33:意味ある時間
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*ヨル
木漏れ日の眩しい光を浴び、オレはゆっくりと目を覚ました。
下を見ると地面が遠く、木の枝にまたがっていると気付く。
ここに落ちたあと、気絶していたようだ。
「…ぅ…っ」
まだ傷は癒えていない。
体を起こすと痛みが全身を駆け抜けた。
増血剤で少しでも血を摂取して回復能力を促進させようとしたが、懐から出した小さな袋に入ってたのは、たったの5粒だった。
2粒だけ噛み砕いたあと、腹が立ってカラの袋を地面に投げ捨てる。
「チッ」
黒鬼牢を発動させて闇の中でユウを始末しようとした。
あいつの目は闇に弱い。
だがそれは昔の話だった。
ユウは風遁を発動させ、黒鬼牢を突風で吹き飛ばした。
互いの存在も能力も相性が最悪だったということだ。
「みーつけた」という言葉とともに背後に回られ、背中を切りつけられてしまった。
そのあと、紅羽乱舞や風遁を使って攻撃を仕掛けられ、闇夜が訪れた頃に風遁で吹き飛ばされ、今に至る。
角都と飛段が飛んでる間、あまり睡眠をとらなかったから、気絶の時間が余計に長かったようだ。
気絶してる間、よく見つからなかったものだ。
その時オレは最悪の展開を考えた。
オレが気絶したのを見届けてから角都と飛段のところに行っていたらどうする。
だが、探知蝙蝠を通じて感じ取ったところ、今のところ2人は無事のようだ。
それどころか、戻ってきたのか移動している。
一応、オレの書き置き通り、先に向かってくれているようだ。
あれからだいぶ日も経ってるし、2人の向かう先はおそらく木ノ葉の里だろう。
賞金首も尾獣もそこにいるかもしれない。
「…早く2人に追いつかねえとなぁ」
戻ったら色々言われるかもしれない。
そう考えたとき、真上から葉と葉が擦れ合う音が聞こえ、はっと見上げると、両手の鉤爪を突き出したままのユウがこちらに落下してきた。
「おはよう、ヨル」
オレはすぐに下へ飛び下りた。
さっきまでいた木の枝が粉々に粉砕される。
「いつまで経っても起きないから、てっきり死んだかと思った」
そう言いながら、ユウはオレの向かい側に舞い降りた。
「…ずっと、見てたのか?」
「ずっとじゃないよ。ボクは夜行性じゃないから、ヨルが気を失ってる間、寝てた」
「ふざけんな!!」
完全にオレはナメられている。
ユウは「ククッ」と笑った。
「ふざけてるのはどっちさ、ヨル。そろそろマジで来ないと…」
ユウは今装着している鉤爪つきの籠手を捨て、懐から巻物を取り出して宙で広げて口寄せし、白色の鉤爪つきの籠手を出現させて取りつけた。
「死ぬよ?」
「……………」
あの鉤爪は初めて見る。
なにがあるのかわからないが、口元だけ笑みを浮かべたユウの目が真剣だ。
いきなりなにを仕掛けてくるかと思えば、狂翼をはばたかせて宙へ飛び、紅羽乱舞を発動させ、オレに向けて羽根の雨を降らせた。
オレは夢魔を引き抜き、両手のそれで弾き飛ばす。
何本か体に刺さったが、体内の血を操って羽根を押し上げた。
それでも数量の血が奪われてしまう。
オレはキッと宙を飛びまわるユウを睨みつけ、両手の夢魔を投げつけた。
「あはは! はっずれ~」
それでもオレは移動しながら、背中の夢魔を引き抜いては投げつけた。
それらはすべてユウに当たらず、木や地面に突き刺さる。
「血の無駄遣いだって」
ユウはそう嘲笑って急速にこちらに飛んできた。
オレは夢魔を投げようとした手を止め、ユウの鉤爪に備えた。
バキン!
「!!」
互いの右手の武器が打ち合った瞬間、オレの夢魔の刃が粉々に砕けた。
「ボクはヨルやヒルみたいに、体の一部から武器を取り出すことができないからね。そりゃ、より頑丈な武器を使うよ」
左手の鉤爪がオレの左横腹に突き刺さる。
「ぁぐ…!」
そのまま地面に倒された。
「ぐ…ぅっ」
左横腹の傷口を鉤爪でぐりぐりと広げられる。
「そんなにボクに殺されてほしい?」
ユウはクスクスと笑いながらオレに顔を近づける。
「オレが寝てる時といい、遊んでんじゃねーぞ! 殺るならさっさと殺れるだろーが! わかってんのか? オレ達がやってるのは殺し合いってこと…」
「いやさ、「殺す」とか「死ぬ」とか言ってるけど、ボク達がやってるの、実はただの時間稼ぎだったら?」
一瞬、頭の中が真っ白になる。
「……なんの…」
「「なんのために?」。…ヨルの大事なものを取り上げるために決まってるじゃん」
オレの脳裏に角都と飛段の顔がよぎった。
ユウは面白がって、「ソレ」とオレの額に人差し指をさす。
「そう、今、頭に浮かんだ、ソレ」
途端、カッと顔が熱くなり、土を握りしめた。
「ユウ…!!」
「木ノ葉の奴らも、復讐するために動き出したよ。あのサソリを殺ったんだから…、あいつらも…」
オレは「はっ」と馬鹿にするように小さく笑った。
「でかい口叩いたわりに、他人任せかよ。おまえもわかってないな、あの不死コンビだぞ」
「けど、無敵じゃない…。それはヨルもわかってるはずだよ。この2年で」
「……………」
オレの口元から笑みが消え失せる。
この女の顔に貼りついた自信のある笑みはなんだろうか。
嫌な胸騒ぎがした。
「!!」
探知蝙蝠が教えてくれる。
「あいつらが攻撃を受けた」と。
瞬間、オレは手につかんだ土を、ユウの顔面にかけた。
*ユウ
ヨルが朱族として目覚めてすぐの頃だったろうか。
今でも、思い出すだけで笑いが込み上げてくる。
夕暮れ時、ヨルがひとりで里の近くの木の下で涼んでいた時だった。
なにをするでもなく、ただそこに座っているだけのヨルにボクは声をかけた。
「ヨル…」
ヨルはゆっくりと顔を上げてボクを見上げた。
その目をボクは今でも覚えてる。
生きているのか、死んでいるのか、相手にも自分にもわからないだろう、そういう目だった。
「ヨル、鬼ごっこしようよ」
気に入らない目。
まだガキのくせに。
「でも…、もうすぐ天空のところに戻らないと…」
ボクの顔をじっと見つめたヨルは、ふいと目を逸らしてそう言った。
「じゃあ、父親のところまで逃げ切ったらヨルの勝ち。ボク、鬼ごっこ苦手だから、負けるかもしれないけど…」
ボクはニィッと笑みを浮かべた。
「うっ…」
土をかけられたあと、目を閉じた隙に頭をつかまれ、地面に叩きつけられた。
「どけ」
「ぐ!」
チカッと目の前に星が飛んだ。
ヨルはボクをどけたあと、ボクに目もくれずに走りだす。
行く先は、奴らのところか。
ボクは仰向けのまま「ククク…」と笑った。
「鬼ごっこ? ねえ、鬼ごっこしてくれるの? ボクが鬼ごっこ苦手なの、ヨルも知ってるでしょ?」
ゆっくりと体を起こして立ち上がり、徐々に遠く小さくなるヨルの背中を見つめた。
あの時のカワイイ背中とは重ならない。
あんなに速く、必死じゃなかったから。
ボクは狂翼を生やして鉤爪を構え、ヨルを追いかけた。
「やっぱ苦手! 鬼ごっこ苦手! すぐに捕まえてあげられないから!」
*ヨル
満身創痍になりながらも、オレはとにかく走った。
ユウに追いつかれるたび、わざと浅い傷をつけられる。
「くっ」
右足を切りつけられ、よろめいてその場に倒れた。
ユウはすぐ傍に舞い降り、オレの頭を踏みつける。
「終わり? どうせタッチしても、ヨルは鬼にならないクセに」
「…っ」
オレは背中の夢魔を生やしたが、すぐにユウは後ろに軽くとんで避ける。
足がどけられ、オレは重い体を起こした。
その姿に、なにか気に入らないところがあったのだろう、ユウは苛立ちの顔を見せ、急に怒鳴りだした。
「うざいうざい! やっぱうざい! ヨルはうざい! 大人しく地面に這いつくばってれば痛い目見ずに済むってわかってるのになんで立つわけ!? あの2人が死ぬのがそんなに怖い!? ボク達とは別物のあの2人といつまでも一緒にいられると思ってんの!?」
確かにオレ達の血が混じってるが、あいつらはオレ達とは別物だ。
それはわかってる。
けど、ずっと一緒にいるかいないかなんて、疑ったことは一度もない。
「いつまでも一緒だ」
オレは断言してやる。
ユウは息を整え、顔を伏せた。
「……楽しそうだったよね…。…ボクは里を出てヒルと別れたあと…、アサと再会するまでずっと研究所にいたよ」
「研究所? …捕まったのか?」
「捕まったというより、助けられた。まあ、体を何度もいじられたし、実験みたいなことやらされたけど…」
ユウはゆっくりと顔を上げた。
その顔を見たオレは思わずぎょっとする。
「ボクが痛い思いをしてる間、遊んでたヨルとは違う。ヨルだけ幸せに過ごせると思うな」
憎悪。
そんな目だ。
「逆恨みしてんじゃねーよ。それに、オレだってこの2年、遊んでたわけじゃない」
「やっぱ強がり。ヨルは強がりだ」
「強がり? …大昔のオレよりはいいさ」
ユウとヒルに罵倒され、暴力を振るわれ、ずっとうずくまってたオレを思い出した。
そういえば、昔のオレは、強がろうともしなかったな。
*ユウ
ヨルは1粒の増血剤を噛み砕いた。
ボクはもう一度ヨルの目を見る。
昔は曖昧な色で濁ってたあの目が、今ははっきりと透き通った色を持っている。
生きている。
そんな目だ。
「どう強がろうが、ボクのスピードにはついてこれないさ」
ヨルは黙ったまま、背中から夢魔を引き抜いた。
自棄になってる様子もない。
「この、わからずや」
ボクが動き出そうとした時だ。
いきなり、視界が黒で覆われた。
「う!?」
匂いからして血だ。
血が降ってきた。
「な…!?」
急いで目を手の甲で拭って視界を取り戻したが、同時に体に痛みを覚えた。
右横腹と左肩に夢魔が突き刺さったからだ。
「っ!」
ボクは夢魔を引き抜いて投げ捨て、腹の傷口を押さえつけ、目の前で不敵な笑みを浮かべてるヨルを睨みつける。
「どうして…」
おそらく、ボクのすぐ後ろの木に、いつの間にか刺した夢魔を液化させてボクの上に降らせ、視界を一瞬だけ奪った。
その隙に両手の夢魔を投げたのか。
けど、いつ用意したのか。
ヨルは少し距離を置いて離れていたはずだ。
ボクが訝しげな顔をしてる理由がわかったのか、目の前のヨルは答える。
「この辺りに見覚えはねえか?」
「!?」
はっと辺りを見回してみると、木や地面にいくつもの夢魔が刺さってる。
さっき戦った場所じゃないか。
「逃げたんじゃなかったのか…」
逃げると見せかけて、この場所にボクを誘導したのか。
「あいつらのところに行くには、まず、邪魔なてめーを片付けてからだ」
まんまと引っかかってしまったことに、ボクは自分自身への怒りで顔を真っ赤にさせた。
「やってくれるじゃん…、ヨル…! けどさ、一発芸だけじゃ、つまんないよ!」
「…っ」
狂翼をはばたかせ、勢いをつけてヨルに突進した。
夢魔を生やす前に仕留めてやる。
右の鉤爪がヨルの左胸に突き刺さり、背後の木に磔(はりつけ)にした。
だが、ヨルは笑みを浮かべたままだ。
「ハズレだ」
瞬間、ヨルの体が液化した。
「!!」
分身蝙蝠。
ボクの視界を一瞬奪って夢魔を投げたあと、すぐに分身蝙蝠で入れ替わったのか。
「く!」
右の鉤爪が木から抜けない。
これを狙っていたのか。
振り返ると、10人のヨルが出てきた。全員丸腰だ。
分身蝙蝠は夢魔みたいな重いものが持てないから。
その光景を見たボクは失笑する。
「またこの手? こうやって分身を作った隙に逃げるか不意打ちするの?」
ボクは辺りを見回す。
やっぱり場所が悪いな。
茂みならともかく、木の背後に上手く隠れられると難しい。
それにあいつには闇染もある。
分身達が動き出した。
仕方なく、ボクは右手の鉤爪を外した。
また液化してボクの視界を奪う気か。
同じ手は2度と食わない。
「まずはひとり!」
鉤爪を横に振るい、まずは先頭の分身の首を切り裂き、血に戻した。
顔にかかりそうになる血を避ける。
「2人! 3人!」
続いて、2人目は右肩を切り裂き、3人目は右足を飛ばした。
「ほらほら分身がなくな…」
4人目に鉤爪を振るったとき、4人目がさっと身を屈めて避け、すぐ傍の地面に突き刺さった夢魔を引き抜いた。
「え?」と思った時には、左手を刃先で貫かれていた。
「な…に!?」
途端にアゴに衝撃が走る。
見事なアッパーカットだった。
丸腰で分身の中に紛れているなんて。
さっきの戦いで木や地面に夢魔を投げつけたのは、外したわけじゃなくてセットするためだったのか。
昔のヨルなら、そんな戦い方しなかった。
昔のヨルなら、逃げるだけだった。
昔のヨルなら。
昔のヨルなら。
昔のヨルなら。
「ぅあああああ!!」
「!!」
手放しかけた意識をつかみとり、夢魔から左手を引き抜き、右手で左手首をつかんで鉤爪を振るい、ヨルの胸の中心を貫いた。
ヨルが手に持っている夢魔が液化すると、次々と木や地面に突き刺さった夢魔も血に戻っていった。
「…っ、ごほ…っ」
心臓は外したようだ。
立ったままのヨルの口から吐き出された血がボクの左手にかかる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…、くく…っ、汚い血…!」
「ふ…っ、くくく…」
なのに、ヨルは上を見上げて笑ってた。
「なにがおかしい!?」
「いや…、なに怖がってんのかと思って…」
「怖がる? ボクが?」
だが、確かにボクの手は震えていた。
自分の意思ではおさまらない。
「久しぶりに見たな、おまえの怯える顔…。確か…、オレが最後に見たのは…、鬼ごっこに誘ってきた時以来か」
「!!」
あの時、ヨルがボクの顔をじっと見つめていたことを思い出す。
まさか、あの時のボクは、怯えた顔をしていたのか。
「オレが怖いんだろ? ユウ」
「違う!!」
ボクはさらに深く突き刺した。
「が…っ」
血を吐きながらも、ヨルは確かに薄笑みを浮かべた。
「…ったく、これは…奥の手だったってのに…」
そう言うと、いきなり背中から夢魔を生やした。
「往生際の悪い…、!?」
ヨルの胸から鉤爪を引き抜こうとしたが、背中から生えた夢魔に引っかかって抜けない。
「そんな…!」
思わず悲鳴のような声を上げてしまう。
「オレはいい。…だが…、あいつらを…」
「ひ…っ」
「巻き込むなァ!!」
ゴッ!!
ボクの顔にヨルの渾身のコブシが叩きこまれた。
.
木漏れ日の眩しい光を浴び、オレはゆっくりと目を覚ました。
下を見ると地面が遠く、木の枝にまたがっていると気付く。
ここに落ちたあと、気絶していたようだ。
「…ぅ…っ」
まだ傷は癒えていない。
体を起こすと痛みが全身を駆け抜けた。
増血剤で少しでも血を摂取して回復能力を促進させようとしたが、懐から出した小さな袋に入ってたのは、たったの5粒だった。
2粒だけ噛み砕いたあと、腹が立ってカラの袋を地面に投げ捨てる。
「チッ」
黒鬼牢を発動させて闇の中でユウを始末しようとした。
あいつの目は闇に弱い。
だがそれは昔の話だった。
ユウは風遁を発動させ、黒鬼牢を突風で吹き飛ばした。
互いの存在も能力も相性が最悪だったということだ。
「みーつけた」という言葉とともに背後に回られ、背中を切りつけられてしまった。
そのあと、紅羽乱舞や風遁を使って攻撃を仕掛けられ、闇夜が訪れた頃に風遁で吹き飛ばされ、今に至る。
角都と飛段が飛んでる間、あまり睡眠をとらなかったから、気絶の時間が余計に長かったようだ。
気絶してる間、よく見つからなかったものだ。
その時オレは最悪の展開を考えた。
オレが気絶したのを見届けてから角都と飛段のところに行っていたらどうする。
だが、探知蝙蝠を通じて感じ取ったところ、今のところ2人は無事のようだ。
それどころか、戻ってきたのか移動している。
一応、オレの書き置き通り、先に向かってくれているようだ。
あれからだいぶ日も経ってるし、2人の向かう先はおそらく木ノ葉の里だろう。
賞金首も尾獣もそこにいるかもしれない。
「…早く2人に追いつかねえとなぁ」
戻ったら色々言われるかもしれない。
そう考えたとき、真上から葉と葉が擦れ合う音が聞こえ、はっと見上げると、両手の鉤爪を突き出したままのユウがこちらに落下してきた。
「おはよう、ヨル」
オレはすぐに下へ飛び下りた。
さっきまでいた木の枝が粉々に粉砕される。
「いつまで経っても起きないから、てっきり死んだかと思った」
そう言いながら、ユウはオレの向かい側に舞い降りた。
「…ずっと、見てたのか?」
「ずっとじゃないよ。ボクは夜行性じゃないから、ヨルが気を失ってる間、寝てた」
「ふざけんな!!」
完全にオレはナメられている。
ユウは「ククッ」と笑った。
「ふざけてるのはどっちさ、ヨル。そろそろマジで来ないと…」
ユウは今装着している鉤爪つきの籠手を捨て、懐から巻物を取り出して宙で広げて口寄せし、白色の鉤爪つきの籠手を出現させて取りつけた。
「死ぬよ?」
「……………」
あの鉤爪は初めて見る。
なにがあるのかわからないが、口元だけ笑みを浮かべたユウの目が真剣だ。
いきなりなにを仕掛けてくるかと思えば、狂翼をはばたかせて宙へ飛び、紅羽乱舞を発動させ、オレに向けて羽根の雨を降らせた。
オレは夢魔を引き抜き、両手のそれで弾き飛ばす。
何本か体に刺さったが、体内の血を操って羽根を押し上げた。
それでも数量の血が奪われてしまう。
オレはキッと宙を飛びまわるユウを睨みつけ、両手の夢魔を投げつけた。
「あはは! はっずれ~」
それでもオレは移動しながら、背中の夢魔を引き抜いては投げつけた。
それらはすべてユウに当たらず、木や地面に突き刺さる。
「血の無駄遣いだって」
ユウはそう嘲笑って急速にこちらに飛んできた。
オレは夢魔を投げようとした手を止め、ユウの鉤爪に備えた。
バキン!
「!!」
互いの右手の武器が打ち合った瞬間、オレの夢魔の刃が粉々に砕けた。
「ボクはヨルやヒルみたいに、体の一部から武器を取り出すことができないからね。そりゃ、より頑丈な武器を使うよ」
左手の鉤爪がオレの左横腹に突き刺さる。
「ぁぐ…!」
そのまま地面に倒された。
「ぐ…ぅっ」
左横腹の傷口を鉤爪でぐりぐりと広げられる。
「そんなにボクに殺されてほしい?」
ユウはクスクスと笑いながらオレに顔を近づける。
「オレが寝てる時といい、遊んでんじゃねーぞ! 殺るならさっさと殺れるだろーが! わかってんのか? オレ達がやってるのは殺し合いってこと…」
「いやさ、「殺す」とか「死ぬ」とか言ってるけど、ボク達がやってるの、実はただの時間稼ぎだったら?」
一瞬、頭の中が真っ白になる。
「……なんの…」
「「なんのために?」。…ヨルの大事なものを取り上げるために決まってるじゃん」
オレの脳裏に角都と飛段の顔がよぎった。
ユウは面白がって、「ソレ」とオレの額に人差し指をさす。
「そう、今、頭に浮かんだ、ソレ」
途端、カッと顔が熱くなり、土を握りしめた。
「ユウ…!!」
「木ノ葉の奴らも、復讐するために動き出したよ。あのサソリを殺ったんだから…、あいつらも…」
オレは「はっ」と馬鹿にするように小さく笑った。
「でかい口叩いたわりに、他人任せかよ。おまえもわかってないな、あの不死コンビだぞ」
「けど、無敵じゃない…。それはヨルもわかってるはずだよ。この2年で」
「……………」
オレの口元から笑みが消え失せる。
この女の顔に貼りついた自信のある笑みはなんだろうか。
嫌な胸騒ぎがした。
「!!」
探知蝙蝠が教えてくれる。
「あいつらが攻撃を受けた」と。
瞬間、オレは手につかんだ土を、ユウの顔面にかけた。
*ユウ
ヨルが朱族として目覚めてすぐの頃だったろうか。
今でも、思い出すだけで笑いが込み上げてくる。
夕暮れ時、ヨルがひとりで里の近くの木の下で涼んでいた時だった。
なにをするでもなく、ただそこに座っているだけのヨルにボクは声をかけた。
「ヨル…」
ヨルはゆっくりと顔を上げてボクを見上げた。
その目をボクは今でも覚えてる。
生きているのか、死んでいるのか、相手にも自分にもわからないだろう、そういう目だった。
「ヨル、鬼ごっこしようよ」
気に入らない目。
まだガキのくせに。
「でも…、もうすぐ天空のところに戻らないと…」
ボクの顔をじっと見つめたヨルは、ふいと目を逸らしてそう言った。
「じゃあ、父親のところまで逃げ切ったらヨルの勝ち。ボク、鬼ごっこ苦手だから、負けるかもしれないけど…」
ボクはニィッと笑みを浮かべた。
「うっ…」
土をかけられたあと、目を閉じた隙に頭をつかまれ、地面に叩きつけられた。
「どけ」
「ぐ!」
チカッと目の前に星が飛んだ。
ヨルはボクをどけたあと、ボクに目もくれずに走りだす。
行く先は、奴らのところか。
ボクは仰向けのまま「ククク…」と笑った。
「鬼ごっこ? ねえ、鬼ごっこしてくれるの? ボクが鬼ごっこ苦手なの、ヨルも知ってるでしょ?」
ゆっくりと体を起こして立ち上がり、徐々に遠く小さくなるヨルの背中を見つめた。
あの時のカワイイ背中とは重ならない。
あんなに速く、必死じゃなかったから。
ボクは狂翼を生やして鉤爪を構え、ヨルを追いかけた。
「やっぱ苦手! 鬼ごっこ苦手! すぐに捕まえてあげられないから!」
*ヨル
満身創痍になりながらも、オレはとにかく走った。
ユウに追いつかれるたび、わざと浅い傷をつけられる。
「くっ」
右足を切りつけられ、よろめいてその場に倒れた。
ユウはすぐ傍に舞い降り、オレの頭を踏みつける。
「終わり? どうせタッチしても、ヨルは鬼にならないクセに」
「…っ」
オレは背中の夢魔を生やしたが、すぐにユウは後ろに軽くとんで避ける。
足がどけられ、オレは重い体を起こした。
その姿に、なにか気に入らないところがあったのだろう、ユウは苛立ちの顔を見せ、急に怒鳴りだした。
「うざいうざい! やっぱうざい! ヨルはうざい! 大人しく地面に這いつくばってれば痛い目見ずに済むってわかってるのになんで立つわけ!? あの2人が死ぬのがそんなに怖い!? ボク達とは別物のあの2人といつまでも一緒にいられると思ってんの!?」
確かにオレ達の血が混じってるが、あいつらはオレ達とは別物だ。
それはわかってる。
けど、ずっと一緒にいるかいないかなんて、疑ったことは一度もない。
「いつまでも一緒だ」
オレは断言してやる。
ユウは息を整え、顔を伏せた。
「……楽しそうだったよね…。…ボクは里を出てヒルと別れたあと…、アサと再会するまでずっと研究所にいたよ」
「研究所? …捕まったのか?」
「捕まったというより、助けられた。まあ、体を何度もいじられたし、実験みたいなことやらされたけど…」
ユウはゆっくりと顔を上げた。
その顔を見たオレは思わずぎょっとする。
「ボクが痛い思いをしてる間、遊んでたヨルとは違う。ヨルだけ幸せに過ごせると思うな」
憎悪。
そんな目だ。
「逆恨みしてんじゃねーよ。それに、オレだってこの2年、遊んでたわけじゃない」
「やっぱ強がり。ヨルは強がりだ」
「強がり? …大昔のオレよりはいいさ」
ユウとヒルに罵倒され、暴力を振るわれ、ずっとうずくまってたオレを思い出した。
そういえば、昔のオレは、強がろうともしなかったな。
*ユウ
ヨルは1粒の増血剤を噛み砕いた。
ボクはもう一度ヨルの目を見る。
昔は曖昧な色で濁ってたあの目が、今ははっきりと透き通った色を持っている。
生きている。
そんな目だ。
「どう強がろうが、ボクのスピードにはついてこれないさ」
ヨルは黙ったまま、背中から夢魔を引き抜いた。
自棄になってる様子もない。
「この、わからずや」
ボクが動き出そうとした時だ。
いきなり、視界が黒で覆われた。
「う!?」
匂いからして血だ。
血が降ってきた。
「な…!?」
急いで目を手の甲で拭って視界を取り戻したが、同時に体に痛みを覚えた。
右横腹と左肩に夢魔が突き刺さったからだ。
「っ!」
ボクは夢魔を引き抜いて投げ捨て、腹の傷口を押さえつけ、目の前で不敵な笑みを浮かべてるヨルを睨みつける。
「どうして…」
おそらく、ボクのすぐ後ろの木に、いつの間にか刺した夢魔を液化させてボクの上に降らせ、視界を一瞬だけ奪った。
その隙に両手の夢魔を投げたのか。
けど、いつ用意したのか。
ヨルは少し距離を置いて離れていたはずだ。
ボクが訝しげな顔をしてる理由がわかったのか、目の前のヨルは答える。
「この辺りに見覚えはねえか?」
「!?」
はっと辺りを見回してみると、木や地面にいくつもの夢魔が刺さってる。
さっき戦った場所じゃないか。
「逃げたんじゃなかったのか…」
逃げると見せかけて、この場所にボクを誘導したのか。
「あいつらのところに行くには、まず、邪魔なてめーを片付けてからだ」
まんまと引っかかってしまったことに、ボクは自分自身への怒りで顔を真っ赤にさせた。
「やってくれるじゃん…、ヨル…! けどさ、一発芸だけじゃ、つまんないよ!」
「…っ」
狂翼をはばたかせ、勢いをつけてヨルに突進した。
夢魔を生やす前に仕留めてやる。
右の鉤爪がヨルの左胸に突き刺さり、背後の木に磔(はりつけ)にした。
だが、ヨルは笑みを浮かべたままだ。
「ハズレだ」
瞬間、ヨルの体が液化した。
「!!」
分身蝙蝠。
ボクの視界を一瞬奪って夢魔を投げたあと、すぐに分身蝙蝠で入れ替わったのか。
「く!」
右の鉤爪が木から抜けない。
これを狙っていたのか。
振り返ると、10人のヨルが出てきた。全員丸腰だ。
分身蝙蝠は夢魔みたいな重いものが持てないから。
その光景を見たボクは失笑する。
「またこの手? こうやって分身を作った隙に逃げるか不意打ちするの?」
ボクは辺りを見回す。
やっぱり場所が悪いな。
茂みならともかく、木の背後に上手く隠れられると難しい。
それにあいつには闇染もある。
分身達が動き出した。
仕方なく、ボクは右手の鉤爪を外した。
また液化してボクの視界を奪う気か。
同じ手は2度と食わない。
「まずはひとり!」
鉤爪を横に振るい、まずは先頭の分身の首を切り裂き、血に戻した。
顔にかかりそうになる血を避ける。
「2人! 3人!」
続いて、2人目は右肩を切り裂き、3人目は右足を飛ばした。
「ほらほら分身がなくな…」
4人目に鉤爪を振るったとき、4人目がさっと身を屈めて避け、すぐ傍の地面に突き刺さった夢魔を引き抜いた。
「え?」と思った時には、左手を刃先で貫かれていた。
「な…に!?」
途端にアゴに衝撃が走る。
見事なアッパーカットだった。
丸腰で分身の中に紛れているなんて。
さっきの戦いで木や地面に夢魔を投げつけたのは、外したわけじゃなくてセットするためだったのか。
昔のヨルなら、そんな戦い方しなかった。
昔のヨルなら、逃げるだけだった。
昔のヨルなら。
昔のヨルなら。
昔のヨルなら。
「ぅあああああ!!」
「!!」
手放しかけた意識をつかみとり、夢魔から左手を引き抜き、右手で左手首をつかんで鉤爪を振るい、ヨルの胸の中心を貫いた。
ヨルが手に持っている夢魔が液化すると、次々と木や地面に突き刺さった夢魔も血に戻っていった。
「…っ、ごほ…っ」
心臓は外したようだ。
立ったままのヨルの口から吐き出された血がボクの左手にかかる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…、くく…っ、汚い血…!」
「ふ…っ、くくく…」
なのに、ヨルは上を見上げて笑ってた。
「なにがおかしい!?」
「いや…、なに怖がってんのかと思って…」
「怖がる? ボクが?」
だが、確かにボクの手は震えていた。
自分の意思ではおさまらない。
「久しぶりに見たな、おまえの怯える顔…。確か…、オレが最後に見たのは…、鬼ごっこに誘ってきた時以来か」
「!!」
あの時、ヨルがボクの顔をじっと見つめていたことを思い出す。
まさか、あの時のボクは、怯えた顔をしていたのか。
「オレが怖いんだろ? ユウ」
「違う!!」
ボクはさらに深く突き刺した。
「が…っ」
血を吐きながらも、ヨルは確かに薄笑みを浮かべた。
「…ったく、これは…奥の手だったってのに…」
そう言うと、いきなり背中から夢魔を生やした。
「往生際の悪い…、!?」
ヨルの胸から鉤爪を引き抜こうとしたが、背中から生えた夢魔に引っかかって抜けない。
「そんな…!」
思わず悲鳴のような声を上げてしまう。
「オレはいい。…だが…、あいつらを…」
「ひ…っ」
「巻き込むなァ!!」
ゴッ!!
ボクの顔にヨルの渾身のコブシが叩きこまれた。
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