リクエスト:落ちこぼれ執事とひねくれ御曹司。
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「よくも私の大事なお洋服を汚してくれたわね!!」
「執事が風邪とは情けない」
「やる気がないのか。こんな鈍い執事はいらん」
「乱暴者め」
「この落ちこぼれ執事!!」
*****
罵倒と仕打ちの総集編のような夢を見て、神崎の寝起きは最悪だった。
「うるせーよ、ボンボン共が」
執事の日程で、起床は当然ながら主人より早く起きること。
燕尾服に着替えたあとは、朝の紅茶をトレーに載せて主人を起こしにいく。
蓮井はしばらく神崎の指導を勤めるため、その後ろに続いた。
「竜也様、お目覚めの時間です」
「ん…」
テーブルにトレーを置いてカーテンを全開し、日の光を招く。
「竜也様、本日は……ぶっ!!」
「なに…」
眠たそうに欠伸をし、背伸びする姫川。
それはリーゼント、色眼鏡、アロハの三拍子を失った、美少年だった。
思わず噴き出してしまった神崎は咳払いして尋ねる。
「失礼ながら申し上げます。…どちら様でございましょうか?」
「てめーのご主人様だ」
「……………一晩でサナギからチョウへ…」
「おまえよく執事になれたな。虫扱いしてんじゃねーよっ」
不機嫌な顔で姫川はベッドから降り、テーブルに置かれた紅茶を飲み、いつものアロハシャツと色眼鏡を装着する。
「それでは神崎様、これから神崎様には坊っちゃまのリーゼントをセットしていただきます」
「え」
「日課になっておりますので、すぐにでも慣れていただきたいのです」
主人のリーゼントを作る、という使命を今まで得たことがあっただろうか。
神崎は蓮井の指導のもと、リーゼントを作る。
髪も長いので、ポマードの半分以上を使ってしまう。
「…いかがでございましょうか」
手鏡を見た姫川は舌打ちする。
「45点。リーゼントの角度がやや低すぎる。視界を邪魔して見えにくい。まとめ方もダメ。前髪が少し出てるのは許せるが、上から横から寝癖のように飛び出しているのはガマンがならねえ。あともっとガチガチに固めろ。主人に恥をかかせる気か? …失格だ。もう一度チャンスをやるからやり直せ。待っててやるから」
「も…、申し訳ございません」
神崎は言われた通りにやり直す。
怒りが手に伝わらないよう気を遣いながら慎重にリーゼントを作っていった。
再び手鏡を見る姫川。
今度は鼻を鳴らした。
「フン。まあ、75点といったところだろうか。次はもっと早く出来るように練習するんだな」
「かしこまりました」
そうこうしているうちに、予定とは少し遅れたが姫川の朝食の時間だ。
ひとりテーブルに着き、姫川は朝食を終えたあと、アイロンがけされた新聞紙を手にコーヒーを飲む。
「神崎様…」
「はい」
蓮井が声を潜めて神崎に話しかけてきたので、神崎も声を潜めて返事を返した。
「坊っちゃまはただいま夏休みを満喫中ですが…」
「ああ、そんな時期でしたか…」
「たまにおひとりで屋敷から抜け出そうと企てられますので、くれぐれも…」
「……はい」
蓮井が門まで迎えに来なかった理由が判明した。
大人びてはいるが、まだ中学生。
遊びたい盛りなのだろう。
少しでも目を離せば、執事の目の届かない場所へ行ってしまう。
「あとで竜也様の追跡法をお教えいたしますので」と耳打ちされ、朝食の時間は終わった。
夏休みだというのに、姫川はどこにも行こうとはしない。
蓮井に理由を聞けば、幼いころに両親と世界旅行を何度もしたため飽きてしまったのだとか。
それに、ひとりと執事付きで遠出はしたくないらしい。
午後10時、姫川は読書中だ。
『人の弱みをこれ一冊で掌握!』、『株の稼ぎ方』、『悪魔的人海戦術』、『週刊アロハ』。
(怪しげな本読んでる…)
末恐ろしさを感じさせる。
昼食のあとは勉強の時間だ。
姫川が家庭教師とともに勉強している間、神崎は与えられた自室のソファーでしばしの休眠をとろうとした。
しかし、眠りに落ちそうになったとき、
「ふぐっ」
腹の上に突然何かが乗っかった。
呻いて目を開けると、姫川が腹の上に跨ってこちらを見下ろしていた。
「竜也様…?」
腕時計で時間を確認すると、まだ勉強時間のはずだ。
「……抜け出しましたね?」
「家庭教師に聞いてみな?「坊っちゃまはずっと部屋にいらっしゃいました」って言うから」
金で取引したのだろう。
神崎は呆れ果てた。
「神崎、ゲームしようぜ」
持ち出したのはテレビゲームのゲーム機とソフトだ。
「…手加減はいたしませんよ?」
子供の遊びに付き合ってやるか、と神崎は了承する。
しかし、2時間後、いつぶりかの格ゲーに神崎は完全に熱を上げていた。
「あ―――!!!」
何十回目の敗北。
「もう1回!」
「どう足掻いてもオレには勝てねえよ」
「ここからが本番…」
「神崎様…」
「あ」
はっと振り返ると、蓮井は笑顔のまま部屋の扉の前に立っていた。
「ゲームは1日1時間でございますよ」
「…申し訳ございません」
「さて、そろそろおやつの時間だな」
すっかり我を見失っていた神崎は、楽しみの時間までつき合わされたことに気付き、頭を垂れた。
そのあとも、予定していた稽古事もかわされ、執事の休息をとることもなく1日が終わってしまった。
自室のベッドにダイブし、力尽きているところに蓮井がやってくる。
「失礼します、神崎様」
「………ご用はなんでしょう?」
「神崎様、普段のあなたの口から率直にお聞かせください。いかがでしたか? 竜也様は」
「…率直でよろしいのですか?」
「ええ」
微笑む蓮井に気を許し、身を起こしてベッドに腰掛けた神崎は微笑み返して口を開く。
「素顔は天使みたいなのに可愛げもクソもねえガキだった…!! ゲームの腕を見せびらかされて終わったあとはただひたすら追っかけっこ! 執事と主人用のケータイの意味どこ行った!! こっちがひたすら探し回った挙句、夕食の時間にはきっちり戻ってくるし!! 執事ナメてんだろあいつ!! あんな最悪のご主人様は今までに例がねぇ!!」
「あなたも今までに前例がないほど素直なお方ですね。普通ならば、取り繕うか、もう少しオブラートに包みますよ?」
蓮井はかえって感心していた。
清々しいほど本音をぶちまけた神崎に対してむしろ好感を抱いてしまう。
「…もしかして人が少ないのって…」
「ええ。すべて、坊っちゃまが追い出すか、愛想を尽かして出て行かれました。坊っちゃまのお気に障ったり、坊っちゃまの要望に応えられなかったり…、理由は様々でございます。気が付けば私ひとりと数人の使いだけが坊っちゃまの屋敷に残り、何度か新しい執事やメイドを雇用したのですが…」
「気に食わなかったんだろうな、どっちも」
蓮井は寂しい笑みを向けた。
「何分、難しい年頃なもので…。旦那様と奥様がご多忙になってからはご家族でお会いする機会も滅多になくなりました。年に1度会えるか会えないか…。それでも坊っちゃまは、弱音も吐かず、たくましくお育ちになられました。…ですが、少し、年相応なく大人びてしまったといいますか…、我が強くなったといいますか…、性格が曲がりに曲がったといいますか…」
「だんだん失礼なこと言ってるぞ。―――で、出来上がったのがアレか」
「はい…」
「……まあ、他の奴はどうだったか知らねえけど…、オレは自分の仕事にプライド持ってる。でなきゃ、30過ぎても執事なんてやってねーしな。辞めさせられたことはあっても、自分で辞めたことはない。…オレは絶対、自分の主人を見離したりはしねぇ」
「神崎様…」
2人がそんな会話をしている間、
「……………」
神崎の自室の前では、腕を組んで壁に背をもたせかけて立ち聞きしている姫川がいた。
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