暮らし始めた2人は?
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組員にマンションまで送ってもらった神崎は、駐車場で姫川のフェラーリを確認してから中に入った。
(先に帰って来てるみてーだな)
今晩の夕食の当番は姫川だ。
献立はなんだろう、と楽しみながらエレベーターを上がり、玄関のドアを開けた。
ただいま、と声をかける前に足下の違和感に気付く。
「!」
赤い、ヒールの高い靴が置かれてある。どう見ても女性物だ。
(ハイヒール…。客でも来てるのか?)
一瞬不安を覚える。
すぐに頭を振って不安をどこかへ飛ばした。
(いやいや、いくらなんでもオレが帰ってくるかもしれねーのに女連れ込んだりしねーだろ。つーか、隠れて浮気しててもブッ殺すけどよー。仕事仲間だったら挨拶の一つはしねーと…)
引きつった笑みを浮かべながら廊下を渡り、ダイニングのドアを開ける。
「おう、帰ったz」
ドアの向こう側には、女性に平然と抱きつかれている姫川がいた。
「あ…」
神崎に気付いた姫川は、明らかに「まずい」という顔になった。
抱きついてた女性も神崎の存在に気付き、呆けた顔で「おジャマしてます」と挨拶する。
神崎は思考停止させ、女性の全体をまじまじと見た。
後ろに束ねられたウェーブのかかった長い銀髪、モデルや女優と名乗られても違和感はない、高めの身長、プロポーション、そして顔。
高価なアクセサリーを身につけ、黒のワンピースを着ている。
姫川より年上なのは醸し出される大人のフェロモンで察した。
「……………」
神崎はフラリとダイニングから出て行く。
それから数分後、トランクを片手に戻ってきた。
「うらぁッ!!」
ゴッ!
「痛!!?」
容赦なくトランクを投げつけられ、角の部分が姫川の額に直撃する。
「何すんだ!! 何だコレは!?」
額から血を流し、投げつけられたトランクを腕に抱えながら姫川は神崎に詰め寄った。
「てめぇの『出て行けセット』だ!! この浮気モン!!!」
トランクには適当に詰め込まれた衣類や小物が入っていた。
袖やズボンの端っこがはみ出たままだ。
「あ゛!! てめー、ポマードの蓋開けたまま入れたな!!?」
トランクを開けて中身を確認した姫川は、ポマードまみれになったアロハシャツを広げてショックを受ける。
「つか誤解だ!!」
「言い訳無用だ。ちょっとズボンとパンツ下ろせ。オレ以外に反応しちまううっかりモンなんていらねえよな?」
錆びて捨てる予定だった切れ味が非常に悪そうな包丁を突き付ける。
「ヤンデレ崎!!? お、落ち着け!! うわ、あぶねっ!!」
神崎の包丁を避け、ソファーの後ろに隠れる姫川。
「わかったオレが出て行く!!!」
そう言って包丁を床に突き立て、姫川の『出て行けセット』を持って出て行こうとする。
「だーかーらー!! 話聞けっつの!! しかもそれオレの荷物っ!!」
混乱と激怒でごっちゃになっている神崎をダイニングを出る手前で羽交い締めして止める。
「やだ、さっそく夫婦喧嘩?」
「「誰のせいだっっ!!!」」
他人事のようなことを呟いた女性に2人がキレてつっこむ。
その際、神崎は女性の左の薬指に指輪がはめられていることに気が付いた。
「てめー、人妻に手ぇ出すとは…。美人で抜群のプロポーションだからって浮気しやがって」
「人妻っつーか、オレのおふくろなんですけど」
「………ん?」
「だから、オレの母親」
呆けた顔をした神崎の抵抗が弱くなり、姫川はおそるおそる解放する。
神崎は露骨に怪訝な目で、再度女性の全体を眺めた。
女性は無表情だが、「美人人妻…」と頬を染めて照れている。
「ウソつくならせめて姉ちゃんとか言えよっ!!」
「変えたくても変えようのねぇ事実なんだよ!! よく見ろ!! ファンデーションとか何ミリか聞きたくなるくらいがっつり塗りたくってるだろ!! ほぼ無表情なのは厚化粧が崩れるのを恐れてるからだ!!」
「竜也、そろそろ怒るわよ」
どん、と姫川を軽く突き飛ばし、姫川の母親は神崎に近づいた。
「あなた、神崎一君?」
「は…、はい…」
ビビるほどの美人が接近し、神崎は思わずたじろいでしまう。
「初めまして、姫川の母です」
挨拶を交わすなり、抱き着いてきた。
「!!」
「竜也がいつもお世話になってます」
豊満な胸を押し付けられ困惑する。
それに黙ってないのが姫川だ。
「おいコラババア、はじめに気安く触んな! ここは日本だぞ!」
「あなたの嫁をどうしようが私の勝手でしょ。お金払わないとダメ? いくら?」
「金の問題じゃねえんだよっ!!」
(親子だ…)
すっかり落ち着いた神崎は天井を見上げながら納得した。
「これ、つまらないものですが」
「…ども」
テーブルの席に着き、向かい側から差し出されたのは水槽だ。
中にはフグが泳いでいた。
(フグって、免許がないと調理しちゃいけないんじゃ…)
受け取った神崎は、水中でぷくぷくと泡を吐きだしながら泳ぐ3匹のフグと、相変わらず厚化粧が崩れるので笑わない母親を交互に見る。
天然なのか、嫌がらせなのかもわからない。
「さっきのは、久々に息子に会えたから再会のハグをしていただけだから気にしないで。浮気とかじゃないから」
「よく海外とか行くから」と母親ん口から続く弁解の言葉が出るが、親子らしい一面を見たので神崎はもう気にしていない。
「そうですか」と苦笑いするだけだ。
「悪い、うちのおふくろが突然来てバタバタしてたせいで晩飯出来てない」
「わかった。フグはムリだが、今すぐ何か…」
「あら、いいのよ。気にしないで。…どうしてもごちそうしたいと言うなら、インスタントのものが食べたいかも…」
「は?」
神崎は耳を疑って思わず聞き返した。
母親はどこかそわそわしている。
姫川は神崎の背後に立って耳打ちし、母親の真意を代弁した。
「普段いいものばっか食べるから、たまには庶民的なものが食べたいんだと」
(そんな金持ちあるある…)
姫川よりズレた感性の持ち主かもしれない。
本人のご要望どおり、戸棚からカップラーメンを出した。
母親も立ち上がって自分が食べるものをまじまじと見つめる。
「この豚骨味が食べたいわ。え、5分で出来るの?」
「せっかくなので作ってみますか?」
「!!」
はっとする母親。
作りたいようだ。
「説明通りに…。……ちなみにそのままの状態で5分待ってるだけじゃ出来ませんから」
「!!」
きっとコンビニのおにぎりの袋を剥くのもヘタクソなのだろう、と予想する神崎だった。
一から丁寧に教え、湯を注いで5分待って完成したカップ麺。
食した母親の一言は、「素朴な味。クセになりそう」だった。
「おめーは人の家に押しかけ、カップメン食いに来たわけじゃねーんだろ?」
「我が息子ながら口が悪いわね」
口元を紙ナフキンで軽く拭った母親は軽く姫川を睨んでから、その隣に座っている神崎に目を移した。
「仕事もひと段落したし、泊まったホテルもここから近かったから寄っただけ。私はただ、あなたのお嫁さんとお話がしたかったのよ。…送られてきたDVD見た時は目を疑ったわ…」
(そのDVDって!!!)
ハワイで挙げた結婚式のDVDのことだろう。
一気に居た堪れなくなる。
「『あの人』から男と付き合ってることは聞かされてたけど、男の娘かと思えば、まるで違ってたし。…目つきの悪い男前ね」
褒められているのかけなされているのかわからない感想だ。
「竜也のタイプとは思えない。根っからの女好きのくせに」
「てめーがオレの何を知ってるってんだ」
「会ったのは数年ぶりかしら? 生意気な口ぶりは相変わらずね」
「そっちこそ、若作りに磨きがかかってきたな」
「婚約者もいたくせに、あっさり蹴って男に走るなんてどういう心境の変化かしら」
「男じゃねぇ。はじめに走っただけだ。他の男とヤろうなんて想像しただけでもおぞましい」
「おい…」
だんだん親子との間に険悪な雰囲気が流れ始めた。
神崎は困惑しながらも、母親の冷めた反応に何も言い返せない。
確かに息子が男と付き合ってるなんて、喜んで受け入れる母親は少ないだろう。
ましてや姫川は世間で有名な財閥の御曹司だ。
跡継ぎ問題だって出てくるはず。
「それにあなた、銃で撃たれたんですって? 意識不明の重体に陥ったとか」
「「!!」」
罪悪の傷口をいきなりわしづかみされたようだ。
姫川は、目を伏せた神崎の顔を一瞥し、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「蓮井の奴…」
「蓮井が漏らしたわけじゃないけど、母親の情報網をなめないほうがいいわよ」
「…だからどうした。済んだことだし、何か月前だと思ってんだ。今更母親ヅラして心配でもしてくれてるのか?」
腕を組み、嘲笑混じりに言い返す。
「……大事なサミットが控えてたの。飛んでいきたかったけど、私情で会社を1つ2つ手に入れるか失うかの瀬戸際だったし、だから…」
「ふん。聞いたか神崎、息子よりも会社だとよ。オレは神崎が危険な目に遭ってたら、財運捨てでも助けにいく」
「簡単に言わないで」
「簡単に言ってねえよ」
「あなたは自分の立場を理解してない」
「立場ってなんだ。また会社の心配か?」
「いい加減にしろ!!」
バンッ、とテーブルを叩く神崎。
母親と姫川はそちらに注目した。
「息子さんをケガさせた事実は、なかったことにできないオレの過ちだ。責められても仕方ねーよ」
「はじめ」
「少し黙ってろ。…だからオレなりに、もう2度とたつやがあんな目に遭わないように…、けじめをつけた」
「……知ってる。あなたが極道を継ぐことを決めたことも調べた…。…でも……」
「先のことはオレだってわかんねーし、アンタがオレ達の仲を認めてないのはわかった。…でも、悪いけど、オレ、たつやを返せません。たつやはもう、オレのものです。周りに迷惑をかけても、オレはこいつと一緒にいたい」
真っ直ぐな眼差しで母親と目を合わせる。
姫川は唖然としていた。
「……………」
母親は相変わらず無表情のままだ。
目は逸らさないが、何を考えているのか読めない。
「……私は…」
まだ何か言い分がある母親に、姫川は舌を打って神崎の手首を引っ張った。
「行くぞ」
「え!? どこに…、おい!」
「竜也」
母親も立ち上がり、玄関を飛び出した2人のあとを追いかける。
ハイヒールを履きなれているのか、階段のくだりも急ぎ足でついてきた。
「気まぐれでオレ達の生活をのぞきに来たのなら気が済んだろ。オレは今幸せでやってるし、はじめと以外付き合う気も結婚する気もない。親父の了承は得てるし、構うな」
「違う。そう言う事を言ってるんじゃないの」
マンションを出ても母親はついてきたが、姫川達の方が速度が速く、早くも息をあげている。
神崎は後ろを気にしながら、引っ張る姫川を説得した。
「どこ行く気だ。まだ話し合いが終わってねえだろ!」
「話し合うこともねぇよ」
「おまえの母親だろうが! オレだって納得してもらいたいんだよ」
「ずっと息子のこと放置してきたんだぞ! 物心ついた頃から親と団欒して食事なんてしたことねぇ! オレの家とはじめの家は違う!」
以前、神崎の実家に来た時の姫川を思い出す。
家族らしさというものを味わったことがないと言っていたことも。
今更なんだ、と腹が立つ気持ちもわからなくはない。
それでも、話し合うきっかけがあるのならばそうするべきなのでは。
親子なのだから。
横断歩道を渡り、向こうの車道を渡った時だ。
「竜也! 待って…」
姫川と神崎が渡ったところで、信号が赤になってしまった。
それでも母親は追いかけてこようとする。
「竜…」
クラクションが鳴らされた。
「!!」
スピードを緩めず迫ってくるのは、大型トラックだ。
クラクションの音にびっくりした母親はトラックを凝視したまま硬直してしまう。
「「!!」」
神崎と姫川は同時に動き出した。
踵を返し、母親に飛びついた。
トラックは逃げるように走り去る。
歩道の信号機の真下には、神崎、姫川、母親が倒れていた。
3人とも無傷だ。
「あ…」
呆けた母親は、息を弾ませる神崎と姫川を見つめた。
先に顔をあげて怒鳴ったのは、神崎だ。
「赤信号無視して来るな!!!」
「!!」
ビクッと体を震わせ、小さな声で「ご、ごめんなさい…」と謝る。
「歩きなれてねえくせに追いかけてくんな!! 死んだらどうすんだボケ!!!」
今度は姫川が怒鳴りつけたが、母親は謝ることなく言い返した。
「それはこっちのセリフよ…。自分の命を簡単に捨てようとしたのはどこの馬鹿息子よ!! おなか痛めて産んだのに、死んで何も思わない母親がどこにいるの!! だから自分の立場理解してって言ってるじゃない!!!」
堰を切ったように怒鳴り散らし、肩を震わせて泣き出してしまう。
姫川は初めて見る母親の号泣に困惑し、神崎と目を合わせた。
そして、神崎は失笑する。
「この不器用親子」
家に戻ってきた3人。
姫川は「風呂に入ってくる」と言って玄関から浴室へと向かう。
とても気まずいのだろう。
神崎は「わかった」と答え、母親の手を引いてダイニングへと連れて行く。
「箱ティッシュちょうだい。…はなセレブある?」
「ある。あんたの息子も使うから」
席に着いた母親に箱ティッシュを差し出す。
数枚取って鼻をかみ、腫れた目で向かい側に座った神崎を軽く睨んだ。
「……意地悪しちゃってごめんなさいね」
「意地悪?」
「蓮井からも聞いてるの。あなた達がどれだけ仲睦まじいか。…竜也が重傷の時は、本当に抜け出せなくて…。…というより、あのタフな子が意識不明の重体って聞いてもピンとこなかったのが本音。…病院には寄った」
「え?」
「会ってないけど。……病室に入る前にあなた達を見て、お見舞いやめたの。あんな優しい顔する竜也とか初めて見たし、空気とか壊したくないじゃない。「今更ダメな母親が何しに来たんだ、出てけ」って言われるのがオチだし…」
そう言ってもう一度「ズビーッ」と鼻をかむ。
セレブとは思えないほど豪快なかみ方だ。
「あなたに変な嫉妬しちゃって意地悪なこと言いたくなったの。仲を認めてるからこそよ」
「……あ」
母親の言い方が悪かったのか、変な誤解をしていたのは自分の方だったようだ。
口走ってしまった内容を思い出して赤面する。
(うおおおお妙なコト言っちまったああああああ!!! 何が「たつやは返せません」だ!! 何が「たつやと一緒にいたい」だ!! あそこまで言わなけれぶぁあああああ!!!)
壁に向かって頭を抱えて反省する神崎を見て、母親は、面白いわね、と内心で笑った。
「…あなたと話せてよかった。いいコみたいだし」
「極道息子ですが…」
「なのに、タチっぽいのにネコなのね」
「そこはほっといてください…」
「男同士は気にならないと言えばウソになるけど、実際はどうするの?」
「どうするのって言われても…」
「コーヒー飲みながらじっくり話し合いたいわ」
「淹れるのオレですけど」
結局、コーヒーを飲んでから私生活の質問をいくつかしたあと、ほぼ崩れかけた化粧を直して「帰る」と言い出した。
神崎は玄関まで見送る。
「今日のところは帰る。末永くあのコとよろしくあげて。嫌なとこ盛りだくさんだけど」
「嫌なところ含めて好きなんで」
「言ってくれるじゃない。……だいぶ遅れちゃったけど…」
「?」
「結婚おめでとう」
「…………どうも」
再び赤面した神崎は、目を逸らして言い返した。
ドアノブに手をかけ、「それじゃあ」と出て行こうとした時、
「…また近くまで来たら遊びに来い」
「!」
振り返ると、神崎の隣に姫川が立っていた。
「…随分と長風呂だったわね」
「うるせーな」
本当は浴室に入るフリをしながら、ダイニングの会話に耳を傾けていた。
「……茶ぁくらいは出してやるよ」
「コーヒーがいい」
「あのな…」
「竜也、身体に気をつけなさい」
「……おう」
手を振り、母親は玄関から出て行った。
「…悪かったな、騒がせて」
見送った姫川は、ドアを見つめながら謝った。
神崎もドアを見つめながらため息混じりに言い返す。
「美人で不器用で常識知らずなところは、おまえそっくりじゃねーか。…風呂入るぞ」
「……そう言えば、たつやはオレのものって…」
「あーはいはい、言いましたね、そんなこと。浴槽の底に沈めて忘れさせてやる」
軽く小突き合い、2人はダイニングへと戻った。
*****
数日後、しばらく母親から宅配物が届く日が続いた。
近江牛、松阪牛、鯖寿司、ウニ、カジキマグロ、アナゴ…と、どこへ行っていたのかも宅配先を見れば判明する。
「……気に入られたようだな」
「だからってなんでナマモノ」
ちなみに、渡されたフグたちはキッチンのカウンターの隅で大切に育てられた。
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