リクエスト:誘惑的な眠り姫。
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オレだって神崎に隠し事したことはある。
面倒臭い女に付きまとわれていたこと。
結局は神崎にバレて、神崎のおかげでその女と切れたわけだが。
神崎も同じようなことをしていると知って、苦笑いが出てしまった。
けれど、事は重大だ。
オレが女にまとわりつかれていたことよりも。
あいつ自身じゃなくて、家も関わっているとか。
オレと夏目と城山は、神崎に内緒で家の近くまで寄ってみた。
もちろん組員にはバレないようにだ。
予想していたが、ここまでデカい家とは。
門構えも立派。
金持ちの和式バージョンってこういう家なんだろうな。
夏目達は近くまで来たことがあるのか、一度様子見で来たことがあるのか、それほど驚いた様子ではない。
もう少し近づきたかったが、組員達が出て来てこれ以上は近づけそうにない。
オレ達は曲がり角から窺った。
巨漢の城山は目立つからオレと夏目の背後の見張りを任せる。
「こんな家にちょっかいだすような度胸のある奴なんているのかよ」
「極道のお嬢さんのハートを打ち抜いて恋人にしてる姫ちゃんくらいの度胸があったらねー」
「馬鹿にしてんのか?」
「いいえむしろ尊敬してますよー」
門を見ながら茶化す夏目。
「大体、どこぞの名前も顔も知らん馬鹿とオレを一緒にしてんじゃねえよ」
神崎の家で起きてる問題は簡単に言えば、挑発行為。
家の石垣にラクガキしたり、爆竹や石を投げこまれたり、家中の車がパンクされたり。
ガキみたいな嫌がらせが続いていたそうだ。
組員達もなめられてたまるかと犯人を血眼になって捜したようだが、未だに尻尾もつかめていない。
その時の神崎は家の問題を夏目達に愚痴っていたとか。
しかし、自分の身に危険が及ぶまで至るとは思っていなかったのだろう。
オレはおさらいさせる。
「―――で、神崎が何されたって?」
「えーと、あとをつけられたり、窓に小石をぶつけられたり、入浴中に視線を感じたり、外に干しておいたはずの下着がなくなってたり…」
殺す。
犯人殺す。
「なーんでオレに相談しねーんだあいつはぁぁぁぁ」
「彼氏を殺人犯にしたくないからじゃない?」
駄々漏れる殺気を感じ取った夏目が答える。
「というか正直…、姫川だと思っていた」
「うんうん。オレもオレも」
「てめーらから真っ先に殺すぞ」
オレをなんだと思ってんだ。
「でもそれ言ったら神崎ちゃんがフォローしたよ。「姫川ならもっとうまくバレずにやり遂げる」って」
それはフォローとは言いません。
「訪ねたら追い出されそうだなぁ。ただでさえ、ピリピリしてるっぽいし」
組員達は怪しい奴がいないか目を光らせている。
その空気に野良猫もカラスも逃げ出すほどだ。
オレ達が出て行ったら真っ先に疑われそうだな。
「どうするー? ほとぼりが冷めるまでほっとく?」
夏目はスマホの画面で時間を確認した。
夕方の5時をまわっていて、夜が訪れようとしている。
神崎が抱えてるもの聞いて黙っているわけにはいかない。
「オレは残るぜ。神崎にちょっかい出すアホはオレが叩きのめす」
嫌がらせが始まったのは1週間くらいだ。
家柄の事情で警察に届け出るのを躊躇っているのだろう。
いつまた調子に乗って神崎に被害が及ぶかわかったものではない。
最悪、ケガさせられるんじゃないかと不安になる。
「オレも残る」
城山も腕を組んでどっしりと構える。
「だよねー。もちろん、オレも残るよ。ちょっと痛い目に遭ってもらわないと」
スマホをポケットに戻した夏目も、オレ達と一緒に犯人を待ち構えるつもりだ。
そして、時刻は午後8時をまわろうとしていた。
城山は途中でコンビニに寄って買いだしをしてくれた。
なぜかアンパンとヨーグルッチ。
スマホで連絡を取り合いながら神崎の家の周りを見張っていたオレ達は一度近くのパーキングエリアに集まり、そこに停められていたワゴンの後ろに隠れて栄養を摂取する。
「なんだか刑事の張り込みみたいだね」
アンパンを頬張りながら夏目が言った。
「張り込みだろーが。遊びじゃねえんだぞ」
オレはヨーグルッチにストローを差して言い返す。
犯人が現れたら即座に捕まえてやる。
口に物を運びつつ、神崎の家に目を光らせる。
たまに組員が通りかかるが、隠れてやり過ごした。
夕飯も食べ終え、組員の姿が見当たらなくなってから石垣の前に移動する。
「姫ちゃん?」
「…その気になれば、のぼれる高さだな」
変質者を警戒しているのか、防犯カメラがいくつか石垣に設置されていたが、死角は点々とある。
勘の鋭い奴なら絶対見つけるぞ。
もう少し防犯対策しとけよ。
相手が素人じゃなかったらどうするんだ。
完璧な防犯対策でないことに怒りを感じる。
難易度の低いクソゲーとかプレイしたらこんな気持ちになる。
「…城山、ちょっと肩貸せ」
「む?」
城山くらいの台があったら簡単に乗り越えられるな。
城山の肩に足をのせ、石垣で支えを取りながら城山に立ち上がってもらう。
余裕で侵入できそうだ。
カメラの死角だから誤って映ることもない。
鯉が泳ぐ庭池が見えた。
それを越えれば縁側から家内に入れる。
そうだ、カメラの死角さえ把握しておけば、犯人が出現する場所を絞れるのではないか。
そう考えたオレは辺りを見回し、他にカメラの死角になるような個所を探した。
「ん?」
その時、遠くで石垣を乗り越える人影を見てしまった。
薄暗くてわかりづらかったが、頭にニット帽を被り、パーカーを着た男だ。
見張りの目を掻い潜り、茂みに身を潜め、そのまま家に近づいたようだ。
「あ!!」
「なんだ!? どうした姫川!!」
「不審者が家の中に入りやがった!!」
「なにいいいいい!!?」
「2人とも声デカいよ!!」
夏目が注意したが、時すでに遅し。
近くから組員達の声と足音が近づいてくる。
「声が聞こえたぞ!!」
「締め上げろ!!」
「今日こそとっつかまえてボスの前に突きだしてやるぜ!!」
物騒なことまで言い出した。
うろたえているヒマもなさそうだ。
「オレはこのまま行く!! てめーらは組員から逃げながら犯人待ち構えてろ!!」
「姫川!!」
城山の肩を蹴って一気に石垣を乗り越え、庭に着地した。
背後の石垣の向こうでは、「いたぞ!!」「あいつらか!?」とバタバタと聞こえる。
頼むから間違えられて捕まるなよ。
内心で祈りながら、池にかかる小さな石橋を渡り、しゃがんで縁側の下に隠れた。
そこから匍匐前進で進みながら犯人を捜す。
「!!」
そこで明らかにスニーカーの足跡を見つけた。
それを辿りながら、庭を移動する。
辿り着いたのはカーテンが閉め切られたベランダだ。
カーテンの隙間から明かりが漏れている。
「…大胆なやつだな」
鍵の近くのガラスにガムテープを張って割られたあとがある。
ここから侵入したのか。
案の定、鍵は開けられ、スライドさせただけでいとも簡単にベランダの窓が開いて侵入できた。
これでオレが先に捕まったら、弁解の余地もなく袋叩きだな。
姫を助ける勇者どころか魔王に仕立て上げられちまう。
それでも神崎に何かある方が心配が大きい。
一応靴をベランダの下に隠しておく。
幸い、足を踏み入れた部屋は、電機は点けっぱなしだが、人はいないようだ。
誰かの部屋だろうか。
古風な建物とは違い、フローリングの洋式だ。
オレの部屋に負けず、広い部屋には大きなベッド、床には虎の毛皮、ソファー、ローテーブル、天井からつるされたサンドバッグ、タンス、テレビ、本棚。
「…あ」
ベッドにはいくつか人形が置かれていた。
それは、オレがクレーンゲームで神崎の為にとってやった人形たちだ。
ローテーブルには見覚えのあるスマホも置かれていた。
ここ、神崎の部屋だ。
愕然としてしまった。
まさか、こんな形で入ってしまうなんて。
罪悪感に早くも帰りたくなる。
神崎の部屋だとわかってしまうと、余計に落ち着かない。
部屋はいい匂いするし、こじゃれてるなとか思うし、本棚とか見たらあいつこんなの読むんだとか思うし、オレがとった人形をベッドに置いてるのかとわかったら可愛いと思うし嬉しいと思うし。
はっとする。
これでは本当に変質者ではないか。
自分自身にドン引きしてその場に手をついた。
スマホの画面に目をやると、メール作成中で止まっていた。
まだ送信されていないようだ。
送信先はオレになっていた。
「…!」
“今日は言い過ぎた ごめん ちょっと家の方が大変で 姫川が気にすることじゃないから大丈夫 いつか絶対あたしから誘うから こっちの問題が片付くまで待ってて 好”
ここで文章が止まってる。
「好きだ」と打ちたかったが途中で照れ臭くなってしまったのか。
想像しただけで虎の毛皮の上でごろごろしてしまう。
どんだけ可愛いことしてくれるんだ。
オレも好きだよ馬鹿。
気を取り直して犯人捜しをしなければ。
この部屋に神崎の悩みの種が土足であがったのは間違いないんだ。
部屋を見回していると、タンスに目を留めてしまった。
一瞬、自分の心に悪魔が取り憑こうとしたのを感じ取った。
すぐに邪心を振りはらうように首を横に振る。
中身が気になるが、ここで犯罪をおかすわけにはいかない。
神崎の顔をまともに見られるのか。
否。
大体、パンツなら神崎の踵落としを受け止めた際に見てるじゃないか。
でも、バストサイズは知らない!!
あいつはAか!?
Bか!?
それとも着やせしてCなのか!?
うおおおおお邪念退散――――ッ!!!!
頭を抱えながら理性の糸をつかんでいた時だ。
「お嬢、おやすみなせぇ」
「おー、おやすみー」
「!!!」
部屋のドア越しに神崎の声が聞こえた。
ドアノブが開けられようとしている。
ここで見つかってしまえば神崎と築き上げてきたものが音を立てて砕けるのを確信した。
きっと蔑んだ目でずっとオレのことを見据えるだろう。
いや、視線すら合わせてもらえなくなるかもしれない。
『…キモ。さよなら変態』
想像しただけで心臓が抉られる。
隠れるしかない。
鉢合わせは最悪だ。
なら、どうする。
ベッドの下は意外と幅が広く、入るが、神崎が屈んだら見える。
タンスの一番上の両開き部分なら確かに入れそうだが、ドアのすぐ近くだ。
ソファーの下は逆に狭すぎる。
テーブルの下はバカ丸出しだ。
布団の中?
ブッ殺されるぞ!!
ちなみに神崎がドアノブに手をかけて押しかけるまでの、オレの脳内のタイムだ。
髪を解き、咄嗟にある場所に隠れた。
「ったく、野郎共が揃いも揃って、不審者ひとり捕まえられねーのかよ…。ん?」
これもバカ丸出しかな、とは思ったんだ。
でも、他に考えられなくなった。
さて、オレは今どこにいるでしょう?
「スマホおきっぱできちまった」
「っ」
踏まれて呻きそうになった。
神崎はそのままソファーでなく、オレの上に座る。
そう、オレは今、虎の毛皮の中に隠れ、うつ伏せの状態だ。
客観的に自分の今の姿を想像したくない。
大きさ的にもちょうどいいのだ。
口から入ったら着ぐるみみたいにフィットしてしまった。
少し膨らみはあるが、ベッドに隠れるよりかはバレにくいはずだ。
シュールな光景だが、神崎はオレの上で胡坐をかいて座っているわけで。
ほのかにいい匂いがする。
風呂上がりか。
座られてるのも悪い気がしないし、何かに目覚めそうで恐ろしい。
「…どうしよっかなぁ…。送ろうかなぁ…」
何を悩んでいるかと覚えば、たぶんメールのことだろう。
送信しようか迷っているようだ。
「わざわざ…、す…、好き…って送るのも、うざいかな…?」
そんなことはない。
むしろどんどん送って来い。
「ん―――…」
ごろん、と神崎がオレの上に倒れた。
背中に小さく柔らかいものが当たっている。
風呂上がりということは、今神崎は寝間着でノーブラだ。
このまま虎となって襲いかかりたいが堪えろオレの理性。
目的を忘れるな。
「なんか今日寝心地いいな、トラ」
眠いのか、すりすりと頬を寄せている。
あれ、目的ってなんだっけ。
「はぁ…。姫川に会いたい…」
虎の頭を撫でてるつもりだろうが、オレの頭を撫でる神崎が呟く。
「ここにいる」と抱きしめたい!!
目的を完全に忘れる瞬間だ。
小さな寝息が聞こえた。
「!」
おそるおそる首を動かして肩越しに振り返る。
うつ伏せの神崎が未送信のメール画面のスマホを握りしめたまま眠っていた。
まだ暑い時期だから、上は迷彩柄のタンクトップで、短パンを履いていた。
金髪頭はすぐ傍にある。
体勢を変えて半開きの口にキスしたかったが、起こしてしまいそうだ。
「生殺し…」
聞こえないくらいの声で漏らす。
据え膳がすぐ傍にあるのに。
胸の柔らかさは背中に伝わったままだ。
無になるのは難しそうである。
電気も点けたままでよく眠れるな。
でも、背中の程よい体温と重さにオレまで寝そうになる。
カタン…
どこからか聞こえたその音にはっと眠気が醒めた。
目だけを動かす。
音が聞こえた方にはタンスがあった。
一番上の両開きのドアはいつの間にか半開きだ。
それからゆっくりと開かれていく。
「…―――!!」
犯人は、そこに隠れていた。
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