リクエスト:静寂から救いましょう。
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夢はその時の心境が反映することがある。
まさにその通りだった。
ここは、何も見えない暗闇だ。
手のひらを見てみると、まるで発光しているかのようにはっきりと見える。
なのに、周りは闇に包まれたままだ。
とりあえず歩いてみようかと歩を進める。
何か見えるものがあるはずだ。
自分だけがそこに在る感覚は、妙な孤独感を覚える。
ここにはオレ独り。
育ってきた環境ゆえ、独りには不慣れだ。
いつだって周りには誰かがいたのだから。
けど、頭を抱えるほど『特別』な存在なんていなかった。
そいつに出会うまでは。
「!」
黙々と歩いていると、まるで幕から現れるように姫川がオレの前に姿を現した。
「姫川」
名を呼んで近づこうとする。
なのに、一向に近づけない。
今度は早足になってみる。
姫川は微動だに動かないのに、少しも距離が近づかない。
「姫川」
オレは手を伸ばす。
なのに、姫川はそれを拒むかのように一歩退き、普段は見せない寂しげな顔をしてオレに背を向けて去っていく。
「姫川!!」
オレは叫んで走り出した。
けれど、姫川は闇の中に消えてしまった。
どれだけ辺りを見回しても、いくら呼んでも、現れない。
「――――!!」
声にならない声を上げ、オレは後ろに引っ張られるような感覚を覚えた。
同時に、はっと目を覚ました。
目に映ったのは、オレと姫川の逢引部屋の天井。
隣には姫川が眠っていた。
思わずホッと胸を撫で下ろす。
昨夜の記憶がよみがえる。
お互い、裸になって、周りには言えない行為をして、死んだように眠って。
閉め切ったカーテン越しから、雨音が聞こえた。
オレは眠る姫川の横顔を上から見つめ、吐息をこぼす。
銀の長い髪の毛先を触った。
普段、ガチガチにリーゼントで固めているとは思えないほどの質感だ。
「神崎…」
「!」
返事を返しそうになったが、さっきと変わらない寝顔に口を開けたまま止まる。
確か、寝言って返したらダメなんだっけか。
「いつか…、オレから…」
続いた寝言に心臓が跳ねる。
そこから先は寝苦しそうにうなるだけ。
最近、それが続いていた。
しばらくしたらすぐに静かな寝息に戻るのに、今日は長い。
だから姫川の肩をゆすって起こそうとした。
「姫川っ」
何度も呼んで、オレには内容が見えない悪夢ら引っ張り起こす。
姫川はゆっくりと目を開けた。
「神崎…」
半身を起こし、目を擦る。
姫川の瞳に映る絶望が薄れていく。
夢だったと実感するのに少しかかったようだ。
姫川はスマホで時間を確認したあと、カーテンの方に目を向けた。
「また、うなされてた」
「……あぁ」
姫川はもう一度目を擦って答える。
「悩み事でもあんのか?」
「いや…、そういうわけじゃねーけど…」
「前にも聞いたぞ、それ」
誤魔化すように曖昧に答えられ、苛立つように言い返すオレに、また姫川は誤魔化すように苦笑するだけだ。
こいつはオレに何を隠してんだ。
怪訝な視線を送った時だ。
「…! おい…」
いきなり、抱き寄せられた。
「このまま…」
怖い夢を見てしまい、半べそをかきながらオレに縋りついてきた二葉を思い出す。
らしくない姿に、オレの苛立ちはどこかに消え、「子どもだな」と笑ってやって、二葉にしてやったように背中を優しく叩いてやる。
「………神崎…」
「ん?」
「……………」
オレに伝えたいことでもあるのだろうが、それを言い出せないようだ。
本当はオレだってわかっているのかもしれない。
姫川のあの寝言、「いつか、オレから」。
なんとなく、続きが読める。
それはオレも感じていることだったからだ。
でも、口にはしない。
いつの間にか、禁句となってしまったその言葉を。
その気持ちを。
オレは今の自分の心音を落ち着かせるように、誤魔化すように、姫川をあやし続けた。
この部屋から、何事もなかったかのように出て行く時間まで。
『オレと付き合ってみねぇか?』
冗談だと思うのは当然だった。
ずっと金に物を言わせて孤立して、「自分は独りが好きだ」って空気を醸し出して、オレは姫川のそんな態度が嫌いだった。
金で何もかもどうにかなると思ってたから、ブッ飛ばしてやったことだってある。
それ以来、顔を合わせればケンカケンカで。
ムカつくことに、決着がついたこともない。
だから余計にいがみ合っていた。
そう思っていた。
いつもややうつむき気味でスマホの画面を見つめて悪巧みしていた奴が、ある日、オレに告白してきやがったんだ。
退院する前、病室内での突然の告白。
姫川の今までの不意打ちより効いた。
オレだってさすがに困惑した。
「冗談言ってんじゃねーぞ」と一笑してやればよかったのに、思わずオレは考え込んでしまった。
結果、返事を待たせて、退院後にイエスの返事を返してしまった。
その時の姫川の顔は今でも覚えている。
耳を疑うような。
傑作だった。
オレは、付き合うことによって、姫川竜也というものを知りたかったのかもしれない。
あとは遊び半分だった。
こいつの気紛れにたまには付き合ってやろうっていう、オレの気紛れ。
でも、遊びどころじゃ済まないことになった。
流れとはいえ、体を許してしまった。
自然な流れだった。
オレが女役になったのは。
オレもその時はよく拒まなかったなとむしろ感心してしまう。
男同士のアレは奇妙なもので、男女のソレとは違った。
快楽を感じるほど、自分はおかしくなったんじゃないか。
あちらが「終わり」と一言いえば「終わり」と返すつもりが、沼のように抜け出せなくなっていた。
今まで散々ケンカばかりしてきたし、それが日常となっていたから、些細なことなケンカだって、一夜あれば解決してしまう。
最近、朝帰りも日課になって、でも、時が経つほど、家路への足取りが重くなることに気付いてしまった。
自分のデカい家を見上げ、ため息をこぼす。
オレはいつか、この家を継がなければならない。
兄貴が出て行った時から決まっていたことだ。
家の跡取り息子は姫川も同じだ。
あいつだって、いずれはデカい会社を継ぐんだ。
離れ離れになってしまうのは見えていた。
あの寝言だって、それを言いたかったんだ。
いつか離れてしまう。
胸が締め付けられた。
それでもオレ達は今夜も一緒にいる。
すべてを忘れて、お互いのことしか考えられなくなるのは、身体を重ねている時だけだ。
これだけくっついていれば、後ろ暗いことを振り返らずに済むから。
オレがへばっても、姫川は執拗にオレの熱を求めてくる。
揺らされ、応えるようにオレは啼く。
姫川がオレの耳に歯を立てた。
その痛みさえ、背筋をゾクゾクとさせる。
このまま夜が終わらなければいいのに。
瞬間、姫川の動きが止まった。
「ひめ…かわ…?」
何事かと姫川を見ると、真っ青な顔で自身の両手を見つめていた。
オレは錯覚を覚える。
姫川の両手が、誰かの血で汚れてしまったように見えた。
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