悪党は、想い悩みます。
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豪華客船事件から1週間が経過した。
神崎を庇って大怪我を負った姫川はイシヤマファミリーの医療部によって治療されたが、冷たい海を泳いだせいで熱を出してしまう。
その熱のせいで、姫川はここ最近ある夢に悩まされていた。
今、その夢の最中にいる。
体は水の中を漂っている感覚に近く、けれど自身の体温は異常に熱く感じられた。
目を薄く開けると、女が髪を乱しながら上下に動いている。
姫川は女の腰に手をあて支えながら考えた。
(またこの夢か…。最近ヤッてないからな…。溜まってんだろうなぁ)
現実を誰よりも見据えているせいか、自分が夢を見ている自覚は以前からあった。
瞬きをするたび、目の前の女が別人と入れ替わる。
今まで抱いてきた娼婦なのだろうが、顔が見えないということはいちいち覚えていないのだろう。
贔屓にしている娼婦もいないのだから。
我ながら冷たいとは思うが、こちらは発散する目的で金も払い、交わっているつもりだ。
体を売る相手を買って何が悪い。
女の手がこちらに伸びてきて、両頬をつかんで口付けする。
(やっぱり夢だな…。オレ、キスとかしねーし…)
自分からキスをしたことも、させたこともあまりない。
愛情もない相手に無意味だと知っているからだ。
こんな夢を見ている自分に呆れながら、姫川はそっと目を開け、絶句した。
女かと思えば、神崎だ。
神崎は唇を離し、汗を浮かべた顔で妖しく笑う。
「姫川…」
はっと目を覚まし、しばらく茫然とする。
現在、姫川は神崎と姫川の部屋にある2段ベッドの1段目で寝ていた。
本来ならそこは神崎の寝床なのだが、2階の梯子を上がる気力もないので一時的に交換してもらっていた。
1段目のベッドにしみついた神崎の匂いのせいで、あんな夢を見てしまったのだろう。
目を覚ました姫川はむくりと半身を起こし、そっと毛布をめくって下半身を確認し、頭を垂れる。
「だから…、なんでだよ…」
最近の悩みの原因が、あの淫夢だ。
顔もわからない女と交わっていたかと思えば、最後は必ず淫らな姿の神崎がキスをしてから覚める。
発熱してからずっとこんな夢を見ていた。
目が覚めて下半身を確認すれば、果たしてどちらに興奮したのか、こちらも必ず勃ち上がっている。
姫川は両手で顔を覆い、ため息をついた。
(思春期で童貞のガキじゃあるまいし…、しかも相手が…)
男であるはずの神崎だ。
しかもあんな夢を見たのに嫌悪感が込み上がってこないことに戸惑いを隠せない。
とりあえず風呂に入って熱を冷まそうとベッドから降り、各部屋に設置されている浴室へと向かった。
屋敷なのにまるでホテルのようで、ユニットバスだが、中は広々としている。
「!」
「お」
浴室のドアを開けると、朝風呂に入っていたのか、バスタオルで頭を拭いている全裸の神崎と鉢合わせした。
瞬間に姫川の脳裏によみがえる淫夢。
そして、溺れかけた時にされた口付け。
そうとは知らず、神崎は前を隠そうともせずに姫川に近づいた。
「おまえも朝風呂か? つーか、熱はもういいのか…」
言いかけている途中で姫川は神崎を浴室の外へ放り出した。
「は!? なんだ!?」
突然のことに困惑した神崎だったが、振り返ると同時に浴室のドアが閉められ、鍵までかけられた。
「おま…っ、まだ拭いてる途中だったろが! 床びっちゃびちゃじゃねーか! ていうかおまえ服着たまま…ぶっ!」
浴室の前で文句を叫んでいると、ドアが勢いよく開かれ、神崎の顔に脱いだ衣服をぶつけてからもう一度ドアを閉めて鍵をかけた。
「汗臭っ!? おいコラ姫川っ!!」
ドアを叩かれたが、中に入った姫川は無視して冷たい水を頭からかぶる。
(あのヤロウ、人の悩みも知らねえで!!)
しかし本人に言える悩みでもなく、姫川は宙を睨みながら頭と下半身の熱が冷めるのを待った。
医務室にて。
ドゴッ!!
「ぐっ!!!」
容赦なく股間を蹴り上げられた姫川はその場にうずくまる。
傍らにいた神崎と古市は気の毒そうに見下ろした。
姫川に憤慨して股間を蹴り上げたのは、白衣を身に纏った小・中学生くらいの女の子だった。
イシヤマファミリーの医療部部長であるラミアだ。
怒るラミアを古市が「まあまあ」となだめる。
「最っ低!!「女と遊びたいから早く治せ」ですって!? 最低最低最低最低最低!!! そんな下品な理由で急かされたのは初めてよ!! それに風呂に入るなって言ったのに、医者の言うことも聞けないようなら2度と治療してあげないんだから!!」
「このガキ…ッ、機能しなくなったらどーしてくれんだ…。傷口に塩塗られる方がずっとマシだ…」
激痛のあまり起き上がることもできずに唸る姫川に、ラミアは「手加減して蹴ったわよ」と言いのけた。
「熱はだいぶ引いたみたいだけど、安静にしてなさいっ。最後の忠告だから! …ったく、あのバカもどうかしてるわよ。なんでこんな自己管理もできない奴をいきなり幹部に…」
「……………」
神崎は豪華客船襲撃事件のあとを思い出す。
アジトである屋敷に到着するなり、男鹿はイシヤマファミリーの全員に姫川を正式に幹部に昇格させたことを伝えた。
当然ながら最初は誰もが驚いた。
イシヤマファミリーに来て間もないというのに。
反対派も多かったが、ボスの決定は絶対だ。
「オレが決めたんだ。文句は言わせねえっ」と言えば、不満は残れど、執拗に反対意見は述べなかった。
自分たちのボスが意地でも譲らないことは知っているからだ。
融通がきかないことも。
こうなれば男鹿のストッパー役である古市に頼るしかないと考えたが、古市も、姫川は幹部にふさわしいなにかを見つけたのか、男鹿の判断に賛成したのだった。
ちなみに、決まりはないというのに、姫川が幹部に決定してから「姫川先輩」と呼んでいる。
だが、姫川本人は、幹部などどうでもよさそうな態度を取っていた。
「ちょっと出かけてくるわ」
新しい包帯を巻き終えた姫川は、ラミア達に背を向け、シャツのボタンを留めながら医務室のドアへと向かう。
「だから!! 安静に…っ」
「体がナマるんだよ。心配すんな。火遊びはしねーから」
医務室から出て行く姫川に、ラミアは「もうっ」と頬を膨らませて腕を組んで椅子に腰かけ、躾がなってない、とでも言うように姫川を拾ってきた神崎を睨んだ。
「あいつちょっとフリーダムすぎない?」
「元は群れない奴だからな。…まだ、馴染めてねーんだろ。…最近、なんかまた避けられるようになったし…」
口を尖らせる神崎。
豪華客船襲撃事件のあと、姫川の様子がおかしくなった。
寝るとき以外は同じ空間にいたがらないのだ。
まさかそれが、たった一つのキスが原因だとは神崎も思わないだろう。
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