けじめ、つけます。
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手術が終わって3日が経過した。
ピ…ッ、ピ…ッ、と無機質な心拍音が響く個室で、神崎はひとり、呼吸器を被ったそのなかなか覚めない寝顔を無表情で見下ろしていた。
背後から撃たれた銃弾は、一発は右胸の肋骨に留まり、もう一発は左脇腹を貫通していた。
出血も致死量に至るほど流れていた。
そんな状態でも一命を取り留めた姫川だったが、意識は戻らないままだ。
「……姫川…、起きろよ…。今何時だと思ってんだ…」
小棚に置かれた時計は午後1時13分を示していた。
指で軽く梳かし、冷たい頬を撫でる。
今にも目を覚まして、「おはよう」と言いかねないほどの安らかな寝顔だった。
病室の外では、神崎の父親とその部下達が見舞い品を引っ提げてきていたが、病室のドアの隙間からその光景を見てしまい、入るに入れない。
そこを通過する病院患者や看護師はギョッとした顔を残していく。
「若…」
「クソ…ッ、話じゃ、比良竹組のボンがやったそうじゃねえか…!」
「許せねえ…!」
「ボス! 出入りしましょう!」
「オレを鉄砲玉につかってください!」
「よくも姫川のボウズを…!」
「病院で物騒なことを言うな!!」
厳しい口調で叱咤する父親に、部下達は一斉に黙った。
全員、不満げな顔をしている。
「しかし、ボス…!」
「証拠がない。それで疑ってかかれば相手の思うつぼだ。あちらも勢力を上げてきている。どんな理由でも火種になりかねん」
確かな証拠がないかぎり、あちらが因縁をつけているのだろうと周りが勝手に解釈してしまう。
比良竹組の人脈も馬鹿にできるものではない。
敵に回せば面倒なことになりかねない。
父親は口惜しく、コブシを握りしめるだけだ。
「親父…」
「!」
扉がスライドされ、神崎が病室から顔を出した。
全員が一斉にそちらに顔を向ける。
「この件…、オレに任せてくれねーか?」
「一…」
「しかし若、命を狙われてるんですよ!?」
元々は神崎が狙われていたのだ。
今は周りを警護してくれる部下達がいるのか相手は大人しいが、神崎が単独行動をすれば、いつまたどこで狙撃されるかわかったものではない。
神崎は、フ、と笑った。
「オレのことは心配すんな」
「若…」
「ほら…、おまえらも入れ。姫川に見舞い品持ってきてくれたんだろ?」
扉を開けっ放しにしたまま神崎は病室を出て、廊下を渡る。
父親と部下達はその背中が消えるまで見届けていた。
神崎は、階段の踊り場までくると、歯を食いしばり、コブシを壁に打ちつけた。
「…っ!」
殴り付けたそこには血が付着し、殴り付けた壁の方が怪我を負ったように見える。
父親達を巻き込むわけにはいかなかった。
こちらの分が悪いなら尚更だ。
神崎は耐えていた。
誰にも相談しなかったことだが、自分の家に帰ると、郵便受けには、ユリや菊の花束が詰められていた。
悪意のある郵便物。
差出人は不明とあったが、比良竹が送りつけてきたのだろう。
家に帰ってもひとり。
今にも姫川がひょっこりと顔を出して「おかえり」と迎えてくれるか、インターフォンを鳴らして「ただいま」と帰ってくるか。
しかし、そんなことはあるはずがなく、神崎は姫川の自室に足を踏み入れ、姫川の匂いがする毛布にくるまっていた。
それから1週間と3日。
姫川はまだ目覚めない。
見舞いにくるのは、部下達や父親だけでなく、夏目や城山も来てくれた。
たまに元・石矢魔生徒も。
昨日は東条が顔を出してくれた。
レッドテイルのメンバーからは鮮やかな千羽鶴をもらった。
神崎はパイプ椅子にまたがり、背もたれの上にアゴをのせながら姫川を見つめた。
「あいつら、マジで千羽折ったらしいぞ。仕事もあるくせにヒマな奴らだな。…おまえもそう思わねえか?」
そう言いながら、点滴を打たれた腕に触れた。
「…姫川、オレ達ってやっぱ一緒にいないほうがよかったのか? 一緒にいたから、おまえがこんな目に遭っちまって…。それでも、おまえはオレを恨まないんだろ? そういう奴だよ、おまえは…。たぶん…、今おまえが目覚めて、オレが「別れよう。一緒にいないほうがいい」っつっても、すごく嫌がるだろ? ……オレだって嫌だ…」
神崎はその手を強く握りしめた。
一緒にいたい。
どんな目に遭ったとしても。
それが神崎と姫川の願いだ。
その時、神崎のケータイがポケットから鳴り響いた。
「!」
サブディスプレイには、非通知、の文字。
予感がした神崎は病室を飛び出し、屋上へと出た。
幸い、屋上には誰もいない。
確認した神崎は通話ボタンを押す。
「……誰だ?」
“もしもしー、はじめ君?”
比良竹の声だ。
「…てめーか…」
意外に神崎の声色は落ち着いていた。
“旦那さんの話聞いたでー。えらい目にあったそうやん。撃たれたんやって? どこの組がやったかわかっとん?”
白々しく言う比良竹に、ケータイを握る手に力がこもる。
「用件は?」
“明日時間あったらでええねんけど、ちょっと話せえへん? 場所はうちの事務所”
「行かねえっつったらどうする気だ?」
“別にええけど…。はじめ君さぁ…、気ぃつけた方がええで。最近はなんでも権力や金でどうにでもなるから…、もし、医者や看護師の中に鉄砲玉でも混じってたらえらいことや。おちおち入院もしてられへん”
「…!!」
その気になれば、姫川を殺すと言っているのだ。
疑心暗鬼にさせるような言葉を言い残し、比良竹は「ほな」と言って自ら通話を切った。
神崎はケータイを屋上の向こうへ放り投げそうになったが、姫川との写真が入っていることを思い出して寸前で止める。
話の内容は穏やかなものではないだろう。
もしかしたら命さえとられかねない。
「……………」
神崎はケータイをポケットにしまい、姫川の病室へと戻った。
まだ、姫川は眠ったままだ。
「……姫川…」
神崎はベッドの傍に近づき、頭を優しく撫で、呼吸器越しにキスを落とした。
「……オレがどうなっても、オレのこと、好きでいてくれるよな?」
答えは返らずとも、姫川なら頷いてくれるような気がした。
そのまま病室を出て行こうとすると、ちょうど扉が開かれた。
中に入って来たのは、蓮井だ。
向かい合う2人。
先に動きだしたのは神崎だ。
蓮井に向かって、頭を下げた。
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