リクエスト:人魚の恋は嵐とともに。
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姫川の左耳には、今でも神崎からもらった釣り針のピアスが揺れている。
「―――次の日もその次の日も行ってみたけど、神崎は現れなかった。2度とな」
「…………その人間のことがずっと忘れられなくて?」
「オレは欲しいと思ったものにはとことん固執するからな。年を重ねるごとに忘れるものかと思ったら、そうでもねえ。思い出した途端にセンチになっちまう。だから今日は放っておいてくれ」
そのまま上昇してしまうので城山はまた追いかける。
「「今日は」と言って何度オレから逃げるつもりだ!! センチになるなら自分の部屋でなってろ!!」
「家は嫌いなんだよ!! 姉貴共もうるせえし!!」
「それが放っておいてほしい本来の理由だろう!?」
「オレはもう18だぞ!! 難しい年頃なんだよ!! 誰もかれもが「ぼくもかえ~ろおうちにかえろ♪」とはならねえんだよ!!」
「あ、バカ歌うなっ!!」
そのまま海面から顔を出すと、
「あ…」
いつの間にか、海上は嵐に見まわれていた。
「うそ。サビの最初歌っただけなのに…」
「王家の血筋の力を甘く見るな!! 王に気付かれる前に帰るぞ!!」
海面に近い状態で歌えば、嵐を呼んでしまうのだ。
自身の力がこれほどのものだとは知らなかった姫川は、すぐに海に潜った。
「!」
その時、海上から何かが落ちてきた音に気付き、止まって振り返ってみる。
「…!!」
嵐に巻き込まれたのか、人間の男が真っ逆さまに沈んできた。
気を失っている様子だ。
「人間…!!?」
あとに続いて小舟も沈んできた。
男が乗っていたものだろう。
姫川と城山は男を抱えて上昇し、海面を出て男を浜辺へと泳いだ。
「んしょ…っ」
浜辺へ引き上げ、姫川は男の口元に耳を寄せて息をしているかどうか確認する。
「…とりあえず息はしてるようだ。危うくあの歌で人間殺すとこだった」
死にきれない最期だ。
歌も短かったおかげで嵐もすぐにおさまって波も落ち着き、雲から朝陽が顔をのぞかせた。
もう朝なのだ。
「…姫川、そろそろ…」
男の無事もわかり、長居は無用だ。
城山が促し、姫川は海へと戻ろうとしたところで、あるものに目を留めた。
男の胸元で光る、首に提げている銀色の鱗。
「…!?」
金の髪色も同じで、面影もある。
「…神崎か!?」
「え!?」
「オレの鱗…」
「ほら」と城山に見せつけると、城山は驚愕の表情を浮かべた。
鱗の大きさからして間違いなく人魚のものだ。
それに、青と緑の一般的な色の鱗を持つ人魚と違い、王家の人魚はそれ以外の色の鱗を持っている。
中でも、銀色の鱗を持っているのは、人魚の中で姫川だけだ。
「まさか…、そんな……」
「城山…、この状況、どうすればいい…? 今ならオレ、神崎を好き放題できるってことだよな!!?」
大人の姫川は、すっかりゲスなことを考えるようになった。
「あ、待て! せっかく会えたのに! せめて人工呼吸だけでも!!」
お目付け役の城山は、神崎をゲスの魔の手から守るように姫川の尾びれを引っ張って海の底へと無理やり連れ帰った。
そのあと、姫川が何食わぬ顔で城に戻り、城の食卓では家族会議が行われていた。
王である早乙女は伊勢海老を頬張りながら娘たちに尋ねる。
「…明け方、どっかのアホが海面近くで歌ったのか嵐が起きた。…怒らないから、正直に手ぇ上げてみろ」
「ウチら、ずっと城にいたっスよー」と五女の花澤。
「っていうか寝てたし」と次女の大森。
「そんな時間に城から出たことないわ」と長女の邦枝。
「うんうん」と三女の谷村。
「やっぱり怪しいのは…」と四女の飛鳥。
全員が見上げると、茫然とした顔で姫川が真上で泳いでいた。
「姫川、行儀悪いぞ。おまえなにか知ってるか?」
「ん~? さあ~?」
早乙女の言葉を聞いてすらいなかった。
朝食が終わるなり、姫川は何かを閃いたように城山のもとへと向かう。
城山はちょうど仲間の兵士と休憩室で休憩していた。
「城山!!」
「姫川?」
姫川の方から城山に会いに来るのは珍しいことだった。
「おまえに相談が…」
はっとした城山は姫川の口を手のひらで押さえて休憩室を飛び出し、廊下へと出る。
「人間に関することか?」
「ぶっちゃけ神崎に関することな」
仲間の前でそんな話をすれば王様の耳に届いてしまう。
姫川を廊下に連れ出したのは正解だ。
あとで兵士に何事かと聞かれてもうまく誤魔化してしまえばいい。
「言っとくが、オレは加担しないぞ。2度と海上に連れ出してなるものか」
「オレにあることを教えてくれればそれでいい。てめーを深いところまで巻き込まねえよ」
「? オレが教えること?」
「おまえ、魔女と知り合いだったよな?」
「!!」
昔、魔術に詳しい人魚が国から追放された。
その魔女と城山は幼馴染で、今でも交流がある。
そのことを知っているのは、城山と魔女の2人だけのはずだ。
「どうしてそれを…」
「細かいことはいいだろ? そいつの居場所を教えてほしい」
「……………」
「オレの秘密も守ってくれる良い奴の秘密は、オレだって守りたいんだぜ?」
ほとんど脅しだ。
呆れ果てた城山は、その場で居場所を教えず、姫川を自ら魔女の住処へと案内することにした。
2人きりにすればどうなるのか。
幼馴染である魔女より、それに何かを頼もうとしている姫川が心配だ。
兵士を誤魔化して国を出た姫川と城山は、早速魔女のもとへと向かった。
国からそんなに離れておらず、わずか5分でその場所へとたどりついた。
奥が見えない真っ暗な洞窟だ。
子どもでも怖がって悪ふざけで来たりしないだろう。
「意外と近いな。追放されたクセにそれでいいのか」
「とりあえず国から出ていれば問題はないらしい」
「適当か」
本当に魔女と恐れているのか。
王様はどこか抜けている。
「たまに客も訪れるし、買い出しはオレが行ってやるし、前の暮らしより心地がいいらしい」
「ひねくれてるな」
「おまえが言うな」
そんな会話を交わしながら、2人は洞窟の奥へと進み、暖簾のように垂れ下がっている海藻を潜り、対峙する。
2人が来るのをわかっていたように、カウンターの内側にある大きな貝の椅子に腰かけ、笑顔で迎えた。
「いらっしゃい、城ちゃん、姫ちゃん」
「アンタが魔女か? ……男なんだな」
「魔法を使わせれば海一番の魔女・夏目だよ。魔法使いの響きより、魔女の方が好きなんだよねぇ。…今、「どーでもいい」とか思った?」
「!」
ポーカーフェイスがうまいと自負している姫川だったが、心中を読まれて小さく驚いた。
夏目は引き出しから水晶玉を取り出し、それを通して姫川を見つめる。
「まだまだわかるよ、これから姫ちゃんがオレに頼むことー。人間のように足を生やして神崎君に会いたいんだよね?」
「……その通りだ。…注文は見えることはできても、叶えることはできるのか?」
「姫川! おまえ…」
「お安い御用」
城山の反対を遮るように夏目は答える。
「…いくらだ?」
「金はいらない。姫ちゃんなら、「国中のお金が欲しい」って言っても、それこそ易々と実行できそうだからね。オレが欲しいのは、その人が簡単にできる代償じゃない」
「じゃあ何が欲しいんだ?」
何を考えているか読めない夏目に、姫川は目つきを鋭くさせる。
夏目はカウンターに頬杖をつき、姫川を指さした。
「代償は、オレを楽しませること。オレの条件をこなしてくれたら、姫ちゃんに授ける「脚」は永遠に姫ちゃんの物だ。末永く神崎君と生涯を共にすることができるよ」
(乗せるのが上手いな、こいつ)
思わず喉を鳴らし、口端がつり上がる。
美味しい話には裏があるというが、もう頼る相手が見つからないのだ。
「だったら、条件ってのを早く言ってくれ」
「焦らない焦らない。薬を作りながら話すね」
椅子から腰を上げた夏目は、背後にある棚を開け、姫川の願いを叶えるために必要な薬の瓶を取り出し、カウンターに無造作に置いていく。
「よいしょ…。条件は期限付き」
カウンターの真ん中に大きめの鍋を置き、取り出した数々の薬を入れていく。
すべて目安で量って入れているため、適当に見えて不安になってきた。
「3日以内に神崎君とキスすること。ちゃんと愛のあるキスをね。それだけじゃ面白くないから、姫ちゃんにはもう一つ試練を与える」
「試練?」
「薬を飲んで陸に上がったら、姫ちゃんには別の姿で神崎君に会ってもらう。顔を合わせても姫ちゃんだと気付かない姿で」
火もないのに、鍋の中がぐつぐつと煮立ってきた。
夏目は中の薬をおたまですくい、渦巻き型の貝の中に注ぐ。
「クリアできなかったら、姫ちゃんには代償を払えなかった罰を与える」
「……………」
目の前に差し出される、脚の生える薬。
「さあ、どうするの?」
「よせ、姫川。そいつは王の息子だろうが取引に関しては容赦しないぞ」
城山は止めようとするが、夏目に「城ちゃん、営業妨害しないで」と笑顔で注意する。
「…くく…っ」
姫川は肩を震わせて不敵に笑い、夏目の手から薬を奪い取った。
「ナメるな。このオレがギャンブルで負けたことなんざ一度もねえ」
そして、揺るぎない決意を見せつけるかのように、薬を一滴残らずその場で飲み干した。
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