小さな話でございます。
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息せき切らしながらオレは人ごみを掻き分けながら走る。
だが、
「ようやく追い詰めたぜこのヤロウ」
金髪で、迷彩服を着た柄の悪そうな男が矢を構え、路地裏の行き止まりに追い詰められたオレを狙う。矢の先は赤いハートの形をしていた。
「てめーなんだ刺客か!?」
確かに狙われる覚えは腐るほどある。
男は「はぁ?」と言って「違ぇよ」と否定する。
いやいや、否定する状況じゃないだろ。
思いっきり矢先を向けといて。
「動くな。オレは天使だ」
すぐに通報したくなった。
もしくは救急車を呼んで精神科医にあてたいくらいだ。
「あ、信用してねえな」
「当然だろ!! そんな柄も目つきの悪い天使がいるか!!」
「よく見ろ、羽あるだろ」
背中を向けると、確かに小さいが白い翼があった。
パタパタと動かしている。
羽根まで落ちた。
たとえそうだとしても、
「その自称天使がなんでオレを命を狙うんだよ!?」
「おまえ今日が何の日かわかってんのか?」
「はあ? オレの命日だとでも言いたいのか?」
「違ぇよバカ。誰もが思いをはせる日、バレンタインデーだ。おまえ今年も大量にチョコもらってんだろ。こっちは毎年毎年チェックしてんだからな」
「……まあ。今年は少ない方だが…」
「そういう無自覚が大嫌いなんだよ!! ダンボール30個以上が少ないなんて全国の非リア充共に謝れボケが!!」
口も悪すぎるな、この天使。
怒りのままにがなっている。
「―――で?」
催促すると、天使ははっとして咳払いした。
「そんでだ、おまえいつまで経っても身を固めようとしないから見兼ねたオレが舞い降りてきてやったんだろーが。この矢をてめーの胸にブッ刺して、対になる矢をおまえを好いてる女子にブッ刺して結ばせてやるってんだ。しかしまさかおまえがオレの姿見えるなんて…」
オレだっていきなり家から出るなり堂々と目の前で矢を構えられるとは思わなかった。
だからこいつ自身も驚いていたし、通行人共はガン無視だったわけか。
ちなみにこいつが驚いた隙に突き飛ばして逃走したが、こいつにも触れられることになる。
「横暴だぞ!! オレに権利はねえのか!? 大体、身を固めるっつっても、オレまだ20代…」
「関係ない。オレ様が決めたことだからな。そもそもチョコ受け取っておきながら知らんぷりしてるような男はさっさと他の奴とくっつけて諦めさせてやるのがオレの優しさだ」
またキリキリと音を立てて構え直した。
オレは両手を小さく上げる。
「待て待て。ちなみに互いに矢が刺さったらどうなるんだ?」
「互いが好き合って結婚するまで偶然が続く。偶然会ったり、偶然手と手が触れ合ったり、偶然親と親が知り合いだったり、偶然…」
つまりオレが好意を持って結婚に至るまで運命のいたずらってのが続くわけか。
冗談じゃない。
オレの運命はオレのもんだ。
勝手に弄ばれてたまるか。
「こっちはまだまだ遊びたい盛りなんだぜ?」
「うっせぇ。てめーの不潔な女遊びを眺めてるこっちの身にもなりやがれ」
「ああ、そんなことまで知られてる? なに、おまえオレのストーカー?」
「ち、ちち、違ぇし! 色んな人間見てて、たまたまおまえが目に留まっただけだし…」
「…ん?」
挑発したつもりが意外な反応が返ってきた。
目が忙しく動いてるし、顔真っ赤だし。
「あークソ!! 無駄話してねえで往生しやがれ!!」
「あっ!!!」
放たれた矢がオレの左胸に突き刺さった。
痛みはなかったが、矢は刺さったままだ。
引き抜こうとしたが、手に触れることはできずすり抜けてしまう。
「く…っ!! 触れねえ…!!」
「ふははは! あとはこの対の矢を他の奴に刺せば完璧だぜ! そうだな、許嫁候補辺りに突き刺しとくか!」
邪悪に笑った天使は対の矢を見せつけ、翼を使って飛び立とうとした。
せめてあの矢を奪わなければ。
オレは地面を蹴り、天使の両脚をつかんだ。
「待てコラァ!!」
「!!?」
どたっ、とオレと天使は地面にこけた。
体を打ち付けたが矢は地面さえすり抜けたようだ。
「好き勝手にされて…」
「たまるか」と言い続けようとしたが、天使が「痛ぇ」としかめた顔面を手で覆ってこちらに振り返ると、対の矢は天使の左胸に刺さっていたので言葉を止めた。
対の矢を手に持ったままだったため、地面に倒れた拍子に誤って刺さってしまったのだろう。
「な…!!?」
天使も仰天して矢を抜こうとするが、さっきまで触れていた天使の手まですり抜けてしまう。
「……え―――…」
しばらく見つめ合ったあと、オレはそれだけ漏らした。
*****
それから数年が経過して、天使の仲間から来た手紙を勝手に読んでしまい、知ってしまったことがある。
天使に恋された人間は、その天使の姿が見え、触れることもできるらしい。
つまりはそういうことだったのだろう。
嫉妬した天使が舞い降りて自分の気持ちに決着をつけようとした。
どうりで必死だったわけだ。
けど、結果は天使の想像さえ凌駕するもので、今はこうして未だに矢が刺さったままだが、オレはこうして自分の意思でその天使を傍に置いていて、残すは結婚だけとなっていた。
これこそ、『運命のいたずら』ってやつだろ、神崎。
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