悪党だって、家出します。
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地下はバンド練習用のライブハウスとなっていた。
必要な機材もあれば、奥には、たくさんの楽器が保管されてある保管庫がある。
奈須達は楽器を設置してステージの上に立ち、姫川は誰もいないカウンターの席に座って頬杖をつきながらそれを傍観していた。
「早速、新しい曲やるっちゃよ~」
打ち合わせをして練習を始める。
ベースの亀山、トランペットの日野、太鼓の塩入、ピアノの鬼束。
変わった組み合わせだが、それでも合わせようと奮闘している。
練習だからなのか、鬼束の不協和音がライブハウス中に響き渡った。
「……………」
よくこれで表の舞台に立てているな、と姫川は両耳を塞ぎながら思う。
練習中は感動的な演奏は期待しない方がいいと判断した姫川は、保管庫へと避難する。
不用心にも鍵は開いたままで、簡単に入れた。
ドアを閉めれば不協和音が遠ざかる。
保管庫にはヴァイオリン、ギター、サックス、ドラムなど、まともな楽器ばかりが並んである。
(どうしてあのチョイスなんだ)
疑問に思いながら、姫川は保管庫を見回す。
ヴァイオリンのニスの匂いが鼻を通った。
ふと、棚に置かれたヴァイオリンのひとつを手にする。
「……………」
懐かしい手触りに自然と口元も緩んだ。
「それに目をつけるとはお目が高い」
「!」
振り返ると、ドアに背をもたせかけて腕を組んだ奈須がこちらを見ていた。
人差し指で姫川の持っているヴァイオリンを指さす。
「この中で一番高いモノ。姫っちゃん、楽器に詳しいナリ?」
姫川はヴァイオリンを見下ろし、首を横に振って答えた。
「……いや…、それほど…。―――昔、ちょっとだけな…」
思い出したのは、暖かい陽だまりの中で贈り物のヴァイオリンを弾いた幼い頃の記憶だ。
置かれた場所に戻そうとすると、奈須は「よかったら」と声をかける。
「弾いてみるナリ?」
「へ?」
「コレクションとして飾ってるようなものだし、たまには弾いてあげないとかわいそうナリ。オレ達はそれ弾けないし」
「弾けないなら集めるなよ」
戸惑った顔をしていた姫川だったが、少しだけならと一時的に奈須にステージを貸してもらう。
奈須達は見物しようとステージの前に降りた。
「言っとくが、ヘタでも笑うんじゃねえぞ」
弓の先端を向けて言い放つと、奈須は「リーゼントでやってたら笑ってるナリ」と笑う。
「いらねぇこと言いやがって」と舌を打った姫川は、ヴァイオリンを肩にのせてアゴをのせ、弦を弓で弾き始めた。
途端に、奈須達は笑みを引っ込める。
笑えないほど上手いのだ。
奏でる曲はパッヘルベルの『カノン』。
曲が進むごとに姫川の幼い頃の感覚が蘇り、さらに美しい音色を奏で、ヴァイオリンが喜んでいるように思えた。
優しい音色が終了し、続いて緊迫感のある曲が流れる。
シューベルトの『魔王』だ。
演奏する姫川の脳裏に、思い出が曲とともに巡る。
燃え上がる屋敷、逃げ惑う家族と使用人、現れた黒ずくめの男達。
家族と居場所が奪われ、怯える幼い姫川は、伸ばされる手から逃れることができなかった。
「!!」
ヴァイオリンの弦が切れる。奈須達も何事かと見上げた。
「…弦が切れちまった」
ヴァイオリンを見せつけて苦笑する姫川。
その額には冷や汗が浮かんでいた。
「あー、調整が甘かったからか」
「うまかったな」
「音楽性は違いそうだが」
「……………」
亀山、鬼束、塩入が呟くその傍で、奈須は姫川の疲れた顔を静かに見据えていた。
バシュッ!
「!? なんだ!!?」
いきなり空中から網が飛んできて姫川を捕らえた。
ライブハウスの出入口に振り向くと、そこにはバズーカ砲を構えた神崎が立っていた。
「捕獲完了」
「神崎!?」
「おー、早いっちゃね」
「てめ、奈須…!!」
奈須が居場所をバラしたことを知り、鋭く睨みつけたが網の中では迫力はない。
「迷惑かけたな。帰るぞ」
神崎は網を発射したバズーカ砲を背中に携え、ステージに上がって網をつかみ、姫川が包まれた状態で引きずって出入口へと歩く。
「いだっ、ちょっ、ぐっ」
ステージから落とされ、ずるずると引きずられてしまう。
「大量ナリ~☆」
「神崎! 削れる! 身が!」
ドアの前に到着する頃には奈須達は何事もなかったようにバンド練習を再開し、姫川は階段を一段一段上がるごとに呻き声を上げたのだった。
奈須のバーを出た神崎と姫川。
「……………」
「……………」
捕獲用の網から解放された姫川は引きずられて擦れた部分をさすりながら黙って神崎の横を歩いていた。
おぼつかない足取りなのは、昨夜のダメージが残っているからだと察して居た堪れなくなる。
だが、このまま黙って大人しく帰るわけにはいかない。
今後の対応に困るのだ。
相手は自分を拾った張本人で、無視し続けることもできない。
少し歩いてから、躊躇いがちに切り出した。
「……その…、いいのか? オレ…おまえにあんなこと…」
ギロリと鋭い目がこちらに向けられて思わず逸らした。
(やっぱり怒ってる…)
今にも怒声を上げそうだが、神崎はぐっと怒りを抑えて口を開く。
「クスリのせいなんだろ? オレも体が痺れて動けなかったし…。不可抗力ってやつだ…。間違って邦枝達を襲うよりはよかったんじゃねえか?」
それも恐ろしい話だ。
姫川はゾッと背筋に寒気を覚える。
「不可抗力…」
「そ…、そうだ。あの場にいたのがたまたまオレだっただけで…」
(本当に?)
姫川は神崎の言葉に耳を傾けながら疑問を浮かべた。
神崎でなくても襲っていたのだろうか、と。
「昨日の夜の事は…、犬に噛まれたとでも思っといてやるよ」
神崎は寛大さを露わにするが、実際は、犬に噛まれた方がマシな痛さだった。
姫川の視線が神崎の尻に移る。
「…初めてだったんだろ?」
メキッ!
咄嗟に踵落としを避け、的を失った神崎の足は地盤を割った。
「オレが過去に男に抱かれてるとでも思ったらブチ殺すぞ…!!」
唸るように言う神崎は拳銃を取り出して姫川のアゴに擦りつける。
「わ、わかってるっつの…。それに…、オレも男は初めてだったし…」
「おかげでこっちはなぁ…!」
先は言えないが、尻が裂けてしまうところだった、と恨めしく睨みつけた。
「引き金から指を外せ。このゼロ距離は死ぬ」
神崎を落ち着かせ、銃口が下りるとホッと胸を撫で下ろす。
(…けど、こいつのカラダ…。ヨかったんだよなぁ…)
感触も熱も快楽も、身体はしっかりと憶えていた。
ぼんやりと神崎を見つめていると、「なんだよ」と再び睨まれる。
「……悪かったな」
「謝んな。キモい。オレが一番腹立ててるのは勝手にいなくなったことだ。てめーの面倒はオレが見るって決めてんだから一言も告げずに消えるのだけは絶対やめろ。責任もって世話するって言ってたオレの面子も丸つぶれだ。次やったらブッ殺す」
「けど、あの場にいたらオレのこと」
「問答無用でボッコボコにしてたな」
「それが嫌で飛び出したんだが…」
即答する神崎に肩を落とす。
今は少し落ち着いているが、もしも神崎より起床が遅ければと思うとコブシと銃弾と罵倒の嵐だっただろう。
「……忘れてやるからこの話題はなしだ。身体の具合は?」
「あ、ああ、まあ、問題ない」
(腰が痛い以外は)
「なら、もうあんなことしねーだろ。この先一生」
瞬間、姫川は「え」とこぼした。
「え?」
素直に頷くかと思えば、姫川の意外な反応に立ち止まり、神崎は姫川と顔を見合わせる。
「「……………」」
妙な間が出来た。
「……しねーよな?」
神崎は念のためにもう一度尋ねる。
姫川は神崎を見つめたまま動かない。
ふと、神崎は先程の姫川の演奏シーンを思い出す。
突入しようとした矢先、演奏が始まり、結局終わるまでその姿に見入ってしまったのだ。
彼は何を考えていたのか、弦が切れて演奏が止まった時は今まで見たこともないような辛そうな顔をしていた。
姫川のことは未だに何も知らない。
過去も素性も。
こうやって食い入るように見つめられても、その瞳からは何も見つけ出すことができない。
「!」
はっと我に返った時には、目を閉じた姫川のドアップがそこにあった。
唇に吸い付かれていると理解し、反射的に体が動く。
ドス!
「ぐっ」
腹にボディーブローを食らった姫川は前のめりになった。
さすがに麻酔を打たれた時と違い、大人しくされるがままではない。
「一応構えていたんだが…」
「てめぇ全っ然反省してねえじゃねーか!! しかもここ、道の真ん中だし…っ」
唇を袖で拭いながら神崎は慌てて辺りを見回す。
幸い、人の通りが少ない小道だ。
誰かに見られた気配はない。
舌なめずりをした姫川は「ん―――」と小さく唸る。
「やっぱり全然嫌じゃねえんだよな…」
「は!? 何の話…っ」
「もしまた催淫薬の効力が残ってたりしたら、お相手よろしくな。今度は優しくするから」
口元を三日月形に歪める姫川。
「!!?」
神崎はまさかのセリフと表情に絶句する。
求めていた反応と全く異なるからだ。
「女子達に迷惑はかけられねーし、おまえはオレの世話係だろ?」
「誰もシモの世話までするとは言ってねえよ!! 娼婦に処理してもらえ!!」
「そういや女の方もご無沙汰だな…」
下世話な話になってきて、先程の言葉も冗談かもしれないと思ったところで神崎は大きなため息をつき、
「いっそ切り落としてやろうか。ブツ出せ」
ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、顔に影を作って手を差し出す。
股間の危機に直面した姫川は青い顔でたじろいだ。
「それならいっそ命ごと取ってくれ」
神崎は聞こえるように舌打ちし、ナイフをポケットにしまってアジトに足を向けた。
「バカ言ってねえでさっさと帰んぞ。もう一度警告しておくが、次にまたあんなことしてみろ。本当に切り取るからな」
キスのことを言っているのだと悟った姫川は肩を竦める。
「はぁ…。恐ろしい世話係なことで…」
「ブツブツ言うな。帰ったら他の奴らにも謝っとけよ、姫川」
名を呼ばれ、歩き出した途端、
『姫川―――』
「!!」
聞き覚えのない声に呼ばれたことを思い出した。
相手の顔はモヤがかかったように思い出すことはできないが、何かを渡した。
あの鍵だ。
『おまえが持ってろ』
「…っ」
わずかな頭痛も伴い、顔をしかめる。
『なくすなよ? 大事な鍵だ』
「姫川?」
神崎は何事かと立ち止まり、振り返った。
まどろみの記憶の言葉は念を押すように続く。
『―――おまえが全部、終わらせるんだ』
モヤのかかる顔が、不気味に微笑んだ。
.To be continued