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失声症―――ストレスや心的外傷などによる心因性の原因から、声を発することができなくなった状態。
発声器官に問題はなく、治療法は、服薬、発声訓練、カウンセリングや原因となった心理的要因の解消だ。
神崎は失声症を患っていた。
原因は仕事で起きたトラブルだった。
身内に裏切者がいた。
敵対する組に情報を流し、神崎を罠にはめて陥れようとした。よくある話だ。
だが、神崎の心を潰れるのも無理はない。
極道一家の看板を背負ったその時から、兆候は見られていたようだ。
最初は聞くに堪えない汚い仕事ばかりを自分から率先して行っていたようだ。
早く仕事に慣れようと焦っていたのだろう。
それが自分の首をしめるとも気付かずに。
敵対する組は神崎の再起不能が目的だった。
相手の注文を受けた裏切者は神崎を呼び出し、たったひとり相手に数十人がかりで奇襲をかけた。
最初は劣勢に立たされて罵詈雑言を浴びせられ、腕と両手の骨を潰されるなど残酷な目に遭いながらも、残されたプライドだけでほとんど強力な脚力だけで返り討ちにし、街の大通りへと逃げることができた。
「神崎…」
そこで偶然再会したのが、オレだ。車で帰宅する途中だった。
神崎が何かに追われているようだったので後部座席に乗せて病院まで運んでやった。
その間、神崎はオレの肩に寄り掛かりながら気を失っていた。
組員からは聞かされていなかったが、服も乱れていたことから、おそらく、性的暴行までされそうになったのだろう。
神崎の傷の深さは大きい。
その事件がトドメを刺したのは間違いない。
病院に運ばれ、目が覚めた時には声を失っていた。
両手の骨も潰されているため文字を書いたり、手話で伝えることもできない。
敵対している組員は、怒り狂った関東恵林気会が裏切者もろとも粛清した。
それから程なくして、オレは神崎の父親である組長に呼ばれた。
呼び出された場所は神崎の病室だった。
「……一の世話を、頼みたい」
「………え?」
耳を疑った。
組長から直々にオレにそんなことを頼んできたのだから。
「けど……」
ベッドから半身を起こしている神崎は、オレと目を合わせた。
「一がこんな状態なのはわかっているが、ウチもだいぶ忙しくなる…。だが、逆恨みでここを嗅ぎつけてくる輩もいるかもしれん。…もちろん、断ってくれても構わない。一番安全な場所を考えて出したことだ」
だからオレに匿ってほしいとのことだ。
うちはセキュリティも万全なので滅多なことでは侵入もできないから、うってつけだろう。
「オレは別に構いません。…神崎が良しとするなら……」
嫌がるだろうと思っていた。
なのに、神崎は頷いた。
不謹慎だろうが、それだけがただただ嬉しかった。
それからオレ達の同居生活が始まった。
*****
「ただいま」
仕事から帰ってくれば、神崎はいつも廊下で待っていてくれた。
一人だと色々と何か考えて不安なのだろう。
今度長期休みでもとってゆっくりと傍にいてやりたい。
オレだって、仕事中はおまえのことばかり考えているのに。
神崎が怒るので黙ってはいるが、ダイニングにだけ小型監視カメラが設置されてある。
監視役は蓮井だ。
時間が空いている時に確認を頼んである。
もし神崎に何かあればすぐに対処できるようにだ。
この前、神崎がオレのいない間に何をしているのかと尋ねると、ソファーで昼寝したり、鉛筆を咥えてリモコンのボタンを操作し、テレビを見ていたそうだ。
食事が終われば、今度は風呂の時間だ。
当然神崎は一人で生活できるような状態ではない。
なので、オレがいつも体を洗ってやる。
「熱くないか?」
湯をかけてやりながら尋ねると神崎は頷いた。
わざわざ聞かなくても、こいつのちょうどいい温度はわかってるのに。
「……………」
いい加減見慣れなければと思ってはいても、体は正直だ。
オレの具合が悪くなった時は早めに切り上げて先に風呂から上がってもらった。
据え膳食らわば、とはあるが、神崎の気持ちを無視して実行したくない。
それこそ一生会えなくなってしまう。
卑怯と言われても平気だったこの姫川竜也が。
食事も一緒。
風呂も一緒。
寝る時だって一緒だ。
神崎はオレがまだ好意を抱いていることをわかっているのだろうか。
なのに、このままでいいと思ってるオレも相当なマゾっぷりだ。
神崎の声だって、このままでいいとさえ思ってる。
もうあんな目に遭わせたくない。
声が出た時点で、それが終了の合図のような気がしてあいつはまたオレから離れてしまう。
「それだけは嫌だ…」
呟くオレを、神崎は不思議そうに見上げる。
「なんでもない」
オレは小さく微笑んだ。
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