30:猫と鬼ごっこ
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*クロハ
ドクン…
夕日が完全に沈んだ頃、壁際に立てかけられてある“咲”がまた脈を打ったようだ。
何度感じても、気味が悪い。
バケモノと一緒の部屋にいるようだ。
それでも、その長刀はアサにとっては重要なものだ。
ユウはもちろん、オレ様とアゲハも触れることを禁止されている。
強い忍の生き血ばかりをその長刀に啜らせて、なにをしようとしているのかはオレ達にもわからない。
対局している2人はそのことに気付いているのかいないのか、さっきから黙ったまま打っている。
「王手」
またアサが詰んだ。
ユウにはもう成す術がない。
「あーあ…、またボクの負け?」
これで何局目になるのか。
将棋のルールが今ひとつわかっていないオレは、なぜアサが勝ったのかさえ理解できていない。
ユウは盤を見下ろし、決め手となった駒を睨んだ。
アサは薄笑みを浮かべて言う。
「飛車・角行に頼りすぎじゃ。簡単に使ってしまえばすぐに万策尽きてしまう。あと、当たり前のことかも知れんが、とられてなるものかと必死さが伝わってくる。時には使い捨ての駒も必要じゃ。自分の歩が邪魔で他の駒も進めん」
ユウの駒はほとんど弱い駒しか残されていなかった。
駒を見下ろしていたユウは急にニヤリと笑みを浮かべ、アサの顔を覗き見る。
「ねえ、ヨルならどうすると思う? ボクと同じようなこと、すると思う?」
そう言って、飛車と角行の駒を手のひらに載せて弄んだ。
アサは一度間を置き、首を横に振る。
「いきなり、飛車と角行を進めるようなことはしないじゃろう」
それを聞いたユウは、コロリ、と畳の上に飛車と角行を落とした。
「でも、守りすぎるととられてしまう。でしょ?」
「…ああ、そうじゃな」
納得したアサは腕を組んで頷く。
それを聞いたユウは予想が当たったというようにケタケタと笑った。
「やっぱそうだ。絶対そうだ!」
「じゃが…、ヨルとユウが対局すれば、ヨルが勝つ」
バン!!
急な切り替わりにオレ様もアゲハも驚かずにはいられなかった。
ユウが将棋盤を手で勢いよく払ったからだ。
襖にぶつかった将棋盤はひっくり返り、上に載せられていた駒は畳に散らばった。
それでもアサは腕を組んだまま冷静な目でユウを見据えている。
「結局ヨル贔屓。やっぱ飽きてきた。アサのそういうとこ、飽きてきた」
そう言うユウの声は怒りで震えていた。それから狂ったような笑みを浮かべる。
「それって、殺し合いのことも言ってるわけ?」
「……………」
アサは答えない。
それを肯定と受け取ったユウは歯軋りをし、喚きだす。
「ボクがヒルと別れて、どういうところにいたのか忘れたわけじゃないよね!? のうのうと里で50年近く暮らしてきた、平和ボケしてるあいつより格下なわけないだろ!!」
その話を持ち出さないと決めていたんじゃないのか。
オレ様は内心で舌を打った。
アゲハはやはりいつも通り無表情だ。
いや、表情を作りたくてもできないように出来ている。
心では悲痛の声を上げようが、それが顔に表れることは、これから先、一生ないだろう。
「おい! ユウ!」
オレ様が声をかけた時には、ユウは立ち上がって開け放たれた窓に駆け寄り、窓際に足をかけていた。
こいつ、そろそろ出て行く気だ。
口で止めるのもここまでか。
ユウは振り返り、不気味な笑みを浮かべて肩越しのアサに言い放つ。
「安心しなよ、アサ。ヨルは殺さない。殺すよりもっと残酷な方法を思いついたから!」
「ユウ…」
アサの止める言葉も聞かず、ユウは窓際を蹴り、両足から狂翼を出現させて夕闇の彼方へと行ってしまう。
オレ様はガシガシと自分の頭を苛立ちに任せて乱暴に掻いた。
「本当に行きやがった。アサ、どうす…」
「クロハ、ユウについていてくれ」
その言葉を聞いたオレ様は、声を低くして尋ねる。
「「止めろ」とは言わないんだな」
「……おヌシもアゲハも、刀の鼓動を感じたか?」
「……………」
3日前から感じ始めていた。
時折、咲から感じる鼓動を。
アサは壁際の刀を手に取り、自分の子供のように鞘を優しく愛おしそうに撫でた。
「準備は整っている。あとは、ヨルの準備が整えばいい」
「…それは、オレ様が詳しく聞いていいことか?」
「ヨルを取り戻した時に、話してやろう」
この確信めいた言葉はなんなのか。
オレ様は足下に散らばっている駒を見下ろした。
「…はん。アサは、強い駒も平気で捨て駒に使うから恐ろしい」
そう言って、オレ様は窓から宿の屋根に移動し、屋根から屋根へと飛び移りながらユウのあとを追いかけた。
訪れる空の闇がわずかな光も飲み込んでいく。
空を飛ぶユウの影を追いかけながら、オレ様は先程のアサの言葉を反芻した。
『あとは、ヨルの準備が整えばいい』
あの時の、楽しみを待つようなアサの笑みは初めて見るが、思い返しただけでオレ様の背筋を凍りつかせる。
あの美しさが恐ろしかった。
未だに、アサのたまに出る狂気がまとった言動や行動にはユウ以上についていけない。
ユウはわかりやすいほどヨルに殺意剥き出しだってのに、この女がヨルに執着するのは果たして「愛」だけなのか。
.To be continued
ドクン…
夕日が完全に沈んだ頃、壁際に立てかけられてある“咲”がまた脈を打ったようだ。
何度感じても、気味が悪い。
バケモノと一緒の部屋にいるようだ。
それでも、その長刀はアサにとっては重要なものだ。
ユウはもちろん、オレ様とアゲハも触れることを禁止されている。
強い忍の生き血ばかりをその長刀に啜らせて、なにをしようとしているのかはオレ達にもわからない。
対局している2人はそのことに気付いているのかいないのか、さっきから黙ったまま打っている。
「王手」
またアサが詰んだ。
ユウにはもう成す術がない。
「あーあ…、またボクの負け?」
これで何局目になるのか。
将棋のルールが今ひとつわかっていないオレは、なぜアサが勝ったのかさえ理解できていない。
ユウは盤を見下ろし、決め手となった駒を睨んだ。
アサは薄笑みを浮かべて言う。
「飛車・角行に頼りすぎじゃ。簡単に使ってしまえばすぐに万策尽きてしまう。あと、当たり前のことかも知れんが、とられてなるものかと必死さが伝わってくる。時には使い捨ての駒も必要じゃ。自分の歩が邪魔で他の駒も進めん」
ユウの駒はほとんど弱い駒しか残されていなかった。
駒を見下ろしていたユウは急にニヤリと笑みを浮かべ、アサの顔を覗き見る。
「ねえ、ヨルならどうすると思う? ボクと同じようなこと、すると思う?」
そう言って、飛車と角行の駒を手のひらに載せて弄んだ。
アサは一度間を置き、首を横に振る。
「いきなり、飛車と角行を進めるようなことはしないじゃろう」
それを聞いたユウは、コロリ、と畳の上に飛車と角行を落とした。
「でも、守りすぎるととられてしまう。でしょ?」
「…ああ、そうじゃな」
納得したアサは腕を組んで頷く。
それを聞いたユウは予想が当たったというようにケタケタと笑った。
「やっぱそうだ。絶対そうだ!」
「じゃが…、ヨルとユウが対局すれば、ヨルが勝つ」
バン!!
急な切り替わりにオレ様もアゲハも驚かずにはいられなかった。
ユウが将棋盤を手で勢いよく払ったからだ。
襖にぶつかった将棋盤はひっくり返り、上に載せられていた駒は畳に散らばった。
それでもアサは腕を組んだまま冷静な目でユウを見据えている。
「結局ヨル贔屓。やっぱ飽きてきた。アサのそういうとこ、飽きてきた」
そう言うユウの声は怒りで震えていた。それから狂ったような笑みを浮かべる。
「それって、殺し合いのことも言ってるわけ?」
「……………」
アサは答えない。
それを肯定と受け取ったユウは歯軋りをし、喚きだす。
「ボクがヒルと別れて、どういうところにいたのか忘れたわけじゃないよね!? のうのうと里で50年近く暮らしてきた、平和ボケしてるあいつより格下なわけないだろ!!」
その話を持ち出さないと決めていたんじゃないのか。
オレ様は内心で舌を打った。
アゲハはやはりいつも通り無表情だ。
いや、表情を作りたくてもできないように出来ている。
心では悲痛の声を上げようが、それが顔に表れることは、これから先、一生ないだろう。
「おい! ユウ!」
オレ様が声をかけた時には、ユウは立ち上がって開け放たれた窓に駆け寄り、窓際に足をかけていた。
こいつ、そろそろ出て行く気だ。
口で止めるのもここまでか。
ユウは振り返り、不気味な笑みを浮かべて肩越しのアサに言い放つ。
「安心しなよ、アサ。ヨルは殺さない。殺すよりもっと残酷な方法を思いついたから!」
「ユウ…」
アサの止める言葉も聞かず、ユウは窓際を蹴り、両足から狂翼を出現させて夕闇の彼方へと行ってしまう。
オレ様はガシガシと自分の頭を苛立ちに任せて乱暴に掻いた。
「本当に行きやがった。アサ、どうす…」
「クロハ、ユウについていてくれ」
その言葉を聞いたオレ様は、声を低くして尋ねる。
「「止めろ」とは言わないんだな」
「……おヌシもアゲハも、刀の鼓動を感じたか?」
「……………」
3日前から感じ始めていた。
時折、咲から感じる鼓動を。
アサは壁際の刀を手に取り、自分の子供のように鞘を優しく愛おしそうに撫でた。
「準備は整っている。あとは、ヨルの準備が整えばいい」
「…それは、オレ様が詳しく聞いていいことか?」
「ヨルを取り戻した時に、話してやろう」
この確信めいた言葉はなんなのか。
オレ様は足下に散らばっている駒を見下ろした。
「…はん。アサは、強い駒も平気で捨て駒に使うから恐ろしい」
そう言って、オレ様は窓から宿の屋根に移動し、屋根から屋根へと飛び移りながらユウのあとを追いかけた。
訪れる空の闇がわずかな光も飲み込んでいく。
空を飛ぶユウの影を追いかけながら、オレ様は先程のアサの言葉を反芻した。
『あとは、ヨルの準備が整えばいい』
あの時の、楽しみを待つようなアサの笑みは初めて見るが、思い返しただけでオレ様の背筋を凍りつかせる。
あの美しさが恐ろしかった。
未だに、アサのたまに出る狂気がまとった言動や行動にはユウ以上についていけない。
ユウはわかりやすいほどヨルに殺意剥き出しだってのに、この女がヨルに執着するのは果たして「愛」だけなのか。
.To be continued