夫婦水入らずの。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
姫川が退院して数週間後、休みが取れた神崎と姫川は1泊2日の小さな旅行をすることになった。
入院している時に冬の海が見える温泉旅館を条件に行き先を決め、待ちに待った当日だ。
姫川が車を運転する気満々だったが、それには神崎どころか蓮井も待ったをかけた。
病み上がりの体に運転手をさせるわけにはいかなかったからだ。
あと、2人は口にしなかったが、姫川の運転では心もとない。
まだどこかにぶつけてしまうことがあるので長時間の運転をさせてまた病院に逆戻りというのも困る。
2人きりの旅行ということで、神崎は電車で移動することを提案した。
今、神崎と姫川は電車に揺られながら、目的地の温泉旅館を目指していた。
向かい合わせの2人は雑談を交わしながら、飽きもせず窓から見える風景を眺めている。
街並み、山、川、そして長めのトンネルを抜けると、その先には海が広がっていた。
「海だ…」
神崎が呟くと、姫川は「ああ…。夏みたいに青いな…」と頷く。
しかし、冬の砂浜に人は見当たらず、寂しさは拭えない。
電車のアナウンスが神崎達が降りる駅を告げた。
2人は立ち上がって荷物を取り、いつでも降りれるようにとドアの前に立ち、しばらくして電車が駅で停車してドアが開くと真っ先に降りる。
改札口を抜けて振り返ると、石矢魔の駅と違って古びた建物であることがわかる。
駅前のロータリーにはバスやタクシーが行き交っていた。
平日だというのに観光客も幾人か見当たった。
旅館に向かう前に、近くの食事処で昼食だ。
適当な店に入り、神崎はそば、姫川はうどんを注文して食べる。
姫川は「小せぇ店なのに美味いな。ダシがいい」と褒めていた。
腹を膨らませたあとはいよいよ旅館へと向かうのだが、徒歩では少し遠いので、タクシーをつかまえて向かう。
車窓からも海は見えた。
2人がそれを眺めていると、タクシーの運転手は旅館の到着を告げる。
仲居に案内されて着いた旅館の部屋は、落ち着いた和室だった。
襖を開けると同時に畳みの匂いが鼻を通る。
窓からは海が一望でき、遠くでウミネコの声が聞こえた。
部屋の奥隅に荷物を置いた2人は、コートを脱いでハンガーにかけてクローゼットに入れる。
「茶ぁ飲むか?」
「頼むわ」
神崎は座卓にある急須を取って茶の葉を入れ、ポットの湯を入れ、湯のみに注ぐ。
慣れた手つきだ。
2人は座卓で向かい合い、程良い温度の茶を啜り、茶菓子の黒ゴマの煎餅を口に運んだ。
ぱり、と渇いた音がする。
「……神崎」
「ん?」
湯呑を置いた姫川は真剣な眼差しを神崎に向ける。
ここに来て、なにか深刻な話だろうか、と神崎は湯呑を置いて耳を傾けた。
「今日、神崎との2人っきりの旅行だ」
「…おう」
「これでもオレの気分は絶好調なんだ」
「お、おう…」
「……こんなシチュエーションの中、夜まで待てそうにないんだが…」
姫川の顔は、至って真剣だ。
しばらく能面のまま硬直していた神崎は、項垂れる。
「………ここまでの雰囲気ブチ壊しだな」
まったくだ。
「神崎」
腰を浮かせて立ち上がろうとする姫川に、神崎は「待った」と手で制す。
「今から海行って泳いで全身冷やしてこい。悪いことは言わねえから」
迷彩柄の長袖を脱いだ神崎は、備え付けの浴衣を姫川に渡してから自分も着替え始める。
姫川はアロハシャツを脱いで、渡されたそれに着替えながら躊躇うように切りだした。
「神崎…、あのよ…、夕食食べてから風呂に入らねえか?」
「ん?」
「いや…、ほら…」
浴衣を羽織ったままの姫川は自分の左脇腹を指さした。
そこには消えない弾痕が残ってある。
右胸にも。
目立つと思って気が引けたのだろう。
「常にアロハでリーゼントのヤロウが今更なに言ってんだ。オレの顔を見ろ。大差ねえっていうか、どっちつーかオレの方が悪い意味で目立つだろ」
神崎は呆れるように言い返し、帯を結び始めた姫川に近づいて「反対だ」と浴衣の前の合わせ方が逆なのを指摘し、一度帯を解いて直していく。
姫川は神崎がやりやすいようにと両腕を開き、帯を結び直している神崎を見下ろした。
「……気になるなら…」
「!」
自分でも小さい声だったのだろう。
神崎は間を置いて目線を上げ、姫川と目を合わせ、言いかけた言葉を言う。
「そんなに気になるなら、オレが隠してやるから…」
きゅ、と帯を締められると同時に、胸の内まで締められたかと思った。
姫川は微笑み、その金色の頭を撫でる。
「男前な嫁さんを持ったもんだ、オレも」
「フン。せっかくの旅行を楽しんでもらわねえとな」
いつもなら「嫁さんって言うな」としかめっ面で返してくるはずの神崎の反応に、姫川は2度びっくりさせられる。
神崎もまた、2人きりの旅行に上機嫌のようだ。
.To be continued