リクエスト:人魚の恋は嵐とともに。
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運命の3日目、兵士に呼ばれたきり戻ってこない神崎に、姫川はウロウロと檻の中をうろついていた。
「もしかして、このまま帰ってこないんじゃねーか?」
“かもねぇ。だって、姫ちゃん、神崎君に期限のことは伝えてないでしょ?”
「…ああ、そう言えば」
キスのことは話したが、期限については何一つ伝えていない。
「…だったら…、どうするか……」
一度立ち止まって冷静になろうとした時だ。
「……………!」
遠くの方が騒がしい。
城内も慌ただしく感じた。
ドアの向こうで兵士たちが怒鳴り合いながら通過していく。
「なんだ? 夏目、何が起こってる?」
“ちょっと待って…。……どうやら町に海賊が攻め込んできたみたい。昨日の夜からかな?”
水晶玉からその様子を実況してくれる。
「城がある町を襲撃してくるとは…」
“王様は大半の兵士たちと一緒に一昨日から遠征に出かけてるみたい。だから、城には神崎君と少数の兵士しか残ってない。海賊にそこを突かれたみたいだね。昨日から神崎君は一睡もせずに奴らと戦ってるよ”
「どっちが勝ってる?」
“今のところ、なんとか奴らを追い返してるけど…、町の女の子が人質に取られちゃって…”
「……おい」
“神崎君が、身代わりを申し出たとこだ”
「!!」
あちらの現状は最悪だ。
少女を助けるために、神崎は自ら捕まり、大型の海賊船にいる船長のもとへと連れていかれたらしい。
“……どうするの?”
助けに行きたくても、まずは檻から出なくては話にならない。
「夏目、人魚も人間も、追い詰められれば考えもしなかった打開策を閃くもんだぜ?」
不敵な笑みとともに、姫川は左耳の釣り針を取り外した。
*****
「―――断る。城の財宝はくれてやるが城はやらねえ。親父がいないからって好き放題できねーしな」
船長室に連れていかれた神崎は、椅子に縛り付けられていた。
船長が出したのは、城ごと寄越せとの要求だ。
神崎はそれを呑むことができなかった。
たとえ出て行きたいと願った場所でも、そこが自分の家という事実に変わりはなく、他人に荒らされるのは我慢がならない。
50代前半の船長は下品に笑い、神崎の首にナイフを突きつけた。
「立場を理解してないようだな、王子様。人質の代わりに捕まったつもりだろうが、オレが一声かければまた新たな人質を連れてくることができるんだぜ? 素直にこっちの要求を聞いといた方が身のためだ」
「三下のセリフ並べてんじゃねえよ」
嘲笑って言い返せば、椅子の脚が蹴飛ばされ、神崎は横に倒れた。
「っ!」
鼻先でナイフが床に突き立てられる。
「ガキが海賊ナメてんじゃねえぞ。自分が殺されるはずねえって思ってんのか? こっちは賞金が増えるたびに悪の英雄だ。てめーを殺せば、今度はいくら増えるのか楽しみで仕方ねーんだよ」
「オレの方が悪いことしてやったんだぜ、って粋がりたいだけだろ?」
冷や汗を浮かばせてはいるが、怯えている目はしていない。
生意気な口を叩く神崎に対し、元々気の短い船長は舌を打ち、床からナイフを抜いて首筋に当てた。
「……交渉は決裂だな。てめぇを殺して、町の奴らも殺す。城の奴らも殺す。女は連れ去る。財宝は頂く。これが海賊のやり方だ」
神崎の首筋から血が一筋流れた時だ。
ドアが開けられ、部下のひとりが入ってくる。
「せ、船長ぉ…」
「なんだ。今、いいトコなのに邪魔すんじゃ…」
部下は部屋に足を踏み入れるなり、その場に倒れた。
「「!?」」
「その手~でドアを~開けましょ~う~♪」
あとに続いて、小声で歌いながら入ったきたのは、姫川だ。
檻にいた時と違ってアロハを着ている。
「あ、これ、気に入ったから部下の奴から取った」
「姫川…!!」
「な、んだてめーは!!?」
いきなり入ってきた部外者に、船長はナイフの先を姫川に向ける。
「人魚ですけど?」
神崎はここに姫川がいることが信じられなかった。
檻の鍵は自分が持っているのだから。
スペアはないので兵士を騙したとしても開けられるはずがない。
「おまえ…、どうやって檻から…?」
「あー、それな…。……悪いとは思ったんだけど、ほら、緊急事態だし」
姫川が見せつけたのは、ぐにゃぐにゃに曲がった釣り針だった。
これで檻の鍵をピッキングし、騒ぎに紛れて城から抜け出したのだとか。
「これ、針金で作っただろ? だから力さえ込めれば簡単に曲げられた。んで、急いでボート漕いで来てやったぜ?」
ボートから海賊船に乗り込んだあとは、持ち前の喧嘩の腕っぷしだけでのし、部下達に神崎の居場所がどこか聞いてここにたどり着いたのだ。
最初はフラついた二足歩行だったが、檻の中で落ち着かずにうろうろしたおかげでだいぶ慣れた。
「バカな…っ。少しでもこの船に近づけば王子は殺すと…!」
「オレはそんなの聞いてねえ」
「だったら、今すぐ引き返してもらおうか。王子を殺されたくなければ…」
船長が神崎の首にナイフを突きつけようとした時だ。
「「!!」」
突然、船が大きく揺れた。
それを予期していたのか、姫川は真っ直ぐに船長に突進し、
ボゴッ!!
顔面に重い一撃を食らわせた。
「ぅぐ…っ」
気絶までには至らず、船長は顔面を押さえて悶絶する。
その隙に、姫川は船長が落としたナイフで神崎を縛ったロープを切って解放し、神崎に肩を貸して船長室から逃走した。
その間にも、船の揺れはだんだん強くなっていく。
「ここに来るまでに何回か歌ったからな」
「歌ったって…」
人魚が歌えば嵐が引き起こされる。
昔、姫川から聞いたことだった。
甲板を出れば、快晴だったはずの空には暗雲が立ち込め、暴風と暴雨の嵐に晒されていた。
船が揺れていたのはそのせいだ。
雷鳴は響き渡り、雨が肌を打ち、風に連れ去られそうになる。
姫川は空いている手で自分の髪が解けないように押さえた。
「ま、待て…っ」
後ろから船長が拳銃を手に追いかけてくる。
打たれてはひとたまりもないので、姫川は逃走を試みた。
「神崎、飛ぶぞ」
「!」
甲板から飛び降りた2人は、そこに泊めたボートに落ちてすぐに町へと漕ぎ出す。
「ガキどもがああああ!!!」
船長は拳銃を何発も撃ってくるが、全然距離が届いていない。
「じゃあ、トドメといきますか」
姫川は神崎にオールを手渡し、ボートから立ち上がる。
「あー、あー、んんっ」
喉の調子を確認したあと、例のサビの部分を歌い出す。
「~♪ ~♪ そして~か~がや~く ウルトラソウッ!!」
ピシャァッ!!!
コブシを真上に突き出すと同時に雷が海賊船に落ち、炎を上げた。
船長たちは次々と海に飛び込んで船から脱出する。
「人魚を怒らせると怖ぇんだぞ海賊共が」
姫川は脚が生えただけで、人魚の力を失ったわけではなかった。
悪党のような笑みを浮かべる姫川を茫然と見上げる神崎。
「姫川…、おまえ…」
「神崎、これでオレがあの時の人魚だって…」
瞬間、大きな波に揺られ、姫川はバランスを崩し、
「!!」
空を仰ぐように海へと落下した。
(まずい…っ!! 髪が…!!)
バラつく髪を押さえることはできない。
髪が解けるたびに体に泡が纏った。
(ザリガニに…なっちまう…。それならせめて、神崎のペットに…。その前にザリガニって海水泳げたっけ…?)
ザリガニになることを受け入れるしかないのかと思ったが、唇に何かが当てられた。
「…!!」
姫川を追って海へと飛び込んだ神崎が、自らキスしてきたのだ。
*****
嵐もおさまり、途中で駆けつけてくれた城山のおかげで浜辺へ上げられた2人は、互いの無事を確認する。
「姫川、体に異変はねえか!? 手がカニみたいになってねえか!?」
「い、一応…」
姫川は指が動くか確認し、自分のどこかがザリガニの一部になっていないか確認したが、どこにも異常は見当たらない。
ザリガニになってしまう寸前で神崎にキスされたから助かったのだろう。
「……なんか…、久しぶりだな」
「今更だな」
髪も解け、サングラスが取れてようやく幼いころの姫川の面影を見たのだろう。
神崎は申し訳なさそうな顔をする。
「姫川…、疑って悪かったな」
「本当だぜ、鈍感」
「…説明が悪いてめーも悪いだろ」
「はいはいそうですね、これでも一生懸命だったもんで」
「いや…、そう言いたかったんじゃなくて…。…………」
「?」
「やっと会えたな」
照れ臭そうに笑う神崎に、姫川は胸をつかまれたような感覚を覚えた。
神崎は首にかけた銀の鱗を取り、姫川に差し出す。
「…これ、返さないと…」
「…持っててくれ。その代わり、また約束をしていいか?」
神崎の手をつかんだ姫川は、約束を口にして、神崎に顔を寄せた。
*****
カウンターに置いた水晶玉を見つめ、魔女は語る。
「それからどうなったって? 本来なら人魚姫は悲恋で終わるべき物語だけど、この人魚は見事幸せをつかんだみたい。オレも楽しませてもらったし、お代はきっちりいただいたよ。
その後の2人がどうなったかというと、海上の王様は姫ちゃんの知識と能力を見込んで、苦悩の末、結婚を認めたみたい。姫ちゃんの歌のおかげで、海を荒らす輩もいなくなったし、他の国からの人魚も遊びに来やすくなった。海底の王様もそのことに喜んで、「姫川グッジョブ」とか言ってたし、どちらの問題も解決だね。
だけど問題・悩み・相談がないと、オレも商売あがったりなんだよねー」
その時、水晶玉が光り出した。
背もたれに体重をかけていた夏目はその反応を見て、クス、と笑う。
「……って思ってたけど、どんなに平和でも、人間にしろ、人魚にしろ、悩みはあるみたい。オレはその悩みに手を貸して試練を与えるけど、クリアできれば幸せが手に入る」
「夏目、おまえに客だ」
城山は夏目のもとに客を招き入れた。
水晶玉に映る喜劇を見据えながら。
「いらっしゃい」
幸せは、自らの手で。
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