リクエスト:静寂から救いましょう。
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翌日から、姫川は学校に来なくなった。
朝の別れはいつも通りだったのに。
昨夜の姫川の顔が忘れられない。
「どうした」と聞いてもだんまりだった。
問い詰め続けようにも、そんな空気ではない。
むしろ、こちらが責めるような逆効果を覚えた。
だから、疑問に思っても口にしなかった。
また子どもをあやすように、姫川の顔を平らな胸に埋めさせ、その夜は寝付いた。
最初は体調でも崩したかと思い、メールだけ送り付けてそっとしておくことにした。
返事は返ってこなかった。
スマホの電源を切っているみたいで、電話も通じない。
しばらく続く空席が胸をざわつかせる。
他の連中も何事かとひっそりと騒ぎ始めた。古市に「何か知りませんか?」と聞かれても、「さぁな」と返すしかない。
オレ達の関係は、間違っても露見しちゃならねぇ。
あいつがどうしたかなんて、こっちが聞きたい。
あの部屋に行くべきか。
合鍵はオレも持っている。
ポケットから取り出したが、強く握りしめる。
いいや、オレ達は一度距離を置いて冷静に考えるべきなんだ。
互いしか見えなくなるほど、現実から目を背けてしまう。
オレは今、あいつの家に行くべきじゃない。
わかってる。
あいつ自身を苦しめてるのはオレだって。
オレが行っちまったら、あいつはまた一人で勝手に苦しんでしまう。
……違う。
そうじゃないだろ。
苦しいのは、オレだって一緒じゃねえか。
手のひらに鍵の痕がつく。
姫川がいない日は、1週間近く続いた。
「神崎さん、最近元気がありませんね」
「顔色も悪いよ。ちゃんと食べてる?」
城山と夏目にも勘付かれ始めている。
オレとしては何ら変わりなく過ごしているつもりだったが、食事がのどを通らない。
寝付けない。返事が来ているかと思ってスマホばっかり見ちまう。
せめて夢だけでも逢いに来てほしかった。
なのに、あいつの夢を最近見ない。
「~~~~っっ」
スマホを握りしめて唸る。
あいつを見ただけでストレスを感じていた日々がウソのようだ。
今はあいつが傍にいないだけで、こんなに胃がキリキリと痛む。
眠れなかった分は昼にまわってくる。
いつの間にかオレは机に伏して眠ってしまった。
またあの夢だ。
ひたすら続く闇の中、オレはひとり歩く。
「!! 姫川…!!」
まるで雨に濡れているかのように、姫川は暗い顔でうつむいていた。
オレは走って手を伸ばす。姫川には届かない。
どんどん距離が離れて行く。
「なんで逃げるんだよ…!!」
夢の姫川が、初めて口を開いた。
『逃げてるのは、おまえの方だろ?』
自嘲の笑みを見て、衝撃を覚えた。
後ろから頭を撲られたような。
姫川の姿が消えてなくなろうとする。
「おまえだって…!!」
オレも、目を逸らしていたかっただけなんだ。
姫川の告白に頷いた瞬間、覚悟していたつもりだった。
いつか来る別れにだって。
でももうどうしようもなくオレはあいつのことが。
*****
学校が終わるなり、オレは誰よりも早く教室を飛び出し、姫川のところへと向かった。
時間は5時をまわっていたが、辺りはすでに暗く、月ものぼり始めている。
月が薄い雲からこちらを窺っているように見えた。
オレはもう迷わない。
あいつが何を言おうが受け止めてやる。
オレは怖かったんだ。
別れを切り出されるかもしれないと思って。
何が考えるだ。
何を考えりゃいいんだ。
姫川とこの先も一緒にいることをなんで真っ先に考えなかったんだ。
オレはもうオレを誤魔化さない。
だから、姫川から誤魔化しのない言葉が聞きたい。
今すぐに。
何かを考えるのはその先でいいじゃねえか。
隠れ家に到着する。
月がそこまでついてきてくれた。
合鍵を使って中に入ると、暗い部屋の中、シャワーの音がどこからか聞こえた。
「姫川…?」
風呂に入っているのか。
なのに、浴室の明かりはついていないようだ。
静かな水音が響く浴室。
じわ、と嫌な汗が浮かんだ。
急き立てるように足が浴室に向かう。
「姫川!!」
姫川は服を着たまま浴室で倒れたまま、冷水を浴びていた。
浴室に足を踏み入れるなり、ひんやりとした空気が肌に触れる。
死人のようにぐったりとしているが息はしているようだ。
まともに過ごしていたとは思えない。
顔は真っ青で、眠っていなかったのか目元には酷い隈がある。
「姫川!!」
オレは夢のように何度も名を呼び続ける。
頼むから。
起きてくれ。
オレの気持ちを聞いてくれよ。
「神…崎……?」
意識を取り戻した姫川はゆっくりと目を開き、不思議そうにオレを見る。
夢でも見ているかのようだ。
安堵の次に怒りが湧いたオレは、パンッ、パンッ、と平手で姫川の頬を2回打った。
驚いたように目を見開かれる。
真っ青だった肌の色が、打ったところだけじんわりと赤くなった。
「なにしてんだてめぇ!!」
とにかく姫川の冷たい身体を温めようと、シャワーを熱湯に切り替えてかけた。
「凍死する気か!?」
明らかに姫川が自分自身でやったとしか思えない。
もしかしたら本当に死んでいたかもしれない。
オレが来なかったら、と思ったら、鳥肌が立った。
「なんでこんなこと……」
「……怖ェんだ」
「……あ?」
姫川の声は震えている。
寒いからではなさそうだ。
「このまま…、おまえと離れて…カラッポに生きていくのが…、怖かったんだ…」
オレは黙って聞いていた。
それが、姫川の弱音であり、本音だ。
ずっと隠していた言葉だ。
「おまえだって、いずれ、親の跡を継ぐんだろ…? そうなれば、この関係も終わっちまう…。終わらせたくなかった…。それならいっそ…、神崎を巻き添えにしてでも……」
その言葉だけで、十分だった。
本音に押し潰されそうなこいつに、今度はオレが返す番だ。
「……おまえ、オレが何も考えずおまえと付き合ってたとでも思ったのか?」
「…………同情…じゃ」
ああ、そう思われていたのか。
両手で両頬をつかんで顔を上げさせる。
ちゃんとオレの顔を見て、目を見て、聞いてくれ。
「同情で男にキスされて抱かれるとでも思ったのか? あ!? 姫川、てめぇ、このオレを見くびってんじゃねえぞ…!!」
「神…ざ」
「もうちっと鋭い奴だと思ってた…。キスされた時点でお試し期間が終了してることにすら気付いてねえとはな…! こっちは、本気でてめーと向き合おうとしてたんだよ…! この先どうなるか不安に思ってたのは、てめーだけじゃねぇんだ…!! 怖い思いしてたのは、てめーだけじゃねえんだよ!!」
言葉の次は、行動で示す。
目を逸らされる前に間髪入れずに、オレは姫川を抱きしめ、唇を重ねた。
オレからするのはなんだか新鮮な気がする。
姫川の唇はまだ冷たかった。
もっと、温めてやらなくては。
「姫川…、未来まで付き合わせてくれよ…。てめぇを失ったら、オレは…」
そんな顔するんじゃねえよ。
オレだってな、恥ずかしさのあまり泣きそうなんだ。
行き着くところは同じだ。
けれどこれも愛情。
本心をぶつけ合ったあとの絡みは特別なものだ。
温かいシャワーの中で、オレ達はムチャクチャになる。
互いの舌と舌を絡め、吐息を混ぜ、深く深く口付けを交わす。
息が苦しくなり、溺れるような感覚に脳が痺れた。
姫川の体温がすぐに上昇するよう、オレかららしくない行為をする。
下手で笑われないか心配だった。
でも、時間はかからなかった。
姫川に指を舐めさせて自分の熱を上げる。
いつでも受け入れられるように。
待ちきれずに姫川と一つになり、苦痛はほんの一瞬だった。
「神崎…」
「ひ、めか…っ」
首に絡みつき、耳元でとっておきの本心を囁いてやる。
「好きだ」
呆気にとられる姫川に、したり顔を向けてやった。
それも束の間で、いよいよ本領を発揮し始めた姫川に、オレの余裕が奪われる。
離れまいと姫川に爪を立ててしがみついた。
「オレも好きだ…、神崎…っ」
激しい波の中、姫川が告白を返してくれる。
熱が急上昇し、オレ達は同時に真っ白になった。
先に倒れ込んできたのは姫川だ。
「姫川?」
前髪を掻き上げると、疲れ切った呼吸から寝息に変わる瞬間を見てしまう。
相当な寝不足だったのだろう。
揺すっても起きやしない。
「―――ったく」
苦笑したオレは姫川を抱きかかえて浴室を出る。
服は途中で脱いだから洗濯機に入れるだけでいい。
ふわふわのバスタオルでオレと姫川の体をふき取り、寝室で姫川を寝かさせる。
安心したような、静かな吐息だ。
オレも隣に寝転び、姫川の寝顔を見つめた。
カーテンが開けっ放しの窓からは月明かりが差し込み、寝室を照らしている。
姫川の銀髪が反射してキラキラと光っていた。
目を奪われ、もう一度唇を奪ってやる。
今度は温かい。
安堵すると、眠気がやってきた。
姫川を抱きしめ、素直に眠りに落ちる。
*****
闇の中、姫川の姿はすぐに見つかった。
「姫川」
オレは走らず、ゆっくりと姫川に近づいていく。
姫川はこちらを振り向いてくれた。
『神崎』
寂しさを感じさせない笑みだ。
手探りのように手を伸ばす。
ようやくその手をつかんで、抱きしめ合った。
夢だってのはわかってんのに、くすぐったいくらい温かい。
「やっと、つかまえた」
瞬間、闇は柔らかな光で包まれた。
もう逃げたりしない。
ここからだ。
姫川と一緒に歩む道を見つけて行くのは―――…。
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