リクエスト:執事の苦悩と御曹司の嫉妬。

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準備が整った姫川を高級ベンツの後部座席に乗せ、運転席に乗った神崎は姫川が通う中学校まで送り届けるためにベンツを走らせる。

ルームミラーで確認すると、姫川はスマホをいじりながら大人しくしていた。

制服姿は初めて見るが、規定外のアロハを着ているせいか素行が悪そうに見える。


(中学生かぁ…)


姫川と同じ年の頃は散々やんちゃをしたものだと振り返った。


到着したのは、生徒の大半が御曹司や令嬢ばかりの中学校だ。

姫川のように高級車で送迎される生徒もいれば、ヘリで送迎される生徒もいた。

使用人が出入りできるのは、学校の昇降口前まで。

ほとんどの使用人たちは正門前や駐車場で主人を下ろしてから帰っている。


神崎は駐車場に車を停め、ドアを開けて姫川に降りてもらう。


「いってらっしゃいませ、竜也様」


一礼すると、姫川は「おう」と返して学校へ向かった。


「あ、姫川さん!」

「夏休み以来ですね」

「いかがお過ごしでしたか?」


姫川の姿を見かけるなり、学校へ向かう途中の女子が声をかけながら姫川に近づいた。


「ああ、久しぶり」


きっとあの中にメールの送信者が何人かいるのだろうと神崎は察する。


(モッテモテだな…)


帰る前にベンツに背をもたせかけて一服のヨーグルッチを飲みながら神崎はその光景を眺める。


(あんな性格がひん曲がった坊っちゃんのどこがいいんだか…。素顔が整ってりゃそれでいいのか)


中学生の女子達の気持ちが理解できない。


「あら、おはよう、姫川君。今期も、ヒマがあったら保健室にいらっしゃい」


今度は白衣を着た保険医が色っぽく声をかけてきた。


「ぶっ」


(保健室の先生まで!!?)


思わずヨーグルッチを噴き出してしまう神崎。


(どこまで手ェ出してんだあいつ)


高校に上がったら悪化するのではないかと戦慄した。

問題を起こされたら対処するのは自分なのだろうかと明後日の方向を見ていた時だ。


「…神崎?」

「!」


近くから声をかけられ、振り向くとひとりの男子生徒が立っていた。

驚いたような顔をしてまじまじと神崎を見て、懐かしそうに口元を綻ばせる。


「やっぱり神崎か!」

「え…と…」

「なんだおまえオレのこと覚えてねーのか? オレに仕えてたの半年だけだもんな。その時オレまだ小学生だったし」

「…!!」


記憶をたどっていた神崎は、目の前の男子生徒と面影のある少年の顔を思い出した。


「…辰巳様?」

「そ! なんだ覚えてるじゃねーかっ」


男鹿辰巳。かつて神崎が仕えていた主人だ。


「あんな別れ方だったから心配してたんだ。元気にしてるか?」

「ええ。おかげさまで」


驚かされた神崎だったが、相手が前の主人と思い出すことができてようやく懐かしさに浸れる。

神崎の胸より下の背丈だった男鹿が今では肩を並べるまで大きくなっていた。

一目ではわからないはずだ。


「辰巳様も、お元気そうで」

「おう。おまえあれから…」


現状報告し合い、思い出話に花を咲かせている一方、


「姫川さん?」

「遅刻してしまいますよ」

「どうなされました?」


「……別に」


校内に入る前に、立ち止まって肩越しにその光景を眺めていた姫川。

神崎と男鹿が楽しそうに話し合っているのを見て、露骨に眉間に皺を寄せた。


*****


「おかえりなさいませ、竜也様」


放課後、姫川が校内から出てくる前に車を停めて待っていた神崎は、姫川に一礼した。


「……………」


姫川の不機嫌は朝からずっと続いている。

露骨に表情に浮かべて無言のまま、神崎が開けてくれた後部座席に座り、ドアを閉めた神崎も運転席に乗って家に向けて車を走らせた。


「?」


どうして姫川が不機嫌なのかわからず、神崎は首を傾げる。


「…竜也様、何かありましたか?」

「あ゛?」


(うわ、思った以上に機嫌悪い)


帰りの姫川は手元のスマホには目もくれず、ただ茫然と窓の外を眺めていた。

それをルームミラーで見ると、不意にこちらを見た視線と合い、思わず目を逸らす。

姫川はまた窓に視線を戻し、口を開いた。


「……今朝のあれ、なに?」

「え?」

「男鹿と…なんなわけ?」


男鹿辰巳は姫川が通う中学校の1年。

姫川より2つ学年が下だ。

家柄は中級ほど。

そもそも中級の家柄でギリギリ入学できるかできないかの名門校なので、そのことを鼻で笑う生徒もいるが、冷やかしが過ぎて男鹿に制裁を受ける生徒が続出してからは男鹿に関わる者は減った。

後ろ盾に学校関係者がいるとの噂で、しかも仕掛けてくるのはほとんど相手側という理由もあり、男鹿は特に咎められることもなかった。

しかしその横暴さは学校中に広まり、情報通の姫川の耳にも入っていた。

悪い意味の有名人がまさか神崎と関わりのある人物だとは思ってもみなかっただろう。


「……………」


神崎は前方を眺めたまま押し黙る。


「おい」


姫川が促すと、神崎は言葉を選びながら話し出した。


「…辰巳様は、私の元・主人でした。まだ辰巳様が小学に入学したての頃、半年だけ…」

「辞めさせられた理由は?」


神崎は、主人の不都合が生じない限り自分から辞めたことはない。

ほとんどが相手側からの解雇の宣告を受けて辞めている。


「…………もういいでしょう。過去のことは」

「なっ…」


あしらわれるような言い方に姫川は面食らう。

途端に苛立ちが一気に膨らみ、神崎の座席シートを蹴る。


「答えろ。命令だ!」

「……私がケンカに巻き込まれてしまった挙句、辰巳様をケガさせてしまったからです」

「……………」


隠すほどの理由だろうか。

まだ何か隠しているものがあるに違いないとあからさまに怪訝な目を向けたが、神崎は素知らぬ顔だ。


それから再び車内は静寂に包まれ、姫川の邸宅に到着した。

神崎が運転席から降りてドアを開ける前に姫川は自分からドアを開けて車を降りる。


「あ…」

「いいか?」


姫川は人差し指を神崎の胸に当て、至近距離で睨みつけた。


「今のてめーの主人はオレだ。そのことだけは忘れんな、絶対にな」

「…しょ、承知しております」


微笑とともに答えると、また気に障ったのか姫川は舌を打って神崎の横を通過し、邸宅へと帰った。

バタン、と閉じられたドアに目をやった神崎は、ひとりイラついている姫川の心中が理解できず、「なんだよ…」と後頭部を掻いて呟いた。


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