悪党は、責任を持ってお世話します。
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その夜、神崎は懲りもせずに夕食を部屋に運んだ。
トレーの上には、パン、スープ、ヨーグルッチが載せられてある。
やはり、部屋に足を踏み込めば、音か気配か、男は反射的に身を起こす。
少し長い前髪から覗く瞳に纏う敵意は消えないままだ。
「……………」
「晩飯持ってきたぞ。毒は入ってねえから食え」
「……………」
男はトレーに載せられた食事に目もくれない。
目を逸らしているとも言うべきか。
「いい加減にしねーと死んじまうぞ」
「……………」
「…てめーに関しては深いとこまでは聞かねえよ。ここにいる奴らも、隠したい、うしろめたいモン背負って暮らしてる…。けどな、偽名でもいいから、名前だけは教えろ。いつまでも「おい」「おまえ」で呼びたくねえ」
「……………」
それでも男はなにも答えない。
誰も信用していない、そんな目だ。
初めてここに来た時も自分はそんな目をしていたのだろうか、と神崎は思いながら、トレーをサイドボードの上に置こうとした。
すると、男は突然、神崎の手首をつかんだ。
何日も口にしていないとは思えないほどの力で。
「!」
ついに食う気になったのかと思い、神崎は男に近づき、その膝にトレーを置き、「ほら」とスプーンを手渡そうとした。
しかし、男の伸びた手は、素早くスプーンを通り過ぎ、神崎の懐に入り込んだ。
「!!?」
咄嗟に反応しようとしたが、遅れてしまった。
男はほくそ笑むと、神崎の懐から抜き取った拳銃を、神崎に向け、引き金を引く。
ドン!! ドン!!
銃声は2発。
1発目は右脇腹に、2発目は左胸に命中した。
その場に倒れる神崎と、ひっくり返るトレー。
「…っ」
体に響いたのか、男は小さく唸り、ベッドから降り、夏目たちが駆けつけてくる前にドアへと向かった。
なにも口にしていないせいで、歩くのは辛い様子だ。
ふと、肩越しに、自分が撃った神崎を見る。
口端から血を流し、仰向けに倒れていた。
(悪く…思うなよ…)
前に向き直り、ドアノブに手をかけた瞬間だ。
「痛…ってぇなゴラァ!!」
「っ!?」
いきなり足払いされてその場に倒れ、身を起こす前に仰向けの体の上に神崎がまたがった。
痛みで息を荒げ、撃たれた左胸を左手で押さえている。
「なんで…生きてる…?」
男は目を丸くして尋ねる。
「はっ、喋れんじゃねえか。で、第一声がそれかよ。…うちのファミリーは、できるだけ死人出さねえように、全員弱装(ゴム弾)の拳銃を持たされてる。…落ちぶれマフィア、チキンのイシヤマ…。陰口は叩かれるが、ボスはアレでも一応仕事ができる奴だし、信頼もある。それに…、他のチンピラどもみたいに、相手のことを知りもしねーで無闇にゴミのように殺さねえしな」
「……………甘ぇよ」
「ああ。クソ甘ぇ…。この世界に言わせてみればな。…けどな、そんな世界の当たり前に付き合う義理もねえ。…そうだろ? オレはまだ、てめーの名前すら知らねえんだ」
そう言って神崎は落ちたパンを拾い、男の前で食いちぎって見せ、よく咀嚼して飲み込んでから、今度は指でパンを小さく千切って男の口に押し込んだ。
「ん…ッ」
「よく噛んで食え。ここにはてめぇを殺ろうとしてる、つまんねーヤロウなんざひとりもいねーよ。てめーを拾ってきたのはオレだ。間違って毒が入ってたとしても、責任もって一緒に死んでやる」
「…!!」
神崎はヨーグルッチにストローをさし、自分が飲んで見せてから、男の口に運んだ。
「ッ、げほっ、ごほっ」
「あ、その体勢じゃ飲みにくいか。つか、なにか口にするの久々なんだっけか?」
男の体から離れた神崎は、その手をとって上半身を起こしてやった。
「…わ、だ」
「あ?」
「姫川だ…。オレの…名前…」
男―――姫川はせき込みながら名乗った。
「おう、オレは神崎だ。神崎さん、と敬って呼びやがれ」
「誰が言うかよ」と小さく笑い、姫川は考える。
「死ね」と散々言われたことはあっても、「一緒に死んでやる」と言ってくれた相手が、今までにいただろうか。
久々に喉を潤したそれは、肩が震えるほど、甘かった。
.To be continued