リクエスト:誘惑的な眠り姫。
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タンスのドアから出てきたそいつは、音を立てないようにそっと着地する。
ほとんど無音が不気味だ。
明るいところだから顔がよく見える。
相手は眼鏡をかけていた。
パーカーのフードは被ったままで、ゆっくりと神崎に近づいてくる。
「はじめ…」
ゾッとした。
それと同時に怒りがボッと湧き上がる。
気安く人の彼女の名前呼んでじゃねえよ!!
「ん…。!!」
声か気配に気づいた神崎が目を覚まし、はっと身を起こした。
けれどすぐに反応できるわけがない。
犯人の両手は神崎の至近距離まで伸びてきた。
見過ごすわけにはいかなかった。
「オレの神崎に何しようとしてんだ変質者ああああああ!!!」
「!!」
「え!? トラ!? え!?」
がばっと身を起こしたオレは犯人に飛びかかった。
一番仰天したのは神崎だろう。
後先のことを考えず、犯人を殴りつける。
吹っ飛んだ方向がベランダだったため、ガラスを突き破ってしまった。
「大丈夫か神崎!? 何もされてないか!?」
「ない…けど、え、姫川!?」
虎の毛皮を身に纏ったオレの姿を見て混乱するのも無理はない。
この後のことはノープランだ。
さてどうやって言い訳しようか。
「く…っそ!」
犯人は逃走を図った。
まずはあいつを捕まえないと。
「話はあと! ちょっとあの変質者捕まえてくる!!」
「ちょっと待って!! そいつって…!!」
言いかける神崎の頭を撫でて犯人を追いかけた。
庭を走り、犯人との距離を縮める。
運動神経がいいのか、石垣を簡単に乗り越えようとするが、着地される前にレスリングのようにアタックをかましてやった。
「逃がすかコラァ!!!」
「う!?」
下はアスファルト。
痛みを覚悟するが、絶対に犯人を離さない。
その時だ。
左右から何かが同じスピードで走ってきた。
「「「「あ!!!」」」」
オレと、犯人と、左右から走ってきた2つの人影の声が重なった。
ハデな音を立ててぶつかる。
「痛てて…」
アスファルトに激突するよりかはマシだ。
いきなり飛び出してきた人間2人がクッションになってくれた。
オレが捕まえた犯人も苦しげに呻いている。
「ようやく捕まえ…」
「あ!! 姫ちゃん!! そのままでいて!! そいつ下着泥棒だよ!!」
「へ?」
右の道から走ってきたのは夏目だ。
こちらが困惑していると、一緒に取り押さえようとしたのか、オレの上に圧し掛かってきた。
「ぐえ」と潰れたカエルの声が漏れる。
少しして左の道から城山が走ってきた。
「ナイスだ!! 観念しろ、悪戯犯!!」
止まるどころか助走をつけているように見えるが、まさか。
夏目も察したのか慌てた様子で止めようとする。
「し、城ちゃんストップ!! ストップ―――ッ!!!」
どしーん、と2メートルの巨体がオレ達の上にダイブした。
なんなんだ、一体。
犯人は、複数犯だった。
神崎の家に悪戯を仕掛けていたのは、関東恵林気会に潰された残党の仕業だった。
懲りずに石垣の向こう側へ爆竹を投げつけようとしたところを城山に見つかったようだ。
神崎の覗きや下着を盗もうとしたのは、一度神崎に叩きのめされて熱烈なファンと化したストーカーだった。
こちらは浴室の窓がよく見える位置で神崎が入ってくるのを待機していたとところを夏目に見つかったようだ。
こいつだけは組員達に引き渡す前に、記憶を忘れてしまうくらいオレがタコ殴りにしてやった。
犯人たちはお互い初対面で、周りからは単独犯かと思われていたが、たまたま犯行が重なったらしい。
それでオレが捕まえた奴なのだが、こいつはそんな悪質な犯罪者共とは無関係だ。
そいつは今、神崎の部屋に招かれていた。
しかも、オレの隣に座っているのだ。
時折こちらを鋭く睨みつけてくる。
オレは睨み返していいものかと迷った。
「兄貴、堂々と玄関から入ってこいよ。自分の家なのに空き巣みたいに入ってくる奴があるか」
オレが捕まえたのは、ついでに殴ってしまったのは、神崎零―――神崎のお兄さんだった。
一家を継ぐのが嫌で家を出て行ったと神崎から聞かされたことがある。
今は嫁さんももらった、カタギのエリートサラリーマンだそうだ。
眉をひそめる神崎は腕を組みながら、ソファーに座るオレ達を見下ろす。
「ヤスから聞いたんだよ。家が嫌がらせを受けているだの、はじめがストーカーされてるだの…。兄貴として心配してだな…」
親父さんと鉢合わせするのも嫌で、空き巣のように侵入したそうだ。
紛らわしいことこの上ない。
「隠れて待機してたら、こいつが部屋に入ってきたから、てっきりおまえを狙う変質者かと…」
部屋に入ったところも見られてしまったようだ。
「お兄さん、オレも神崎が心配で…」
「「お兄さん」って言うな」
ぴしゃりと言い返された。
それから物凄く怪訝な顔をされる。
「間違えられても仕方がないと思うぞ。…タンスの引き出しを開けたそうな顔をしていたからな」
どんな顔だ。
でも間違ってはいない。
理性と戦ってたし。
神崎の顔が「何!?」と赤くなる。
「開けてません」
オレは小さく手を挙げて正直に答えた。
「彼氏がいたのも初めて聞いた。…オレはさみしいよ」
シスコンか。
「近々言おうと思ってたんだよ。余計な心配しなくても」
「こんなのでいいのか?」
「こんなのって失礼な」
何度目だろう、指さされたのは。
「兄貴」
神崎が軽く睨めば、お兄さんはため息をついて降参のポーズをとった。
「いいや、わかってる。はじめは昔から人を見る目はあるからな…。さっきだって、間違えられたとはいえ、はじめを守るために必死そうだったし…。はじめのこと、大事に思ってはくれてるようだ…。腰抜けの男どもとは違う」
そう言いながら、オレのせいで腫れてガーゼを貼った頬を撫でる。
罪悪感を刺激してくれるぜ。
「……で、どこまで?」
小声で尋ねられ、「キスまで」ってオレが正直に答えたら、舌打ちされた。
「兄貴ぃっっ!!」
兄に対してボディーブローだ。
「てめぇも正直に答えてんじゃねえよっ!!」
オレに対しては平手打ちだ。
何はともあれ、騒がしい夜は終わった。
夏目と城山はオレを差し置いて、組員達と一緒に寿司を食べたとか。
帰り際にお兄さんには「はじめ泣かしたら東京湾に沈めるぞ」と『若』の顔を見せられた。
とりあえず、仲は見守ってくれるようだ。
「幸せにしてみせます」
「まだ嫁にやるか!!」
その翌日の昼休みに、神崎に屋上に呼び出された。
部屋でやらかしたことを責められるかと思えば、そうではなさそうだ。
「ん」
柵に背を預けて座っていた神崎が、屋上のドアを開けたオレを見るなり、隣を叩いて呼んだ。
オレは叩かれた場所に座り、神崎と隣合わせになる。
「…ほら」
差し出されたのは、こじゃれた箱に入れられたロールケーキだ。
「心配かけた詫びと、感謝だ。ありがたく受け取れ」
「これ、手作り?」
「……頑張って作ってみた。気持ちこもってんだからな」
たっぷりの生クリームとフルーツが入った、菓子店に売ってそうなロールケーキだ。
見栄えもいい。
昨夜か、今朝に作ったのか。
オレは一つ手に取って食べる。
おお、すげぇ、生クリームが完全にヨーグルッチの味だ。
「隠し味も入ってるんだぜ」
ドヤ顔のところ申し訳ないが、隠しきれてない。
でもまあ、不味くない。
甘酸っぱさがフルーツとマッチングしてる。
「美味い?」
「美味い」
嘘じゃないぞ。
「よかった」
そんな嬉しそうな顔をして。
指に包帯巻いてるけど、つっこまないほうがいいだろう。
代わりに優しく頭を撫でてやる。
するとどうだ。
普段学校では照れてデレないくせに、オレの肩に頭を寄せてくるではないか。
「…今度は改めて、近いうちにあたしの家に呼ぶから」
「おう。気長に待ってる」
急かしはしない。
神崎は必ず招いてくれるはずだ。
ふと視線を神崎に向けると、オレの肩に頭を寄せたまま目を閉じていた。
寝てるのか。
頬を撫でたり、毛先を触ってみたり、抱き寄せてみるがぴくりとも動かない。
あの時できなかったキスをしてみる。
今度は火が点いたように赤くなった。
それでも狸寝入りを続けようとする。
それが可愛らしくて愛らしくて、オレは肩が震わせながら気付かないフリをしてやる。
早く傍に置いて、ずっと護ってやれたらな。
案外遠くない未来を想像しながら、もう一つロールケーキを口にした。
この状況も、頭の中も、口の中も、甘酸っぱい。
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