リクエスト:執事の苦悩と御曹司の嫉妬。
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神崎は姫川に中学校までの送迎を願い出た。
男鹿に会いたいからなのかとまた妙に勘繰ってしまいそうな姫川だったが、昨夜の神崎の言葉を聞いて信用してもいいと判断し、聞き入れることにした。
そして翌日、いつもの登校時間より早めに中学校に到着すると駐車場にはすでに、呑気にコロッケを食べながら男鹿が待機していた。
神崎があらかじめ連絡していたのだろう。
姫川の眼差しに敵意が纏う。
車から降りれば露骨に睨み合った。
火花が再び飛び散る前に神崎はなだめるように姫川の後ろから両肩に手を置いた。
「メールで話した通り、よろしいですか? 辰巳様」
「……まあ、いいんじゃ…」
途中、その頭を背後から叩く人間が車の陰から現れた。
「男鹿! そういう言い方ないだろ。そもそも、神崎さんに迷惑かけてるわけだし…」
男鹿相手に叱咤する男に姫川は目を丸くする。
「あ? おまえ確か…」
「初めまして、姫川先輩。古市貴之です」
学年は1年、家柄は上級だが男鹿の幼馴染の古市貴之だ。
「おまえは出てこなくていいっつったのに」
「そーはいかないだろ」
「関係ないわけじゃねえんだし」と古市は男鹿の耳に囁く。
「大体、姫川に話して脅されでもしたら…」
「しねーからさっさと話せよ。こっちはあからさまに隠し事されるのは嫌ぇなんだよ」
古市の耳元で言う男鹿だが、その声は丸聞こえだ。
神崎からも「他言無用でお願いします」と念を押されているので苛立って催促する。
「ええ…と」
「あ、オレが話しますから」
神崎が男鹿と古市に目をやりながら口を開く前に、古市は代わって語ることにした。
姫川達が通う学校は、幼稚園から高校までのエスカレーター式となっている。
男鹿達が小学生の頃、冷やかしが原因で男鹿は当時から怖いもの知らずにも同級生を殴り倒した。
ケンカを打ったのは相手側で学校側も「子ども同士の喧嘩」で片付け、どちらも注意だけで済ませたが、相手側はそうはせず、高校生の兄たちを男鹿にけしかけた。
まずは見せしめに古市にケガを負わせ、それに激昂した男鹿は高校生相手に殴りかかり、劣勢を強いられた相手についには神崎まで参戦したのだ。
勝敗は男鹿側の勝ちだが、古市が巻き込まれてしまったことで、古市の親が黙ってはいなかった。
この時ばかりは男鹿も覚悟していたが、先手を打った神崎の悪癖が出る。
「高校生の喧嘩を買ったのは私です。ムカつきました。辰巳様と古市様が巻き込まれたのはすべて私の責任です」
これが、男鹿と古市の仲が引き裂かれずに済む最善の策だと考えて出た行動だ。
解雇は、呆気ないものだった。
男鹿が両親に問い詰められる前だったので、神崎は何も告げずに男鹿のもとから離れていった。
それ以来、男鹿もできるだけ派手な喧嘩は控えるようにした。
そう、できるだけ。
「主人(姫川)にもその時のこと話さなかったんだって? もう時効だろ。律儀なやつだな」
男鹿はため息をつき、コロッケの最後の一口を食べる。
「…そういうことか。ったく紛らわしい」
色々とネガティブなことを考えていた姫川は拍子抜けする。
「神崎、いつでも戻ってきていいんだぞ。嫌になったら」
「おい!」
調子に乗るな、と言いかけたところで神崎は小さく手を挙げ、口元を綻ばせ答える。
「いえ。せっかくですが、私は竜也様のお傍で大変満足ですので」
「! 神崎…」
あくまで執事と主人という関係でのことだが、姫川は別の捉え方をした。
男鹿は苦笑し、「そっか」と頷く。
「だろうな。大変だとかいいつつ、オレの時より生き生きしてるし」
「生き生きって…」
傍からはそう見えるのか、と肩を落とす神崎。
「よしっ、古市、コロッケでも食べるかっ」
「さっき食ったろが。つか、HR」
「まだまだ時間あるし…、なんなら一緒にサボろうぜ」
「サボんな駄学生!!」
話も終わり、男鹿は古市の肩に腕をかけて校舎へと戻っていった。
「……そういうことか…」
その光景を目にした姫川は、もしかしてと考える。
「―――ええ。辰巳様と古市様は………」
「お付き合いしてんだな?」
言っていいものかと躊躇の表情を見せた神崎だったが、姫川に言い当てられて素直に頷いた。
「最初は辰巳様の一方的な片思いでしたが、今はお付き合いされているようですよ」
そのことは再会してすぐに男鹿の口から聞いた。
「そいつら小学生だったろが、当時」
「片思いにしろ、友情にしろ、辰巳様が古市様と2度と会えないのは、きっと身が引き裂かれるほど辛いことだと思ったからです。かつては半端な家柄だと罵られ、その幼さ故自暴自棄になっていたところを古市様が手を差し伸べられたのですから。唯一の特別な存在を失うのがどんなに怖いことか…」
古市が巻き込まれ、親が騒いでいたとき、小さな男鹿は不安げにずっと神崎の裾を握りしめていた。
「古市と離れたくない」。
それが主人の望みなら叶えてやれないものかと神崎は自分が男鹿から離れることを選んだ。
「―――他言無用…」
「わかってるっつの!」
「どんだけ信用されてねーんだ」とぼやく姫川だったが、内心ではホッと安堵していた。
話の通りなら、古市を溺愛している男鹿と自分が恋敵になる心配はなさそうだからだ。
「―――ということですので」
神崎は運転席のドアを開けて乗り込もうとする。
あと10分でHRの時間だ。
登校中の生徒達も増えてきた。
「神崎」
神崎が運転席に座る前に姫川はドアに手をかけて呼び止める。
「……ガキだと思っただろ」
子供のように拗ねていたことは自覚していた。
勘違いしていたばかりにとんだ姿を見せてしまったことに今更ながら羞恥が湧いてくる。
神崎は小さく笑って答えた。
「ええ、正直」
「否定しろよ!」
「竜也様の貴重なお姿が拝めたので」
「おまえも大概いい性格してるよな。オレ相手に。…感心するわ」
「どうも。お褒めにあずかり…」
「褒めてねえよ」
ぴしゃりと言い放つ姫川に神崎は無礼を承知で露骨に笑う。
「……でさ」
「はい?」
「昨夜のことはどうも思わねーの?」
神崎は口元に笑みを浮かべたまま硬直した。
「昨夜……。…………!!!」
フラッシュバックするのは、昨夜の姫川からの熱烈なキスだ。
(そうだまだ大変な問題が残ってた!!!)
嫉妬のあまり、で済まされることではない。
明らかに行き過ぎた行動だ。
「え…と」
姫川は真剣な顔つきで神崎を追い込むように迫る。
「もうわかってんだろ? オレが求めてるもの…」
「…オレは…っ、私は…あなたの執事です。それ以上の関係は……」
視線を彷徨わせる神崎は悶々と悩む。
「それに、竜也様は中学生です…。私はほら…、三十路ですし…」
「年の差はいいだろ」
「いずれは姫川財閥を継がれるお方で」
「継ぐか継がねえかはオレの勝手だ。跡継ぎが欲しいってなら養子を迎える」
「うぐ」
「神崎、オレのこと好きだろ?」
「!!」
嫌いでないのは確かだ。
そう答えたらあとで返す言葉もないのだが、無言になった神崎に構わず、「だろ?」と小首を傾げる。
その口元には確信犯の笑みが浮かんでいた。
「竜也様…」
どう叱咤していいものか。
神崎なりに考えてみるが、頭からは煙が上がってしまう。
「本当にオレのもんになっちまえよ」
口端のチェーンに指をかけられて告白され、ゆでだこのように真っ赤になった神崎はついに考えることを放棄した。
「~~~~っっ」
中学生の告白なのに、心臓は早鐘を打った。
「せ、僭越ながら、一つだけ条件が」
人差し指を立てた神崎に、姫川は「はっ」と小馬鹿にしたように笑う。
「また「1つ」か。このオレ相手にいい度胸だな。…言ってみろ」
許可が出たことに安堵し、神崎は条件を口にした。
「竜也様が私の身長を追い越せば、私は本当にあなたの「もの」になりましょう。執事と主人を越えた関係に…」
神崎の身長は178センチ。
小柄とは言い難く、姫川より一回り大きい。
条件を聞いた姫川は腕を組んで考える仕草をする。
「私にも、好みというものがありますので」
これは嘘だ。
そもそも今まで好みなど考えたことはなく、職業上、恋人がいたこともない。
相手が男性などもってのほかだ。
言うなれば、ただの時間稼ぎ。
今日明日で身長など伸びるはずもなく、姫川には成長とともにじっくりと考えてもらおうと考えた。
身長とは違い、恋愛は今日明日には冷めているかもしれない曖昧なものだからだ。
中学生なので、興味本位でそちらに走っているだけかもしれない。
早まったことをして姫川の今の関係を壊したくないのが本音。
恋愛に関係なく、神崎はただ姫川の傍にいたかった。
「……わかった」
姫川は首を縦に振る。
「ありがとうございます」
神崎が一礼すると、姫川は「そのかわり」と強調するように言った。
「オレが一ミリでも抜かした日は、覚悟しておけよ?」
「…!!」
ゾク…、とサングラス越しの邪悪な瞳に背筋が凍りついた。
きっととんでもないことをされるのではないか。
神崎は慌てて条件を追加する。
「せめて180は突破してください。ちなみにリーゼントは含まれません」
「チッ。…わかった。中坊の成長期ナメんなよ」
(その方が燃えるしな)
姫川は涼しげな顔をしているが内心では燃えていた。
「そ、それでは、またお迎えに上がります」
予鈴が鳴り、神崎はまるで逃げるように神崎は運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
姫川が校舎に入るまで見送ることができないほど心に余裕がない。
発進させようとハンドルを握りしめたとき、コンコン、とサイドの窓を叩かれ、窓を全開する。
「お忘れもので…」
言いかけたとき、開けられた窓から乗り出した姫川が唇を押し付けてきた。
「…!!?」
「キスくらいは許せよ? …行ってくる」
「い…、行ってらっしゃいませ…」
姫川が背を向けて校舎の中へ入っていくのを見届け、神崎はハンドルに、ごん、と額をつけた。
(あんの…、マセガキ…!!)
そしてそんなマセガキに翻弄される神崎は、条件の付け方を間違えたことをのちのち後悔することになる。
*****
ちなみに、男鹿と姫川なのだが…、
「いくらオレでも三十路過ぎは範囲外だ。同じ年頃で落ち着けるんだよ」
「バカかてめーは。三十路だから色気がパネェんだよ。近づいてみろ。フェロモンムンムンだから」
「古市にも近づいてみろよ! こいつのフェロモンもヤベェぞ! 誰かに襲われないか毎日心配だし…」
「おこちゃまフェロモンは受け付けないんで」
「やっぱてめーとは気が合いそうにねえな」
「同感だ。一昨日きやがれ。そもそも…」
「あの…、気が合わないっつーなら絡まなきゃいいんじゃ…」
「黙ってろ古市!!」
「男には譲れねーもんがあるんだよ!!」
仲良く(?)、顔を合わせるたびに相方の自慢話で盛り上がっていた。
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