リクエスト:人魚の恋は嵐とともに。
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現在、姫川は城内の檻の中にいた。
鉄格子の向こう側を茫然と見つめている。
特別なのか、檻はひとつだけ。
他の囚人もいない。
見張りは部屋のドア越しに立っているようだ。
「なんでだ…っ!!?」
“人間は、真っ裸で意味不明なことを叫んで迫ってくる奴を、“変質者”と見なして通報するらしいよ”
「わかってんなら服くらい寄越せよ!!!」
脚は生えたが、衣服は何も手渡されなかった。
下半身を露出して神崎に迫った挙句、神崎が一声で呼んだ城の兵士たちによって取り押さえられ、今の現状だ。
一応、古着のズボンは与えられたので履いている。
「本当におとぎ話みたいだ…。初恋の相手と10年ぶりの再会を果たしたかと思えば、その相手が実はこの国の王子様だったなんて…」
“おとぎ話の主人公が露出魔で捕まる話はないはずだけど?”
夏目が目の前にいれば殴って黙らせたい。
鉄格子を強く握りしめる姫川は、打開策が見つからず頭を垂れた。
たとえ脱出できても、未だに慣れない二足歩行のせいでまた捕まってしまうだろう。
早くも1日目が過ぎようとしている。
このまま檻の中でザリガニになってしまうのかと絶望しかけた時だ。
「……おい」
「!」
はっと顔を上げると、神崎がそこに1人立っていた。
怪訝な目で姫川を見据えている。
「神崎…、やっぱりオレが誰か…」
「てめーが誰かは知らねえが…、左耳のソレ、見せてみろ」
「!」
指をさされたのは、左耳につけられた釣り針のピアスだ。
鉄格子に顔を近づけて神崎に見せると、神崎は見覚えがあるのかないのかわからない顔をする。
「…オレの鱗と、おまえの釣り針を交換しただろが」
「!!」
神崎ははっとして姫川と目を合わせる。
「オレは姫川。…昔、おまえが釣った人魚だ」
「…ウソつけ。オレが知ってる人魚はそんなドブ川にいるザリガニみたいな目はしてなかった」
「グサァッ!!!」
まだザリガニになっていないというのに。
姫川は精神に痛恨の一撃を食らった。
夏目が必死に笑いを堪えている声が聞こえる。
「なんでおまえ人魚のことと釣り針のこと知ってんだよっ」
明らかに警戒されている。
「だから、オレがその人魚だっての」
「脚あるじゃねえか」
「てめえと会うために生やしてきたんだよっ」
「証拠は? ちょっとグラサン取ってみろよ。あ、その髪も下ろせ」
「……事情があって、これらを外すとザリガニになっちまうんだ」
「ほう?」
「だから、おまえと愛のあるキスをしねえと、正体が明かせないわけで…」
「へえ。…わかった。町で一番の精神科医呼んできてやるから待ってろ」
踵を返して出て行こうとしたので姫川は神崎のシャツの裾をつかんで引き止める。
「オレはおかしいこと言ってねえ!!!」
「放せ!!」
手を叩いても放しそうになかったので、シャツを脱いで脱する。
「……なんで信じてくれねーんだ」
「…ここ最近、人魚に関する事件が酷すぎる。人魚を捕獲して売りさばこうと密漁するバカもいるし、ニセモノ作って売り払うアホもいるし、自分を人魚と名乗って信仰されようとするボケもいる。てめーはボケの方か? 今では人魚に関する知識なんて書店で買えるからな。…今度はキスしねえとザリガニになっちまう設定まで取りこんじまったか?」
「神崎」
「気安くオレの名前を呼ぶんじゃねえ!! てめーはオレが出会った人魚とは違う!!」
吐き捨てるように怒鳴り、神崎は乱暴にドアを閉めて出て行った。
「……鈍感が」
小さな部屋でも、そのか細い罵倒は響かなかった。
*****
次の日、檻の中で味覚に合わない食事を摂り、今後をどうするか胡坐をかきながら考えていると、
「!」
もう2度と来ないだろうと思っていた神崎が現れた。
罵倒の続きをしにきたのかと思えば、無言で姫川の向かい側に座り込んだ。
「…………オレのこと、信用してねーんじゃなかったの?」
「するわけねーだろ。……ただ…、どうしても、そのピアスが引っかかってな…」
神崎の視線は姫川の左耳に釘づけだ。
姫川は苦笑する。
「釣り針だけにか? …これをおまえのものだと証明することはできないぜ?」
神崎がくれた物だが、持ち主の証がどこにもない。
名前でも書いておいてほしかったくらいだ。
「……なんで約束の日に来なかったんだ?「明日会おう」って言っておきながら」
「…!!」
「人魚の約束事は互いの鱗を交換すること。おまえには鱗がないから、代わりに釣り針をくれた」
「……オレだって行こうと思った。…けど、城の奴らに邪魔されて行けなかったんだ。ガキの頃から、ずっとこの城に繋がれたまんまだ。それが嫌で昨日城を抜け出して、小舟で逃亡中に嵐に見まわれて浜辺に打ち上げられて戻ってきちまった」
(ああ、こいつ、オレと同じだったのか)
共感した姫川は静かに納得する。
初めて会った時、どこか似たような空気を感じ取ってはいたものの、それがなんだったのかわからなかったのだ。
「どうして知ってる? 見てたのか?」
「どうしてもオレと、ガキの頃の人魚を一緒にしたくないようだな」
引きつった笑みを浮かべる姫川に、神崎は「うん」と頷く。
「……あいつが、オレに会ってくれるわけねーだろ。大事な約束破ったのに…」
「……怒ってると思ってんの?」
「そりゃあ…」
「酷い決めつけだな。まあ、最初見た時、オレを女と決めつけて恥ずかしげにシャツを押し付けてきたこともあったな」
「な…っ」
恥ずかしい思い出を掘り返され、神崎の顔が赤くなる。
「神崎、オレをあの時の人魚じゃないかと思い始めてんだろ? いや、昨夜から思ってたのかもな。そうじゃなきゃ、ここには来ねえよ」
「……………」
「なあ…、もっとこっちに来てくれ。おまえに本当の姿を見せたい」
迷ったが、少し時間を置いて神崎は立ち上がり、鉄格子に近づいた。
姫川も立ち上がり、鉄格子に近づく。
いつでも反撃できるようにコブシを握りしめた神崎だったが、姫川の方が攻撃してくる気配はない。
「目をつぶって、オレのことを想え」
「…このままでいいだろ」
神崎は目を開けたまま唇を鉄格子に寄せた。
鉄格子からは腕が通せるくらいの枠がある。
そこから見える神崎の唇に姫川が口元を寄せた時だ。
「若!! 大変です!!」
「おう!! なんだ!!?」
手加減なく姫川を壁に突き飛ばした神崎は、慌てて兵士のもとへと向かった。
“…惜しかったね、姫ちゃん。眼鏡割れてない?”
「……そう簡単にはハッピーエンドにならねえんだよな…」
壁に背中からめり込んだ姫川は切なげに呟いた。
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