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翌日、オレは早めに仕事先へ向かった。
神崎の世話は蓮井に任せてある。
やはりどうしても神崎と顔を合わせるのが怖かった。
帰るのも怖い。
仕事中も、頭の中は神崎のことばかりだった。
夕方、仕事も終わりが見えてきたところで、蓮井から連絡がかかってきた。
「どうした?」
“坊っちゃま! 申し訳ありません! 目を離した隙に、神崎様が…!”
「!!」
オレは思わず席を立った。
腕時計を確認し、予定より早いが仕事を上がらせてもらう。
会社の廊下を走り、社内の人間とすれ違いながら蓮井から事情を聞いた。
「家から出てったのか!?」
“はい…! マンションの監視カメラを確認したところ、マンションから出ていかれるのを…”
オレが昨日あんなことしたからか。
「おまえはそのまま捜索を続けてくれ!」
“かしこまりました!”
一度蓮井との連絡を切り、次にオレが電話をかけたのが神崎の家だ。
組員の誰かが出て神崎の行方を尋ねたところ、神崎は家に帰ってきていないようだ。
組員が騒ぎ立てる前に言って落ち着かせ、神崎が帰ってくるかもしれないので神崎を捜しにいくのなら組員の半数はそちらに残ってもらうよう指示を出した。
それから城山と夏目、他の石矢魔生にもケータイでコンタクトを取ったが、神崎はそちらに立ち寄ってすらいないらしい。
「クソ!」
自身に対しての苛立ちに吐き捨て、駐車場に停めていた車に乗り込み、エンジンをかける。
あの手では財布から金も取りだすこともできず、切符を買うことすらままならないだろう。
徒歩でどこかに向かっていると考えると、迂闊にもほどがある。
神崎を狙っている奴らが他にもいるかもしれないのに、あんなケガでは返り討ちもできやしない。
そんな迂闊な行動をさせてしまったオレ自身も許せない。
どこ行っちまったんだよ、神崎。
小一時間ほど街中を車で探し回ったが、神崎は見つからなかった。
そこで一件の着信が鳴った。
蓮井からだ。
ちょうど信号待ちになり、オレは着信ボタンを押して耳に当てる。
「神崎が見つかったのか?」
“いえ、ただ…、部屋で気になるものを見つけまして…”
「気になるもの?」
“卒業アルバムです。石矢魔高校の…。テーブルの上に置かれてました”
「……………」
まさか、と思い、電話を切って思い当たる場所へと車を走らせる。
日も完全に暮れて到着した先は、石矢魔高校。
懐かしい場所だ。
教師たちも帰ったあとなので正門が閉ざされていた。
オレはその前に車を停め、閉ざされた正門を越えて中へと侵入した。
昇降口の鍵が開けられていたのでそこから校舎内に足を踏み入れ、廊下を渡る。
薄暗い廊下は気味が悪く、歩を進めれば一人分の足音が響き渡った。
どの教室を覗いても、神崎の姿は見当たらない。
3階すべての教室を覗いてもいなかった。
そこでもうひとつ思い当たる場所を思い出す。
屋上だ。
階段を登ってペントハウスのドアを開けると、柵からグラウンドを見下ろしている神崎を見つけた。
「神崎…!」
「!」
神崎は驚いてこちらに振り返った。
オレは早まったことをされる前に駆け寄り、その手首をつかんだ。
「心配かけんな…!」
オレが追い詰めてしまったんじゃないかと思った。
それこそ心臓が止まるかと。
「昨日したことは謝る…! もう2度とあんなことしねえ…。だから、オレから離れてくれるな…!」
抱きしめそうになった手を理性で抑え、キョトン、としてる神崎の顔を見つめる。
神崎は目を伏せ、悪かった、と表情で伝えた。
「帰ろうぜ。みんな心配してる…」
「……………」
手首を引っ張ると、なぜか抵抗された。
「? 神崎…?」
何事かと思うと、神崎は首を横に振った。
「どうした?」
帰りたくないのか。
怪訝な顔で首を傾げると、神崎はオレの手の甲を軽く叩いた。
オレは神崎の手首をつかむ手を放す。
すると、神崎はオレの手を両手で挟み、弱々しい力で引いた。
「おい?」
拒む理由もなくついていく。
柵の前に連れてこられると、神崎は躊躇いの表情を見せ、グラウンドをアゴで指した。
「…!」
グラウンドには白線で文字が書かれてあった。
“オレモ ヌキダ”
はっと神崎を見ると、真っ赤にした顔を逸らしていた。
「神崎…」
それが昨日の答えなのか。
熱いものが胸の内から込み上げてきて、顔に集まった。
「ばか…。「ス」が「ヌ」になってんぞ」
「…っ!!」
指摘されてキッと睨みつける神崎に笑い、逃がさないように肩をつかんでキスをした。
神崎は逃げない。
一度唇を離して目を見る。
もう逸らさない。
「好きだ」
神崎が頷くと、オレは角度を変えてまたキスをする。
たとえまたこの口に声が戻っても、オレ達はこのままだと期待してもいいだろうか。
それなら、
「またいつか、おまえの声が聴きたいな…」
いや、もう聴こえている。
ひめかわ。
神崎の口元が動く。
何度もオレの名を呼んでくれる。
「大丈夫だ。ちゃんと聴こえてる」
オレ達は額を合わせ、微笑み合った。
.END