03:優しさはいらない
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『ヨル…』
女が名前を呼ぶ。
『ヨル…』
声はどんどん近づいてくる。
逃げても逃げても、女は追ってくる。
どこまでも、どこまでも。
『守ってやる…』
美しく、気品があり、そして恐ろしい。
『ワシが、ヨルを守ってやる…。ずっとずっとずっと…』
銀色のハサミが、ヨルの後ろ髪を切り落とした。
(やめろ…)
『ヨルの背中は、ワシが、守ってやるからのぅ』
(やめろ!!)
ハサミが床に落ちる音が聞こえた。
(誰か…、この女を……)
「…―――ヨル!」
「!!」
ヨルがはっと目を覚ますと、目の前には飛段の顔があった。
「うなされてたぜェ?」
ゆっくりと上半身を起こし、額に触れると冷や汗をかいていることに気付いた。
手の甲でそれを拭い、辺りを見回す。
本当にあれが夢だったのか確認するために。
安堵したヨルは、「なんでもない」と目の前の飛段の肩を軽く押し、立ち上がった。
角都は岩に腰掛け、地図を広げて現在地を確認している。
ヨルはその間に外套を着、竹の水筒に入ってある水をてのひらに垂らして顔を洗った。
(またか…)
快晴の空を見上げ、夢のことを思い出す。
(他人と関わると、あの夢を見る…)
独りで里にいた頃も、獲物の人間と短い会話をしただけであの夢を見ていた。
飛段と角都に出会ってからは酷いものだ。
いつもは逃げ切ってたのに、女に追いつかれてしまった。
(やっぱり、里から出るんじゃなかった…)
角都と飛段と行動を共にして3日が経過していた。
山道をひたすら歩いてばかりだ。
どこに行くのかヨルが聞いても角都は答えない。
角都は静かな男だが、それ以上に飛段はうるさい男だ。
加えて歩きっぱなしのこの3日間を思い出しただけでも、ヨルは貧血を起こしそうになる。
飛段の血は悪くないが、そろそろ別の血も飲みたいところである。
だからと言って、角都の血を飲もうものなら死を覚悟しなければならない。
「今日は仕事だ」
「仕事って、またバイトかよォ」
角都の言葉に、飛段はうんざりしたような声を上げる。
「バイト?」
ヨルは角都に尋ねた。
角都は地図を畳みながら答える。
「賞金稼ぎだ。賞金首を見つけ、殺し、換金所に持って行き、換金する」
「その金は組織の金だ」と続けて説明してくれた。
「角都はさァ、“暁”のサイフ役だから、金の管理も任されてんだとさ。オレもそれに付き合ってやってるってわけ」
飛段はそう言いながら、岩に立てかけた愛用の三連鎌を手に取り、背中に携えようとする。
「……………」
ヨルは手を挙げた。
「…………はい、ヨルちゃん」
角都に質問しようとしたけど、飛段に当てられた。
この際、どちらでもいいことだ。
「まず…、カネってなんだ?」
バサ…ッ
ガラン…ッ
角都は地図を、飛段は三連鎌を落とした。
「…え…、マジ本気?」
あの飛段に、我が目を疑うような目で凝視された。
角都も同様だ。露骨に驚いた顔(目)は初めて見たので逆に驚かされる。
「……貴様…、本当にオレより年を食っているのか?」
「……100歳以上…です…」
ヨルは思わず敬語になってしまった。
このまま正坐しなければいけない雰囲気だ。
角都は地図を拾って懐にしまったあと、ヨルに近づいた。
こんなに距離が近いのは初めてだ。
見下ろす視線が痛い。
(近い…、デカい…)
余計に迫力がある。
「今までどうやって生活してきた?」
「…起きて、狩って、食って、寝て…。その繰り返し…」
「ずっとか?」
「…あの人と他の“朱族”がいた時は、戦ってた…」
そう、ただ戦っていた。戦わされていた。
敵を切りつけた。
身の危険が及べばすぐに逃げた。
そして、空腹や、血が足りなくなったら、満足するまで血を貪っていた。
「戦場で貴様ら(朱族)が利用された記録はどこにも残っていなかった」
「利用されたさ。後片付け役としてな」
「後片付け?」
「始末屋だ。戦場で逃げた奴らを、目障りな奴らを、邪魔な奴らを、殺して殺して殺しまくった」
(あの3人と一緒に…)
ヨルは言葉を続ける。
「本場の戦争に出される前に、あの人は死んだ。そして、他の奴らは出て行った。記録は処分されたと思ってたのに、オレ達のことを知られてたのは、正直驚いてる」
『ワシが傍におる。ヨルを独りにはせん…』
女の言葉を思い出し、悪寒が走った。
頭を振って女の声を払う。
もうあの女はいない、もう会うことはない、と自身に言い聞かせた。
「で、おまえらが来るまでオレは里に残って平和に暮らしてたってわけ。野性暮らしだったから、世間一般常識は皆無だ」
開き直って言ってみると、角都は露骨にため息を吐いた。
「飛段より馬鹿なのは問題だな…」
それは確かに問題だ。
「そこでオレを出すなァ!!」
低レベルのたとえに自分を出されたことに怒る飛段。
「…これから町へ向かう。それまでに金のことを教えてやるから、頭に叩き込んでおけ。金は世の中の全てだからな」
「角都は金大好きジジイだからな。オレは「金、金」言ってる奴は嫌いだ」
飛段はそう言って明らかに不機嫌な顔をした。
(好き嫌いも逆なのか。面白いな、この2人…)
ヨルがそう思いながら歩き始めると同時に、金について語りだした角都の話に、慌てて耳を傾ける。
聞き逃したなんて言ったら、怒るとわかってるからだ。
左耳で角都の話を聞き、右耳で飛段の金嫌い話を聞かされるハメになった。
「うるさい」と言っても聞きはしない。
右耳だけでも閉じてしまいたいヨルだった。
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