暮らし始めた2人は?
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「……なんで?」
姫川は今年最後の仕事から帰ってくるなり、神崎に雑巾とはたきを手渡された。
神崎の頭には三角巾、口にはマスク、体にはエプロンが装着されていた。
姫川の分も渡される。
「おまえに年の瀬の重要任務を与えよう」
姫川の仕事用のカバンを取り上げ、真剣な顔で宣告する。
「はい?」
「今日は何日だ?」
「…31日…」
「そう。大晦日だ。よって、これからおまえには各部屋の一掃をお願いしたい」
「え。オレ、おまえと笑ってはいけないやつ見たいんだけど」
「終わるまでテレビ禁止だからな。オレ、ダイニング全部やるから」
「えぇ~」
そんな勝手に、と文句を言う前に神崎は「フローリングにワックスかけるから入ってくるなよ」と注意してダイニングへと戻ってしまう。
「掃除って…」
ああ見えても神崎は綺麗好きだ。
(A型だからか?)
首を傾げ、ケータイを取り出すと、見計らったようにダイニングのドアが開かれ、神崎が顔を半分だけ出す。
「蓮井に頼るなよ」
「ぐっ」
アドレスを開く前に先手を打たれ、唸る姫川は渋々取り出したケータイを戻した。
最初に寝室から掃除を始めようとするが、雑巾を持ったまま、面倒臭そうな表情を浮かべて棒立ちになった。
(……湯で雑巾がけしていいかな…)
こんな真冬に水で雑巾がけはしたくない。
洗面所でバケツに湯を入れて自室のフローリングを雑巾がけしたあと、今度は廊下を始める。
「寒ぃ」
廊下に暖房はないので冷えた空気の中、修行僧のように廊下を雑巾で拭く。
少しでも拭き残しがあれば神崎がうるさいので、隅々まで拭き、乾いた雑巾で乾拭きした。
掃除の仕方はほとんど神崎から教わっていた。
(ハウスキーパーの気持ちがよくわかる)
途中で、姫川は「あっ」と気付く。
(そういえば、最初に…)
はたきの存在を忘れていた。
最初に上の塵やほこりを落とすことを忘れていた。
「面倒だな、クソ」
玄関に置きっぱなしにしておいたはたきを取りに行こうとしたが、
「!!;」
傍に置いておいたバケツを蹴ってしまい、廊下に中身をぶちまけてしまった。
「あああ…」
せっかく拭いた廊下がびしょびしょだ。
中身が湯なので、湯気が上がる。
大きな音を立てたのに、神崎はダイニングから出てこない。
好都合なのですぐに片付けにかかる姫川。
誰にも見せたくない姿だ。
「はぁ、終わった」
自室をやり直し、浴室も掃除し終え、腕時計を見ると、あと数十分で時刻が変わってしまう。
「大晦日に掃除しようって最初に言い出した奴、誰だよ。今年の終わりもすぐそこだってのに…」
ブツブツと文句を言いながらバケツと雑巾を片付け、ダイニングのドアを叩こうとすると、先にドアが開かれた。
「終わったか?」
神崎もとっくに終えていたのか、最初に見た清掃姿でなく、ただのエプロン姿で現れた。
エプロンには白い粉が付着している。
「見ての通りだ」
家の中は常に清潔で綺麗なので、見ても前後の違いはわかりにくいが。
「ご苦労さん」
「おう。こっちも終わったんだな」
ダイニングを覗くと、ワックスがかけられたフローリングが部屋の明かりでキラキラと光って見えた。
「ところで、なんでエプロン?」
「ああ、これな。ちょっと挑戦してて…」
「何に?」
神崎は聞かれるのを待っていたかのようにほくそ笑み、キッチンから、まな板に載せられたものを取ってきた。
太い麺だ。
「おお、うどんか」
「蕎麦だ!!」
自作で、生地から作ったものの、太く切ってしまったらしい。
よく見れば確かに蕎麦の色だ。
神崎がダイニングを立ち入り禁止にしたのは、これを内緒で作っていたからだ。
2人は早速、神崎自作の蕎麦を茹でて月見年越し蕎麦に食べる。
ヨーグルッチが隠し味に使われてなくて姫川は密かに胸を撫で下ろした。
「美味いな」
「うちの奴らから教わったんだ。当たり前だろ」
「…今年も終わるな」
振り返れば、同棲生活を始めたあとも色々あった1年だ。
指輪も渡し、海外で結婚式を挙げ、甘い生活ばかりかと思えば、姫川が銃で撃たれたり、神崎が組を継ぐことを決意したり、それでも2人は離れることなく今も傍にいる。
さらに前より深く繋がった気さえした。
今でも、ちょっと長く見つめ合うだけで照れ臭くなってしまう。
気分はまだまだ蜜月だ。
蕎麦も食べ終え、2人は皿を片付けようと立ち上がる。
「たつや」
「!」
突然、ぐい、と神崎に肩を引かれ、姫川は唇を塞がれる。
「あけおめ」
「あ…」
時刻は0時をさし、日付と年が変わった。
「あけおめ、はじめ」
先に言われたことに小さな悔しさを覚えたが、姫川も笑みを浮かべて新年の挨拶を返した。
遠くで花火の音が聞こえる。
テレビを点けると、新年を迎え、こちらも盛り上がっていた。
姫川はそれを聞きながら、神崎を抱きしめ、長めのキスを返した。
「…今年もよろしくな」
「ああ。よろしくされてやる…」
「…で、初詣行くか?」
「朝でもよくねえか?」
「ああ、先に、姫はじめ…する? 姫とはじめだけに」
「ふはっ、除夜の鐘のあとなのに煩悩まみれだな、オレ達」
「念入りに、浴室と自室は綺麗にしておきましたので」
意味を露骨に込めた丁寧な言葉にまた神崎は笑い、大人しく姫川に抱えられて浴室へと向かった。
今年も、お菓子のような甘い年が過ごせますように。
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