悪党は、想い悩みます。
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姫川は保管屋の前に来ていた。
「いらっしゃい」
カウンターに座る店の主人は、老眼鏡をかけて仕事関連の資料を読んでいたようだ。
姫川がガラスの引き戸を開けて店に足を踏み入れるなり、愛想の良い笑顔を向けた。
「こんにちは、姫川さん。預け物ですか?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと…ですか?」
「ああ」
姫川が取り出しのは、ずっと大事に所持している小さな鍵だ。
この鍵の詳細を聞くために訪れたのだった。
「この鍵をオレが預けたのって…」
「こちらに取りにくる、半年前ですよ」
そうなると、神崎に拾われるまで、少なくとも半年以上の記憶を失っていることになる。
「オレはどんな様子だった?」
「……その時は、何やら空気が張りつめていて…、雑談をかわすことなく手続きを済ませ、珍しく、処分を任されました…」
「処分?」
「覚えてませんか?「もしオレが取りに来なければ、その鍵を『処分屋』にまわしてくれ。その分の金は先に渡しておく」と…」
処分屋とは、物でも、死体でも、2度と動かなくなったモノをあらゆる方法を駆使して無へ還すことを生業にしている。
依頼されたモノはこの世から跡形もなく消し去られてしまう。
「保管屋(こちら)から処分屋へまわしてくれ、なんて…。決定的な死を覚悟したお客さんにしか頼まれたことがありませんね」
「……………」
「ああそうだ…、処分屋へと回す際は追加料金を先払いすることは覚えてますね?」
「ああ」
追加料金の返却ができないことは覚えている。
保管屋に聞いてわかったのは、鍵を預けたのは半年前で、どういう理由か、自分が死ぬことすら想定していたということだけだ。
(オレがそこまでしてこの鍵にこだわる理由は何だ? 余計に気になっちまったし、捨てにくくなっちまったし…)
記憶にないはずなのに、落としただけで、防衛本能なのか自分の一部をなくしたかのような喪失感と恐怖に襲われてしまう。
「…今度は落とさないように持っておかないとな」
いっそ首に飾っておこうかと考えたとき、
「姫川先輩」
背後から近付く声があった。
振り返ると、古市が運転する車がこちらに近づいてくる。
助手席にはラミアがいた。
「古市…、おまえも外出か?」
「ええ。表に。ラミアが病院に戻る前に行きたいって…」
「「たまには表の空気も吸った方がいい」って古市が言うからでしょっ」
まるで駄々をこねたように言われ、ラミアはそっぽを向いた。
古市は苦笑しながら、「よかったら姫川先輩もどうっスか」と誘う。
断られるかと思っていたが、
「おお。じゃあ運転任せたぞ」
「!」
あっさりと後部座席に同乗した。
誘った古市は意外そうに驚いたが、男鹿に姫川を拾ったことをメールで伝えてから車を走らせる。
ちょうど悶々と解決しないことを考えていた姫川にとっては、いい気分転換だ。
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