リクエスト:うちの嫁が一番に決まってます。
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その頃嫁たちは、一匹の黒猫と戯れていた。
相方を待っている間、それは茂みから現れ、甘えるように鳴きながら神崎に警戒することなく歩みより、その膝に額を擦りつける。
その光景を見て東条は、神崎がぎょっとするほどの満開のデレ顔を見せた。
これが石矢魔最強のデレ顔だ。
東条が前屈みになって猫の頭に触ろうと手を伸ばすと、猫は驚いて神崎の肩に飛び乗る。
明らかにショックな表情を浮かべる東条。
羨ましさのあまり神崎を軽く睨み、涙ぐんでいる。
「気合入れて撫でようとするからだろ。ほらしゃがめ。図体デカいんだからビビるのも無理ねーよ」
神崎の言う通り、猫を警戒させないようにしゃがみ、神崎の肩にのっている猫にもう一度手を伸ばした。
指先でアゴに触れて軽く掻いてやると、猫は気持ちよさそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らす。
「おお、触れたぞっ」
「あまり興奮すんな。また逃げられるぞ」
「神崎ってネコ好きなのか?」
「べつに…。おまえほどじゃねえけど」
「マタタビの匂いでもするのか?」
神崎に顔を近づけて鼻をひくつかせてみるが、そもそもマタタビの匂いを嗅いだことがない。
「嗅ぐな」
犬か、と神崎は東条の額を押しやる。
「でもわりといい匂いがするよな。なんの匂いかわからねーけど」
「そうか?」
手首から匂いを嗅ごうとするが、自分の匂いなんてわかるはずもない。
「姫川とはどうなんだ?」
「くどいな、てめーも。詮索されるのは嫌ぇなんだよ」
それ以上聞くんじゃねえよ、と睨んでも効果はない。
笑いながら「照れるなよ」と神崎の頭を撫でた。
「撫でんなっ」
それこそ猫のように毛を逆立たせ、馴れ馴れしい手を払う。
「悪かった悪かった。お詫びにオレの頭撫でてもいいぜ」
「いらん!」
なぜそうなる、と頭を小突いた。
それでも東条はヘラヘラしている。
「ちょっと気になっただけだ。だっておまえ、姫川と付き合う前と比べたら断然空気がやわらかくなったし、幸せにしてもらってんだな、って。あの姫川が何したらそうなるんだって思うだろ」
「…っ、お、オレ…、周りからそんなふうに…」
「あくまでオレの目から見たらな。まあ、オレはこっちの神崎の方が好きだぜ?」
複雑な思いにさせられてしまう。
猫とともに遠い目をしていると、不意に声をかけられた。
「おや、まだ下校してなかったのかい? 早く帰りなさい」
白衣を着た老年の教師だ。
「あー、禅さん…早乙女先生待ってて…」
「早乙女先生なら、先程手伝いをしてもらって…、えー…、たぶん、化学実験室にいると思うよ。この校舎の3階ね。」
教師は人差し指で天井を指して教えた。
ついでとばかりに思い出したことも付け加える。
「他の先生の話だと、アロハのシャツを着た生徒に手伝ってもらってるところを見たとか…」
その話に、東条と神崎は顔を合わせた。
アロハを着た生徒はこの学園にひとりしか存在しない。
間違いなく姫川だ。
「どーゆー組み合わせだよ」
「にゃぁ」
神崎の呟きに、猫があくび混じりに返した。
こちらはまだ論争勃発中だ。
今度はスクリーンまで下ろし、映像で説明していた。
「最初は血も涙もないゲスヤロウなカンジで登場してきたが、何気にベル坊の頭を撫でてるココ! 普通ねえだろこんなシーン! 目が死んでるゲスでもガキに優しい一面見せてんだよ! このちょっとした仕草がキュンとするんだろうが!」
どこにあったのか、その時を振り返った映像が流れ、見せ所シーンで停止させて説明する。
「虎だって! ベル坊拾った時のこの屈託のない顔見てみろ! あいつ、本気でベル坊育てようとしてたんだぞ! 珍しく懐かれた時のこの表情! 天使だろーがっ!!」
早乙女はリモコンを操作してその場面に切り替えた。
姫川は「わかってねーよ」と悪態をついてリモコンを奪い取る。
「なんでもデレりゃ天使だと思いやがって。小悪魔から一時的に天使にかわる瞬間がポイントだろうが!!」
「そもそも、そのデレが少ししか見れねえのはてめーの性格にも問題があるんじゃねーのか!?」
「バカヤロウ!! そのデレを他の奴よりも数秒でも長く見せてるのはオレだけなんだよ!! オレはこのままでいいんだ!!」
「自惚れも大概にしろよ!」
「そっちこそな! あまり自分以外にデレさせてると誰でもよさそに見えるぜ!?」
「ああ!? うちの虎はそんなアバズレじゃねえよ!! デレる相手だってキチンと選ぶっつの!!」
「はっ、どうだか!」
鼻で笑われるが、東条を信じている早乙女は疑いもしなかった。
「侮辱すんなよ。てめーだってわかってんだろ。虎は、緩いところはあるが、浮気は絶対しねーよ。ああ見えて肝心なところで流されない男だからな。比べて、神崎の方はどうだろうな」
「比べるまでもねーよ。手を繋ぐことすら恥ずかしがる始末だ。他の奴には馴れ馴れしく触らせもしないだろうよ」
「箱入り息子だな」
「けど、オレとしてはそのほうがありがてぇよ。誰かが気安く触れようもんならそいつの弱みひけらかして無理やり神崎から引き剥がす。しつこいようなら社会的に抹殺してやってもいい」
姫川が言うと冗談には聞こえない。
現に、サングラス越しの目は据わっていた。
「とんだ奴と付き合ったもんだな、神崎も」
「てめーも他人事じゃねえぞ」
「自覚はある」
それは素直に認め、早乙女は新しいタバコを取り出して口に咥えて火を点けた。
「オレはてめーみたいに財力はねえ。自慢できるのは人並み外れた腕っぷしだけ。虎には喧嘩のやり方しか教えらねえけど、あいつはそれだけでいいと言ってくれる。傍にいてくれるだけでも、ってな」
机に腰掛けた早乙女は煙を吐き出し、口元を緩ませた。
穏やかな顔だ。
この顔をさせられるのは東条だけだろう。
「……はぁ」
さり気ない惚気を聞いてため息を漏らした姫川は、早乙女の向かい側の机に腰掛けて心情を打ち明ける。
「てめーの言う通り、オレには財力があるが…、自慢であるはずのその力が、神崎には通用しねえんだ。あいつは金では動かねえ。だったら、オレは神崎に何を与えてやりゃいいんだって真剣に考えた。で、わかんねーから直接聞いたら、「オレに何かやりたいってなら、毎日ヨーグルッチ買ってきやがれ」ってよ。あんな、100円にも満たねえものを毎日…。そこである日気付くんだよ。毎日買ってきてやると…」
「ただ単に、「毎日会いたいだけ」っていう理由にか?」
早乙女に言い当てられ、姫川は大きく目を見開いた。早乙女は小さく笑う。
「口実も素直じゃねえな。けど、それを聞いたら、うちの虎と、おまえんとこの神崎、たいして違いがないように思えてきたな」
「……こんなオレ達でも、ちゃんと好きでいてくれてるところ…か。あの2人、芯は似てんだよな」
「男前っぷりとかな。2人を足して2で割ったらちょうどいいのかもな。デレツンデレ。デレが2個つくぞ」
「オレとしてはツンデレツンがいいんだけど」
「余計にめんどくさくなったじゃねーか!! やっぱてめーとは気が合いそうにねえし、ウチの嫁が一番可愛く思える」
「だからな…! それを言うなら…―――」
せっかく和解しかけていたのに、再び振りだしに戻ってしまった。
やはり、自分の嫁が誰よりも一番可愛いところだけは何があっても譲れない。
ここまで自分の恋人を恥ずかしげもなく自慢をする者は他にいないだろう。
「ウチの虎の方が外見も中身もイイんだよ!!」
「ああ!? 外見も中身も神崎が一番に決まってんだろうが!! アイツの締まり具合のヨさを知らねえだろ!!?」
「そっちの中身の話をしてんじゃn」
ゴッ!!
早乙女がつっこもうとしたところで、姫川の右側頭部に缶コーヒー(スチール缶)がぶつけられた。
「なんの話してんだてめーコラ」
実験室に入ってきたのは相方を待っていた神崎と東条だった。
容赦ない剛速缶を食らい、缶コーヒーをめり込ませた姫川は倒れたまま動かない。
「ちょ、こいつ息してねーんだけど」
早乙女は体をつついてみるが、やはり反応はない。
「帰んぞボケ。いつまでも待たせ……いや、待ってねーけどな。たまたま通りかかったら余計なことが聞こえただけだし」
(本人が意識不明でもツンデレか)
「用が済んだなら持って帰っていいよな?」
「お、おお…」
早乙女が頷くなり、神崎は姫川を背中に背負った。
「おじゃまっした」
そしてそのまま実験室を出て行く。
残された早乙女と東条は茫然とそれを見送った。
「あれが男前なところか…」
ああいうところにも惚れたのだろう。
その一面に惚れさせるなど、女好きであるはずの姫川を変えたのは神崎で間違いなく、神崎も姫川と恋人になったことで何かが変わったはずだ。
「…虎、やらねえからな?」
「そっか?」
視線を下にやると、早乙女の前で片膝をついて背を向けた東条がいた。
神崎達の早乙女を背負ってみたいのだろう。
早乙女は東条の頭を撫で、「帰るか」と笑みを向けた。
また姫川と顔を合わせてしまえば、相方の自慢話になりそうだ。
その時のために、相方の自慢できる一面をたくさん発見しておかなければ。
その気持ちは姫川も同じだ。
早乙女と姫川が自分達の相方が一番であることを譲る日はより一層遠くなるばかりだ。
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