02:夜は暁へ
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里から離れて半日以上が経過した。
森をひらすら歩き続けている間は眠たくて足どりが重くて仕方がなかった。
日があるうちは寝て、夜に活動するのがオレの習慣だったからだ。
これからはその逆の生活をしなければならないと思うと憂鬱を覚える。
「さっさと歩け」と言う角都に、やっぱりついてこなきゃよかった、と後悔した。
「角都よりジジイなんだからしょうがねえだ…うごお!?;」
いらないフォローをしようとする飛段の背中に飛び蹴りを食らわせる。
「痛で!!;」
うつ伏せに倒れた飛段をフンと鼻で笑ってやる。
眠気のせいでイラついていたから、ちょうどよかった。
「テメー、ジジイー!」と喚く飛段を無視し、先へと進む。
真上を見上げると、オレンジ色だった空はいつの間にか淡い蒼色に変わっていた。
ふと角都は道を逸れ、茂みの向こうへと行ってしまう。
オレと飛段はそれを追いかけた。
着いたのは、小川を挟んだ岩場だった。
その岩の上に角都は座っていた。
「今日はここで野宿をする」
「また野宿かよー」
飛段はその場に胡坐をかいて座り、文句を続ける。
「ここ最近ずっと野宿続きだぜェ? いい加減肉も食いてえよォ」
「贅沢を言うな。殺すぞ」
今日1日の会話を思い出すだけで、角都と飛段の性格が少しだけわかった。
角都はケチで短気。
飛段はワガママで単純。
よく一緒に行動できるものだ。
とんでもない年の差もあるっていうのに。
ちなみに、聞けば、角都は89歳で飛段は20歳だそうだ。
飛段もオレみたいに外見は変わらず、年だけくってるかと思えば、見た目通りの年齢だった。
精神面はガキだから、妙に納得してしまったが。
「はぁ、肉ゥ…」
そう呟きながらため息をつく飛段。
オレは真上を見上げたあと、飛段に近づき、飛段の背中に携えられている鎌を手に取った。
「!」
飛段は「なんだ?」とオレを見上げる。
オレは構わず振り被り、その鎌を真上へと投げ飛ばした。
「オレの鎌!;」
放り捨てられたのかと思ったのか、飛段は声を上げた。
飛段の鎌は宙を掻き、飛行中のタカの胸に突き刺さる。
そのまま、一撃で仕留めたタカとともに向こう岸の岩場へと墜落した。
「トリ肉でいいか?」
オレが聞いても、角都と飛段は墜落したタカを見つめたまま、黙っていた。
角都が起こしてくれた焚き火でタカを焼き、焼き鳥にする。
オレ達は焚き火を囲みながら、トリ肉が焼けるのを待った。
「ヨルも役に立つなァ」
「そりゃどうも」
無愛想に言ったのに、飛段は気にすることなく「角都も見習えよォ」と笑いながら角都に言う。
角都は「おまえが言うな」とこれまた無愛想に返した。
「お、いい焼け具合」
飛段はさっそく焼き鳥を焚き火から取り出して右翼を引き千切り、角都に放って渡す。
次に左翼を引き千切り、オレに差し出した。
しかしオレは手で制して断る。
「オレはいい」
「あ? なんで?」
「血液以外、食欲が湧かねえ」
飛段は「ふーん」と言って、オレに渡そうとした左翼を角都に渡した。
そのあと、厚かましくボディーの肉にかぶりついた。
相方の無類の肉好きは知っているのか、角都はなにも言わず、口布と頭巾を外して食べ始める。
頭巾まで外したのは、肉汁が付着しないようにか。
初めて見た角都の素顔に、オレは驚きを隠せなかった。
口の端から耳まで裂けた傷があり、それは地怨虞という細くて黒い糸のようなもので縫われていた。
髪は肩までつくくらいの黒髪だ。
どう見ても30~40歳くらいに見える。
眉間の深い皺がなければ、もっと若く見えるかもしれない。
それでも、これを誰が89歳の老人と思うだろうか。
オレも人のことは言えないが。
「なんだ?」
布越し以外の声は初めてで、オレははっとして正直に言う。
「白髪かハゲのジジイかと思ったら、モテそうなツラしてるじゃねえか」
赤と緑の目と口の縫い目さえなければ、「モテ」がもうひとつつく。
「黙れ」
褒めてやったのに、可愛げのない奴だ。
可愛げがあったらあったで恐ろしいが。
「んな照れんなよ、角都ゥ。ゲハッ!!;」
飛段がそう言った瞬間、かぶりついていた肉とともに小川へと吹っ飛んだ。
角都が文字通り腕を伸ばし、コブシをその額に食らわせたからだ。
「痛ってェじゃねえか、角都!」
「あ」
オレが「あ」と言ったのは、ずぶ濡れになった飛段を見たからだ。
オールバックだった髪が、水に濡れたせいですべて下りた。
本当に成人かと聞きたくなるほどの幼さがあった。
角都といい飛段といい、素顔の方がモテそうではないか。
「ついでに体を洗っておけ」
角都がそう言って、飛段は「チッ」と舌打ちしたあと、いきなり暁の外套を岩場に放った。
外套の下はなにも着てなくて半裸だ。
そのあと、ズボンと靴まで脱ぎ始めた。
脱いだそれらを、先程放った暁の外套の上に積むように放る。
「!!;」
びっくりしたオレは素早く視線を焚き火に移した。
「ヨル、テメーも体洗っとけー」
おそらく全裸になっているであろう飛段がオレを誘う。
横からバシャバシャと水飛沫が飛散する音が聞こえた。
「…オレはいいから」
「つれねえ奴ゥ」
機嫌を損ねたような呟きが聞こえ、再度水を飛び散らせる音がした。
「冷てェ」と言いつつ、泳いでいる。
いい年なのに、よく子供みたいにひとりではしゃげるものだ。
しかし、不思議と違和感はない。
泳いでいるのが角都なら、間違いなく今とは反対の気持ちになる。
「飛段があがったら、次はオレが入る。おまえはそのあとに入れ」
左翼を食べながら角都が言った。
「だから、オレはいいって」
「オレ達より、おまえの方が死臭が強いことに気付いているのか? 何日死体の傍にいた?」
「……………」
そう言われて初めて、己の臭いに気付いた。
角都や飛段よりも、オレの方が血生臭い。
「オレ達が眠ったあとに、こっそり入ってしまえ。……一応、羞恥心はあるようだな」
「……………」
たぶん、角都は最初オレを見たときからわかっていたのだろう。
オレも完全に隠せるとは思ってなかったが、わざと回りくどい言い方をされたのが気に食わない。
気付かないとでも思ったか、と馬鹿にされたようだ。
怒りなのか、角都が言う「羞恥」というものなのか、頬が熱くなるのを感じ、角都を睨みつけた。
「ソイツガ“朱族”カ?」
「うわ!?」
その時、突然背後の地面から巨大なハエトリ草が出現した。
オレは驚いてその方向に振り返って声を上げた。
よく見ると、ハエトリ草の間に、緑の短髪で、顔が半分白と黒で分かれている。
ちなみに右が黒で左が白。
人なのか、と目を疑った。
「ゼツか」
角都が顔を上げ、短く言った。
首から下は地面に埋まってるのか、暁の外套はわからないが、どうやら同じ“暁”のメンバーらしい。
ゼツはオレの顔を観察するように見つめる。
「随分と若いね」
「見タ目ハナ。コレデモ、100歳以上ダ」
「え? そうなの?」
「オマエハ人ノ話ヲ聞イテナカッタノカ」
白の顔が喋り、黒の顔が喋った気がした。
喋り方といい、ひとりで呟いているというより、会話しているようだ。
「二重人格?」
「そうだ」
ゼツの代わりに角都が答えた。
「ゼツ、今後オレ達はそいつをどうすればいい?」
角都に尋ねられ、黒ゼツが答える。
「オマエ達ガ面倒ヲ見ロ。シバラクハ3人デ行動シテモラウ」
角都の片眉がピクッと動いた。
「随分と勝手だな。“暁”はツーマンセル(2人一組)が基本じゃなかったのか?」
「面倒ヲ見レル組モ他ニイナイ。正式ナ“暁”ノ一員ニナルマデノ間ダ。文句言ウナ」
「仲間に引き入れろと言ったのはリーダーだぞ。トビと組ませればいいだろ」
「ダメダ」
なんだか、2人の真ん中にいるオレの身にもなってほしい。
角都の低い声がどんどん苛立ちを含み始めている。
ここであの腕を飛ばされたら、間違いなくオレに当たるだろう。
こいつらはオレを結局どうしたいのか。
「サポート役ニデモ使エ。不死トリオノ出来上ガリダ」
やけに黒ゼツの方が喋る。
片言のクセに。
「次にふざけたことを抜かしてみろ、殺すぞ」
「ほらほら、怒ってるじゃないか」
ようやく白ゼツが喋る。
「精々、仲良クスルコトダナ」
「あ、これ、“暁”のコート」
白ゼツがそう言って取り出したのは、“暁”の外套だった。
それをオレに手渡したあと、さっさと地面に潜ってしまった。
潜ったというより、溶けたと言った方がいい。
ゼツがいた場所は穴ひとつ残っていなかったのだから。
「…サイズはまあまあか」
オレはさっそく、ゼツにもらった“暁”の外套を着た。
袖は指先が出るか出ないかの長さで、裾は脛くらいの丈だ。
「…不服そうだな」
オレがそう言うと、角都はこちらを睨みながら言う。
「勧誘しろとは言われたが、そのまま押しつけられるとは思わなかった。リーダーはなにを考えているのか…。オレには理解しがたい」
それはオレも同じだ。
一度そのリーダーのツラを拝んでやりたい。
「質問いいか?」
オレは手を小さく上げて伺った。
「…なんだ?」
さっそく質問をぶつける。
「メンバーは何人だ?」
「…正式なメンバーは10人いて、ツーマンセルで行動している。オレと飛段、サソリとデイダラ、イタチと鬼鮫、リーダーと小南、そしてゼツ」
そこで「ん?」と思った。
「9人しかいねえぞ」
「昔、ひとり抜けてな。指輪とともに…」
「指輪?」
「これだ」
そう言って角都はオレに左手の中指を見せつける。
その中指には確かに指輪がはめられていた。
“北”という刻印が見える。
「飛段の人差し指にも同じものがはめてある」
そう言われても、全裸で泳いでる飛段の方向には振り向かなかった。
角都は言葉を続ける。
「“零”“白”“玄”“南”“朱”“玉”“青”“三”“北”“空”の10の指輪を持っていれば、正式な“暁”として認められる。しかし、“空”の指輪は裏切り者が持って行ったままだ」
だから正式メンバーは9人しかいないのだそうだ。
「オレはまだその正式な“暁”の構成員じゃないってことか」
「新参は古参に認められて指輪を受け取ることで、初めて“暁”を名乗れる。…まあ、今いるメンバーの誰かが抜けるか死ぬかで決まることだがな」
「ふーん…。それで、“暁”ってなんの集まりなんだ?」
答える角都はなんだか面倒臭そうだ。
「…“暁”というのは、抜け忍のS級犯罪者の集まりだ。大名殺し、爆破テロ、一族惨殺など、メンバーの罪はそれぞれだ」
「目的は?」
「……………」
あまりしつこく聞くと殴り殺されそうだ。
それでも、軽い質問ならいいだろう。
「…おまえもあいつも指名手配犯なら、なにやらかしたんだ?」
「……数えきれんな」
角都はそう言って、食べ終わって残った左翼の骨を焚き火の中へと放り込んだ。
小さな火花が飛び、投げ入れられた骨を燃やす。
「……………」
放り込むとき、袖の下から角都の手首が見えた。
刺青だ。
黒い輪っかをはめたような2つの刺青。
いや、両腕を合わせれば4つか。
オレはそれをどこかで見たことがある気がした。
だが、だいぶ昔のことで、よく思い出せない。
自分で頭を小突いてみるが、思い出しかけたものが小突くごとに余計に記憶が離れていくだけだった。
「あ―――、さびぃ―――」
飛段の声と裸足の音が近づいてくる。
全裸で近づかれる前に、飛段の外套を投げつけた。
「さっさと着替えろ」
「んだよォ。まだ乾いてねえぞ」
投げ返され、代わりにオレの外套を投げつける。
「だったらコレ着てろ。まっぱは目障りだ」
「お、サンキュー」
飛段はさっそくオレの外套を着、オレの隣に座って焚き火にあたる。
あれなら多少濡れても、すぐに乾くだろう。
外套のサイズは余裕が少しあったため、オレより体格が少し大きい飛段にはぴったりのようだ。
「火の番は任せたぞ」
そう言ったあと、今度は角都は立ち上がり、服を脱ぎ始める。
次は角都が川で体を洗う番だ。
飛段と違い、角都は外套の下に服を着ていた。
服と言っても、覆っているのは胴体だけで、しかも、背中は大きく空いていた。
「!」
縫い目だらけなのもそうだが、驚いたのは背中にある4つの仮面だった。
背中にくっついてるというより、背中に埋まっているようだ。
「なんだアレ…」
「角都の心臓」
飛段が代わりに答えた。
「え?」と飛段に顔を向け、流し目で角都を見たが、角都がズボンを脱ぎ始めたので、再び焚き火へと視線をさっと移した。
どうして飛段も角都も岩陰で脱ごうとしないのだろうか。
角都が小川へ行ったあと、「心臓って?」と飛段に尋ねた。
「角都って、心臓5つも持ってんだぜェ。それ全部潰されるまで死なねえの」
仲間になって1日しか経過していないのに、そんなことをオレに喋っていいのだろうか。
完全に信用されているとも考えにくい。
「なんで5つも…」
「全部他人の心臓なんだってよ。寿命が尽きる前に、強くて長生きしそうな奴の心臓を生きたまま抉りとって、自分のものにしちまうってわけ」
だから89年も生き続けてるのか。
飛段と違って命に限りがあるにせよ、それぐらい生きていればいろんな修羅場も潜ってきたのだろう。
体中の縫い目がそれを物語っていた。
飛段のように、傷口の再生はできないのか。
「ヨルは心臓いくつあるんだ?」
「…ひとつだ。…でも、ただの心臓じゃない」
「?」
飛段は首を傾げる。
詳しく教えてやろうかと思ったけど、やめた。
角都と飛段に対する信用がまだ足りないからだ。
「オレの呪いが効かなかったのは?」
「呪い?」
「オレの術は、地面に自分の血でジャシン様のシンボルを描き、相手の血を舐めとり、その上で儀式を行う」
飛段が自分の血で地面に、円とその真ん中に三角を描いていたのを思い出す。
確かそのあと、オレの血を舐めとったっけ。
しかし、オレはその術でなにをしようとしたのかわからなかった。
「それで儀式の準備が整って体が変色するんだけどよ…、血を舐めとっても変色しなかった」
飛段は自分のてのひらを見つめたあと、流し目でオレを見る。
怪訝そうな目だ。
「変色したあと、なにかあるのか?」
「自分と相手の痛みがリンクするんだよ。オレが自分で足をブッ刺せば、テメーの足にも同じ傷ができる。オレが自分で心臓を刺せば、テメーも…」
言いたいことがわかったか、と言うように飛段は言葉を切った。
人差し指の指先を自分の胸に当てている。
なるほど、心臓を突き刺しても、飛段が死ぬことは絶対にない。
不死身だから。
一撃必殺の技だな。
手順を思い浮かべ、なぜ飛段の術が効かなかったのかを考えた。
そこで「あ」と気がつく。
「おまえ、オレの血を舐めたよな?」
「ああ。確かに舐めたぜ」
「じゃあ、原因はそれだ。オレの体内に流れる血は、オレの血であってオレの血じゃない」
「ああ?;」
飛段はわかりやすいほど「?」っていう顔をする。
「角都と少し…似てる。…オレの中に流れてる血の90%は他人の血だ。オレの食料になった奴のな」
だから、人間に存在するはずの“血液型”というものが、オレにはない。
角都を例に出したのがよかったのか、飛段の顔から「?」が薄れた。
「オレが舐めたのは、その90%のハズレの血ってわけか」
「ああ」
「じゃあ、ヨルの血は? ヨルの血と混ざってりゃあ、他人の血でもヨルの血に…。ああ、クソッ、ややこしい!」
逆切れして後頭部を荒々しく掻く。
「考えることに音を上げるの早いな!;」
オレは右のてのひらを開いて見つめながら説明を続ける。
「残り10%のオレの血は、他の血と混じらない場所に保存してある」
もっとも、それが本当にオレの血かどうか、オレ自身も知らないが。
「へえ、どこに?」
「言えるか」
オレの即答に飛段は眉をひそめる。
「んだよォ、ケチ。オレいっぱい喋っただろォ」
「テメーが勝手に喋ったんだろが」
「んなこと態度デケーこと言ってっと、ジャシン様に祟られるぜ!」
「あのさぁ、その「ジャシン」ってのはなんなんだ?」
今日1日だけで何度「ジャシン様」「ジャシン様」と聞かされたことか。
あえて触れないようにしていたが、露骨にその存在を知ってほしそうだったので、聞くだけ聞くことにした。
「よくぞ聞いた!」
待ってましたと言わんばかりに、飛段は胸に下げているペンダントヘッドをつかみ、オレに見せつけた。
銀色をいきなり突き付けられて思わず仰け反る。
「殺戮がモットーの、オレが信仰する“ジャシン教”の主の名だ! 覚えとけェ!“ジャシン教”ってのはな…」
顔を近づけ、興奮気味に“ジャシン教”について語りだした飛段に、気圧されそうになった。
これはなにか言わないと1、2時間で終わりそうにない。
オレが思う、飛段の性格に「信心深い」という単語を追加した。
「ヨル、テメーも不死身なら、“ジャシン教”の信者になれよォ」
突然の勧誘は無視できず、即座に首を横に振った。
「ならねえよ! だから不死身じゃねえっつってんだろ! 銀色向けるな!」
「テメーも角都と同じかよ! この無神論者がァ!」
あの角都まで誘ったのか。
とことん命知らずな奴だ。
死なないだけに。
「無神論者で結構だ。元々、神なんて信じてねーし」
「言ったな? オレが直々に裁き下してやろうかァ? ああ!?」
「雷でも落とすってのか? やってみろクソガキ!」
オレの額と飛段の額がぶつかり、押し合いになった。
一歩も引いてなるものかと力を込める。
その時、カッと青白い光に包まれた。
同時に、体に電撃が走る。
ビシャアアアア!!
「「ぎゃああああ!!」」
オレと飛段は悲鳴を上げ、ほぼ同時に仰向けに倒れた。
「黙れ」
犯人は角都だった。
背中の4つの仮面のうちの1つが雷をこっちに放ちやがった。
「て…め…、角都ゥ!」
さすが不死身というべきか、飛段は上半身を起こして角都に怒鳴った。
「手加減はした。次に騒げば殺す」
「だからァ、それをオレんんん!!」
飛段が騒ぐ前に、オレは重たい自分の体を引きずり、そのうるさい口を両手で塞いだ。
今の雷が手加減なら、次に放たれる雷で確実にオレの心臓が停止してしまう。
飛段のせいで殺されてはたまったものではない。
「マジで黙れ銀髪」
「むぅ…」
口を塞がれたまま、舌打ちしたのが聞こえた。
オレはそっと手を離し、ため息をつく。
「なんだよ、そのため息」
「……腹減った」
上半身を起こし、頭を垂れた。
「あ? さっきメシ食わなかったじゃ…」
「テメーらが食べてるモンに興味はねえ。オレはこっちだ…」
飛段と向き合って目の前の両肩をつかみ、白い首筋に牙を近づけた。
飛段が「あ」と声を出したと同時にそこに噛みつき、牙を立てて皮膚を突き破り、溢れ出る真っ赤な血を啜る。
「痛っ…つ…!」
飛段はオレの後頭部や髪をつかんで離そうとするが、オレは食い下がって夢中で血を貪った。
飲んでも飲んでも溢れ出てくる。
致死量は飲んだというのに、飛段は痛がるだけで死ぬ気配をまったく見せない。
渇きも十分潤ったところで、ようやくオレは飛段の首筋から離れる。
飛段はオレを左手で軽く突き飛ばし、右手で傷口を押さえた。
「っっってェ~…!」
オレは口元の血を手の甲で拭い、薄笑みを浮かべる。
「死なないうえに美味い。これほど上等なエサは他にないな。飲み放題じゃねえか」
言い方が気に入らなかったのか、飛段は顔を真っ赤にしてがなり始める。
「誰がエサだ!? オレの血はジャシン様に捧げるためにあるんだぜ! 勝手に美味そうに貪ってんじゃねえ!」
「オレはおまえにタカの肉与えただろ。だからテメーもオレに食糧を与えるべきだと思うが? それとも、血を飲ませてはいけないとでも“ジャシン教”の戒律で決まってんのか?」
飛段は「それはねえけど…」と口を濁す。
その首筋の傷は、すでに塞がっていた。
なにか言い返してやろうかと思ったが、川から上がった角都の殺気を感じ取り、またあの攻撃を食らいたくなかったので、ここで終わらせようとその場に横になった。
「それに、今日は疲れたからな…」
だから里にいた頃より大量に飲んだかもしれない。
「なにに疲れたってんだ。なにもなかっただろが」
「いちいちうるせえクソガキだな。あ…、明日から野菜もちゃんと摂れ。血は美味かったが、塩分、脂質、タンパク質が多い」
「野菜は嫌ェだっつの!」
子供のようなことを言って、着ていたオレの外套をオレに顔に投げつけた。
オレはその外套を毛布代わりに使う。
焚き火も近いから、温かい。
「あーあ、これだから年寄りはァ。なにかにつけて疲れただのなんだの…」
ブツブツ言う飛段に、着替えていた角都が言う。
「おまえは年寄りでもないのに、すぐに「疲れた」と音を上げるクセに」
「だぁーっ!!」
奇声をあげて逆切れする飛段。
自分を棚に上げすぎだ。
「マジで疲れた…。貧血起きそう…;」
オレは寝返りを打って呟く。
こんなに他の奴と喋ったり怒鳴り合ったりしたのはいつ以来だろうか。
いや、こいつらが初めてかもしれない。
喋ることが疲れることだと初めて知ったのだから。
.
里から離れて半日以上が経過した。
森をひらすら歩き続けている間は眠たくて足どりが重くて仕方がなかった。
日があるうちは寝て、夜に活動するのがオレの習慣だったからだ。
これからはその逆の生活をしなければならないと思うと憂鬱を覚える。
「さっさと歩け」と言う角都に、やっぱりついてこなきゃよかった、と後悔した。
「角都よりジジイなんだからしょうがねえだ…うごお!?;」
いらないフォローをしようとする飛段の背中に飛び蹴りを食らわせる。
「痛で!!;」
うつ伏せに倒れた飛段をフンと鼻で笑ってやる。
眠気のせいでイラついていたから、ちょうどよかった。
「テメー、ジジイー!」と喚く飛段を無視し、先へと進む。
真上を見上げると、オレンジ色だった空はいつの間にか淡い蒼色に変わっていた。
ふと角都は道を逸れ、茂みの向こうへと行ってしまう。
オレと飛段はそれを追いかけた。
着いたのは、小川を挟んだ岩場だった。
その岩の上に角都は座っていた。
「今日はここで野宿をする」
「また野宿かよー」
飛段はその場に胡坐をかいて座り、文句を続ける。
「ここ最近ずっと野宿続きだぜェ? いい加減肉も食いてえよォ」
「贅沢を言うな。殺すぞ」
今日1日の会話を思い出すだけで、角都と飛段の性格が少しだけわかった。
角都はケチで短気。
飛段はワガママで単純。
よく一緒に行動できるものだ。
とんでもない年の差もあるっていうのに。
ちなみに、聞けば、角都は89歳で飛段は20歳だそうだ。
飛段もオレみたいに外見は変わらず、年だけくってるかと思えば、見た目通りの年齢だった。
精神面はガキだから、妙に納得してしまったが。
「はぁ、肉ゥ…」
そう呟きながらため息をつく飛段。
オレは真上を見上げたあと、飛段に近づき、飛段の背中に携えられている鎌を手に取った。
「!」
飛段は「なんだ?」とオレを見上げる。
オレは構わず振り被り、その鎌を真上へと投げ飛ばした。
「オレの鎌!;」
放り捨てられたのかと思ったのか、飛段は声を上げた。
飛段の鎌は宙を掻き、飛行中のタカの胸に突き刺さる。
そのまま、一撃で仕留めたタカとともに向こう岸の岩場へと墜落した。
「トリ肉でいいか?」
オレが聞いても、角都と飛段は墜落したタカを見つめたまま、黙っていた。
角都が起こしてくれた焚き火でタカを焼き、焼き鳥にする。
オレ達は焚き火を囲みながら、トリ肉が焼けるのを待った。
「ヨルも役に立つなァ」
「そりゃどうも」
無愛想に言ったのに、飛段は気にすることなく「角都も見習えよォ」と笑いながら角都に言う。
角都は「おまえが言うな」とこれまた無愛想に返した。
「お、いい焼け具合」
飛段はさっそく焼き鳥を焚き火から取り出して右翼を引き千切り、角都に放って渡す。
次に左翼を引き千切り、オレに差し出した。
しかしオレは手で制して断る。
「オレはいい」
「あ? なんで?」
「血液以外、食欲が湧かねえ」
飛段は「ふーん」と言って、オレに渡そうとした左翼を角都に渡した。
そのあと、厚かましくボディーの肉にかぶりついた。
相方の無類の肉好きは知っているのか、角都はなにも言わず、口布と頭巾を外して食べ始める。
頭巾まで外したのは、肉汁が付着しないようにか。
初めて見た角都の素顔に、オレは驚きを隠せなかった。
口の端から耳まで裂けた傷があり、それは地怨虞という細くて黒い糸のようなもので縫われていた。
髪は肩までつくくらいの黒髪だ。
どう見ても30~40歳くらいに見える。
眉間の深い皺がなければ、もっと若く見えるかもしれない。
それでも、これを誰が89歳の老人と思うだろうか。
オレも人のことは言えないが。
「なんだ?」
布越し以外の声は初めてで、オレははっとして正直に言う。
「白髪かハゲのジジイかと思ったら、モテそうなツラしてるじゃねえか」
赤と緑の目と口の縫い目さえなければ、「モテ」がもうひとつつく。
「黙れ」
褒めてやったのに、可愛げのない奴だ。
可愛げがあったらあったで恐ろしいが。
「んな照れんなよ、角都ゥ。ゲハッ!!;」
飛段がそう言った瞬間、かぶりついていた肉とともに小川へと吹っ飛んだ。
角都が文字通り腕を伸ばし、コブシをその額に食らわせたからだ。
「痛ってェじゃねえか、角都!」
「あ」
オレが「あ」と言ったのは、ずぶ濡れになった飛段を見たからだ。
オールバックだった髪が、水に濡れたせいですべて下りた。
本当に成人かと聞きたくなるほどの幼さがあった。
角都といい飛段といい、素顔の方がモテそうではないか。
「ついでに体を洗っておけ」
角都がそう言って、飛段は「チッ」と舌打ちしたあと、いきなり暁の外套を岩場に放った。
外套の下はなにも着てなくて半裸だ。
そのあと、ズボンと靴まで脱ぎ始めた。
脱いだそれらを、先程放った暁の外套の上に積むように放る。
「!!;」
びっくりしたオレは素早く視線を焚き火に移した。
「ヨル、テメーも体洗っとけー」
おそらく全裸になっているであろう飛段がオレを誘う。
横からバシャバシャと水飛沫が飛散する音が聞こえた。
「…オレはいいから」
「つれねえ奴ゥ」
機嫌を損ねたような呟きが聞こえ、再度水を飛び散らせる音がした。
「冷てェ」と言いつつ、泳いでいる。
いい年なのに、よく子供みたいにひとりではしゃげるものだ。
しかし、不思議と違和感はない。
泳いでいるのが角都なら、間違いなく今とは反対の気持ちになる。
「飛段があがったら、次はオレが入る。おまえはそのあとに入れ」
左翼を食べながら角都が言った。
「だから、オレはいいって」
「オレ達より、おまえの方が死臭が強いことに気付いているのか? 何日死体の傍にいた?」
「……………」
そう言われて初めて、己の臭いに気付いた。
角都や飛段よりも、オレの方が血生臭い。
「オレ達が眠ったあとに、こっそり入ってしまえ。……一応、羞恥心はあるようだな」
「……………」
たぶん、角都は最初オレを見たときからわかっていたのだろう。
オレも完全に隠せるとは思ってなかったが、わざと回りくどい言い方をされたのが気に食わない。
気付かないとでも思ったか、と馬鹿にされたようだ。
怒りなのか、角都が言う「羞恥」というものなのか、頬が熱くなるのを感じ、角都を睨みつけた。
「ソイツガ“朱族”カ?」
「うわ!?」
その時、突然背後の地面から巨大なハエトリ草が出現した。
オレは驚いてその方向に振り返って声を上げた。
よく見ると、ハエトリ草の間に、緑の短髪で、顔が半分白と黒で分かれている。
ちなみに右が黒で左が白。
人なのか、と目を疑った。
「ゼツか」
角都が顔を上げ、短く言った。
首から下は地面に埋まってるのか、暁の外套はわからないが、どうやら同じ“暁”のメンバーらしい。
ゼツはオレの顔を観察するように見つめる。
「随分と若いね」
「見タ目ハナ。コレデモ、100歳以上ダ」
「え? そうなの?」
「オマエハ人ノ話ヲ聞イテナカッタノカ」
白の顔が喋り、黒の顔が喋った気がした。
喋り方といい、ひとりで呟いているというより、会話しているようだ。
「二重人格?」
「そうだ」
ゼツの代わりに角都が答えた。
「ゼツ、今後オレ達はそいつをどうすればいい?」
角都に尋ねられ、黒ゼツが答える。
「オマエ達ガ面倒ヲ見ロ。シバラクハ3人デ行動シテモラウ」
角都の片眉がピクッと動いた。
「随分と勝手だな。“暁”はツーマンセル(2人一組)が基本じゃなかったのか?」
「面倒ヲ見レル組モ他ニイナイ。正式ナ“暁”ノ一員ニナルマデノ間ダ。文句言ウナ」
「仲間に引き入れろと言ったのはリーダーだぞ。トビと組ませればいいだろ」
「ダメダ」
なんだか、2人の真ん中にいるオレの身にもなってほしい。
角都の低い声がどんどん苛立ちを含み始めている。
ここであの腕を飛ばされたら、間違いなくオレに当たるだろう。
こいつらはオレを結局どうしたいのか。
「サポート役ニデモ使エ。不死トリオノ出来上ガリダ」
やけに黒ゼツの方が喋る。
片言のクセに。
「次にふざけたことを抜かしてみろ、殺すぞ」
「ほらほら、怒ってるじゃないか」
ようやく白ゼツが喋る。
「精々、仲良クスルコトダナ」
「あ、これ、“暁”のコート」
白ゼツがそう言って取り出したのは、“暁”の外套だった。
それをオレに手渡したあと、さっさと地面に潜ってしまった。
潜ったというより、溶けたと言った方がいい。
ゼツがいた場所は穴ひとつ残っていなかったのだから。
「…サイズはまあまあか」
オレはさっそく、ゼツにもらった“暁”の外套を着た。
袖は指先が出るか出ないかの長さで、裾は脛くらいの丈だ。
「…不服そうだな」
オレがそう言うと、角都はこちらを睨みながら言う。
「勧誘しろとは言われたが、そのまま押しつけられるとは思わなかった。リーダーはなにを考えているのか…。オレには理解しがたい」
それはオレも同じだ。
一度そのリーダーのツラを拝んでやりたい。
「質問いいか?」
オレは手を小さく上げて伺った。
「…なんだ?」
さっそく質問をぶつける。
「メンバーは何人だ?」
「…正式なメンバーは10人いて、ツーマンセルで行動している。オレと飛段、サソリとデイダラ、イタチと鬼鮫、リーダーと小南、そしてゼツ」
そこで「ん?」と思った。
「9人しかいねえぞ」
「昔、ひとり抜けてな。指輪とともに…」
「指輪?」
「これだ」
そう言って角都はオレに左手の中指を見せつける。
その中指には確かに指輪がはめられていた。
“北”という刻印が見える。
「飛段の人差し指にも同じものがはめてある」
そう言われても、全裸で泳いでる飛段の方向には振り向かなかった。
角都は言葉を続ける。
「“零”“白”“玄”“南”“朱”“玉”“青”“三”“北”“空”の10の指輪を持っていれば、正式な“暁”として認められる。しかし、“空”の指輪は裏切り者が持って行ったままだ」
だから正式メンバーは9人しかいないのだそうだ。
「オレはまだその正式な“暁”の構成員じゃないってことか」
「新参は古参に認められて指輪を受け取ることで、初めて“暁”を名乗れる。…まあ、今いるメンバーの誰かが抜けるか死ぬかで決まることだがな」
「ふーん…。それで、“暁”ってなんの集まりなんだ?」
答える角都はなんだか面倒臭そうだ。
「…“暁”というのは、抜け忍のS級犯罪者の集まりだ。大名殺し、爆破テロ、一族惨殺など、メンバーの罪はそれぞれだ」
「目的は?」
「……………」
あまりしつこく聞くと殴り殺されそうだ。
それでも、軽い質問ならいいだろう。
「…おまえもあいつも指名手配犯なら、なにやらかしたんだ?」
「……数えきれんな」
角都はそう言って、食べ終わって残った左翼の骨を焚き火の中へと放り込んだ。
小さな火花が飛び、投げ入れられた骨を燃やす。
「……………」
放り込むとき、袖の下から角都の手首が見えた。
刺青だ。
黒い輪っかをはめたような2つの刺青。
いや、両腕を合わせれば4つか。
オレはそれをどこかで見たことがある気がした。
だが、だいぶ昔のことで、よく思い出せない。
自分で頭を小突いてみるが、思い出しかけたものが小突くごとに余計に記憶が離れていくだけだった。
「あ―――、さびぃ―――」
飛段の声と裸足の音が近づいてくる。
全裸で近づかれる前に、飛段の外套を投げつけた。
「さっさと着替えろ」
「んだよォ。まだ乾いてねえぞ」
投げ返され、代わりにオレの外套を投げつける。
「だったらコレ着てろ。まっぱは目障りだ」
「お、サンキュー」
飛段はさっそくオレの外套を着、オレの隣に座って焚き火にあたる。
あれなら多少濡れても、すぐに乾くだろう。
外套のサイズは余裕が少しあったため、オレより体格が少し大きい飛段にはぴったりのようだ。
「火の番は任せたぞ」
そう言ったあと、今度は角都は立ち上がり、服を脱ぎ始める。
次は角都が川で体を洗う番だ。
飛段と違い、角都は外套の下に服を着ていた。
服と言っても、覆っているのは胴体だけで、しかも、背中は大きく空いていた。
「!」
縫い目だらけなのもそうだが、驚いたのは背中にある4つの仮面だった。
背中にくっついてるというより、背中に埋まっているようだ。
「なんだアレ…」
「角都の心臓」
飛段が代わりに答えた。
「え?」と飛段に顔を向け、流し目で角都を見たが、角都がズボンを脱ぎ始めたので、再び焚き火へと視線をさっと移した。
どうして飛段も角都も岩陰で脱ごうとしないのだろうか。
角都が小川へ行ったあと、「心臓って?」と飛段に尋ねた。
「角都って、心臓5つも持ってんだぜェ。それ全部潰されるまで死なねえの」
仲間になって1日しか経過していないのに、そんなことをオレに喋っていいのだろうか。
完全に信用されているとも考えにくい。
「なんで5つも…」
「全部他人の心臓なんだってよ。寿命が尽きる前に、強くて長生きしそうな奴の心臓を生きたまま抉りとって、自分のものにしちまうってわけ」
だから89年も生き続けてるのか。
飛段と違って命に限りがあるにせよ、それぐらい生きていればいろんな修羅場も潜ってきたのだろう。
体中の縫い目がそれを物語っていた。
飛段のように、傷口の再生はできないのか。
「ヨルは心臓いくつあるんだ?」
「…ひとつだ。…でも、ただの心臓じゃない」
「?」
飛段は首を傾げる。
詳しく教えてやろうかと思ったけど、やめた。
角都と飛段に対する信用がまだ足りないからだ。
「オレの呪いが効かなかったのは?」
「呪い?」
「オレの術は、地面に自分の血でジャシン様のシンボルを描き、相手の血を舐めとり、その上で儀式を行う」
飛段が自分の血で地面に、円とその真ん中に三角を描いていたのを思い出す。
確かそのあと、オレの血を舐めとったっけ。
しかし、オレはその術でなにをしようとしたのかわからなかった。
「それで儀式の準備が整って体が変色するんだけどよ…、血を舐めとっても変色しなかった」
飛段は自分のてのひらを見つめたあと、流し目でオレを見る。
怪訝そうな目だ。
「変色したあと、なにかあるのか?」
「自分と相手の痛みがリンクするんだよ。オレが自分で足をブッ刺せば、テメーの足にも同じ傷ができる。オレが自分で心臓を刺せば、テメーも…」
言いたいことがわかったか、と言うように飛段は言葉を切った。
人差し指の指先を自分の胸に当てている。
なるほど、心臓を突き刺しても、飛段が死ぬことは絶対にない。
不死身だから。
一撃必殺の技だな。
手順を思い浮かべ、なぜ飛段の術が効かなかったのかを考えた。
そこで「あ」と気がつく。
「おまえ、オレの血を舐めたよな?」
「ああ。確かに舐めたぜ」
「じゃあ、原因はそれだ。オレの体内に流れる血は、オレの血であってオレの血じゃない」
「ああ?;」
飛段はわかりやすいほど「?」っていう顔をする。
「角都と少し…似てる。…オレの中に流れてる血の90%は他人の血だ。オレの食料になった奴のな」
だから、人間に存在するはずの“血液型”というものが、オレにはない。
角都を例に出したのがよかったのか、飛段の顔から「?」が薄れた。
「オレが舐めたのは、その90%のハズレの血ってわけか」
「ああ」
「じゃあ、ヨルの血は? ヨルの血と混ざってりゃあ、他人の血でもヨルの血に…。ああ、クソッ、ややこしい!」
逆切れして後頭部を荒々しく掻く。
「考えることに音を上げるの早いな!;」
オレは右のてのひらを開いて見つめながら説明を続ける。
「残り10%のオレの血は、他の血と混じらない場所に保存してある」
もっとも、それが本当にオレの血かどうか、オレ自身も知らないが。
「へえ、どこに?」
「言えるか」
オレの即答に飛段は眉をひそめる。
「んだよォ、ケチ。オレいっぱい喋っただろォ」
「テメーが勝手に喋ったんだろが」
「んなこと態度デケーこと言ってっと、ジャシン様に祟られるぜ!」
「あのさぁ、その「ジャシン」ってのはなんなんだ?」
今日1日だけで何度「ジャシン様」「ジャシン様」と聞かされたことか。
あえて触れないようにしていたが、露骨にその存在を知ってほしそうだったので、聞くだけ聞くことにした。
「よくぞ聞いた!」
待ってましたと言わんばかりに、飛段は胸に下げているペンダントヘッドをつかみ、オレに見せつけた。
銀色をいきなり突き付けられて思わず仰け反る。
「殺戮がモットーの、オレが信仰する“ジャシン教”の主の名だ! 覚えとけェ!“ジャシン教”ってのはな…」
顔を近づけ、興奮気味に“ジャシン教”について語りだした飛段に、気圧されそうになった。
これはなにか言わないと1、2時間で終わりそうにない。
オレが思う、飛段の性格に「信心深い」という単語を追加した。
「ヨル、テメーも不死身なら、“ジャシン教”の信者になれよォ」
突然の勧誘は無視できず、即座に首を横に振った。
「ならねえよ! だから不死身じゃねえっつってんだろ! 銀色向けるな!」
「テメーも角都と同じかよ! この無神論者がァ!」
あの角都まで誘ったのか。
とことん命知らずな奴だ。
死なないだけに。
「無神論者で結構だ。元々、神なんて信じてねーし」
「言ったな? オレが直々に裁き下してやろうかァ? ああ!?」
「雷でも落とすってのか? やってみろクソガキ!」
オレの額と飛段の額がぶつかり、押し合いになった。
一歩も引いてなるものかと力を込める。
その時、カッと青白い光に包まれた。
同時に、体に電撃が走る。
ビシャアアアア!!
「「ぎゃああああ!!」」
オレと飛段は悲鳴を上げ、ほぼ同時に仰向けに倒れた。
「黙れ」
犯人は角都だった。
背中の4つの仮面のうちの1つが雷をこっちに放ちやがった。
「て…め…、角都ゥ!」
さすが不死身というべきか、飛段は上半身を起こして角都に怒鳴った。
「手加減はした。次に騒げば殺す」
「だからァ、それをオレんんん!!」
飛段が騒ぐ前に、オレは重たい自分の体を引きずり、そのうるさい口を両手で塞いだ。
今の雷が手加減なら、次に放たれる雷で確実にオレの心臓が停止してしまう。
飛段のせいで殺されてはたまったものではない。
「マジで黙れ銀髪」
「むぅ…」
口を塞がれたまま、舌打ちしたのが聞こえた。
オレはそっと手を離し、ため息をつく。
「なんだよ、そのため息」
「……腹減った」
上半身を起こし、頭を垂れた。
「あ? さっきメシ食わなかったじゃ…」
「テメーらが食べてるモンに興味はねえ。オレはこっちだ…」
飛段と向き合って目の前の両肩をつかみ、白い首筋に牙を近づけた。
飛段が「あ」と声を出したと同時にそこに噛みつき、牙を立てて皮膚を突き破り、溢れ出る真っ赤な血を啜る。
「痛っ…つ…!」
飛段はオレの後頭部や髪をつかんで離そうとするが、オレは食い下がって夢中で血を貪った。
飲んでも飲んでも溢れ出てくる。
致死量は飲んだというのに、飛段は痛がるだけで死ぬ気配をまったく見せない。
渇きも十分潤ったところで、ようやくオレは飛段の首筋から離れる。
飛段はオレを左手で軽く突き飛ばし、右手で傷口を押さえた。
「っっってェ~…!」
オレは口元の血を手の甲で拭い、薄笑みを浮かべる。
「死なないうえに美味い。これほど上等なエサは他にないな。飲み放題じゃねえか」
言い方が気に入らなかったのか、飛段は顔を真っ赤にしてがなり始める。
「誰がエサだ!? オレの血はジャシン様に捧げるためにあるんだぜ! 勝手に美味そうに貪ってんじゃねえ!」
「オレはおまえにタカの肉与えただろ。だからテメーもオレに食糧を与えるべきだと思うが? それとも、血を飲ませてはいけないとでも“ジャシン教”の戒律で決まってんのか?」
飛段は「それはねえけど…」と口を濁す。
その首筋の傷は、すでに塞がっていた。
なにか言い返してやろうかと思ったが、川から上がった角都の殺気を感じ取り、またあの攻撃を食らいたくなかったので、ここで終わらせようとその場に横になった。
「それに、今日は疲れたからな…」
だから里にいた頃より大量に飲んだかもしれない。
「なにに疲れたってんだ。なにもなかっただろが」
「いちいちうるせえクソガキだな。あ…、明日から野菜もちゃんと摂れ。血は美味かったが、塩分、脂質、タンパク質が多い」
「野菜は嫌ェだっつの!」
子供のようなことを言って、着ていたオレの外套をオレに顔に投げつけた。
オレはその外套を毛布代わりに使う。
焚き火も近いから、温かい。
「あーあ、これだから年寄りはァ。なにかにつけて疲れただのなんだの…」
ブツブツ言う飛段に、着替えていた角都が言う。
「おまえは年寄りでもないのに、すぐに「疲れた」と音を上げるクセに」
「だぁーっ!!」
奇声をあげて逆切れする飛段。
自分を棚に上げすぎだ。
「マジで疲れた…。貧血起きそう…;」
オレは寝返りを打って呟く。
こんなに他の奴と喋ったり怒鳴り合ったりしたのはいつ以来だろうか。
いや、こいつらが初めてかもしれない。
喋ることが疲れることだと初めて知ったのだから。
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