リクエスト:それぞれの幸せを語りましょう。
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冬夜の街中を走るタクシーが、とある居酒屋の前で到着した。
料金を払い、後部座席から降りてきたのは神崎だ。
腕時計で時間を確認し、舌を打って中へと入ると、頭に仕事用のバンダナを巻いた女性店員が愛想よく出迎えてくれた。
だが、店員は神崎の顔を見るなり、一瞬目を丸くし、すぐに仕事用のスマイルを向ける。
「いらっしゃいませ」
「予約していた…」
「神崎様ですね? お連れ様がお待ちです」
まだ名乗ってないのに言い当てられ、早速居た堪れない気持ちになる。
「…ども」
この時、神崎はその予約から、仕事の都合で1時間も遅刻していた。
待たせている連中は怒っているだろうと予想しながら、案内する店員の後ろをついていく。
「こちらになります」
手を差し伸べられたのは引き戸つきの個室だ。
掘りごたつ付きの個室を予約したことを思い出し、引き戸を開けて中へと入る。
そこには、自分と同じ顔をした面々が先に来ていた。
「おっせ~ぞ神崎!」
ビール瓶を掲げて一声を放ったのは強気崎。
「待ってたぞ」
ようやく到着した神崎に小さな笑みを浮かべるのは真面目崎。
「おつかれさ~ん」
漬物のきゅうりをパリパリと咀嚼し、神崎に手を振るのは素直崎。
「「……………」」
テーブルに額をつけて無言で酔い潰れているのは食い気崎とヘタレ崎。
すでに酔っぱらっているのが何人かいるので、神崎は早くも帰りたくなる。
せっかくの新年会だというのに。
神崎はコートを個室にあるハンガーにかけて真面目崎の向かい側に座る。
周りを見ると、強気崎はビール瓶の中身を先程からラッパ飲みし、素直崎はケタケタと笑いながらコップに入ったチューハイを飲んではつまみものに箸をつけ、向かい同士の食い気崎とヘタレ崎はピクリとも動かない。
無事なのはちびちびと飲んでいる真面目崎だけだ。
遅れたとはいえ、まだ開始から1時間しか経っていないというのに、ほとんど屍と化していた。
神崎は大きくため息をつく。
「オレってザルかと思ってた…」
「本来はな。開始からすぐにピッチの早い食い気崎が潰れて、ヘタレ崎は運悪く強気崎の隣に座ってたからぐいぐい飲まされて潰され、そのあと強気崎と素直崎は勝手に飲み比べ大会始めて自滅。どっちも神崎だから勝負のつきようもねーのに、アホだよなぁ」
呆れながら説明した真面目崎。
こちらは他のメンバーと違い、ほろ酔いしている様子もなかった。
「……おまえは平気そうだな」
「誰が潰れたこいつら運ぶと思ってんだ。これ、ノンアルコールな」
目を据わらせた真面目崎は今飲んでいるものを見せつけた。
(真面目…!!)
それ故、この中で唯一の苦労人だ。
「オレに気にせず飲んでいいぞ」
真面目崎はそう言って、中身のあるビール瓶をつかんで神崎に向ける。
「じゃあ、遠慮なく…」
グラスを手に取った神崎はビールをついでもらった。
それからカラアゲや枝豆などのテーブルにある品に箸をつけ、口に運び、真面目崎とともに近況報告し合う。
たまにカフェやファミレスで会ってすることとあまり変わらない。
「オレらが分裂しちまって、1年以上が経過しちまったな」
「ああ…。今更だが変な気分だ。分裂するまでの記憶は共有してるのに…」
きっかけは、高校時代にラミアからもらったお菓子が原因だ。
口に含んだと同時に最初は個性が分裂した神崎が5人も誕生してしまったのだから。
姫川も同様だ。
一度はまた一つに戻った神崎達だったが、ことあるごとに、本人を含め6人に分裂してしまい、最終的には神崎と姫川の分身同士でカップルを成立させ、別々に暮らすことになり、今に至る。
もはや分身達も、分身ではなく、いち個人として日々を送っていた。
「そっちはうまくやってんのか?」
「おかげさまで。オリジナル同士がうまくやってたら、コッチもほぼ良好だろ」
「…なら、心配ねえか」
「…あ、ちょっと惚気入れたか?」
「ん?」
「ははっ、やっぱオレだな」
真面目崎は小さく笑い、グラスの中をカラにする。
「…あ」
そこで神崎の指に光るなにかを見つけた。
真面目崎の視線に気づいた神崎は、「…あー…」と右手でそれを覆う。
「あとで言うつもりだったんだけどな…」
「ようやくか」
「おう」
見せつけたのは、左手の薬指にはめられた金の指輪だ。
真面目崎、素直崎と続いて、ようやく本人の指にも幸せの証が光ったのだ。
分身達にとっては嬉しいことこの上ない。
「結婚したのか?」
「まだだ。もらっただけ。…まあ、式は…、互いに長期休みが取れたらって…」
神崎は気恥ずかしそうに顔を赤らめ、真面目崎から視線を逸らした。
「聞かせろよ。いつもらった?」
「クリスマスだ。1日2組しかとれない高ぇレストランに連れて行かれて食事が終わったあと…、車で……」
神崎はその時のことを思い出しながら語る。
*****
【CASE:神崎】
自分が運転する車を停車させた姫川は、助手席に座る神崎を真剣な顔で見つめ、その手を取り、左手の薬指に金の指輪をはめたのだった。
「愛してる、神崎。…ずっと傍にいてくれねーか?」
姫川なりに一生懸命考えたセリフなのだろう。
「おまえの指輪は?」
自分の指輪を取り出した姫川は、「貸せ」と差し出された神崎の手に渡し、神崎は姫川の手をとってそれをつける。
「一生大事にしろよ。オレも…、姫川のこと、一生大事にしてやる」
「神崎…」
幸せな言葉を返され、姫川は嬉しげに微笑み、神崎の座席シートを倒し……。
*****
「ここから先は言わなくてもわかるよな?」
聞いていた真面目崎の顔は、酔ってもないのに真っ赤だ。
「し…、幸せそうじゃねーか…」
「目ぇ逸らすな。余計に恥ずいだろうが」
「おあっついじゃねーか!!!」
「ぐっ!?」
突然素直崎に背中を強く叩かれ、神崎は飲もうとしたビールをこぼしてしまう。
「ごほっ、ごほっ」
「おいおい」
真面目崎は身を乗り出して神崎の背中を擦り、おしぼりでテーブルにこぼしたビールを拭きとる。
素直崎は悪びれた様子もなく、またケタケタと笑った。
「けどな! オレんとこもラブラブさなら負けてねーし! オレの惚気も聞きてぇか? 聞きてぇだろ? な!? せっかくだし、他の奴らの惚気も聞いてやるよ。オラ起きろてめーらぁっ!」
酔いに任せ、沈没しているヘタレ崎と食い気崎を蹴り起こす。
だが、潰れた2人は起き上がることなく、黙ってサッカーボールのように転がされていた。
「オレって酔うとこうなるのか…」
「いや、あいつは素直に酔ってるだけだと思う。おまえにはちゃんと理性とかあるだろ」
不安になる神崎に真面目崎がフォローを入れる。
「うるせぇぞ」と注意しながら新しくビール瓶を開ける強気崎に構わず、素直崎は片手に持ったスプーンをマイク代わりに語りだす。
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