リクエスト:とあるボス猫の幸せ。
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広い。
もう一度言う、広い。
2度言いたくなるほど、その家のダイニングは広かった。
駆けまわれそうだし、このワンフロアだけで猫30匹以上は飼えそうだ。
姫川から聞いた通り、本当に坊っちゃんのようだ。
一軒家で若い男が一人暮らしってのも贅沢ものだが、広すぎて寂しくならないのだろうか。
いや、そういえば「執事」っていう召使いもたまにくるらしいな。
ここに住む前はどこへ行くにも男に付きっきりだったらしいが。
タオルで濡れた体を拭かれたオレは、ふるふると体を震わせて最後の水滴を落とし、毛並を整えて部屋の中をじっくりと見回した。
おお、これがフローリングの感触か。
ほのかに木の匂いがして、ツルツルだ。
たいして、ソファーの前に敷かれてあるカーペットはふわふわだ。
「!」
ソファーには、小さな丸いベッドが置かれ、そこには姫川が丸まって眠っていた。
「姫川…」
寝ているはずなのに、辛そうな顔している。
寒いのか、体も小刻みに震えていた。
「そんな体なのに、何度も外に出ようとしてたぜ。おまえに会いたかったんだろうな」
「……………」
オレが来ているとも知らず、姫川はそれどころではないように鼻をぷすぷすと鳴らし、寝息を立てている。とても寝苦しそうだ。
額同士を合わせると、その熱さが肌から伝わってくる。
そう、こんなに熱いのに、姫川は寒くてたまらないんだ。
どうやったら早く治るのか。
「姫川、来てやったぞ」、「辛そうだな」、「苦しいだろうが、ガンバレ」、「おまえだって飼い猫のクセに根性は立派なんだ」、「風邪ぐらいで死なないよな」、「大丈夫だ」、「オレがついてる」、「だから早く治せ」…。
オレもそうされたように、思いつく限りの言葉をかけてやる。
男の耳には、オレが何度も「にゃー」と鳴いているようにしか聞こえないだろうが、ソファーの傍らでそれを眺めているだけだ。
「姫川…」
やはり寒そうなので、姫川のベッドにお邪魔して、オレがくっついて添い寝してやる。
「…うつっても知らねえぞ」
「にゃー(うつってもいい)」
それで治ってくれるなら。
時間が過ぎると、心なしか、体の震えもおさまってきた気がする。
「チビ達が心配してたぞ。「親父はまだか」って。「どうやったら治るんだ」って。…ガンバレ」
寝ているはずなのに、姫川の尻尾がオレの尻尾に絡みついてきた。
きゅ、と離さないようにオレも絡ませる。
「ああ。いるから。ずっと、ここにいるから」
おまえも、オレの傍にずっといてくれ。
*****
「―――崎…、神崎…」
呼び声に、いつの間にか閉じていた目を開ける。
「…!」
口元に薄笑みを浮かべた姫川の顔がすぐ間近にあった。
「あ、オレ、寝てた…」
目を擦ろうとすると、姫川が顔を舐めてくる。
「ん…」
「心配してきてくれたのか?」
「おう…、感謝しろ」
「ああ、ありがとよ…。今日は素直だな?」
「ん?」
「いや、自覚がないだけか…」
姫川の目はまだ少し、とろん…、としていたが、体調はマシになったようだ。
「あっ、今何時だ? チビ達が…」
心配する、と言いかけると、横から騒がしい音が聞こえた。
「「にゃっ、にゃっ♪」」
「今日は客がよく来るな…」
はじめとたつやは、男に猫じゃらしで遊んでもらっていた。
「!?」
「あー、さっき来てな…」
こちらも心配で様子を見に来たらしい。
鳴き続けながらベランダの窓をカリカリと引っ掻くので、男は仕方なく家の中に招き入れたそうな。
「オレ達を寝かしてやろう、って飼い主はチビ達の相手してくれたみたいだし…」
「良い奴だな、おまえの飼い主は」
「…………まあな」
言い切れない何かがあるのか、姫川は目を逸らした。
「…こいつらもしかしておまえらの子どもか?」
気になった男は、オレを抱き上げ、下半身をガン見する。
「ぎにゃーっ!!」
「いや、こいつもオスか…。けど…」
似てると言いたいのだろう。
男の頭には疑問ばかり浮かんでいるはずだ。
最初のオレみたいに。
そのあと、男はオレ達の分のエサも出してくれた。
病みつきになりそうなほど美味い。
たつやとはじめは夢中で食べている。
食べ終わってゆっくりしたあとは、廃車置き場へ帰ることにした。
姫川の傍にはいたいが、体を休めてもらわなければ。
「もういいのか?」
「にゃー(ああ。おじゃましたな)」
「…ウチのやつが回復したら、また遊んでやってくれ」
ベランダから男に見送られ、オレ達は自分の家へと帰った。
全快した姫川が廃車置き場に訪れたのは、この2日後だ。
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