担がせろ…!」
口から血を溢れだしながらそう言い返し、「少し貰うぞ」とオレの横腹に噛みついた。
その時、はたけカカシが炎を抜けて迫ってきた。
瞬身の術も使えないこいつは、どうやって逃げ切るつもりだ。
ヨルは肩越しにはたけカカシを見て不敵な笑みを浮かべた。
「ズレた老いぼれがどこまでやれるか、最後まで見とけ、若造が」
すると、いきなりヨルの背中から血煙が噴き出した。
小さな黒鬼牢だ。
その隙にいくつもの分身蝙蝠を作り出した。
オレを担いだ姿を何人も背中から生み出す。
オレの分身も作り出すために血を取り込んだのか。
それから一斉に走り出した。
壁を駆けて穴から脱出し、真っ直ぐに森へと向かっていく。
「このまま…、逃げ切るつもりか…」
「任せろ。逃げるのは得意だ」
妙な自信だ。
だが、あの写輪眼から逃げ切る確率はかなり低い。
確かこいつの分身蝙蝠は、チャクラごと切り離すことができたな。
「ヨル…、急いで森へ入れ」
「?」
「生き延びる可能性を与えてやる」
「…!」
随分と昔にオレに言ったセリフを思い出したようだ。
オレは今の危機的状況にそぐわず、フッと笑みを浮かべた。
それからマスクをしていなかったことを思い出し、すぐに、少し慌てて引っ込める。
*ヨル
自分よりデカい男の体を担いだまま逃げ切るのは、予想以上に辛かった。
重傷を負ってたわりに、オレもよく逃げ切れたものだ。
いや、角都の策のおかげもある。
胸糞悪い策だったけどな。
角都が提案した策を実行してから、とにかくオレはムチャクチャに走りまくった。
どれくらいの長距離を走ったかはわからない。
気が遠くなってきたとき、森の奥にひっそりと建つ木造の廃屋を見つけた。
耳を澄まし、人がいないことを確認し、それでも用心しながら中へと入る。
薄暗く、殺風景な部屋だった。
暖炉以外はなにもない、正方形のただの小屋だ。
部屋の一番奥に角都を下ろして壁に背をもたせかけさせ、気が抜けたオレはその場に両膝と両手をついた。
「う…っ」
そのまま倒れて気持ち良く気絶したかったが、まだやることが残ってる。
とにかくまずやることは、弾む息を整え、目の前の角都を罵ることだった。
重体じゃなければ殴っているところだ。
代わりにオレは両手でコブシをつくり、床に叩きつけた。
「テメー…、バカじゃねーのか!!?」
キッと角都を睨みつけて血とツバを吐きながらそう怒鳴ると、角都は額に脂汗を浮かばせながらフッと鼻で笑い、「おかげでうまく撒けただろう」と抜かしやがった。
そんなんでオレが「ああそうだな、ありがとう」なんて言うと思ったか。
「足を1本くれてやることなかっただろ!!」
角都の右脚は、膝から下がなくなっていた。
それをオレの分身に持たせ、陽動に使ったからだ。
提案したのは角都本人だ。
森に逃げ込んでそう言いだした角都に、当然オレは反対した。
なのに、角都は自分から足を切り離してしまった。
戻せと言っても聞かず、「もう繋ぐ力は残ってない」なんて言ってオレの分身に持たせることを促した。
オレも正直、そうしなければ逃げ切れる確率は低かった。
あとは角都の地怨虞を分身に結んでバラバラに走らせた。
オレと角都の分身はほぼオリジナルと同じくらいのチャクラを持ち、写輪眼でもわかりにくいはずだ。
ましては今のオレ達は下忍以下の一般人にもやられるんじゃないかってくらい体もチャクラも弱っている。
逆に好都合だ。
「…とにかく、傷の手当てを…」
「それを貴様が言うか、ヨル」
「いいんだよ、オレは角都と違って回復は速いし」
それに、早く血の匂いを消してもらわないと、血液不足のオレがなにをしでかすかわからない。
胸の傷どころか腹の傷も未だに開いたままだ。
再生しようと活動する細胞と血液のせいで体が熱い。
「うわー…、派手にやられたね」
「!!」
はっと振り返るとゼツが部屋の中心から出てきた。
顔だけじゃなくて、珍しく全身ごとだ。
「ゼツ…!」
オレはゼツを見上げ、睨みつけた。
ゼツの顔を挟むハエトリ草は廃屋の天井まで届いている。
「アノ角都ガ、コノザマトハナ…」
角都を見下ろし、黒ゼツが言った。
オレはよろめきながらも立ち上がり、ゼツと向かい合う。
「黙れよ。オレ達が戦ってる間、ずっと見てたのか? ずっと見てただけなのか!?」
「アア。オレ達ハ、記録係ダカラナ」
「仲間だろ!!」
オレは今にもつかみかからんする勢いで怒鳴った。
だが、ゼツはなにも言い返さずにオレの右横を通過し、角都の前にしゃがんだ。
オレは振り返り、それを訝しげな顔で見下ろした。
「…おい、なにする気だ?」
手当てしてくれるものだと期待した。
だが、その期待は次の言葉で打ち砕かれる。
「食べるんだよ」
「処理ダ」
「……は?」
*クロハ
オレ様は天井からその様子を見ていた。
それに気付かれたとして傍から見れば、天井に片目がついてるように見えるだろう。
オレ様の術のひとつ、“木目連の術”だ。
オレ様の半径1キロ以内なら、木や植物に自分の目を出現させ、敵の位置や状況を知ることができる。
声は聞こえないが、読唇術の心得もあるから、口元さえ動いてるのが見えれば、大体なにを言ってるのかわかる。
オレ様の本体は、廃屋からだいぶ離れた木の枝の上で、術に集中するために印を結んだままあぐらをかいて座っていた。
術に集中している間も、頭は未だにズキズキと痛む。
ユウに突き飛ばされたからだ。
ただの突き飛ばしじゃない。
太い木が折れるくらい強く打ちつけられ、危うく死ぬところだった。
そんな目に遭わせておきながら、エラそうに「奴らの様子を見て来い」だと?
殺意が湧いたが、ユウのあの姿を見て逆に殺されると悟り、言うことを聞いてやることにした。
それにしても凄い展開だ。
せっかく助けたのに、今まさにゼツに食べられようとしている。
当然、それを黙って見過ごすヨルじゃない。
すぐに角都とゼツの間に割り込み、ゼツと向かい合った。
「なんで角都が処理されなきゃならねーんだ!? 尾獣の捕獲に失敗したからか!?」
「ソレダケジャナイ。経絡系ガ全テ断チ切ラレテイル。チャクラヲ練ルコトモママナラナイ状態ダ」
「つまり角都は2度と忍術が使えないってこと。生きてるけど、忍の角都は死んだんだよ」
「そんな…」
ヨルは愕然とした様子だ。
なのに、角都本人はそれをわかっていたのか、ショックを受けた様子はない。
ただ「そうか」と言っただけだ。
「大丈夫、仲間のよしみでちゃんと食べてあげるから…」
ゼツはそう言って、また一歩と角都に近づいた。
だが、はっと振り返ったヨルは慌てて「よせ!!」とゼツの外套の左袖をつかむ。
「邪魔ヲスルナ。コノ体デハ、モウ暁ニイルノハ無理ダ。ココデ殺シテヤッタ方ガ、角都ノタメ…」
「やめろっつってんだろ!! 勝手に決め付けんじゃねえ!!」
ヨルは再び2人の間に入り、角都を庇った。
ゼツがなにか言おうとしたところで、「オレがこいつの忍を戻す!!」と叫ぶ。
「!」
ゼツは動きを止めた。
角都も驚いた顔でヨルを見上げる。
オレ様は「まさか」と思った。
その、まさかだ。
ヨルは自分の右手のひらに噛みつき、皮膚を噛み切った。
すぐに赤い血が溢れだし、その手のひらを懐に入れ、なにかを取り出した。
見えたのは、白い欠片のようなものだった。
「ヨル…」
呟く角都の前に、ヨルはしゃがんで目線を合わせて薄笑みを向ける。
「またオレに賭けてくれるか?」
「…この賭けに勝てば…、りんご飴くらい、いくらでも買ってやる」
「それは楽しみだ」
そう笑いかけたあと、ヨルの右手が角都の腹の縫い目の中に突っ込まれた。
角都の顔が痛みで歪み、全身から駄々漏れている地怨虞が一斉に脈を打つ。
「ぉおおおおおおおおお!!」
ロウソクの灯火程度だった角都のチャクラが燃え上がるように徐々に回復していくのが目に見えた。
とんでもない回復の速さだ。
それだけじゃない。
失ったはずの右脚までが切断口から徐々に再生していく。
丁寧に、ひとつひとつの細胞が細胞を生みだしているのか。
「足が再生した!?」
ゼツもそうだが、オレ様も驚きが隠せなかった。
これが真血の力か。
オレ様も取り込んだことがあるが、まさか失った体の一部まで再生させるとは思わなかった。
駄々漏れていた地怨虞が角都の体内に戻り、右脚の再生が終わると同時に、角都はガクンと項垂れる。
「……角都」
不安げな表情をしながら、ヨルは角都に声をかける。
しかし、角都に反応はない。
もう一度ヨルの口元が「角都」と動く。
「角都、おい…、角都…。……角都? ……―――ッ角…!!」
顔を強張らせたヨルが角都の右肩に触れようと右手を伸ばしたとき、不意に上げられた角都の右手がそれをつかんだ。
「傷に障る…」
「…っ!」
たまらずヨルは角都に抱きついた。
角都はそれを引き剥がそうとせずに「おい…」と眉をひそめ、「早く…あの馬鹿を連れて来い」とぶっきらぼうに言った。
ヨルは震える声で「ああ…」と短く答え、ゆっくりと角都から離れて立ち上がる。
「待ってろよ」
そう言って、角都に背を向けて出入口へと歩き出した。
その前に、ゼツの前で立ち止まって言う。
「見ての通り、角都は忍のままだ。だから…」
「アア、暁ノ役立ツナラ処理シナイ」
「言ったな? 約束だからな。オレが飛段を迎えに行ってる間に角都に手を出したら…、血の夢見せるだけじゃ済まさねェ…。飛段だって黙ってねえぞ…!!」
そう言って朱色の瞳をギラギラとさせた。
白ゼツは「うわ、怖…」と若干仰け反り、「わかったよ」と頷く。
ヨルはその返事を信用したのか、「行ってくる」と言ってゼツの横を通過し、出入口から出て行った。
扉が閉まったのを見届けたゼツは角都に近づき、再生したばかりの右脚を見下ろす。
「マサカ、朱族ノ血ガ、コレホドノモノトハ…」
「一応、トビにも伝えた方がいいよね」
「アア、ソウダナ。角都、オマエモコノ能力ノコトヲ知ッテイタナ? ……オイ、聞イテイルノカ?」
角都は顔を伏せたまま黙っている。
黒ゼツが「ドウシタ?」と声をかけたとき、白ゼツは「あれ?」と首を傾げた。
「……ねえ、角都の息…、止まってるよ?」
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九尾のガキの術を食らい、その衝撃で空けられた穴へと落ち、オレはうつ伏せに倒れた。
体はもちろん、指先を動かすことさえままならない。
まさか心臓を2つ同時に潰されてしまうとは。
残りの心臓は1つ。
ただの人間と変わりはない。
しばらくして、はたけカカシがオレの頭の傍に着地した。
トドメを刺しにきたのだろう。
「くっ…、おまえらの…ようなガキ共に…、オレが…」
「まあね…。初代火影と闘ったことのあるアンタだ…。…オレ達がガキに見えるだろうが、オレ達から見たらただのズレた老いぼれだ」
はたけカカシの右手に電流が帯びる。
「だからアンタは今ここで死にかけ、はいつくばってる」
あの手はオレの最後の心臓を貫くつもりだ。
そうなれば、確実にオレは死ぬ。
ここでオレが死ぬだと。
「だからそれをオレに言うかよ、角都ゥ!」
「角都、次、どこ行くんだ?」
ふざけるな、奴らより先に死んでたまるか。
それでも、力を振り絞っても顔を上げるのが限界だ。
動け。
動け!
「次から次へと、新しい世代が追い抜いていくのさ」
はたけカカシの手が躊躇なく振り下ろされる。
その一瞬、オレの脳裏をめぐったのは奴らの馬鹿なやりとりの数々だった。
答えろ、本当にオレは死ぬのか。
死ななければならないのか。
ボッ!!
「!?」
オレとはたけカカシの間に青い炎が出現した。
突然のことに、はたけカカシは警戒し、すぐに後ろに飛び退いた。
「なんだ!?」
袖に火が触れてしまったのか、急いで叩いて火を消す。
「角都!!」
オレに駆け寄ってきたのは、満身創痍のヨルだった。
「ヨル…!?」
「新手か…! シカマルの言っていた、コウモリ使い…」
はたけカカシがそう言ったところで、空からこの穴へ無数のコウモリの群れが降下し、はたけカカシに襲いかかる。
だが、奴を相手にそれは通じない。
はたけカカシはコウモリの群れを抜け、右手に電流を帯びた状態でヨルに突進した。
ヨルはすぐに印を結び、鬼炎を発動させ、こちらも無数のコウモリの形をした炎を飛ばした。
その火力から、相当なチャクラを使ったはずだ。
はたけカカシの動きが止まった隙に、ヨルはオレの腹に手を差し込み、歯を食いしばってオレをその小さな肩に担いだ。
「うぅぅ…っ」
胸の傷口から血が噴き出し、地面に小さな赤い水たまりをつくった。
「ムリだ…、ヨル…。体格が違う…」
「…っるせぇ…! たまには…、担がせろ…!」
口から血を溢れだしながらそう言い返し、「少し貰うぞ」とオレの横腹に噛みついた。
その時、はたけカカシが炎を抜けて迫ってきた。
瞬身の術も使えないこいつは、どうやって逃げ切るつもりだ。
ヨルは肩越しにはたけカカシを見て不敵な笑みを浮かべた。
「ズレた老いぼれがどこまでやれるか、最後まで見とけ、若造が」
すると、いきなりヨルの背中から血煙が噴き出した。
小さな黒鬼牢だ。
その隙にいくつもの分身蝙蝠を作り出した。
オレを担いだ姿を何人も背中から生み出す。
オレの分身も作り出すために血を取り込んだのか。
それから一斉に走り出した。
壁を駆けて穴から脱出し、真っ直ぐに森へと向かっていく。
「このまま…、逃げ切るつもりか…」
「任せろ。逃げるのは得意だ」
妙な自信だ。
だが、あの写輪眼から逃げ切る確率はかなり低い。
確かこいつの分身蝙蝠は、チャクラごと切り離すことができたな。
「ヨル…、急いで森へ入れ」
「?」
「生き延びる可能性を与えてやる」
「…!」
随分と昔にオレに言ったセリフを思い出したようだ。
オレは今の危機的状況にそぐわず、フッと笑みを浮かべた。
それからマスクをしていなかったことを思い出し、すぐに、少し慌てて引っ込める。
*ヨル
自分よりデカい男の体を担いだまま逃げ切るのは、予想以上に辛かった。
重傷を負ってたわりに、オレもよく逃げ切れたものだ。
いや、角都の策のおかげもある。
胸糞悪い策だったけどな。
角都が提案した策を実行してから、とにかくオレはムチャクチャに走りまくった。
どれくらいの長距離を走ったかはわからない。
気が遠くなってきたとき、森の奥にひっそりと建つ木造の廃屋を見つけた。
耳を澄まし、人がいないことを確認し、それでも用心しながら中へと入る。
薄暗く、殺風景な部屋だった。
暖炉以外はなにもない、正方形のただの小屋だ。
部屋の一番奥に角都を下ろして壁に背をもたせかけさせ、気が抜けたオレはその場に両膝と両手をついた。
「う…っ」
そのまま倒れて気持ち良く気絶したかったが、まだやることが残ってる。
とにかくまずやることは、弾む息を整え、目の前の角都を罵ることだった。
重体じゃなければ殴っているところだ。
代わりにオレは両手でコブシをつくり、床に叩きつけた。
「テメー…、バカじゃねーのか!!?」
キッと角都を睨みつけて血とツバを吐きながらそう怒鳴ると、角都は額に脂汗を浮かばせながらフッと鼻で笑い、「おかげでうまく撒けただろう」と抜かしやがった。
そんなんでオレが「ああそうだな、ありがとう」なんて言うと思ったか。
「足を1本くれてやることなかっただろ!!」
角都の右脚は、膝から下がなくなっていた。
それをオレの分身に持たせ、陽動に使ったからだ。
提案したのは角都本人だ。
森に逃げ込んでそう言いだした角都に、当然オレは反対した。
なのに、角都は自分から足を切り離してしまった。
戻せと言っても聞かず、「もう繋ぐ力は残ってない」なんて言ってオレの分身に持たせることを促した。
オレも正直、そうしなければ逃げ切れる確率は低かった。
あとは角都の地怨虞を分身に結んでバラバラに走らせた。
オレと角都の分身はほぼオリジナルと同じくらいのチャクラを持ち、写輪眼でもわかりにくいはずだ。
ましては今のオレ達は下忍以下の一般人にもやられるんじゃないかってくらい体もチャクラも弱っている。
逆に好都合だ。
「…とにかく、傷の手当てを…」
「それを貴様が言うか、ヨル」
「いいんだよ、オレは角都と違って回復は速いし」
それに、早く血の匂いを消してもらわないと、血液不足のオレがなにをしでかすかわからない。
胸の傷どころか腹の傷も未だに開いたままだ。
再生しようと活動する細胞と血液のせいで体が熱い。
「うわー…、派手にやられたね」
「!!」
はっと振り返るとゼツが部屋の中心から出てきた。
顔だけじゃなくて、珍しく全身ごとだ。
「ゼツ…!」
オレはゼツを見上げ、睨みつけた。
ゼツの顔を挟むハエトリ草は廃屋の天井まで届いている。
「アノ角都ガ、コノザマトハナ…」
角都を見下ろし、黒ゼツが言った。
オレはよろめきながらも立ち上がり、ゼツと向かい合う。
「黙れよ。オレ達が戦ってる間、ずっと見てたのか? ずっと見てただけなのか!?」
「アア。オレ達ハ、記録係ダカラナ」
「仲間だろ!!」
オレは今にもつかみかからんする勢いで怒鳴った。
だが、ゼツはなにも言い返さずにオレの右横を通過し、角都の前にしゃがんだ。
オレは振り返り、それを訝しげな顔で見下ろした。
「…おい、なにする気だ?」
手当てしてくれるものだと期待した。
だが、その期待は次の言葉で打ち砕かれる。
「食べるんだよ」
「処理ダ」
「……は?」
*クロハ
オレ様は天井からその様子を見ていた。
それに気付かれたとして傍から見れば、天井に片目がついてるように見えるだろう。
オレ様の術のひとつ、“木目連の術”だ。
オレ様の半径1キロ以内なら、木や植物に自分の目を出現させ、敵の位置や状況を知ることができる。
声は聞こえないが、読唇術の心得もあるから、口元さえ動いてるのが見えれば、大体なにを言ってるのかわかる。
オレ様の本体は、廃屋からだいぶ離れた木の枝の上で、術に集中するために印を結んだままあぐらをかいて座っていた。
術に集中している間も、頭は未だにズキズキと痛む。
ユウに突き飛ばされたからだ。
ただの突き飛ばしじゃない。
太い木が折れるくらい強く打ちつけられ、危うく死ぬところだった。
そんな目に遭わせておきながら、エラそうに「奴らの様子を見て来い」だと?
殺意が湧いたが、ユウのあの姿を見て逆に殺されると悟り、言うことを聞いてやることにした。
それにしても凄い展開だ。
せっかく助けたのに、今まさにゼツに食べられようとしている。
当然、それを黙って見過ごすヨルじゃない。
すぐに角都とゼツの間に割り込み、ゼツと向かい合った。
「なんで角都が処理されなきゃならねーんだ!? 尾獣の捕獲に失敗したからか!?」
「ソレダケジャナイ。経絡系ガ全テ断チ切ラレテイル。チャクラヲ練ルコトモママナラナイ状態ダ」
「つまり角都は2度と忍術が使えないってこと。生きてるけど、忍の角都は死んだんだよ」
「そんな…」
ヨルは愕然とした様子だ。
なのに、角都本人はそれをわかっていたのか、ショックを受けた様子はない。
ただ「そうか」と言っただけだ。
「大丈夫、仲間のよしみでちゃんと食べてあげるから…」
ゼツはそう言って、また一歩と角都に近づいた。
だが、はっと振り返ったヨルは慌てて「よせ!!」とゼツの外套の左袖をつかむ。
「邪魔ヲスルナ。コノ体デハ、モウ暁ニイルノハ無理ダ。ココデ殺シテヤッタ方ガ、角都ノタメ…」
「やめろっつってんだろ!! 勝手に決め付けんじゃねえ!!」
ヨルは再び2人の間に入り、角都を庇った。
ゼツがなにか言おうとしたところで、「オレがこいつの忍を戻す!!」と叫ぶ。
「!」
ゼツは動きを止めた。
角都も驚いた顔でヨルを見上げる。
オレ様は「まさか」と思った。
その、まさかだ。
ヨルは自分の右手のひらに噛みつき、皮膚を噛み切った。
すぐに赤い血が溢れだし、その手のひらを懐に入れ、なにかを取り出した。
見えたのは、白い欠片のようなものだった。
「ヨル…」
呟く角都の前に、ヨルはしゃがんで目線を合わせて薄笑みを向ける。
「またオレに賭けてくれるか?」
「…この賭けに勝てば…、りんご飴くらい、いくらでも買ってやる」
「それは楽しみだ」
そう笑いかけたあと、ヨルの右手が角都の腹の縫い目の中に突っ込まれた。
角都の顔が痛みで歪み、全身から駄々漏れている地怨虞が一斉に脈を打つ。
「ぉおおおおおおおおお!!」
ロウソクの灯火程度だった角都のチャクラが燃え上がるように徐々に回復していくのが目に見えた。
とんでもない回復の速さだ。
それだけじゃない。
失ったはずの右脚までが切断口から徐々に再生していく。
丁寧に、ひとつひとつの細胞が細胞を生みだしているのか。
「足が再生した!?」
ゼツもそうだが、オレ様も驚きが隠せなかった。
これが真血の力か。
オレ様も取り込んだことがあるが、まさか失った体の一部まで再生させるとは思わなかった。
駄々漏れていた地怨虞が角都の体内に戻り、右脚の再生が終わると同時に、角都はガクンと項垂れる。
「……角都」
不安げな表情をしながら、ヨルは角都に声をかける。
しかし、角都に反応はない。
もう一度ヨルの口元が「角都」と動く。
「角都、おい…、角都…。……角都? ……―――ッ角…!!」
顔を強張らせたヨルが角都の右肩に触れようと右手を伸ばしたとき、不意に上げられた角都の右手がそれをつかんだ。
「傷に障る…」
「…っ!」
たまらずヨルは角都に抱きついた。
角都はそれを引き剥がそうとせずに「おい…」と眉をひそめ、「早く…あの馬鹿を連れて来い」とぶっきらぼうに言った。
ヨルは震える声で「ああ…」と短く答え、ゆっくりと角都から離れて立ち上がる。
「待ってろよ」
そう言って、角都に背を向けて出入口へと歩き出した。
その前に、ゼツの前で立ち止まって言う。
「見ての通り、角都は忍のままだ。だから…」
「アア、暁ノ役立ツナラ処理シナイ」
「言ったな? 約束だからな。オレが飛段を迎えに行ってる間に角都に手を出したら…、血の夢見せるだけじゃ済まさねェ…。飛段だって黙ってねえぞ…!!」
そう言って朱色の瞳をギラギラとさせた。
白ゼツは「うわ、怖…」と若干仰け反り、「わかったよ」と頷く。
ヨルはその返事を信用したのか、「行ってくる」と言ってゼツの横を通過し、出入口から出て行った。
扉が閉まったのを見届けたゼツは角都に近づき、再生したばかりの右脚を見下ろす。
「マサカ、朱族ノ血ガ、コレホドノモノトハ…」
「一応、トビにも伝えた方がいいよね」
「アア、ソウダナ。角都、オマエモコノ能力ノコトヲ知ッテイタナ? ……オイ、聞イテイルノカ?」
角都は顔を伏せたまま黙っている。
黒ゼツが「ドウシタ?」と声をかけたとき、白ゼツは「あれ?」と首を傾げた。
「……ねえ、角都の息…、止まってるよ?」
.