小さな話でございます。
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いつもの廃車置場の廃バスの上で、ふと、神崎を毛づくろいしながらオレは口にした。
「そういや、「神崎」って名前…、自分で付けたのか?」
「ん?」
「野良でも、名前がないと不便だからな。自分で付けたのか、誰かにつけられたのか…。ちょっと気になっただけだ」
名付けた者がいるとしたら、誰なのか。
「自分で付けた。オレは生まれも育ちも野良だが、ガキの時、エサ取りに失敗して足にケガを負っちまって、そこで逃げ込んだ家に一時的に世話になってた。一般の家よりスゲー広くてデカくて、その家の身内に「若」って呼ばれてる奴に手当てされたんだ。あとでオレが自分に付けたのは、その家の名前」
「飼い猫にはならなかったのか?」
「動物禁止の家だからな。オレが踏み込めるのは庭と縁側の下まで。…若が「また来いよ」とか言ってくれたし、今でもたまに顔も出してるぜ」
「へぇ」
いい人間に出会ったな、とオレは薄笑みを浮かべる。
「この前も顔出したら歓迎されちまってな。…まぐろのたたきとかつおぶしは反則だと思わねえか?」
「よだれよだれ」
魅力的な組み合わせを思い出したのか、神崎の口から漏れたヨダレがオレの背中に垂れる。
毎日通いたくなるほど強力な誘惑だったようだ。
「最近若に悩みが出来たらしくてな」
「人間も悩むだろ」
「ある人間から猛烈にアタックされてるらしい…」
「おまえが引っ掻いて追い返せばいいんじゃねーの?」
まさに猫の恩返しだ。
「いや、オレもそう思って様子を見に行ったが、若は満更でもなさそうだし、悩んでいるのは、返事をOKしていいのかどうかってことだ。相手も相手だしな…」
「どんな奴なんだ?」
「リーゼントで、眼鏡で、アロハで、「坊っちゃん」って呼ばれてる…男だ」
「……………」
「あ、やっぱそんな反応するよな。男だぜ、男。人間でも男同士好き合うことってあるんだなぁ…」
その時神崎には言わなかったが、オレが愕然としたのは、その男の特徴だった。
*****
夕方、家に帰ると、飼い主がベッドに腰掛けてため息をついていた。
うわ、入るタイミング間違えた。
引き返そうかと思ったが、飼い主はこちらに存在に気づき、「おかえり」と重い声をかけた。
「にゃーん(おかえりじゃねーよ。どうした)」
窓から床に着地し、飼い主の膝の上に載ってやる。
飼い主はオレの首周りを掻きながら、落ち込んでいる理由を話し始めた。
「聞いてくれよ…。気になってる奴に何度かアタックしてんのにいつも逃げられちまう」
休日だってのに、今日も行ったのか。
「オレも諦めようとしてんのに…。これがなかなか諦めきれなくてな。相手は男なのに…」
やっぱり、こいつか。
若に猛烈なアタックしてるのは。
普段のこいつが猛烈アタックしてるのは想像できない。
まったく、どんな縁だ。
「オレはおまえが羨ましいぜ。…ヤりたい時にヤれるからな」
「!?」
オレは慌てて飼い主から離れた。
そんな邪念まみれの羨望をオレに抱いてんじゃねえよ。
飼い主の恋が叶うかどうかは置いといてだ。
警察沙汰は絶対御免だからな!!
オレがこの町にいられなくなったらどうしてくれんだ!!
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