悪党は、命を狙われます。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
イシヤマファミリーのアジトでは、神崎の雷が落ち、建物全体が震えていた。
「いい加減にしろよてめーはよぉ!! 何度言ったらわかんだクソが!! オレがいない間にオレの部屋に女(娼婦)連れ込んでんじゃねえぇええっ!!!」
姫川は両耳を塞ぎながら返す。
「オレだって男なの。溜まる時は溜まるの」
「せめて外で済ませてこいよ!! ここ一応マフィアのアジトだし、スパイだったらてめー責任取れんのかよ!! 大体、金はどうしてんだよ!!」
「心配しなくてもオレのポケットマネーから払ってるって。至近距離なのに大声出してんじゃねーよ」
水と油。
その表現が適切なくらいの温度差だ。
廊下でそう言い合っている2人を、夏目と城山は遠くで見守っていた。
「神崎君、姫ちゃんが来てからよく怒鳴るようになったよねー」
「いいこと…なのか?」
2人の言い合いは続く。
この際だとばかりに神崎は舌をまくし立て、不平不満をぶつけた。
「思えば、てめーはオレの部屋で好き勝手しすぎだ!!」
「オレの部屋でもあるんだぜ?」
「元々はオレ個人の部屋だったんだから遠慮しやがれ!! オレが寝てる時とか勝手にオレのベッドに潜りこんでくるし!!」
((何だって…!?))
夏目と城山は聞き捨てならない言葉に反応する。
「ベッドは1コしかねーし、オレだけ寝袋とか冗談じゃねえ」
「ヒマラヤ山脈でも大活躍できる貴重な寝袋だぞ! しかもリバーシブル!!」
「だが寝袋だ」
「登山家に謝れ!!」
そろそろ怒鳴るのも疲れてきたのか、神崎の息が荒い。
ソファーでベル坊とともに眠っていた古市も、「ベル坊が起きちゃいますよー」と眠ったベル坊を抱きながら部屋から出てきた。
それでも構わず神崎は唸る。
「大体おまえ、男同士で同じベッドとかキモくねーのかよ! 抱き癖もどうにかしろ!!」
((何だって…!!?))
再び反応する夏目と城山。
「ん―――…、抱き心地はいいんだけどな」
姫川の返答で、心を決めたように神崎は拳銃を装填した。
それを見てぎょっとする面々。
「神崎先輩!!?」
「喉を潰す」
「あ、ダメだキレてる」
判断した夏目は「姫ちゃん逃げた方がいいよー」と遠くから声をかけた。
近づいて神崎を押さえる気はないようだ。
「しまえよ、神崎。過剰防衛しちまうだろ」
姫川は受けて立つと言いたげに懐に手を伸ばした。
拳銃を取り出される前に構えようとした神崎だったが、
「はじめっちゃ―――んっ!!」
いきなり、無防備だった背中に抱きつかれた。
「!? なすび!?」
他のメンバーも突然現れた唖然としてしまう。
「久しぶりだっちゃ☆」
「ど、どうして…」
古市も驚きを隠せない。
疑問を浮かべていると、遅れて男鹿もやってきた。
とてもうんざりした顔をしている。
「男鹿っ、説明しろよ!」
神崎が睨みつけたまま尋ねると、男鹿は前髪を掻き乱しながら「かくかくしかじかだ!!」とほぼヤケクソ気味に簡単に説明した。
「また面倒の塊みてーなやつ拾ってきやがって!!」
「てめーが言うなっ!! 数日前なに拾ってきたか思い出せ!!」
「おいそりゃオレのことか」
姫川は自分自身を指さして割り込む。
「男鹿っちゃんにも言った通り、お礼は弾むナリよ? それまで、よ・ろ・し・く」
「ひ…っ!!」
フッ、と神崎の耳に息を吹きかけると、ビクッと悪寒を感じた神崎は「離れろおおおおっ!!」とその場でぐるぐると回転して奈須を剥がそうとするが、奈須は遊園地のアトラクションを体験しているかのようにはしゃいだ。
「誰だそいつ」
先日イシヤマファミリーに入ったばかりの姫川と、奈須が会うのは初めてだった。
奈須を指さして尋ねると、それに気づいた奈須はようやく神崎から離れ、姫川に近づいた。
後ろの神崎は回転しすぎて目を回す。
「どぅ―――もぉ。イシヤマファミリーと同盟中のソウレイファミリーのボスの奈須でぇ~す。気軽に『なすびv』って呼んでほしいっちゃ。ヨロチクビ~~ム☆」
舌をベッと出した奈須のふざけた挨拶にムッとしたが、「どーも」と短く返し、「最近イシヤマファミリーに入った、姫川竜也だ」と名乗った。
「姫っちゃん、たつやっちゃん。……どっちがいいナリ?」
大事なことなので、と言いたげな真顔だ。
「どっちでもいいわ」
「……………」
奈須はサングラス越しの姫川の目をじっと見つめたあと、くるりと振り返り、神崎に飛びかかった。
「オトモダチ増えてよかったっちゃね―――っ!」
「来んなあああああっ!!」
神崎は遠慮なく威嚇射撃する。
「男鹿…」
「何も言うな、古市」
この先のことを考えるだけでも頭が痛い。
その夜、神崎と姫川は攻防戦を繰り広げていた。
部屋を隔てた、扉の押し合いだ。
神崎は姫川を入れさせてなるまいと内側からドアを力任せに押し、姫川は外側からこちらも力任せに押していた。
とにかく閉めさせてなるものかと左脚と左腕を差し込み、挟まれる痛さに耐えながらも部屋に入ろうと踏ん張っている。
こんな攻防戦が始まった理由は至って単純だ。
神崎のベッドに入ろうと企てている男がもうひとりいたからだ。
「せめてオレだけでも入れろよ! ここはオレ達の部屋だろうが!」
「オレ達の部屋でも、てめーが潜りこんでくるのはオレのベッドだろうが!! もうひとり追加されるなんて冗談じゃねえぞ!! 暑っ苦しい!! 季節考えろ!! 女になって出直して来い!!」
以前、ソウレイファミリーが遊びに来てやむなく泊まりになった時は、なぜか奈須が神崎のベッドに侵入していたのだった。
その読みも正しく、奈須はナスビ柄のパジャマを着て愛用枕を脇に抱え、姫川の後ろでそれを見守っていた。
「え~~、いいじゃんはじめっちゃーん。3人いればまくら投げもできるし、好きな子の話で盛り上がれるっちゃよ?」
「命狙われてる奴が修学旅行気分かっ!!」
目を輝かせてドキドキした顔で言ってのけると神崎は即座につっこんだ。
「オレひとり寝る方が危ないナリよー」
「おまえな…」
自分で言うことじゃないだろうと姫川が呆れると、
「…それもそうだな」
不意に向こうの力がなくなり、勢い余って部屋の中に倒れる前にドアノブをつかんで体勢を持ち直す。
「なんだ突然!!」
顔を上げると、コブシを構えた神崎が立っていた。
「ジャンケンだ」
「あ?」
「いいから、ほれ、ジャーンケーン」
「ポン」と同時に反射的に姫川はチョキを出した。
神崎はグーだ。
ジャンケンのルール通りならば、神崎の勝ちとなる。
「?」
怪訝な顔をしてもう一度神崎の顔を見ると、神崎は勝ち誇った笑みを浮かべ、「おまえ、廊下側な」と言った。
「どういう…」
「ボスの言う通り、夜間はオレらがなすびの護衛だからな…。一応それらしくしとかねーと…。つうことで、姫川は廊下、オレが部屋の見張りだ。装填忘れんじゃねえぞ。2時間ごとに交代だ」
「……そういうところは真面目か」
「別に」
果てしない攻防戦を続けたり、諦めて3人でサンドイッチになって眠るよりかはだいぶマシだった。
起きている方がいい。
ため息をついた姫川は、「ズルして先に寝るんじゃねえぞ」と神崎に言ったあと、八つ当たりのように奈須の背中を押して部屋に入れてからドアを閉め、ドアに背をもたせかけるように座る。
(そういえば…、用心棒していた頃もこんなふうに見張ってたっけな…)
いつの頃のことかは忘れてしまったが、不意に懐かしさを覚えた。
懐から拳銃を取り出し、古市から渡されたゴム弾を装填してからいつでも奇襲に備え、気配をキャッチできるように、宙を見つめ、五感を研ぎ澄ませておく。
「!」
突然、後ろのドアが半分だけ開けられ、真上を見上げてこちらを見下ろす神崎と目を合わせた。
「なに?」
「ん…」
ドアの隙間から伸ばされた手から落とされたタオルケットが、視界に覆いかぶさる。
「!」
顔面を覆うタオルケットをつかんでずらし、もう一度神崎を見ると、ぶっきらぼうに「廊下は冷えるからな」と言われ、間を置いて「寝るなよ」と付け足してから再びドアを閉めた。
「……………」
受け取ったタオルケットを肩にかけ、姫川は口元を綻ばせた。
「……真面目で…、そんで変なトコ…、優しいよな…」
背後のドアに耳を澄ませると、神崎が奈須に怒鳴りつける声が聞こえる。
「はじめっちゃんと別の男の匂いがするナリ~。やらし―――っ」
「さっさと寝ろよ!! オレがてめーの殺し屋になる前に!!」
.