リクエスト:落ちこぼれ執事とひねくれ御曹司。
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生まれた時から蓮井は兄のようにずっと傍にいた。
だから姫川にとって唯一気を許せる人物なのだが、他は違う。
親と少しずつ会えなくなるにつれ、自分の立場を知っていくにつれ、金の使い方を理解するにつれ、姫川は他人を信用できなくなっていった。
「竜也坊っちゃま、何か御用でございましょうか?」
「竜也様、本日よりあなたにお仕えする―――」
「坊っちゃま、なんなりとお申し付けください」
気付けば、近づくもの誰もが笑った仮面をつけているようにしか見えなくなっていた。
仮面を引き剥がそうとすれば、ほとんど離れて行ってしまう。
そのたびに、こんなものだ、とせせら笑った。
だが、姫川は成長しても、あの人物の笑顔だけは忘れることができなかった。
神崎一。
ふと思い出し、蓮井に調べさせたところ、神崎はあれからも転々と主人に仕えては辞めさせられたらしい。
だが、柄の悪そうなあの風体で自ら辞めた話は聞かない。
「坊っちゃまが赤の他人に興味をお持ちになるとは、大変珍しい」
「別に…」
ただ、あの男にも仮面がついているのならば、引き剥がしてやりたくなっただけだ。
*****
「竜也様ーっ!!」
呼びかけながら探す。
たとえ大勢の人ごみに紛れていようが、あんな目立つ格好を見逃すはずがない。GPSを辿るとすぐ近くだ。
あの小さな路地を曲がればすぐそこに。
「竜也様!!」
ブロック塀に貼り付けられた、“バカ”と大きな字で書かれた貼り紙の下に、姫川のケータイを発見する。
ゴガッ!!
神崎は“バカ”の貼り紙ごとブロック塀を蹴り、破壊した。
(捕まえたら尻100叩きだ…っ!!)
心に決め、ケータイを拾い、あてもなく姫川の捜索を開始する。
姫川はそれを探知機で確認し、距離をとりながら追っていた。
(まさかあいつ、闇雲に探す気か?)
神崎は人に尋ねまわりながら姫川の行方を懸命に探し、夕方になっても探し回っていた。
(こいつも容量の悪い奴だな…。警察に協力してもらうなり、街の監視カメラを追うなりすればいいのに…。蓮井の奴、追跡法ちゃんと教えてねーのか? それとも、大事にはしたくねえってか?)
しかし姫川にとって、どんな追跡法を使ってこようが、金さえあればどうとでもなるのだ。
「……最後のテストだ」
日も沈み、夜がやってくる。
姫川は神崎との距離をどんどん縮めていった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
駆けずり回ってすっかり汗だくになり、燕尾服の上着を脇に抱えて神崎は人通りの少ない道を歩いていた。
「一体どこ行ったんだあのアホは…」
「誰がアホだ」
「!!」
その声に振り返ると、姫川は堂々と神崎の前に姿を現した。
「主人に向かってアホっつったか。オレじゃなかったら即刻クビにしてるぞ」
「……帰りますよ」
大きく息をついた神崎は手を差し伸べる。
「嫌だね」
「いい加減にしてください。ご自分の立場を理解されているのですか? あなたにもしものことが…」
「あったらなんだ? 仕打ちが怖いか? あんまりしつこいと、おまえの執事という職を根本から消すこともできるんだぞ」
「竜也様」
脅しても、神崎に怯んだ様子はない。
ただ頑なに「帰りますよ」と手を差し伸べたままだ。
2人が目を逸らさずに睨み合っていると、大勢の足音がこちらに近づいていることに気付いた。
「!」
あっという間に柄の悪そうな連中に囲まれてしまう。
「てめーか、しつこい執事ってのは」
「そこのボウズが、追い払ってくれってよ」
姫川に金で雇われたチンピラだろう。
青筋を浮かべた神崎は、もう一度姫川を睨みつける。
「おまえなぁ…っ」
「敬語、忘れてるぞ」
「つーか、おまえらも中坊にパシられて恥ずかしくねーのかよ」
「うっせ!! ギャラはたんまりもらってんだ!!」
「てめーをボコボコにするか追い払うかでその倍の高額も…、おい、憐れんだ目で見んじゃねえよっ!!」
姫川を通過したチンピラたちは一斉にコブシと得物を振り上げ、神崎に躍りかかる。
「!」
しかし、先に躍りかかったチンピラたちが一瞬にしてブッ飛ばされ、地面を転がった。
「入院費用は払ってやるが、えげつない目に遭いたくなきゃ、とっとと消え失せろ」
「ひ…っ」
目つきを鋭くさせる神崎に、ほとんどがたじろぎ、浮足立った。
「ひ、怯むんじゃねえよ!! ただのヒツジだろうが!!」
叫んだ瞬間、顔面に蹴りを入れられる。
「しつじ、だ」
向かってくるチンピラを次々と蹴散らしていく。
本当に執事かと疑いたくなるような荒々しさだ。
その強さに、頭の悪いチンピラたちも格の違いを知る。
そこでチンピラたちのリーダーらしき男が状況を不利と見なし、
「!」
姫川の首に鉄パイプをかけた。
同時に、神崎の動きも止まる。
「動くな!! こっちは金さえもらえればいいんだ!! てめーは一応こいつの執事だろ? だったら…、わかるよな?」
リーダーのやり方に、姫川は内心で口笛を吹いた。
(オレが指示を出すまでもなかったな。元々はオレがけしかけたんだ。あいつが大人しく従うはずが…―――)
ゴッ!!
「…!!」
飛び散った血の数滴が、姫川の顔に付着する。
神崎が、大人しく背後から頭を金属バットで撲られたからだ。
「…っ!」
神崎はその場に片膝をつき、歯を食いしばる。
続いて横から蹴りを入れられるが、反撃しない。
復活した者は抵抗しなくなった神崎を、サンドバッグのように扱い始めた。
「こいつ、マジでおとなしいぞ!」
「ご主人様にけしかけられておきながら!」
「バカじゃねーの!?」
腹に爪先で蹴り上げられれば「かっ…」と息を詰めた。
それでも神崎は弱音も吐かなければ逃げもしない。
調子に乗ったチンピラたちは数人がかりで神崎をリンチする。
「……………」
それを見据える姫川は、奥歯を噛みしめた。
(弱音を吐けばいいのに。命乞いすればいいのに。逃げ出せばいいのに。気にせずやり返せばいいのに…。なんであいつはそうしない? なんで…)
こんなに腹立たしいのか。
「……オレ相手に、そこまでする必要はねぇだろ。曝け出してみろよ。みっともないところを。意地を捨てるなんざ簡単だろうが」
姫川が声をかけると、チンピラたちの動きは止まった。
うつ伏せに倒れる神崎は気絶しているのかどうかさえわからない。
「坊っちゃん、こいつは金が惜しいだけなんじゃねーの?」
「執事っていくらくらいもらえるんだ?」
「けど、そこらへんの月給よりは高いだろ」
「ほら、分けてやるから「助けてください」くらい言ってみろよ」
チンピラのひとりがポケットから姫川に渡された札束をこれみよがしに神崎の前に突き付け、頬を叩いた。
「!」
乾いた音が響いた。
神崎がチンピラの手を払ったからだ。
チンピラが持っていた金が地面に舞い落ちる。
「…ガキの頃、オレにも…、執事がいた。毎朝起こしてくれたし、メシも作ってくれたし、買い物にも付き合ってくれた…。…だが、ある日、家の金全部持ち出して…、消えちまった」
「…!!」
神崎はゆっくりと立ち上がり、口端の血を拭い、真っ直ぐな眼差しで姫川を見据えた。
「そいつを変えたのは、金だ。おかげで金嫌いになっちまった。生きていくためには嫌でも欲さなきゃならねえもんだが、それでも自分の務めを見失っちゃいけねーんだ。「執事は、主を傷つけてはならない」。金に狂わされる前にあいつが言ったことだ。…オレはそいつの意志を継いでそれを貫く」
金は嫌いになったが、誇らしげに遂行していた執事の仕事だけは、嫌いになることはできなかった。
神崎の言葉に嘘くささは感じられなかった。
「……そうか」
(初めから、仮面なんてつけてなかったんだ、こいつは)
目を伏せた姫川は、素直に認め、
「ぐっ!!」
ジャンプしてリーダーのアゴに頭突きを食らわせて鉄パイプから抜け出し、
「はうっ!!」
股間を思いっきり蹴り上げた。
「神崎、精々オレを守りながら、この場を自力で打開してみせろ」
「仰せのままに。クソガキ」
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