リクエスト:落ちこぼれ執事とひねくれ御曹司。
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「アレが欲しい」
指をさすその少年は、何を思って欲したのか。
*****
執事という肩書を得て早くも10年が経過しようとしていた。
先日も仕えていた財閥の執事を辞めさせられ、自分の年と状況を思い出すたびに途方にくれる日々だったが、懲りることなく、新たな主人が住んでいる豪邸へとやってきた。
私服か燕尾服かで迷ったが、気合を入れて燕尾服を着、ボストンバッグを携えて豪邸へ到着し、その規模の大きさにため息をつかずにはいられない。
「……なにかの冗談か?」
街からだいぶ離れたところにあるな、とは思っていたが、軽くテーマパークが建てられそうなほどの広さだ。
閉められた柵の門の向こうは車で10分はかかりそうなほどの長い車道があり、ここから小さく見えるのはとある有名財閥の豪邸だ。
姫川財閥。
日本中でその名を知らない者はいないほどの世界有数の財閥だ。
落ちぶれとまで呼ばれている自分になぜそんなところから誘いがかかったのか。
ますます疑問が募る。
(―――毎回思うが、金持ちってなんでこう無駄が多いんだ? 無駄に広い。無駄に遠い。無駄にデカい)
思わず顔がひきつってしまう。
「本当にここで合ってんだろうな?」
懐から取り出した地図と手紙に同封されていた住所を何度も見比べる。
「………………いくか」
門扉にあるインターフォンに人差し指を伸ばし、躊躇いつつ強めに押す。
リンゴーン、とベルの音が鳴った。
今にもピンポンダッシュしそうになるのを堪える。
“はい”
インターフォン越しに若い男の声が聞こえ、神崎は咳払いしてから自己紹介した。
「本日よりここで執事を勤めさせていただきます、神崎一と申します」
ウィン…、と近くで機械音が聞こえたので顔を上げると、門扉にある監視カメラと目が合った。
“神崎様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、お入りください”
門扉が開き、神崎が敷地内に入ると再び背後の門扉が閉まった。
広すぎる庭を歩くと、何頭かのドーベルマンを見かけたが、言い聞かせてあるのか大人しい。
急ぎ足で豪邸の前に到着すると、時刻は20分をまわっていた。
豪邸の扉の前には、黒スーツの青年が立っていた。
微笑みを向け、礼儀正しく一礼する。
「御足労をおかけいたします。門までお迎えできず、申し訳ありません。事情がありまして、ここから離れるわけにはいかないゆえ…」
「いえ…、このくらいの距離は余裕ですのでお気になさらず。改めまして、神崎一と申します」
「初めまして。…申し遅れました。私、姫川財閥の執事、蓮井と申します」
「執事…」
(さすがにオレだけじゃねーのか。……けど、燕尾服じゃねーんだな)
スーツで執事を勤めるのは珍しいことではない。
「今日から神崎様には、姫川財閥の御曹司・姫川竜也坊っちゃまの執事を私とともに勤めていただきますので」
「はい」
素直に頷き、蓮井に案内されるままに仕える主人のもとへ向かう。
蓮井の後ろについていきながら、神崎は邸内を見回した。
数分かけて目的の部屋へと向かっているのに、誰にも出くわさない。
「あの…、もしかして、邸内は私達と竜也様だけなのでは?」
「いえ、コックやガーデナーはいらっしゃいますよ」
(だからそんだけしかいないのかよ!!)
つっこみそうになったのを口を右手で押さえて耐えた。
やはり金持ちには無駄が多すぎる、と改めて実感させられる。
3階の部屋の前に到着し、蓮井は扉を開けて中に入った。
「坊っちゃま、お連れしました」
部屋のテーブルで紅茶を飲みながらケータイを操作していた少年の手が止まり、こちらに顔を上げる。
部屋に足を踏み入れた神崎は、その少年の容姿に驚きを隠せなかった。
リーゼント、色眼鏡、アロハシャツの御曹司にあるまじき三拍子。
(さーて、どこからつっこんでやろうかっっ!!!)
口から飛び出しそうになったつっこみを無理やり両手で押し込んで我慢するが、頬が不自然なほどパンパンに膨らんでいる。
(堪えろ、オレ!! せっかく雇ってもらったところなんだ…っ!!)
「神崎様?」
堪え切れない神崎の様子を蓮井は心配する。
「遅いぞ」
「!」
初めて姫川が口を開いた。
声変わりが終わったばかりの落ち着いた声だ。
姫川竜也のことは名前と年齢、そして姫川財閥の御曹司であることしかわかっていなかった。
年齢は15歳の中学生、のはずだが、どこか大人びて見えた。
「…失礼しました。本日より竜也様にお仕えさせていただきます、神崎一と申します」
落ち着いたところで一礼する。
「……………神崎、もうちょっとこっちに来い」
姫川は体を神崎に向け、脚を組み直して手招きした。
「? はい」
怪訝な表情を浮かべながら神崎は言う通りに姫川に近づく。
姫川は神崎の頬に手を伸ばし、神崎はいきなりのことに一歩引きそうになるが、姫川は逃がさないとさらに手を伸ばし、それをつかんで引っ張った。
「いだだだだだだっ!!!」
「おお。最近はこういうピアスもあるんだな」
姫川が引っ張ったのは神崎の左耳と唇のピアスを繋ぐチェーンだ。
皮膚が引っ張られる痛みに神崎は溜まらず声を上げた。
(引っ張んなこのガキィィィ!!)
「お…離しやがってくださいっ!!」
初対面にあるまじき仕打ちに神崎は思わず声に怒りをにじませる。
姫川はただ面白おかしく笑いながらぐいぐいと引っ張った。
「キーホルダーでもつけてやろうか?」
早くも神崎は15歳以上年下の主人に拳骨をお見舞いしそうになった。
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