03:優しさはいらない
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夕食を食べたあと、宿泊している部屋でヨルと飛段は「そこに座れ」と角都に言われ、言われるままに部屋の真ん中に正坐した。
飛段は胡坐をかいて座る。
ヨルは「なにかしたっけ?」と考えるが、心当たりはない。
飛段の血を飲むときも、「床にはこぼすな」と念を押されたから気をつけて飲んだ。
床には一滴もこぼしていない。
団子屋の件も叱られ済みだ。
「これに着替えろ」
角都はそう言ってヨルと飛段の前に風呂敷に包まれたものを置いた。
やけに平たい。
ヨルは飛段と顔を見合わせ、代表して包みを解いた。
包まれていたものは着物だった。
3着ある。
ひとつは真っ黒な着物、濃い緑色の着物、もうひとつは牡丹の花柄の白の着物だ。
それを確認したヨルと飛段は再び顔を見合わせ、目の前に座る角都を見上げた。
「なんだコレ?」
飛段に尋ねられ、角都は答える。
「これに着替え、祭りへ向かう。借り物だから、絶対に汚すなよ」
「祭りィ!?」
飛段は驚いて声を上げた。
「おまえが!?」という顔をしている。
「祭りって?」
ヨルが首を傾げると、角都は「行けばわかる」と言った。
「角都ってそういう行事嫌いそうなのに!」
「なにを勘違いしている。仕事だ。貴様らには、賞金稼ぎを誘い出す囮役になってもらう」
「ハァ!?」
露骨に嫌そうな顔をする飛段に構わず角都は説明する。
「この町に、人身売買の商人が潜伏している。大名の娘を攫い売買した経歴もあり、表と裏のビンゴブックでも手配中の男だ。今回、この祭りに紛れ込み、商品(人間)を物色する可能性がある」
「オレ達で釣れるのかよ?」
飛段の問いに角都は即答する。
「釣れる、おまえ達なら」
「「……………」」
どこにそんな確信があるのか。
それでも、ヨルと飛段はなにも言わなかった。
「オレは後方でおまえ達の様子を見る。おまえ達は祭りを楽しむフリをしながら、人気のない場所へ行け」
嫌だと言わせないのが角都だ。
組んで1週間も経ってないのに、ヨルはそのことを理解していた。
「ところで、この女物はァ?」
飛段が牡丹柄の白い着物をつかんで角都に尋ねる。
明らかな女物にヨルも気になっていた。
「当然、ヨルのに決まっている」
「なに!!?」
思わず声を上げてしまった。
「不服か?」
「ったりめえだあ! 誰が好き好んでこんな服…!」
そういった服を着るのが嫌だから、男物を着ている。
だが角都は知ったことかと構わず言い返した。
「どちらも男だと、獲物がかかる確率が減る」
「そいつ(飛段)に着せればいいだろ!」
言い出したヨル思わず想像してしまったが、前髪下ろせば案外悪いものではない。
しかし、本人が納得するはずもなかった。
「テメーは女だろォ! テメーが着ろォ!!」
「着るのが嫌だから男のナリしてんだろが! 気ィ遣え!!」
つかみ合いになろうとしたとき、
ゴッ!!
「「!!?」」
角都の伸ばされた、左コブシがヨルの右側頭部に、右コブシが飛段の左側頭部に直撃した。
なんてことない普通の人間だったら、頭を潰されてたかもしれない、そんな勢いだった。
「黙れ」
「だからなんで口より先に手ェ出んだよテメーはよォ!」
吹っ飛ばされた飛段は、打たれたところを押さえながら喚いた。
同じく吹っ飛ばされたヨルも、打たれたところを押さえて起き上がる。
それを見た角都はこちらに鋭い眼差しを向けた。
「“女は弱い”という言い訳をしたくないからそのナリをしているのは前に聞いた。しかし…、今回は“女は弱い”と思い込んでいる輩を誘い出すために利用しろ」
「……オレに権限はねえのかよ」
「貴様が言い訳をするような真似をしなければいいだけの話だ」
「……………」
ヨルはなにも言い返せなかった。
数時間後、角都相手にごねても仕方ないと判断したヨルと飛段は、肩を並べ、角都に指示された神社へと向かっていた。
後ろから角都がついてきているのがわかる。
「なるべく振り返るな」と指示されたので振り返らない。
「うまいこと角都に言いくるめられたなァ」
「…うるさい」
悔しいことに、その通りである。
しかし、それを口に出されると尚のこと腹が立つ。
「似合ってるぜェ、ヨルちゃん。こりゃモテモテだなァ」
「うるさい!!」
からかう飛段に腹を立てたヨルが怒鳴る、飛段は「ゲハハ」と笑った。
飛段は前髪を下ろし、黒の着物を着ていた。
緑色は角都が着ている。
ヨルから見れば、どちらもサマになっていた。
普段暁コートなので、新鮮味がある。
着替えた飛段に対し、「誰だおまえ」と思わず聞いてしまったほどだ。「テメーこそ誰だァ!?」と指をさされて喚かれた。
角都には「馬子にも衣装だな」なんて言われてしまった。
先程から通行人の視線が痛いのは気のせいだろうか、とヨルは周りを見回す。
「お、見えてきた」
飛段が指をさした方向に顔を向けると、人の出入りが激しい鳥居があった。
その鳥居をくぐった先には石段がある。
たくさんの提灯に挟まれたそれを上がると、多くの人間と屋台で賑わっていた。
屋台からは人間が好きそうな匂いが漂い、客を誘っている。
飛段を見ると、子供のように目を輝かせていたので、ヨルはわずかに驚いた。
先へと進み、ヨルは周りを見回して数々の屋台を窺った。
見たことないものがいっぱいある。
「あのふわふわとした雲のようなものはなんだ?」
飛段の袖を引っ張って聞く。
「わたあめっつって、ザラメでできた甘いモンだ」
「ザラメ!?」
ザラメは知っていた。
あれからどうやってあんなふわふわを作りだすのだろうか、と好奇心が湧く。
「それじゃあ、あの赤と黒の魚は? 食うのか?」
「金魚。食うんじゃなくて飼うモン」
「なら、あれは?」
通過する屋台を次から次に指さし、飛段に尋ねた。
飛段は「たこ焼き」「チョコバナナ」「風車」「たいやき」と単語で教えた。
ヨルはつい自分が囮役であることを忘れてしまう。
「…ぷっ」
「な…、なんだよ…」
いきなり飛段が噴き出したので、ヨルは馬鹿にされたのかと思ってムッとした。
「ゲハハッ。いやァ、な~んにも知らねえんだなって…」
「けっ。どうせ無知だよ」
「オレも、そんなカンジだった」
そっぽ向こうとしたとき、飛段がそんなことを言った。
「え?」
「別の町に角都と立ち寄ったとき、こんな祭りがあってよォ。オレも祭りとか全然知らなくてさ、そんなふうに角都に聞いてた。あまりにしつこく聞くから終いに「黙れ、殺すぞ」って言われたけどな」
そう言ってまた笑った。
角都には聞こえたのだろうかとヨルは思わず振り返った。
相変わらず、囮を見失わないように一定の距離を保ってついてきている。
聞こえたか聞こえてないかはヨルにはわからない。
口布はないのに、無表情だ。
(いつも喚いたり悪態ついたり殴られたりしてるけど、飛段は角都のこと、嫌いじゃないんだろな…)
そう思って尋ねてみる。
「おまえらって組んでどのくらいになる?」
「ん―――…、半年も経ってねえなァ…」
飛段は宙を見上げ、記憶を遡って口にする。
「最近か」
そう言うと、飛段は突然自慢げな笑みを浮かべた。
「オレってスゲーらしい。サソリから聞いたんだけどよ、最短で最長らしいぜェ」
「なにが?」
「角都に殺されて最短記録、角都と組んで最長記録」
「…はい? ……それって自慢できることなのか?」
「これもサソリから聞いたんだけどよォ、角都って相方殺しで有名だったんだとさ。キレて殺すの繰り返し」
ヨルはそれを聞いても驚かなかった。
口より手が出るのは十分理解していたからだ。
角都の怒りは殺意と同化しているに違いない。
ヨルが普通の人間だとしたら、今頃ここにはいないだろう。
「出会って組んで1日も経たないうちに、さっそく殺されてさァ」
飛段の横を通過した通行人がそれを聞いて立ち止まり、ギョッとした顔でこちらに振り返ったのが見えた。
普通なら、笑い話にならない内容を飛段はペラペラと喋る。
「首の骨潰して生きてるオレを見た角都の顔…。くく…っ」
思い出し笑いまでした。
角都に聞こえてないか心配になる。
飛段の思い出話を聞かされながら歩いて行くと、目の端に映った店の前でヨルは足を止めた。
「ん?」
それに気付いた飛段も足を止める。
「……………」
ヨルの足を止めたのは、鮮やかな赤色だった。
艶があって、屋台の明かりが反射して光っている。
まるで宝石だ。
その店の前にいた客と店主ヨルはと飛段の姿を凝視している。
だが、ヨルは気にせず、店に売られてあるものに見入っていた。
「な、なあ、アレ、アレなんだ?」
袖を引っ張って飛段に尋ねる。
「…りんご飴のことかァ? なんだ、りんご飴も知らねえのか」
「りんご?」
りんごなら知っている。
食べたことはないが、人間が食べる果実であることも、赤や青、黄色まであるらしいということも。
「ヨル、あれ欲しいのか?」
食い入るように見つめるヨルに飛段は意外そうに目を丸くしたが、「けど、金ねえぞ」と耳元で小さく続けた。
ヨルはチラリと向こうの角都の顔を窺い、「ダメ?」と口には出さずに首を傾げてみる。
「ダメだ」と角都は厳しい顔をした。
「……………」
「ま…、まあ、気にするなってェ…。オレも欲しかったけどよォ…」
飛段に肩をポンポンと軽く叩かれ、なぐさめられた。
買ってもらえなければ長居は無用。
ヨルは店を通過し、社の裏にある雑木林へと飛段とともに向かった。
数分後、ヨルは、なるほど釣りは面白い、と口笛を吹く。
人気のない雑木林へ入った途端に、さっそく獲物が釣れた。
角都の確信が現実のものとなる。
ヨルと飛段はいきなり数人の男達に襲われた。
ターゲットは単独で行動していなかった。
数はターゲット含め、たったの7人。
目立つから数人なのだろう。
2人ずつ、ヨルと飛段を押さえている。
目の前に立っているのは、ターゲットだ。
角都に見せてもらったビンゴブックの手配写真と一致する。
人を騙しやすい、人の良さそうな顔だ。
ターゲットはその場にしゃがみ、ヨルと飛段の顔を交互に見、不気味な笑みを浮かべた。
「…どっちも上玉だな。これは高く売れる…」
もう商品扱いか。
ヨルは嫌悪感を覚え、目の前の獲物を睨んだ。
「ふはっ。睨むなよ、お嬢ちゃん」
嘲笑ってヨルのアゴをつかもうとしたとき、
「ゲハハッ」
飛段が笑った。
「チッ」
舌を打ったのはヨルだった。
(オレが「お嬢ちゃん」って言われたのがそんなに面白いか)
「なにがおかしい!」
癇に障ったのか、ターゲットが飛段の右頬を殴った。
飛段は「ゲハハッ」と笑い続けている。
角都と比べたらそんなに痛くなかった。
「貴様…!」
短気なターゲットだな、とヨルは思わずにはいられなかった。
ターゲットは右手で飛段のアゴをつかみ、見下ろして睨んだ。
瞬間、ヨルは気付く。
飛段がそれを狙っていたことに。
飛段の目付きが鋭くなった。
首を振るってターゲットの手を払い、次の瞬間、身を乗り出してその手に噛みついた。
「ぎゃあ!!」
ターゲットは悲鳴を上げ、「離せ!!」と声を荒げ、再び飛段の頬を殴った。
その勢いで飛段の口からターゲットの手が離れる。
噛み切られたのか、ターゲットの手からは血が流れていた。
飛段は不敵な笑みを浮かべる。
「な、なんだ!?」
飛段を取り押さえていたうちの一人が驚きの声を上げた。
飛段の体が白黒に変色したからだ。
真っ暗な中、白色の部分が浮いて見える。
まるで、骸骨だ。
(なるほど、本来ならああなるのか)
ヨルは儀式モードの飛段を初めて見た。
飛段の見開かれた目がギョロッとヨルを見たのを合図に、ヨルは力を発動させる。
「ぎ…っ!!」
出現した左の“夢魔”が、後ろにいた部下の腹を貫いた。
それに気付いたヨルは冷ややかに言う。
「…ああ、立ち位置が悪かったな」
ヨルを押さえていたうちのもうひとりは、恐怖を覚えてヨルから離れた。
飛段を押さえていた男達も、ヨルが朱色の瞳を向けると急いで飛段から離れていく。
誰もが驚愕の表情を浮かべていた。
ヨルは背中から“夢魔”を引き抜いて構える。
飛段は懐から伸縮式の杭を取り出し、右のてらひらを自ら貫いた。
傷口から流れ出る血を足下に垂らして地面にジャシンマークを描き、その真ん中に立つ。
「すでにテメーはオレに呪われた…。これより、儀式を始める…」
静かに言うが、明らかに興奮を押さえているのが聞いてとれる。
「ヨル、テメーは儀式の邪魔する無神論者共を片付けろ」
「オレに指図すんなっての、この狂信者」
右手の“夢魔”をクルッと回し、刃先をターゲットの部下共に向ける。
「言われなくても…、こいつら全員、血の夢見せてやるからよ」
ヨルが不気味に笑みを浮かべると、前の奴らは一歩あとずさった。
「さて、どいつが美味そうかな…」
ヨルはターゲットの隣にいる、この中で一番若そうな男に目をつけた。
「な、なにしてる…、いけ! おまえら!」
ターゲットは大声で部下に命令したあと、自分だけは逃げようとこちらに背を向けた。
しかし、飛段はそれを許さない。
自分の左太ももを杭で貫いた。
それと同時に、逃げようとしたターゲットが「ぎゃぁあ!!」と悲鳴を上げてその場に転び、飛段が自分で刺したところと同じ、左太ももを両手で押さえた。
飛段と同じ傷を負っている。
「ゲハハハハ!! 次は右腕だァ!!」
そう叫び、次に自分の右腕を突き刺した。
「いでええよおお!!」
悲痛な叫びを上げるターゲット。
ヨルはなんだか哀れになってきた。
「ゲハハハハ!!」
笑い声を上げる飛段を見たヨルは、自分が特別な血でよかった、と心底思った。
そうでなければ初めて戦ったあの日、飛段のオモチャにされていただろう。
そんなことを思っていたら、クナイを持った部下がヨルに襲いかかってきた。
ヨルは素早く右手の“夢魔”で向かってくる部下の喉を躊躇なく掻き切った。
悲鳴を上げる部下の喉から鮮血が噴出する。
明るい場所なら、きっと赤い噴水がよく見られただろう。
“夢魔”に付着した血を舐めとる。
久しぶりの普通の人間の味だった。
「少し早いが…」
着物のせいで走りにくかったが、普通の人間よりは速い。
走りながら目の前の邪魔な人間2人を切り倒し、目をつけていた男の懐に飛び込んだ。
「ひ!?」
「食事だ」
恐怖の色を浮かべる部下の首筋に噛みついて牙を立たせ、ブツリと音を立てて皮膚を破って血を啜る。
「あ…っぐぅ…」
部下の手はヨルを引き剥がそうと着物を引っ張るが、ヨルが血を啜るたびにその力は失われ、終いにはダラリと力なく垂れ下がり、心臓の音と息が止まった。
わずかな時間で、致死量を吸血した。
血の気を失った亡骸はその場に崩れ、ヨルは口端から伝う血を手の甲で拭って舐めとり、他の獲物に視線を向けて笑みを浮かべる。
「次はどいつが闇で醒める?」
その声が引き金になり、部下達3人はターゲットを置いて逃げ出した。
「う…っ、うわああああ!!」
「バケモノだああああ!!」
ヨルとしてはこのまま見逃してもよかったが、もうひとりがそれを許さなかった。
突然、黒い物体がヨルの横を通過した。
明らかに人間ではない。
「!」
それは部下達の逃げ道に先回りし、動きを止めた。
距離は離れていたが、2mはある大きさだ。
黒い物体の真ん中に、見覚えのある仮面を見つけた。
嘴があり、暗くて色はわからないが目の下にラインがある。
角都の背中にあったものと同じだ。
「風遁・圧害!」
角都の声が聞こえたと同時に、仮面の口から風の塊が発射される。
それはターゲットの部下達に直撃し、吹っ飛ばした。
「!」
巻き添えになりそうになったヨルは、慌てて横に飛んだ。
地面や木に打ちつけられた部下たちはピクリとも動かなくなった。
それを見つめていると、上半身を脱いだ角都がこちらにやってきた。
「敵を逃がすな。あとが面倒だ」
「角都…」
役目を終えた“圧害”がこちらに飛んで戻ってきた。
ヨルの横に立ち、角都を見つめている。
「これ…、動くのか…」
おそるおそる触れてみた。
黒い体は“地怨虞”の塊だ。
「………へぇ…」
「?」
急に頬を赤らめたヨルに、怪訝な目を向ける角都。
「やめろ!! やめてくれぇ!!」
「!」
ヨルははっと悲鳴の方に顔を向ける。
すっかり自分のことに夢中になって忘れていた。
(まだ痛めつけてたのか、飛段の奴…)
「さっさとしろ、飛段」
角都にそう言われ、飛段は不服そうな顔をする。
「うっせーなァ。わかってるって!」
杭を振り上げ、自らの心臓を貫いた。
「か…っ」
ターゲットは胸を押さえて蹲り、息絶える。
あっという間だった。
「キモチイイ…」
そう言って恍惚の表情を浮かべた飛段は、その場に仰向けに倒れた。
「え!?」
ヨルは焦った。
不死身の飛段が死んだのかと。
「気にするな。いつもの儀式だ。…これがやたら長い…」
“圧害”を背中に戻して着物を着直した角都は、そう言ってため息をついた。
ヨルは「そうかよ…」と呆れ、背中に“夢魔”を戻す。
「……先に貴様からだな」
角都はそう言ってヨルを見下ろした。
「なに…」
角都を見上げると同時に、黒に変色したコブシがヨルの頭に振り下ろされる。
ゴッ!!!
一瞬星が見えたかと思えば、地面に突っ伏した。
「次はあいつだ」と言って、角都は飛段に顔を向ける。
(100年以上生きてきた中で、今まで誰かにこんな理不尽に殴られたことがあっただろうか…)
焼いた餅のように頭に大きなコブが膨れていくのを感じながら、ヨルはあとから聞こえた飛段の悲鳴に耳を澄ませるのであった。
角都が怒った理由は、ヨルと飛段が借り物の着物を台無しにしたことだった。
ヨルは“夢魔”を出現させた際、背中部分を破いてしまい、飛段は杭で空けたり、血や泥で汚したりしてしまった。
結局、祭りに売られているものを買うことができず、祭りは祭りでも、血祭りで楽しんで終わってしまったのだ。
宿に戻ったヨルは私服に着替えたあと、窓際に座って壁に背をもたせかけ、氷水が入った袋を頭にのせて殴られたところを冷やしていた。
角都は宿に帰る前に、殺したてのターゲットの死体を換金所に持って行った。
「まだ痛い…。絶対頭凹んでる」
畳の上に寝転んでいる飛段を睨む。
角都だと思いこまなければやってられない。
「むしろ、凸になってるぜェ」
つまり、大きなコブができている。
「頑丈じゃなきゃ、死んでるってコレ…」
腕を硬化させてまで殴ることないだろうに、とぼやく。
ヨルが殴られたあと、飛段も殺す気で殴られていたが、やはり不死身は死ななかった。
頭を殴られたことより、儀式を邪魔されたことに怒っている様子だ。
「はぁ…。せっかく囮役になってやったってのに…」
ヨルは窓際に頬杖をつき、宿の前を通過する人間達を見下ろす。
「だよなァ、感謝してほしいよなァ」
飛段もそうぼやいた。
ヨルは飛段に振り返り、愚痴をこぼす。
「殴られたこともそうだが、オレが一番ムカついてるのは、“圧害”使ってオレごと吹っ飛ばそうとしたことだ」
避けなかったらヨルまでやられてた。
「ゲハハッ。心臓を使った攻撃は範囲が広いからな、いちいち気なんて遣ってられねえよ。オレは死なないから、気にする必要ねえしィ」
「…「背中を守ってやる」って言うタイプでもねえしな…」
角都も飛段も。
「言ってほしいわけェ?」
寝返りを打った飛段がこちらを見つめる。
からかうようなニヤニヤ顔だ。
ヨルは首を横に振る。
「言ってくれない方がいい。裏表がはっきりしてるし」
そしてヨルは、「あ、そうか」と妙に納得して小さな笑みを浮かべた。
「オレからすれば付きやすいタイプだ、おまえら不死コンビは…」
「ゲハッ! 二股はいけねえなァ、ヨルちゃんよォ」
「そういう意味じゃねえよ!!」
そこで我ながら恥ずかしいセリフを吐いてしまったことに気付き、すぐに否定した。
「どこまでもうるさい奴らだ」
襖の向こうから声が聞こえ、角都が襖を開けて入ってきた。
着物を返してきた様子で、いつもの服装だ。
頭巾と口布と暁コートの姿で戻ってきた。
「おー、角都おかえりィ。今、ヨルの奴がなァ…」
ニヤニヤとした飛段の顔を見たヨルは、すぐにその口を止めに入った。
「だからぁ、そういう意味じゃねえって!」
「黙れ」
角都はそう言ったあと、袖を探ってなにかを取り出し、ヨルと飛段の顔の前に突きつけた。
「「!」」
角都が取り出したのは、2本のりんご飴だった。
ヨルと飛段は目を丸くする。
「どうした、いらないのか?」
ヨルと飛段は顔を見合わせ、目の前に突き付けられたりんご飴を手に取った。
明かりに照らすと、とても綺麗だ。
こんな時はなんて言えば、とヨルは思い出しながら口にする。
「あ…、あり…が…とう…、角都」
「礼は言えるようだな」
「…オレの分までいいのか?」
手に持ったりんご飴を見つめながら飛段が尋ねた。
「ヤキモチを妬かれても鬱陶しいからな」
「や…っ、妬くかよォ!」
喚く飛段を無視し、角都は暁コートを脱いで寝る支度を始める。
ヨルはりんご飴に被された透明な袋を取り、じっと見つめたり、光に当てたりしたあと、舐めてみた。
血よりは甘くないが、嫌いな味ではなかった。
食欲がなくても、見て楽しむことができる。
窓の向こうから大砲の音が聞こえ、目を向けた。
真っ暗な夜空に大きな花が咲いたのを見た。
ヨルは2人の名を呼ぶ。
「角都、飛段、アレはなんだ?」
.To be continued