悪党共は、沈没船の中です。
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神崎は思い出していた。
数年前、“魔境”の境目にある路地裏に追い込まれたことを。
仲間だと思っていた男が裏切り、取り込んだ他の元・仲間達とともに、ケガを負って片膝をついた神崎を取り囲み、男は神崎に銃口を向けた。
自分が殺されてしまえば、次は神崎の父親と他の仲間の番だ。
それだけはさせるものかと焦る神崎だったが、体は言うことを聞いてくれない。
「死んどけ。組はオレが引き継いでやる」
男が引き金を引こうとし、神崎はそれでも諦めまいと怒声を張り上げた。
同時に、男が横に大きく吹っ飛び、コンクリートの壁にめり込んだ。
誰かが横から殴り飛ばしたからだ。
現れたのは、神崎と対立関係にあった男鹿だ。
自分が消えて得をするのは男鹿も同じなはずだ。
魔境と接している“表”だけは浸食されてなるものかと、ずっと縄張り争いをしていたのだから。
我が目を疑うように男鹿を見つめる神崎に、男鹿は肩越しに振り返って言う。
「てめーは、こんなカスに殺られるヤロウじゃねーだろ」
一瞬目を大きく見開いた神崎は、「はっ…」と口角を上げ、痛みに耐えながら立ち上がり、男鹿の隣に並んだ。
「ったりめーだろ…。オレを誰だと思ってやがんだ…」
神崎と、神崎の手下である夏目と城山が男鹿の下についたのは、この事件からわずか数日後ことだ。
*****
「っう…ッ」
腕に鋭い痛みを感じ、目を開けると姫川の顔がそこにあった。今はもう意味がないのか、目にかけていた仮面も外されていた。
「姫か…」
「動くな」
「っ!」
刺されているのではなく、体のあちこちに刺さっていたガラスの破片を抜かれている感覚だった。
神崎が気絶している間も、姫川はゆっくりと時間をかけて丁寧に抜いていたようだ。
「破片がこれ以上深く刺さって取りにくくなっても困るだろ」
「ぃ…っつ…」
神崎は気絶する前に、船が大きく傾いた勢いでガラスのローテーブルが自分に向かって飛んできたことを思い出す。
その前に姫川がポケットから落ちた鍵を拾いに行ったことも。
「そもそもおまえが落とし物を拾いに行ったからだ…ぃあっ!」
肩に突き刺さっていた破片を容赦なく抜かれ、言いかけたところで声を上げた。
「それは悪かった…。けど、オレにとっちゃ、絶対になくしちゃいけねーもんなんだよ」
小さな痛みに顔を歪める神崎の顔を見つめ、神崎の体に刺さった細かいガラスを抜きながら言う姫川。
「………ん…っ」
最後に右手の甲のガラスを抜かれて血の付着したそれが足下に放られ、「終わったぞ」と姫川が言って神崎はガラスの引き抜かれたと思われる自分の体を見る。
細かい破片だったことが幸いしたのか、どれも軽傷で済んだようだ。
「神崎、目を覚ましたのね」
そこで声をかけたのは邦枝だ。
「邦枝」
「男鹿と東条は? オレ達どうなったんだ?」
神崎の問いに、邦枝は苦い顔をしながら答える。
「男鹿と東条ならすぐ近くにいるし、私達がどうなったって…、転覆した船の中にいるのよ? どうなっちゃうのかこっちが聞きたいくらい;」
「は!?」
神崎は急いで辺りを見回し、現状を把握しようとする。
自分たちが立っているのは、エントランスロビーの天井だ。
真上を見上げると床が目に映り、窓の向こうは魚が泳いでいるのが見えて水族館のようになっていた。
デッキに続く、閉められたドアからは水が漏れ、開ければおそらく大量の海水が浸水してくるだろう。
そうなればすぐにこのフロアは水で満たされ、一巻の終わりだ。
「ロープ持ってきたぞ」
「救急箱も発見した」
神崎が呆気にとられていると、ここから下の階(元は上の階)に行っていたのか、ロープを担いだ東条と、救急箱を手に提げた男鹿が戻ってきた。
ケガを負ったところは自分で応急手当し、男鹿達はこれからどうするかその場に座りながら円になって話し合う。
「下も水浸しで、3~4階下には行けそうになかった」
男鹿がそう言って東条は首を傾げる。
「元が上だから………」
船は逆さの状態にあるので考えるのがややこしい。
東条は実際何階まで浸水しているのか考えるのを放棄する。
「とりあえず空気がまだあるみたいだけど、ずっとここで待ってるわけにもいかないわね…」
「おいおい、泳いで脱出しろってのかよ…。海面から何メートル沈んだかわかってねーんだぞ」
なるべく命が関わるような危険な賭けには出たくない。
神崎の意見には姫川も同意だ。
「甲板が下ってことは…、上はスクリュー室か…。そこも浸水してないことを願って行ってみるか? そこから脱出した方が海面も近そうだしな。…確認したいこともある」
最後の言葉は気になるが、姫川の意見には全員賛成だ。
ともかく、上へ行く階段も逆さなので、ロープを使いながらうまくよじ登っていくしかない。
目立つほどのケガを負っていない男鹿と東条はロープを持って廊下に続く出入口まで自力で登り、そこからロープを垂らし、神崎達はそれをつかんで壁を上がっていく。
神崎の後ろについていく姫川は上る途中で止まっては息をついた。
「疲れたか?」
「ちょっとな…」
「だらしねえ。誤って放すんじゃねーぞ」
「わかってるっつーの」
舌打ちをした姫川はまた手と足を動かしてのぼっていく。
「ちょっと、本当に落ちてもらっても困るからゆっくりのぼってきて」
先にのぼり切った邦枝は神崎と姫川に声をかけた。
「なんだ、心配してくれるのか?」
嫌われてると思っていた姫川は小さく笑い、邦枝は「そんなんじゃないわよ」と口を尖らせる。
「…なにか聞こえねえか?」
そこで東条が何か不審な音に気付いた。
傍らにいた男鹿も廊下の奥に耳を澄まし、その音を聞き取ったのか「あ、ホントだ」と東条と顔を見合わせる。
「どうした?」
上り切った神崎と姫川。
「静かに…」
音が聞こえた邦枝も廊下の奥を見据えている。
「……………」
全員がのぼり切ったことを確認した男鹿は、神崎達を先導して廊下を渡っていく。
近づくにつれ、音はどんどん大きくなっていく。
音は、奥にあるダンスホールから聞こえている。
良い音色とは言い難く、どちらかといえば騒音に近い。
しかしよく聞いていると、微かにあの映画の曲に聴こえなくもない。
ご存じの方もいるだろう、あの伝説の豪華客船を舞台の映画主題歌を。
先頭にいた男鹿は嫌な予感を覚えながらもドアを開けてみる。
「ジャック…」
「ローズ…」
逆さとなったステージの天井の上で、至近距離でスポットライトに当てられながら、両腕を広げた奈須と、その後ろでその腕を優しくつかんだ鬼束がいた。
奈須が肩越しで鬼束と見つめ合い、その傍らで楽器を演奏しているのは日野、塩入、亀山だ。
そんなシーンを見て、男鹿と神崎はまずつっこんだ。
「「タイタニッ●してんじゃねーよっっ!!!」」
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