リクエスト:とあるボス猫の幸せ。
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「みゃー」
「おお、よく食うな、おまえ」
オレを助けてくれた男は、家の者達から「若」と呼ばれていた。
不器用ながらもケガを負った右脚に消毒してから包帯を巻いてくれた若は、しばらく縁側の下にオレを隠しながら世話をしてくれた。
「悪いな。うちは猫が飼えねえんだ。ここでしばらく面倒見てやるから」とオレの頭を撫でてくれたことは今でも鮮明に覚えている。
若は、家に帰ってくると真っ先にオレの方に顔を出して様子を見に来るなり、エサをくれたり、包帯を取り替えてくれもした。
寒さに震えないように温かい毛布もくれたんだ。
オレが熱を出して苦しんだ時は、付きっきりで看病してくれた。
「大丈夫か、熱いぞおまえ」、「ちゃんと病院に連れてってやるから」、「ちょっと待ってろ」、「食べられるか?」、「とりあえず水飲め」…。
喉も痛くて、体もだるくて、寒くて、身動きひとつできなくて、今度こそ本当に死ぬかと思ったが、若が毛布に包まったオレを腕に抱いてずっと励ましてくれたんだ。
ただ、動物病院ってところは、もう金輪際行きたくないがな。
注射の痛みはトラウマだ。
*****
翌日も雨だった。
夏で青天が続いた分だろうか。
秋の雨はわりと冷たいが、水分補給には困らない。
「はぁ…」
廃バスの中で一匹、オレは空を見上げながらため息をついた。
はじめとたつやはゴミ捨て場からとってきた戦利品を腹いっぱいに食べ、寝床であるキャンピングカーで昼寝をしているはずだ。
オレは鼻をひくつかせ、姫川の残り香を探す。
昔は、一匹でも平気だったはずなんだ。
ただ、メシ時を邪魔したり、縄張りだと絡んでくる野良猫共を片っ端から倒していったら、いつの間にかこの一帯のボス猫になっていて、気が付けば周りに野良猫共が集まっていた。
子猫時代では考えもしなかったことだ。
気紛れで声をかけた飼い猫の姫川だって、今ではオレの恋猫だし、オレと姫川そっくりな子猫2匹を育てることも予想外の結果だ。
家族に頼らず生きてきたオレに、家族ができるなんて。
もし、このまま一生姫川が来なかったら、オレはどうなってしまうのだろう。
「…!!」
考えようとしたら、全身の毛が逆立った。
すぐ目の前まで車が迫ってくるかのような感覚だ。
姫川一匹でも欠けてしまうのが、こんなにも怖い。
「…姫川…」
気付いたらオレは廃バスを飛び出し、夏目と城山の間を通り抜けて姫川のもとへと向かった。
あいつの家には10分もかからない。
植物の垣根を潜って庭に到着し、姫川の家を見上げる。
あいつはどこで寝たきりになっているのだろうか。
いつも窓から街並みを窺っていた2階の部屋か、飼い主が出てきた1階か。
「姫川ーっ」
呼んでみるが、あいつの声は聞こえない。
耳をピクピクと動かして澄ませてみるが、雨音が邪魔をしてよく聞き取れなかった。
「姫川…」
熱の苦しみはオレだってわかってる。
悪化すれば死んでしまうんだ。
姫川が死ぬのは耐えられない。
「姫か…」
瞬間、ベランダが開いてまたあの男が出てきた。
やはり眠そうな顔だ。
「アイツはまだ寝込んでんだ。心配なのはわかるが…」
「本当に看病してんだろうな?」
「……おまえ、オレが本当に看病してるのか疑っただろ」
怪訝な目で伝わったようだ。
「…………はぁ」
ため息をついた男は一度中に戻り、1枚のタオルを手に、戻ってきた。
「上がれよ。特別だぞ」
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