29:湯煙に包まれ
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*ヨル
髪の手入れをしてくれたり、エサの確保をしてくれたり、服の洗濯をしてくれたり、体を拭いてくれたり。
アサはなんでもやってくれた。
「ヨルはなにもしなくていい」
けど、オレにはオレのことをやらせなかった。
鍵が閉められているわけじゃなかった。
あいつ自体が扉を閉めるための、鍵のない錠だった。
そうしてどれくらい檻の中で過ごしてきただろうか。
アサといた時は、外に出ることなんて一度もなかった。
「必要ないから」だそうだ。
息苦しかった。
ただそこに在るだけだった。
鏡がなかったからわからなかったけど、その時のオレはきっと駄作人形のような顔をしていたかもしれない。
笑ったことも、怒ったことも、泣いたこともなかった。
感情を殺した、ただのアサの人形だ。
「ヨル」
愛おしそうにあいつはいつもオレの名を口にした。
傍にいてくれた。
なのに、オレはあいつから“愛”を感じたことがない。
なぜか、虚しい気持ちだけしか感じなかったんだ。
ずっと孤独だった。
気が狂ってしまえば、どんなに楽だったことか。
ある日、その時は唐突に訪れた。
オレはいつもの檻の中で、石の椅子に腰かけて背後からアサに髪を切ってもらっていた。
ショキ、ショキ、とハサミで毛先を切られる音に耳を澄ましながら、ただじっと終わるのを待っていた。
すると、ハサミが止まり、アサはオレの頭を撫でて穏やかな口調で言う。
「ヨル…、ワシらが共にこの里に残って、20年の時が経過したぞ。記念祝いというやつじゃ。望むものがあればなんでも言ってくれ。…外に、出たくはないか?」
オレがその話に飛び付くことはなかった。
ここで過ごした時間が長すぎたせいかもしれない。
外への興味は完全に失せていた。
今更の提案にオレは小さくため息をつき、肩越しに振り返って笑みを向ける。
「じゃあ、独りになりたい」
喋り方を忘れる前に久々に口から出たのがその一言だった。
ピクリとアサが反応したのがわかり、言葉を続ける。
「できないなら、諦める。オレを生かすなり殺すなりすればいい…」
生きても死んでも、オレ達を知らない世の中の連中にはわかるはずもないし、世界が変わるわけでもない。
しばらく沈黙が流れ、ハサミが床に落ちた。
「…アサ?」
アサは小さく震えていた。それからオレを睨み、驚いたオレは椅子から落ちて尻餅をつき、アサを見上げた。
アサはオレと目を合わせるといきなりオレの首をつかんで絞めてきた。
「なぜ…、なぜわかってくれぬのじゃ!!」
「ぐ……」
殺される、と思った。
アサの激昂する姿を見たのは、それが初めてだったからだ。
「やはりヨル…、おヌシは―――」
2度目の“初めて”だ。
意識を失う寸前、悲哀に満ちたアサの顔を見た。
そして再び目を開けた時には、アサの姿はどこにもなかった。
オレは黙って話を聞いてくれている2人の顔を交互に見つめ、言葉を続ける。
「最後になにを言われたかは思い出せない。聞こえなかっただけかもしれない。けど、オレはやっと自分の自由と孤独を手に入れた。その時は、ただただ解放された喜びってのに浸ってたな」
実際は言うほどはしゃいでたわけじゃない。
数年は、いつアサが戻ってくるかってことにビクビクしてた。
思い出したくなかったことなのに、喋ってしまうと案外すっきりするものだな。
「正直、オレは雲隠れに行きたくない。アサの情報に従っていいのか戸惑ってるってのが本音だ」
ようやく話したかったことが口に出た。
けれど角都はオレの考えを受け止めながらも返す。
「だが、今持っている尾獣の手掛かりはそれしかない。この情報が唯一の近道だ。間違っていれば…、あの女を殺すまでだ」
簡単に言ってくれるが、アサは想像以上に強い。
オレだってその底を見たことがないってのに。
それに、向かってこさせて敵として始末するのがアサの考えかもしれないし。
「そもそも、アサが暁に入った目的もわからねーんだ。しかも、あのユウまで一緒だった」
他にも部下が2人いたし。
「ヨルを連れ戻すためじゃねーの?」
飛段はそう言うが、オレだって最初はそう考えてた。
「だったら、あんなにあっさり引き下がるかっての。オレを連れ戻したいっていうなら…、おまえらを殺してでも…。その時は…オレはアサのところに…」
戻るしかないんだ。
再び思い出すのは老婆の言葉。
老婆の言葉を聞く前も、その可能性を恐れていた。
2人を失ってしまうこと。
「オレは…、角都と飛段を殺されたくない…!」
オレは込み上げてきた本音を吐きだした。
オレがオレで在れる居場所を与えてくれた2人を、失いたくない。
「だーから、それをオレらに言うかよ、ヨル」
そう言って飛段はオレの肩に腕をかけた。
「飛段…」
「てめーはオレらの仲間だ。不死トリオだの、不死組だの、ゾンビトリオだの、他の奴らだってそう言って認めてる。おめーがこっちにいたいって思ってんならいていいんだって。難しいこと考えるな。オレが難しいこと嫌いなのは知ってんだろォ?」
「バカだからな」
オレが笑いを含めて言い返すと、飛段は「口の減らねー奴だな!」とオレの肩にかけた腕をオレの首にひっかけ、ホールドする。
「あ、ちょっ、ギブギブ!;」
「そろそろ上がるぞ」
そう言って角都は露天風呂から出ようと立ち上がる。
やっぱりタオル巻いてなかった。
いつもは全身隠してるくせになんて極端なんだ。
なんでこの2人は風呂だとこうも開放的になれるんだ。
風呂から上がったあと、オレ達は売店で牛乳(飛段はフルーツ牛乳)を買い、銭湯でもないのに腰に手を当てて一気飲みした。
飛段曰く、「風呂上がりのお約束」だそうだ。
角都も付き合ってるから面白い。
しかし、牛乳って飲み物は妙な味だ。
なにでできてるのか、角都に聞いたあと、思わず噴き出しそうになった。
それからオレ達は仲居によって布団が敷かれた部屋で川の字になって眠ることにした。
オレは窓側、飛段は真ん中、角都は襖側だ。
疲れたのか、飛段はすぐにいびきをかいて眠った。
角都からも微かに寝息が聞こえる。
「……ありがとう…」
オレは眠る2人に小さく言った。
気付けば、オレに圧し掛かっていた重石はどこかに落ちたようだ。
オレは安心して、2人の傍にいていい。
それでいいんだよな。
千里眼ババアとかの予言通りには絶対にさせない。
オレが2人を守るから。
命懸けで。
赤い塵になってでも。
.
髪の手入れをしてくれたり、エサの確保をしてくれたり、服の洗濯をしてくれたり、体を拭いてくれたり。
アサはなんでもやってくれた。
「ヨルはなにもしなくていい」
けど、オレにはオレのことをやらせなかった。
鍵が閉められているわけじゃなかった。
あいつ自体が扉を閉めるための、鍵のない錠だった。
そうしてどれくらい檻の中で過ごしてきただろうか。
アサといた時は、外に出ることなんて一度もなかった。
「必要ないから」だそうだ。
息苦しかった。
ただそこに在るだけだった。
鏡がなかったからわからなかったけど、その時のオレはきっと駄作人形のような顔をしていたかもしれない。
笑ったことも、怒ったことも、泣いたこともなかった。
感情を殺した、ただのアサの人形だ。
「ヨル」
愛おしそうにあいつはいつもオレの名を口にした。
傍にいてくれた。
なのに、オレはあいつから“愛”を感じたことがない。
なぜか、虚しい気持ちだけしか感じなかったんだ。
ずっと孤独だった。
気が狂ってしまえば、どんなに楽だったことか。
ある日、その時は唐突に訪れた。
オレはいつもの檻の中で、石の椅子に腰かけて背後からアサに髪を切ってもらっていた。
ショキ、ショキ、とハサミで毛先を切られる音に耳を澄ましながら、ただじっと終わるのを待っていた。
すると、ハサミが止まり、アサはオレの頭を撫でて穏やかな口調で言う。
「ヨル…、ワシらが共にこの里に残って、20年の時が経過したぞ。記念祝いというやつじゃ。望むものがあればなんでも言ってくれ。…外に、出たくはないか?」
オレがその話に飛び付くことはなかった。
ここで過ごした時間が長すぎたせいかもしれない。
外への興味は完全に失せていた。
今更の提案にオレは小さくため息をつき、肩越しに振り返って笑みを向ける。
「じゃあ、独りになりたい」
喋り方を忘れる前に久々に口から出たのがその一言だった。
ピクリとアサが反応したのがわかり、言葉を続ける。
「できないなら、諦める。オレを生かすなり殺すなりすればいい…」
生きても死んでも、オレ達を知らない世の中の連中にはわかるはずもないし、世界が変わるわけでもない。
しばらく沈黙が流れ、ハサミが床に落ちた。
「…アサ?」
アサは小さく震えていた。それからオレを睨み、驚いたオレは椅子から落ちて尻餅をつき、アサを見上げた。
アサはオレと目を合わせるといきなりオレの首をつかんで絞めてきた。
「なぜ…、なぜわかってくれぬのじゃ!!」
「ぐ……」
殺される、と思った。
アサの激昂する姿を見たのは、それが初めてだったからだ。
「やはりヨル…、おヌシは―――」
2度目の“初めて”だ。
意識を失う寸前、悲哀に満ちたアサの顔を見た。
そして再び目を開けた時には、アサの姿はどこにもなかった。
オレは黙って話を聞いてくれている2人の顔を交互に見つめ、言葉を続ける。
「最後になにを言われたかは思い出せない。聞こえなかっただけかもしれない。けど、オレはやっと自分の自由と孤独を手に入れた。その時は、ただただ解放された喜びってのに浸ってたな」
実際は言うほどはしゃいでたわけじゃない。
数年は、いつアサが戻ってくるかってことにビクビクしてた。
思い出したくなかったことなのに、喋ってしまうと案外すっきりするものだな。
「正直、オレは雲隠れに行きたくない。アサの情報に従っていいのか戸惑ってるってのが本音だ」
ようやく話したかったことが口に出た。
けれど角都はオレの考えを受け止めながらも返す。
「だが、今持っている尾獣の手掛かりはそれしかない。この情報が唯一の近道だ。間違っていれば…、あの女を殺すまでだ」
簡単に言ってくれるが、アサは想像以上に強い。
オレだってその底を見たことがないってのに。
それに、向かってこさせて敵として始末するのがアサの考えかもしれないし。
「そもそも、アサが暁に入った目的もわからねーんだ。しかも、あのユウまで一緒だった」
他にも部下が2人いたし。
「ヨルを連れ戻すためじゃねーの?」
飛段はそう言うが、オレだって最初はそう考えてた。
「だったら、あんなにあっさり引き下がるかっての。オレを連れ戻したいっていうなら…、おまえらを殺してでも…。その時は…オレはアサのところに…」
戻るしかないんだ。
再び思い出すのは老婆の言葉。
老婆の言葉を聞く前も、その可能性を恐れていた。
2人を失ってしまうこと。
「オレは…、角都と飛段を殺されたくない…!」
オレは込み上げてきた本音を吐きだした。
オレがオレで在れる居場所を与えてくれた2人を、失いたくない。
「だーから、それをオレらに言うかよ、ヨル」
そう言って飛段はオレの肩に腕をかけた。
「飛段…」
「てめーはオレらの仲間だ。不死トリオだの、不死組だの、ゾンビトリオだの、他の奴らだってそう言って認めてる。おめーがこっちにいたいって思ってんならいていいんだって。難しいこと考えるな。オレが難しいこと嫌いなのは知ってんだろォ?」
「バカだからな」
オレが笑いを含めて言い返すと、飛段は「口の減らねー奴だな!」とオレの肩にかけた腕をオレの首にひっかけ、ホールドする。
「あ、ちょっ、ギブギブ!;」
「そろそろ上がるぞ」
そう言って角都は露天風呂から出ようと立ち上がる。
やっぱりタオル巻いてなかった。
いつもは全身隠してるくせになんて極端なんだ。
なんでこの2人は風呂だとこうも開放的になれるんだ。
風呂から上がったあと、オレ達は売店で牛乳(飛段はフルーツ牛乳)を買い、銭湯でもないのに腰に手を当てて一気飲みした。
飛段曰く、「風呂上がりのお約束」だそうだ。
角都も付き合ってるから面白い。
しかし、牛乳って飲み物は妙な味だ。
なにでできてるのか、角都に聞いたあと、思わず噴き出しそうになった。
それからオレ達は仲居によって布団が敷かれた部屋で川の字になって眠ることにした。
オレは窓側、飛段は真ん中、角都は襖側だ。
疲れたのか、飛段はすぐにいびきをかいて眠った。
角都からも微かに寝息が聞こえる。
「……ありがとう…」
オレは眠る2人に小さく言った。
気付けば、オレに圧し掛かっていた重石はどこかに落ちたようだ。
オレは安心して、2人の傍にいていい。
それでいいんだよな。
千里眼ババアとかの予言通りには絶対にさせない。
オレが2人を守るから。
命懸けで。
赤い塵になってでも。
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